魔封石の効果
「結論から言うと、栞ちゃんは質の良い魔封石の効果が薄い可能性が高い……ということだね」
夕食を食べた後、雄也さんはいきなりこう切り出した。
「効果が薄い……ですか?」
「効き目はある。だが、一般的な魔力が強い者よりは効いていないようだね」
なるほど。
先ほどの九十九と雄也さんの密談内容はコレか。
わたしの状態から、魔封石の効果が薄いということが気になったのだろう。
自分の指に嵌っている魔封石でできた指輪を見る。
黒に近い紫色の石は、なんとなく、以前図鑑で見た、黒っぽい花を思わせる色だった。
「『質の良い』と限定したのはどういうことだ?」
「体内魔気の流れを阻害する魔封石だが、質が悪いモノになると、その効果が中途半端になる。今回は高品質の魔封石を使用しているが、低品質のモノになると、どんな反応になるか予測ができない」
「あ~、なるほど。栞には低品質の方が効くかもな」
護衛兄弟はそんな話をしているが、わたしにはよく分からない。
「高品質の方は効果が薄いのに、低品質の方が効くってどういうこと?」
普通は高品質の方が、効き目はあると思う。
品質ってそういうことだよね?
「高品質の魔石は、その石自体が持っている魔力が強く、その名前の通りの効果が出るが、不純物が混ざっているなど、鉱石としての品質が低い魔石の中には、その名前とは異なる効果を持つこともある。モノによっては、複合効果を持つ魔石もあるんだ」
「それって……逆に価値があるのでは?」
魔石の複合効果……なんて、言葉だけでのファンタジー好きなら胸がトキメキそうなものだけど。
「価値に関しては難しいところだな。天然魔石としては低品質。鑑賞性や装飾価値としては粗悪品。その時点で魔石としては価値が低く扱われる。それでも、実用性という面に関して利用できるモノもあるってことだからな」
「使う人によるってことね」
確かに有用性は人、それぞれってことか。
「つまり、安くても使える魔石はあるってことだね?」
「それは、売り主による」
「ほ?」
売り主?
「魔石の質を見極められる店ばかりじゃないってことだ」
「わあ……」
「魔石の鑑定は経験だけではなく、魔力が弱いと難しいからな。外見……色や透明度はともかく、中に込められている魔力の質や効果の分析は、識覚が鋭くないと無理だ。そして、識覚の鋭さを庶民が身に付けることは難しい」
「そ、それは……」
高くて質が悪いモノを売られる可能性もあるということではなかろうか?
「だから、魔石は買う人間も視る眼がないといけない。高価格だから本当に価値があるとは言えないということは理解したか?」
「ぬう……。それは分かった」
この世界には魔力と呼ばれるものがある。
だから、人間界の鉱物……宝石とはまた鑑定の仕方が違うようだ。
「それで、魔封石の話に戻るが、魔石市場がそんな状態だから、安価で手に入れた魔封石の方が、何を引き起こすか分からない怖さはあるということは理解できたか?」
「まあ、なんとなく?」
そこまで説明されたら、わたしでも理解できる気がする。
でも、完璧ではない。
「鉱物として見る目はあっても、魔力を視る眼がない人たちの鑑定だから、魔石の値段が有用性を表すわけではないってことと、安い価格の魔封石の効能は予測不可能ってことだよね?」
「まあ、大体はそんなところだ」
「つまり、一般の人って、九十九や雄也さんのように魔石を鑑定することは難しいってことか」
彼らは鉱物を見る目を持っている。
魔力を込めやすい錬石の等級まで分かるのがその証だろう。
その上、魔力が強く、魔石に込められている魔力の強さや効果も視えるのだ。
まさに完璧な鑑定士である。
「それでも、従来の魔封石の方が王族には大敵だよ」
それまで黙って話を聞いていた雄也さんが口を開く。
「魔封石は、王族の魔力の強さを無いものとする。良質なものならば、確実に魔気のまもりが働かなくなるからね」
あれ?
でも、これも多分、良質なものだよね?
雄也さんから左手の人差し指に嵌められた指輪を見る。
嫌な気配がする指輪。
RPGなら着けた直後に「でろでろでろでろで~でん」って如何にも呪われましたって感じの曲がしてもおかしくないと思った。
いや、実際は、着ける前から逃げたくなるような気配を放っていたのだ。
それでも先に手を取られていたから、わたしに逃げ場はなかった。
「そのことから、その魔封石が栞ちゃんにほとんど効果がなかったのは僥倖ということかな」
「え? でも、気持ち悪くなりましたよ?」
今も万全ではない。
夕食を食べる前よりはマシって程度だ。
「九十九に着けた時は魔力暴走を起こしたし、俺も初めて着けられた時は昏倒したよ」
「おおう」
確かに気分は悪くなったけど、昏倒まではしていない。
そして、魔力暴走も起こしていないと思う。
「年齢的なものも……あるのでは?」
九十九が小学校入学した頃なら、今から十年以上前だ。
その時期の彼が今ほどいろいろできたわけではないことを、わたしも覚えている。
本当に普通より……ちょっとしっかりした子供……だったから。
それに、雄也さんのことだから、九十九に試すより先に、自分に使っているだろう。
それに対して、わたしは十八歳、この世界では成人済みだ。
その時点で比べるのはおかしいと思う。
「ないよ」
「ないな」
だが、あっさりとわたしの言葉を否定する護衛兄弟。
「魔封石の効果は年齢に関係ない。慣れていなければ、成人していても簡単に昏倒するからね」
「だから、貴族やその縁者が罪を犯した時は、魔封石で動きを止めて捕縛するらしい」
雄也さんと九十九が口々にそう言う。
「セントポーリア国王陛下にも効果がありますか?」
だから、わたしがそう尋ねると、九十九は押し黙る。
想像ができなかったのだろう。
だが……。
「セントポーリア国王陛下は慣らされた人だから、効果が薄いよ。魔封石を使っても、怯むことはあっても、倒れたりすることはなかったね」
「は?」
「ほへ?」
雄也さんの言葉に、九十九とわたしは短く返すしかない。
「あ、兄貴? その言葉は……セントポーリア国王陛下に魔封石を使ったことがあるということか?」
わたしが抱いた疑問と同じことを九十九が口にする。
「俺が使ったわけではないぞ? たまたま使われる現場を見たことがあるだけだ」
「どんな状況だ!?」
「国王と呼ばれる立場にいる人間だからな。いろいろあるのだ。勿論、王侯貴族に向けて正当な理由もなく魔封石を使った人間は罪人として扱われることになる」
事もなげに言われたその言葉にゾクリとしたものを覚える。
この魔封石と呼ばれる魔石がそれほどのモノだということだ。
「陛下に使ったヤツはどうなった?」
「俺の近くで使った人間なら、即座に捕縛。計画を立てた父親が魔封じを施された上で、実行犯の御令嬢と共に情報国家に引き渡し……だったな」
情報国家に引き渡し……ってことは、父娘共々、国外追放ということだろうか。
計画と実行犯なら、連座というわけではないとは思うけど、一国の王に対する犯罪行為としては、ちょっと甘い気がする。
結局、生きているわけだしね。
「甘くねえか?」
「未遂だからな。死罪にするほどでもない」
雄也さんは薄く笑って……。
「尤も、お粗末で穴だらけの計画を立てたとは言っても、故国で死を賜った方がマシだったと思うような屈辱を味わった可能性はあるけどな」
更にそう続けた。
その言葉で背中がゾクリとしたものを覚える。
「聞いたオレがいうのもアレだが……兄貴、そこまでにしておけ。栞が怯える」
「だ、大丈夫! これぐらい平気!」
これが、貴族社会の普通なら、わたしは学ばなければならないことだから。
「主人はこう言っているが?」
雄也さんはそう笑うが、九十九は警戒を緩めない。
顔が怖いままだ。
でも、そんなに警戒しなくても良いと思うんだよね。
雄也さんは確かに時々、意地悪だけど、わたしに対しては精神的に負担となるようなことはあまりしない。
ちゃんと見極めてくれる人だから。
仮に、血の気の引くようなことがあったとしても、ちゃんと言葉を濁してくれる。
「まあ、ここから先の話は、警戒するような大した話ではないよ。この手の物語の終焉は決まっているだろう?」
雄也さんは更に笑って……。
「その後、彼らの姿を見た者はいない」
如何様にも受け止められる言葉を口にしたのだった。
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