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異世界で人生を紡ぎたい  作者: も~じゅー
村での生活
32/41

離れたい気持ち

 あと5話くらいでこの章を終えると言ったけど、無理そうですね……。

「おはよう、アルドー」

「おはようございます」


 ツムギがキッチンで料理をしていると、エリスが起きてきた。


「アルドー。今日はあなたの誕生日だから料理とかお母さんに任せて……」

「いえ、僕がしたいだけですから」

「……そう」


 ありがとうと彼女は微笑んだ。


 最近、朝食を作るときエリスより先にツムギが作っているときの方が多い。

 ルイリアが産まれたばかりでエリスはルイリアに付きっきりになりがちなので、家事もやっていたら休む時間も取れない。

 そこで、ツムギは自分で出来る手伝いは今まで以上にすることにしたのだ。

 なので、朝食だけでなく、掃除や洗濯物を干す際もツムギが大抵こなしている。


 ちなみに、洗濯物を干すとき身長的に地面に洗濯物がついてしまうので、<魔力壁>を地面に薄く広く展開して、地面と洗濯物との接触を避けている。


 それから、エリスとツムギは共に朝食を作った。


 ツムギは食材を切ることは異様に速くて正確なのだが、味付けは意外と大雑把で調味料をスプーンとか計量カップとか使わずに調味料を流し入れる。


「味との出会いは一期一会。適当に味付けをしているように見えるかい? 違うんだよーー」

 ーーそのときにしか出会えない味を私ゃ作っているのさ。


 というのがツムギの祖母の言葉。

 それに倣って、調味料をいちいち計るのを止めたのだ。


 今回の料理は味付けをエリスがやった。


 レイドも起きて、和やかに朝食をとったあと、ツムギは機を見て二人に切り出す。


「あの……少しいいですか」


 レイドとエリスの二人はツムギを見る。

 ツムギは緊張を解すように息を整える。


「えっと……僕……、この家から出たいなあ……と思って……はは」


 口を開くごとに顔が下を向く。

 言葉は浮かぶのに口に出しにくい。

 まるで、悪いことをした子供が言い訳するときのように、ツムギは笑って語尾を誤魔化す。


「どうしたんだ? アルドー」


 急におかしなことを言い始めた息子を父は心配そうに見る。


「……一人で自由に外を歩きたいってこと……よね?」


 ニュアンス的にそれは間違いであると気が付きながらも、本当の意味を知ってしまったらいけないと、なんとなくエリスは察する。


「……いえ、……この村から出ていきたいと思ってーー」


 ーーオギャー! ホギャー!


 そのとき急にルイリアが泣き出した。

 エリスはルイリアの元に向かっていって、話が有耶無耶になりかけた。


「……この村から出ていきたいって、どうしてなんだ? ……やっぱり、村の人達によく思われていないからか」


 有耶無耶になりかけた話をレイドが言及する。

 彼はツムギの真意を見るべく、真剣な表情をしていた。


「……それもありますけど、ただ……」

「ただ?」

「……外の世界を見てみたいだけです」


 出ていきたい理由を思いついたツムギはスラスラ話す。

 絵本で見た国を実際に見てみたい。

 この世界を旅してみたい。


 そしてーー

「僕は……ここにいていい存在ではないです」


 ここにいつまでもいるということは、レイドとエリスの二人は村の人に差別されたままになってしまう。

 二人を傷つけずに二人ーーいやルイリア含め三人のいるリーン村から離れたいと考えているツムギだが、完全に傷付けずには無理だと判断した。

 出ていく理由として、優しい理由だけでは理由として弱くなってしまう。

 優しい理由だけなら「もっと大きくなってから出ればいい」という話になる。

 また、呪い云々、転生云々言っても荒唐無稽過ぎて信じて貰えないかも知れないから、その理由は使えない。

 信じて貰えるならとてもいい理由だと思うのだが、信じて貰えず逆にこれから説得が難しくなる可能性もある。


 なので、考えられる限り二人が一番傷つかなさそうな理由を選んだ。


「それは違うぞ。アルドーはお父さんとお母さんの息子だ。それに、お父さんとお母さんだけじゃなく、ネールだって、フィリスさんだって、リーネちゃんだって、アルドーを大切に思ってる。アルドーがいなくなると悲しむ。だから、『ここにいていい存在じゃない』なんていうなよ。お前は『ここにいていい存在』なんだ」


 もちろん、ツムギが思う一番傷つかないと判断した理由だ。

 二人にとっては一番傷つかない理由ではないのかもしれない。


 レイドはツムギに近寄り両肩を掴んで目を見てそういった。


 そういってくれるのは嬉しい。

 大切に思ってくれていることが嬉しい。

 自分がいないと悲しむといってくれたことが嬉しい。

 ツムギは口を綻ばせて笑う。


 しかしーー




「ーーそんなわけ、ないじゃないですか」




 そんな笑顔で小さく呟かれたのは、否定の言葉。


「……え?」

「僕がここにいるだけで、二人が除け者にされています。村で不当な扱いを受けています。ここで生活するのは苦しくなっています。ルイリアも産まれました。僕がいると彼女にまで被害が及ぶと思います。二人がずっと欲しかった子供が、僕がいるせいで自由を制限されてしまいます。ネールさんと仲が拗れたのも僕のいるせいです。……それに、僕は貴方達の子供ではありません」


 ーーだから、ここにはいられません。


 いつもの朝。

 三回目の誕生日。

 ツムギは笑顔でそういった。

 何故、笑顔で語れる話ではない筈なのに、彼は微笑むのか。


 驚かせようとしているのか。

 村を出て行くのは冗談だと、彼らしからないイタズラをしているのか。

 もし、そうならどれほどいいのだろうか。


 彼の笑顔は、普段浮かべているものと変わらなかった。

 それは、この村を、自分達の下を離れることが、悲しいことではないからだろうか。

 それとも、これが彼の作り笑いなのか。

 気持ちを押し込めて作ったものなのか。

 レイドは判別出来なかった。


「この家から離れるのは駄目よ。まだ、アルドーは三歳になったところじゃない。……それに、貴方は確かにお母さんが産んだ子供じゃないかも知れないけど。それでも、貴方を……アルドーを、お母さん達の子供じゃないなんて思った日はないわ」


 ルイリアをあやしながら、エリスは呟いた。


 この子は頭がいい。

 頭のいいこの子が、自分は捨て子だと本当に理解していないのか。

 疑問に思ったエリスが考えたときにふと気が付いた。


(アルドーは一度も私達のことを、お父さん、お母さんと呼んだことがない……!)


 気付いたときになんとなく抱えてきた疑問が氷解した。


 初めて話したときからずっと敬語で、態度が他人行儀。

 頭がよくて、物知りで、料理も掃除も初めてなのに自分より手際がいい。


 これは、もしかしたら稀に持っているものがいるという『前世の記憶』ではないか、と。

 覚えている記憶の量に誤差があるのだが、前世の記憶を持つ者がこの世界ではいるのだ。


 エリスはツムギがそんな存在だと思っている。


 それでもーー


(この子が何者だとしても、私はこの子の母親。レイドはこの子の父親。……それは、変わらない)


 彼女にとってツムギは大切な存在。

 自分達の下に来てくれた大切な子供なのだ。


(……無理だ。傷付けずに離れるなんて)


 嬉しいと思う程、悲しくなった。

 ここにいたいと思う程、ここにいてはいけなかった。

 だから、ここにはいられないのに、ここから出たいと言っているのに、伝わらない。


 崩れそうな微笑みを無理やり保って、ツムギは二人に酷いことを言う。


「残念ですけれど、僕は貴方達を親だなんて思った日はありません。貴方達も一緒にいる期間が長かったから、僕を大切だと勘違いをしているだけです。偽物の子供を引き留めるより、本物の子供の安全を考えて下さい」

「「……」」


 レイドとエリスは何も言えなくなった。


「……それから、明日家を出ようと思うので、今日一日よろしくお願いします」


 丁寧にツムギは頭を下げる。


 やっと伝えられた。

 やっと伝わった。

 これでもう、後には引けなくなった。


 下に向けられた表情は、相変わらず笑顔のままだった。

 しかし、その笑顔は先程までのものより、苦しげで今にも泣き出しそうなものだった。


「……アルドー。この村から出て、最初にどこに行くんだ」


 声をかけられて、ツムギは急いで表情を取り繕い険しい表情のレイドを見た。


「この村から出て東の街道に進んだところにある、ガイレーンの町に行く予定です」

「食糧確保はどうするんだ?」

「本で調べた道に生えてる安全な野草を食べます」

「獰猛な動物や、危険な魔物が現れたら?」


 その問いにツムギはすぐ答えられなかった。

 動物を殺したことはないし、魔物を実際に見たことがない。

 相対したことがないツムギは勝手が分からないのだ


「…………逃げます」


 考えた後の答えは、甘いもの。

 二人から離れなきゃ、という気持ちが先行してしまって具体的な案がツムギには、決まっていなかった。


「逃げる暇もなかったら?」

「…………諦めます」


 ハァ……とレイドはため息をついた。


「アルドーが考えている程、この世界は甘くないぞ。生きるためにはそれ相応の力がいる。……それは戦う力であったり、お金の力だったり、権力の力だったり、頼りになる人の力だったり。それが繋がり力になるんだ。今のアルドーにこの世界を生き抜ける程の力があるとは思えない」


 真摯な態度のレイドにツムギは何も言えなくなる。


 それなら、どうすればいいのか。

 あたる相手が違くても、ヤツあたりしたい気分になる。

 ツムギの命は文字通り、自分の命は自分だけのものではない。

 後7年は幸せに生きないといけないのだ。

 それを破れば、導きの女神フェルシエラの命が尽きる。


 女神と交わした魂を使った【契約】は、ツムギにとってこの世界に縛りつける呪いの鎖だ。

 その鎖がなければツムギは、どこまでも足をのばして、どこまでも愚かに命を散らして、どこまでも安堵した笑みを浮かべるだろう。


 しかし、鎖は確かにその胸の中にあるのだ。


「明日からここを出たとしても、すぐに死ぬのがオチだろう。旅に出るならもっと鍛えてからにしろ。……お父さんが鍛えてやるからな」

「……お母さんも出来るだけ協力するから」


 ーー貴方達を親だなんて思った日はありません。


(そういった筈なのに、酷い言葉で傷をつけたのに、どうしてそんなに優しい声で、僕に接するの?)

「……だから、駄目なんですよ」


 ツムギは空気にも聞こえていないような声で呟き、レイド達の顔が直視出来なくて俯いた。


 顔を見られるのは怖い。

 泣いていることを知られてしまうから。

 顔を見るのは怖い。

 眩しくもないのに涙がでてしまうから。


 すぅー、と一つ心を落ち着かせる深呼吸をする音。


「……はい。迷惑かけてすみません。僕が外の世界でも生きられるくらいになるまで、よろしくお願いします。レイドさん、エリスさん」


 長袖で涙を拭いたあと、精一杯の笑顔でツムギは言葉を紡ぐ。


 意地でも涙を見せない。

 弱みに漬け込まれると、すぐに人を好きになるから。

 お父さんとお母さんなんて、絶対に言わない。

 身近な存在だと認めると、安心して心を安らげてしまうから。


 いつか、屈託のない笑顔を浮かべられるのなら、そのときにはーー


 ありもしないと諦めている、夢と呼ばれる未来の出来事。

 それは想像するだけで幸せで、不思議と想像を終えても虚しさは訪れなかった。

番外編  祖母の本音

「味との出会いは一期一会。適当に味付けをしているように見えるかい? 違うんだよーー」

 ーーそのときにしか出会えない味を私ゃ作っているのさ。


 やっぱり、お祖母ちゃんはすごいとツムギは尊敬した。


(計量カップ使うのめんどくさいからねえ。洗い物も増えるし)


 たとえ、どんなことを考えていても、伝わらなければいいのだ。

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