専属料理人
「ふふっ」
今日もアーキスフィーロさまの手紙を読んでいる。
毎日届けられる分厚い手紙の束は、ちょっとした楽しみだ。
魔獣退治で疲れた後、こんなに書くなんて大変だろうに。
一度、無理して書かなくても良いですよ、と返書したのに、それに対しての返事は……。
―――― 貴女に手紙を書くという私の楽しみを奪わないでください。
そんな風に書かれたら、何も言えなくなってしまう。
アーキスフィーロさまから見れば、ほぼ押しかけたも同然の婚約者候補だと言うのに大事にされていることがよく分かる。
本当にいい人だ。
そして、手紙だと饒舌になるところも面白い。
アーキスフィーロさまに対しての返事だけは、もう雄也さんに添削依頼はしていない。
わたしの言葉で書かないと意味がないから。
アーキスフィーロさまから届く手紙の一部は、雄也さんに必要だと思って渡しているけど、全てではない。
アーキスフィーロさまの手紙は後半に、魔獣退治の報告以外のことが書かれている。
それを読むだけで嬉しい気持ちになるのだ。
わたしは気遣われている。
そして、帰りを待たれていることが分かってホッとする。
短期間で次々に厄介事を引き起こす婚約者候補なんて、迷惑以外の何者でもないだろうに。
本当に優しい方だ。
アーキスフィーロさまからの手紙に返事を書く。
これはあまり考えないで良い。
日本語だし。
ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、アラビア数字、記号、なんでも使い放題なのが特に良いよね。
九十九たちに書く事務的な報告書とは違う。
でも、日記ほど私的なことも書かない。
「良し」
アーキスフィーロさまへの手紙は書けた。
二、三回見直して、封筒に入れて封をする。
「えへへ」
これで良し。
他の手紙と混ざらないようにしないとね。
「他の手紙……」
すぐ側に束ねられたお手紙の山がある。
これから読む予定のコレらは本当に気が重くなるのだ。
選別されてもこうなのだから、最初に読むセヴェロさんや雄也さん、九十九は本当に大変だと思う。
これって、わたしのウォルダンテ大陸言語の勉強不足ってわけじゃないと思うのだ。
この世界にも方言のようなものとや、わたしには分からない暗喩などの比喩描写があるのかと思って、雄也さんに何度も確認したけど、いつも答えは同じ。
―――― 栞ちゃんの解釈で合っているよ
ぎゃふん!
「寧ろ、間違っていて欲しいと思って確認したのに、確定させてしまった時のわたしの心境はお分かりいただけただろうか?
まず、誤字脱字が多い。
本当にウォルダンテ大陸で生活している方々ですか? ……と、問いかけたくなるぐらい。
「次の」と「未来の」みたいに意味が似ている単語は仕方ないと思うけど、「前例」と「候補者」では意味が変わってくると思うのですよ?
しかも、これらは文字を習い始めの庶民ではなく、手紙を書き慣れているはずの貴族子息からなのだ。
「うぐう……」
苦痛である。
興味を持てない文章がここまで続くと、かなり苦痛である。
押しつけがましい?
自画自賛?
更には一方的な美辞麗句?
そんな文章が並んでいる。
それでも……以前読んだヴィバルダスさまの文章よりはまだマシか。
アレよりは文章が繋がっているからね。
「飲むか?」
差し出されるお茶。
「ありがとう、コックさん」
「……おお」
一瞬、コックコートに身を包み、頭にコック帽を乗せた九十九が顔を顰める。
だが、その姿はコックさん以外の何者でもない。
「わたし……この手紙を読み終えたら、返事を書かないといけないんだよね?」
お茶を飲みながら、溜息を吐く。
「嫌なら、オレか兄貴が代書するぞ?」
「要らない」
確かに気は重く、そして面倒だ。
だが、これはセヴェロさんと雄也さん、九十九が選別して、わたしが読んで返事を出した方が良いと判断した手紙である。
それならば、文字を代わりに書いてもらう代筆ならともかく、内容まで任せる代書なんて以ての外だろう。
いや……ね?
―――― ○○様よりお手紙をいただき本当に驚きました
―――― わたしなどに手紙をくださってありがとうございます
―――― 御心、嬉しく思います
―――― 身分不相応なのでご無礼ながら辞退させていただきます
―――― ご期待に添えず申し訳ございません
―――― 私では判断致しかねます
―――― 私の一存では決めかねます
―――― 少々、お時間をいただきたく存じます
―――― ○○の申し出についてはお受けいたしかねます
―――― 申し訳ございませんが、頂いたお手紙のようなことは、トルクスタン=スラフ=カルセオラリア王子殿下へお申し出いただきたく存じます
―――― 事情をご賢察のうえ、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます
……などを、内容に応じて書き換えるだけの簡単なお仕事なのです。
仮令、同じような文面ばかりになったとしても、送った相手が手紙を見せ合わなければ分からないからね。
確かにその前に貰った手紙の確認は面倒なのだけど……。
「これはわたしの仕事。九十九は九十九の仕事をしてください」
結局はそこに行きつく。
わたしよりも多くの仕事を抱えている彼らにこれ以上、負担を増やしてはいけないのだ。
「承知しました。我が主人」
わたしの言葉に恭しく、わざとらしく礼をする九十九。
コック帽を被っているため、何かの料理を注文した気分になる。
……ああ、絵が描きたい。
えんび服も、タキシードも、和服も、背広も、いろいろ似合うと思っていたが、コックコートとコック帽がこんなに似合う男はそういないだろう。
間違いなく、この世界で一番、似合っている。
誰も、彼以上にその服を着こなすことはできないだろう。
「ハンバーグをお願いします」
「は?」
「はうっ!?」
思わず、注文してしまった。
いや、コックさんの姿だから、つい!!
実際、注文を受け取るのはウエイターさんやウエイトレスさんだって知ってるけど!
この姿なら何でも作ってくれそうな気がして……。
「ご注文承りました」
「ほ?」
あれ? 承られた?
「今日はカレーのつもりだったんだがな。お前がハンバーグの気分なら、それに似たような料理に変えるぞ?」
コック帽のよく似合う青年はそんなことを口にする。
「なんと!? カレーも捨てがたい!!」
ああ、わたしはどうしたら……?
「ハンバーグカレーみたいな料理にするか?」
「はうあっ!?」
人間界ではたまにあったミックス料理。
だが、この世界では難易度が格段に上がる。
それを、この青年は簡単に言ってのけるのだ。
「ううっ。それも心惹かれる。でも、別々にちゃんと味わいたい……」
カレーの香辛料と、ハンバーグの味を混ぜたくないのだ。
ワンプレート系が嫌なわけではない。
単純に皿の中で混ざるのがひっかかるだけである。
「皿を分けることもできるぞ?」
「そんなに食べられないよ」
自分で言い出しておいて我が儘だと思う。
だが、九十九は少し考えて……。
「昼にカレー、夜にハンバーグが良いか? それとも逆が良いか?」
「ふおっ!?」
そんなとんでもない提案をしてきた。
だが、どちらも昼食には少し重い気がする。
「ああ、昼にハンバーガー、夜にカレーが良いか? 昼に少量カレー、夜にガッツリハンバーグが良いか?」
「ああっ!? 酷い!? 選択肢を増やすなんて!!」
さらに迷わせる選択を告げるコックさん。
食べる人を惑わせるなんて酷い人だ。
「うぐぐ……。昼に少量カレー、夜に美味しいハンバーグでお願いします」
ハンバーガーも捨てがたいけど、どうせなら、しっかり食べたい。
でも、九十九のカレーって美味しいんだよね。
「承知致しました」
自信満々に一礼をするコックさん。
やはり、専属料理人である。
楽しみがあるとやる気は増すらしい。
わたしは、昼前に返事を書き上げて、昼食を待つのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




