万能疲労回復薬
何かが胸元でもぞもぞと動く気配がする。
敵意はない。
居心地は良い。
……その気配の相手を察した。
どうやらオレは寝ていたらしい。
いや、弁解をさせてもらうと、そろそろ起きる気配はあったんだ。
だから、いつもの儀式を聞くために、寝台に入った。
もう栞は回復している。
だから、同じ寝台で休む理由はなくなった。
だが、オレも兄貴も同じ寝台で休む。
何故か?
それは、オレたち自身の回復のためだった。
魔獣退治も今日で十三日目だ。
日増しに手強くなっていく魔獣たち。
その爪や牙は、オレの魔気の守りをぶち破りそうな破壊力を持った魔獣たちも珍しくなくなった。
吐き出される体液に毒や眠り、麻痺、凍傷などの効果を持つ魔獣や、氷の息を吐く魔獣も増えている。
だが、それらよりも対処が難しいのが、尻尾だった。
爪や牙、体液や息、毛など身体の一部を飛ばすモノはその動きから予測できるが、尻尾の動きが意外に読みにくいのだ。
いや、普段の魔獣たちなら読める。
だが、強化……いや進化途中の魔獣の動きは読みにくくなった。
……そう、進化だ。
魔獣たちは進化を始めている。
そして……ローダンセ国内の貴族の一部が王城や貴族街から姿を消し始めた。
魔獣退治屋や傭兵よりも先に。
当主だけ、家族だけ、妻子だけ、嫡子だけといろいろあったが、中には、文字通り家ごと姿を消した貴族もいる。
邸宅を丸ごと持って姿を消すのは、この世界に魔法があるからだろう。
城下の貴族街はもともと静かだが、かなり人の気配も減った。
反面、城下が賑わっている。
人の出入りが激しいからだろう。
そして、審査門を出て一キロメートル圏内は、魔獣退治屋だけでなく、一般人も増えた。
魔獣が増えていることは既に知られている。
だから、少しでも数を減らそうとしているのか、素材目当てか、それ以外の理由かは分からない。
それでも、そいつらは現時点でローダンセを捨てる気はないということだ。
まあ、捨てて生活できる人間ばかりではないということでもあるのだろうけど。
さて、そんな考察はどうでもいい。
居心地は良いし惜しいとは思うが、やることもあるのだ。
そろそろ栞に声をかけよう。
「あ」
思ったより小さくなった。
「あ~、悪い」
更に続けた声は我ながらわざとらしい。
「ちょっと寝てた」
「回復のためでしょう? 仕方ないよ」
だが、素直な栞は誤魔化されてくれる。
この無防備さに不安を覚えるのはオレだけか?
悪い男に騙されそうで心配になるが、オレや兄貴を超える悪い男というのもそう多くないだろう。
「とりあえず、離れてくれる?」
それでも、オレの目が覚めたならば、引っ付くのは駄目らしい。
栞は居心地悪そうに、オレの胸元でモソモソと動く。
その動きに、文字通り胸を擽られた。
「ああ、悪い」
名残惜しいがいつまでも抱き締めているわけにはいかない。
泣く泣く栞から手を離して起き上がる。
「…………あ」
そして、栞から漏れる小さな声。
栞はオレの本日の服装を見て、目をぱちくりした後……。
「これぞまさに、専属料理人!!」
身も蓋もないことを叫んだ。
「うっせえ」
燃えにくく通気性や吸水性の良い綿素材、二枚重ねの前身頃と、それを止める紐釦と呼ばれる布製のボタン。
そして、特徴的な長袖の服。
更に、無駄に高い白い帽子。
何処をどう見ても人間界の料理人の姿である。
「ふおおおおっ!?」
栞が何故か雄叫びを上げた。
「いや、それはどんな感想だ?」
いつにない反応で戸惑うが……。
「夢が叶った!!」
「……どんな夢だよ?」
重ねるように、阿呆なことを言われてしまった。
「九十九のコックさん姿!!」
「コックコート姿な? ……って、夢?」
「夢だったよ! 名実ともに料理人な九十九の姿。ずっと見たかったから」
その黒い瞳がキラキラしている。
……いや、夢?
オレのこの姿が?
「お前の夢は、やっすいな~?」
こんな服ならいくらでも着てやるのに。
「いやいやいや? 安くないよ? お高いよ?」
高くねえよ。
夢と呼ぶにはあまりにも安すぎる。
もっといろいろ夢を見ても良いのに。
オレの主人はこんな些細なことで喜んでくれるのだ。
「まあ、お気に召したようで良かったよ、ご主人様」
「ぬ?」
「オレは、専属料理人なんだろう?」
オレが揶揄うように言うと、栞は唇を突き出して、その表情で不満を訴える。
その顔が可愛くて思わず笑ってしまった。
「ところで、その服、コックコートって言うの?」
「そうらしい。オレも兄貴から聞いて初めて知った」
見たことはあったが、着るのは初めてだ。
兄貴の知り合いは、一体、どこまで拘りを持ってこれらを作成したのだろうか?
話に聞いていた特徴を全て押さえているなんて、専門家しかいないだろうに。
特にこの紐釦。
布製のボタンなんて、見た目には関係がないのにここまで拘る理由はなんだ?
いや、それ以外の服もそうだ。
細部に亘って手が込んでいた。
まるで、本物を複製したかのように。
そして、兄貴もそれに気付いている。
気付いた上で受け取った。
オレは知らなかったが、セントポーリア国王陛下に献上した物は、人間界でも安い物ではなかったらしい。
高校生で、それを気軽に他者へ寄越すことが信じられないほどに。
「服がコックコートなら、頭はコックハット?」
栞はオレの頭上を見て言った。
「シェフハットやコック帽とも言うな」
「その帽子の高さで、コックさんの地位が分かるんだよね?」
「知らん。ここまで高くするなんて、邪魔なだけだ」
高さ三十五センチ。
料理の邪魔である。
オレは三角巾やバンダナの方が良い。
ここまで高くするのは、目印以外考えられないだろう。
この世界と違って、人間界では料理人が多いからな。
厨房で料理人たちが犇めいていても、この高さなら一目で分かる。
「それにしても、最近の栞にしては、珍しい時間に起きたな」
「ぬ?」
「まだ七刻だぞ?」
「おお?」
この様子からどうやら、気付いていなかったらしい。
まあ、このコンテナハウスには時計も窓もないからな。
窓はともかく、栞が時間を気にしなくて良いように、時計は準備しなかったのだ。
「その時間まで九十九が寝ているのも珍しいね。また二度寝した?」
「今回は三度寝だな」
それだけ疲労がたまっているのかもしれない。
体力と魔法力は回復している。
魔獣退治だけだったら良い。
だが、それ以外の部分の疲労が半端ない。
尤も、兄貴はそれ以上疲労を抱えているだろう。
オレは、どうしても兄貴を頼ってしまうから。
自分である程度考えても、最終決定は上司でもある兄貴になる。
役割分担上、それは仕方ない。
だから、オレができることは、少しでも兄貴の負担を減らすことだった。
「もう回復したっぽいから、わたしに付き合う必要なんてないよ?」
だが、オレたちの主人は、そんなことを言う。
「念のためだ。特に、昨日は魔封石を使っている。お前が思っている以上に、身体にストレスはかかったはずだ」
オレたちの回復の意味もあるが、勿論、栞のことが最優先だ。
だから、オレたちと一緒に寝ること自体がストレスになるなら止めるつもりではいる。
個人的な感情を言わせてもらえるなら、止めたくはねえけど。
「あ~。アレは確かに辛かった」
栞は左手に付いた何かを払うように振りながら困った顔で笑う。
「今は、大丈夫か?」
「もう指輪は外しているから大丈夫だよ」
それが凄いことだと気付いていない。
魔封石は接触時間が長いほど、外した後にもその感覚が残るのだ。
質が良い物ならば、尚更である。
「左手を見せてみろ」
「ん」
栞がオレに左手を差し出す。
感じられる体内魔気の流れはいつもどおりだ。
「本当に何もなかったかのような手だな」
やはり、栞には効果が薄いと言うことだろう。
その理由は一体……。
「魔封石の効果が薄いのは、わたしが半分、この世界の人間の血ではないからじゃないかな?」
栞が不意にそんなことを言った。
「あ?」
「父親は確かに魔力が強いけど、母は、この世界の人間じゃないでしょう? そのせいで魔石の効果が出にくいんじゃない?」
栞は当然のように口にしているが、その視点はオレにはないものだった。
「千歳さんの血……」
それが理由なのか?
その可能性があるなら、オレたちは根本的な考え違いをしていたことになる。
「あるいは……創造神さまの御力? 母ほどじゃなくても、わたしにも加護があるんだよね?」
さらに栞が言った理由。
それも、オレの頭にはなかった。
「創造神の加護……」
そっちもあったか。
しかも、最近強化されたのだ。
千歳さまの方にあった加護の影響だけでなく、栞自身が創造神に縁付いた。
それなら、普通とは違う状況になる可能性もある。
これは考えを見直す必要が出てきた。
いや、違う。
もっと栞に話させるべきだ。
オレたちの凝り固まった考えと違う言葉が多くある。
この世界の人間の視点だけでなく、記憶を封印した後、人間界で架空の物語の多く触れ、神子として大神官にオレたちとは違った知識を植え付けられているのだから。
そうと分かれば……。
「メシにするか」
オレは気持ちを切り替えるべく、そう口にするのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




