やらかした雰囲気
「栞ちゃん、夕食は食べられる?」
「はい~」
具合が悪いとはいえ、我ながら情けない返答である。
そこでなんとか身体を起こすと……。
「ほあっ!?」
叫ぶしかなかった。
右を見ても、左を見ても、開襟シャツに腰エプロンの殿方の姿である。
「どうした?」
茶色の開襟シャツ、黒いズボン、カーキ色の腰エプロンを身に着けた黒髪の美形がわたしに尋ねてきた。
先に見ておけば良かった。
一人でも破壊力抜群な美形が、二人並ぶと攻撃力が上がることをわたしは知っていたのに。
とりあえず、わたしが言えることは……。
「紙と筆記具!!」
それだけだ。
「………は? あ? あ、うん、どうぞ?」
戸惑いながらも九十九は紙と筆記具を出してくれる。
机は目の前にあるから画板は要らない。
「ありがとう!!」
ひったくるようにそれらを受け取ると、机に向かって描き始める。
なんてことだ。
困ったような顔をしているが、それもまた良し!!
「栞ちゃん、ご飯は後の方が良い?」
紺の開襟シャツ、黒いズボン、腰エプロンの美形が微笑みながら確認してくるが……。
「いえ! すぐに描き終わります!!」
準備をしてくれているのに、待たせるわけにはいかない。
とりあえず、一枚、二枚、三枚……っと!!
「兄貴……。アレは本物の魔封石だよな?」
「俺が知らない間に、お前がよく似た紫石の指輪にすり替えでもしない限り、本物のはずだがな」
四枚、五枚、六枚!!
「気のせいか、身体強化まで使っているように見えるんだが?」
「奇遇だな。俺にもそう見える」
七枚、八枚、九枚、十枚!!
「お待たせしました!!」
そう言って顔を上げると……なんだろう?
わたしが絵を描いている間に、二人が密談中?
そんな雰囲気がする。
「栞。一応、確認するが……。動けるんだな?」
「動けるよ?」
ちょっと吐き気がするし、頭は痛い。
でも、わたしは中学生時代、インフルエンザで高熱を出して、頭痛が酷い中でも絵を描いていた女です。
あの時は、流石に線はガタガタと揺れていたけど、描いたこと自体は後悔していない。
学校を休んだ時って、なんか、絵を描きたくなるんだよね。
勿論、仕事に行っていた母には言っていない。
バレたら、怖いから。
「さっき、気持ち悪いって言ってなかったか?」
「吐き気はするし、頭痛もあるけど……極上のモデルを二人も前にして、沈んでいられないよね?」
「いや、沈んどけ? 気分が悪い時に無理をするな?」
九十九がどこか慌てたようにそう言う。
「何を言ってるの? 極上のモデルがいれば、気分が高揚するに決まってるじゃない!!」
「お前のその情熱はどこから来るんだ!?」
「内なる衝動? こう……体内から、だばだ~っとあふれ出るような?」
わたしがそう言うと、九十九が押し黙った。
でも、それ以外に言いようがないのだ。
「あ~、うん。栞の本能みたいのモノ……か?」
わたしのノリと勢いで出た言葉に対して、真剣に考えてくれるこの護衛は本当に真面目だと思います。
本能?
そこまで大袈裟なことではないと思う。
ただ……こう、妙に熱い気持ちが溢れて止まらなくなるだけだし。
「二人とも、いろいろ興味深い話だとは思うけれど、まずは食事にしようか」
雄也さんの笑みに少々、不穏なものが含まれた。
「「はい」」
それを見たわたしと九十九は揃ってお行儀よくそう返事するしかない。
やっぱり、雄也さんはお兄さんなんだと思う。
違うな。
頼りになるお兄さん……かな?
さて、待たせてしまった夕食は、わたしの状態を考えて、具だくさんのスープが主菜のようだ。
九十九と雄也さんの前には、ちゃんと大きな肉料理があるけどね。
体調が悪いわたしはともかく、健康な青年である二人にスープだけはお腹がもたないだろう。
いや、彼らは夜食という手もあるのか。
この具だくさんのスープは、セントポーリアの家庭料理らしいのだけど、本当に具だくさんであった。
いや、これは家庭料理では無理ですよね?
わたしならば、炭化一直線!
九十九も難しい顔でスープを食べている。
時折、漏れ聞こえる声から、どうやら食材分析中らしい。
つまり! 間違いなく、雄也さんの創作料理!
元になったのは確かにセントポーリアの家庭料理かもしれないけど、そこから独自の進化を遂げているのだと思う。
この世界では、家庭料理って同じ手順で作っても、同じ物にはなりにくい。
同じ物にならない……とは言わない。
九十九はほぼ同じ料理になるから。
彼は料理の神に愛されているとしか思えないよね。
「美味しいです、雄也」
目の前の具だくさんのスープを飲みながら、そう告げる。
本当は、グルメ漫画のようにもっと細かな味の感想を言えたら良いのに。
えっと……洋風スープっぽい半透明のスープが、深みとコクのある複雑な味を云々?
誰か、わたしに言語表現能力をください!!
「それは良かった。まだ食べるかい?」
「いただきます」
お替りまであるとか。
う~ん、美味しい!
美味しい料理に複雑な感想は要らないよね?
「……食えるんだな」
「食えるよ? スープ、美味しいよ?」
九十九の言葉に返答する。
その返答に対して、彼は眉間に皺を寄せた後……。
「気分は大丈夫か?」
更に確認してきた。
「気分? 食べているうちに落ち着いた」
「マジかよ」
もしかして、お腹がすきすぎて気持ち悪くなっていた?
いやいや、そんなわけない。
あんなに車酔いに似ていたのだ。
普通は、食べれば吐く気がする。
でも、このスープの香りが……わたしの食欲をそそったのです。
そして、食べて……お替りまでしてしまったのです。
「兄貴……」
「とりあえず、今は食事を優先しろ」
ぬ?
あれ?
この雰囲気に覚えがある。
もしかしなくても、わたし、また何かやらかした?
今回のやらかしと思われるのは、この魔封石の指輪かな?
体内魔気の流れを阻害して、魔法を使えなくしてしまう魔石と聞いている。
体内魔気の巡りが阻害されると、魔法だけでなく、体力、筋力ともに影響が出て……その魔石の質によっては筋肉が弛緩し、歩くどころか、立つことすらできなくなってしまう……らしい。
確かにわたしも状態異常となった。
でも、魔封石に触れていると、いずれその状態に慣れるとも聞いている。
人間は環境にも状況にも適応してしまう生き物だ。
だから、わたしのこの状態も、魔封石の指輪に慣れたのだと思うのだけど……?
落ち着かない時間が続く。
雄也さんが夕食を優先したなら、後で話してくれるということだろう。
でも、また二人に迷惑をかけたのだとしたら?
「栞」
「ふぬ?」
「問題があったわけでも、オレたちが困っているわけでもないから、気にせず食え」
わたしの困惑は見透かされているらしい。
九十九はわたしの体内魔気にもともと敏感だ。
一時期ほどではなくても、普通の人よりも変化が分かってしまう。
だからこそ、気を付けなければ。
もっと上手く隠さなければ。
「愚弟の言葉に付け加えよう。栞ちゃんの状態は嬉しい誤算だ」
「ぐ? ご?」
嬉しい誤算?
悪くない話ってこと?
そして、さり気なく「愚弟」。
九十九も口は悪いが、雄也さんも口が悪い。
「落ち着け。まずは人間の言葉を話せ」
「酷い」
咄嗟に出る言葉にまで責任は持てない。
でも、悪くはないものなら深く考えなくて良いか。
後回しになってしまう点は気になるけど、食事は大事。
美味しい食事は、作ってくれた人に感謝しつつ、気分よく食べなければいけないね。
「……何故、兄貴を拝む?」
「美味しい料理を作ってくれた人に感謝を」
「「なるほど」」
二人同時に納得された。
わたしの突飛な行動だというのに、彼らは動じない。
……これは慣れってやつだろうか?
でも、美味しい料理を頂いたら、感謝は大事だよね?
「ごちそうさまでした」
だから、わたしはその言葉にも感謝の気持ちを込めるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




