魔封石の効能
「………」
兄貴からの報告を読んで、オレは絶句するしかなかった。
栞は昼食を食べた後、報告書や自分宛に届けられた書簡を読み、返書を書いた後に、兄貴から魔封石で作られた指輪を嵌めたらしい。
勿論、その効果や危険性を十分に伝えた上で、栞は承諾した。
そして、兄貴は万一に備えての結界や、栞が魔力暴走を起こした時のために魔石も準備して臨んだが……ここで、予想外の結果となったらしい。
―――― うえぇ……気持ち悪い
その腹部を抑えてそう口にしたそうだ。
魔封石の効果は、喋るどころか動くことも儘ならぬ状態になるのが一般的で、魔力の強弱は関係ない。
ところが栞の場合、脱力はせず、しかも自分の状態を口にできたのだ。
体内魔気は確かに乱れ、いつものように魔気のまもりは滲み出なくなったことから、魔封石の効果は間違いなく出ている。
兄貴は我が目を疑いつつも、それを悟らせないように、栞の状態を確認したらしい。
「触ったか?」
「……触れずに確認できる方法があるか?」
「ねえな」
呼吸はともかく、体温と脈は触れずに確認できない。
「お前の場合、魔力暴走を起こさなくなった後も、やはり、暫くは脱力等の症状もあった。加えて、眼瞼結膜の色素が薄くなり、貧血の症状と同じように白っぽくなっていたが、主人は綺麗なピンク色だった」
下瞼を引っ張ってその内側の粘膜の状態を診れば、全身の血液循環の状態や貧血の確認までできる。
オレの症状を知っていたから、兄貴は栞の眼瞼結膜の色まで確認していたらしい。
色が白っぽく変わっていたというのなら、鉄分不足か血流不足の可能性が高い。
そして、状況的に血流不足の方だと思う。
言われてみればあの症状は貧血によく似ていた。
普段、オレに貧血症状がなかったから気付かなかったみたいだな。
「だが、主人は『車酔い』に似ていると言っていた。そうなると、症状としては感覚の混乱による自律神経の乱れ……といったところか」
だが、言い換えればその程度の症状しか出なかったのだ。
それがどれだけ凄く、そして恐ろしいことか。
「栞には魔封石の効き目が弱い。そう思って良いと思うか?」
少しずつ、少しずつ、でも、確実に、着実に。
ナニかによって離されていく気がしてならない。
「そうだな。そう思わせておいた方が良い」
「あ?」
「主人との話でも出たことではある。魔封石はその質によって大きくその効果が左右される。今回、渡した魔封石の効き目は感覚が混乱しただけで済んだが、他の人間が使うモノも同じとは限らん」
それは理解している。
だが……。
「『思わせておいた方が良い』?」
その言葉の方が気になった。
「簡単なことだ。主人は強い意思で状況をひっくり返すほどの奇跡を起こせる人間らしい。それならば、『自分には他者よりも魔封石の効き目が弱い』と思わせれば、真実、そうなる可能性がある」
栞の思い込みの強さを逆に利用するってことか。
「それなら、『魔封石は効かない』と思わせておいた方が良かったんじゃないか?」
「阿呆。既に魔封石で具合を悪くしているのだ。『効かない』は無理がある。何より、そう断言しておいて、別の魔封石が効いてしまった時、衝撃がより大きくなるリスクもあるだろう。それよりは、効きにくい、効いても効果が弱いと思い込む方が良い」
「なるほど……」
確かに全く効かないと思い込ませておきながら、効いてしまった時の方が厄介か。
「それに、効果が薄いのは、あの魔封石だけかもしれない。あるいは、他の魔封石も主人の血筋か、能力か、体質か、それ以外の理由から効果が弱くなる可能性もある。原因が特定できない以上、過信は禁物だな」
思い当たる原因が一つではない辺り、オレたちの主人は改めてとんでもない存在だと思う。
「ただ……アレを付けても身体強化が使えたのは、正直、意外だった」
「……だよな」
魔封石はその質に関係なく、例外なく、体内魔気の流れを阻害する魔石だ。
いろいろ試してみたから分かることなのだが、魔封石は体内魔気が巡ることを完全に止めるのではなく、身体の各部に見えないナニかによって遮られるような違和感があるだけの魔石だ。
だが、これが意外と厄介である。
まず、体内魔気の巡りが正常でなくなるため、無意識に身体の外に滲み出るはずの体内魔気のまもりが弱まる。
つまり、肉体の守りに不安を覚えることになるのだ。
そして、体内魔気の異常を自覚すると、魔法を意識して使うことがかなり難しくなる。
現代魔法は周囲の大気魔気を取り込み、自身の中にある体内魔気と合わせて使う。
古代魔法は自分の身体を巡る体内魔気だけを利用して使用する。
いずれも、意識を集中して、魔気と呼ばれる魔力を集合、集束させ、手から放出することが一般的だ。
その上、身体的な状態異常……全身の脱力、激しい動悸、呼吸の乱れ、眩暈、頭痛、耳鳴り、吐き気、手足の震えや冷え、悪寒、疲労や倦怠感、腹部の不快感などが起こる。
そんな時に肉体の守りに不安があっては、意識を集中させることができない。
更に、体内魔気の流れがいつもと異なるため、自分の意思で魔力を一点に集めることが難しくなる。
想像力と創造力。
魔法を使う時に必要な要素がどちらも欠けているのだ。
それなのに、栞は身体強化をした。
魔封石を初めて着けた状態で。
魔封石を付けることに慣れれば、肉体に現れる症状の数々は緩和する。
体内魔気の流れも完全に堰き止められているわけでなく、生命活動を維持するために最低限は流れているのだから、その僅かな流れを意識すれば、古代魔法は使えるのだ。
「兄貴はアレをどう考える?」
「さあな。俺にも分からん」
兄貴も肩を竦める。
「ただ、はっきり言えることは……『主人だから』だろう」
「……だよな」
そうだ。
この女が「高田栞」だから。
その言葉だけでオレも納得してしまう。
セントポーリアの王族の血……これはセントポーリア国王陛下にも多少の効果があることからその線は薄い。
しかも、セントポーリア国王陛下も慣らしていたなら、始めは効果があったのだろうから。
考えてみれば水尾さんだって、魔封石を使われることは、初めてではなかったのだ。
王族は事前に慣らす必要があるのかもしれない。
だが、栞はシオリの時にはそんなモン着けられていなかったよな?
三歳以前は分からんが、オレと出会ってからはそんな形で状態異常を起こしていた覚えはなかった。
「聖女の卵」としての能力。
これはありそうだ。
いや、正しくは神力行使者……神子としての能力。
あの大神官にも魔封石が効くとは思えない。
効果があるなら、神官たちの足の引っ張り合いで、真っ先に使われそうだからな。
体質的なもの……。
それもあまり考えられない。
栞は確かに王族の血を引く神力行使者ではあるが、その肉体は温かくて柔らかい、普通の人間だ。
背は低くても、真っ平ではなく、年頃の女らしく、なだらかな凹凸はある。
驟雨のような雨に打たれれば風邪を引くし、熱が出ることもある。
筋トレをしているから、同じ年代の女たちに比べたら、まあ、筋肉も体力もある方だろう。
食う方ではないが、病的なほどに細くもない。
だから、肉体についてはそこまで人外とは思わなかった。
それ以外の要因……はあまり考えたくねえな。
神とかそういった領域の話になるだろう。
神の加護、精霊の祝福があっても、魔封石の効果はオレたちや水尾さんにも出ているのだから……と、そこまで考えてあることに気付く。
「なあ、兄貴」
「なんだ?」
「明日は、コレを試しても良いか?」
オレはある物を取り出す。
「……なるほど」
それを見て、兄貴も頷いた。
いろいろ知りたい気持ちは同じらしい。
さて、栞をローダンセに戻す前に、もっと彼女のことを知っておこうか。
時間が許すギリギリまで。
残された時間はもうあまりないのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




