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異世界で人生を紡ぎたい  作者: も~じゅー
村での生活
29/41

出産に立ち会うとき

 ベッドの上で横になっているエリスに向けてツムギは手を伸ばした。

 彼女の体内では、魔力が渦巻いている。

 それは時が経つごとに彼女を苦しめていた。


ーーー

 【魔力暴走】の治まる方法。それは、

「誰かが魔力を抑え込むことよ」

「だが、それは危険な行為なんだ。魔力を抑え込むことにも負担がかかるし、施す相手よりも多量な魔力が必要になる。……魔力の属性が似通っていたらその限りでもないんだが、俺やネール、フィリスさんは風属性を持っていない」


 レイドは地属性とほんのり闇属性、ネールは火水地光の4属性、フィリスは光属性、リーネは火と光属性にそれぞれ適性がある。


 魔力の質的にはレイドが一番いい。


「他の属性に強い適性があればあるほど、魔力の質が良ければ良い程、治めるのが難しくなってくるんだ……」

「うぅぅうううぅうううぁぁああぁあぁああァァァーーーッッッッ!!」

「エリスっ!」


 レイドが説明していると、一際大きな叫び声。

 本格的にエリスの魔力が暴走する。


 ベッドはギシギシ激しく音を上げ、布団は情けなくぐしゃぐしゃになる。窓も開いていないのに寝室を満たすように風が靡いて、室内に置いてあったものは大概風に飛ばされる。


 ーーそのとき、一際強く暴風が吹く。


「いやぁッ!」


 レイドやフィリスは大人で魔力を操作して身体強化も出来るが、ツムギやリーネは別だ。

 ツムギは座り込み<魔力壁>で自分の全身を覆って風を躱したのだが、リーネは立っていたところにもろに風が当たってしまった。


 暴風に襲われてリーネは後ろに飛ばされる! ……ことはなかった。


「……あれ」

「怪我はありませんか!?」

「……え、うん」


 リーネは何が起きたのか分からず、パチリと目を瞬かせた。

 倒れ込んだ先には柔らかくて見えない何かがあり、それのお陰で倒れなかった。


「<魔力壁>が間にあってよかったです」

「魔力……壁?」


 ツムギの出した魔法は二つ使えるうちの一つ。<魔力壁>だ。

 だが、ツムギは自分専用の椅子なんかを作ろうとしたとき、固いだけでは微妙なので、柔らかくなるように改良したのだ。

 その経験が生きて、リーネを傷付けずに済んだ。


 ……壁の役割を放棄したかのような魔法になったのだが。

 リーネは魔力壁? と疑問を持った。


 ツムギはフィリスとレイドに視線を向ける。

 その表情は真剣な気持ちを具現化したようだった。


「時は一刻を争います。僕にその方法、試させて貰えませんか?」

「そんなの危険だ!」

「そうだわ! アルドー君の気持ちは分かるけどアルドー君自身が危険よ!」

「……でも、このままだと何も状況が変わらないどころか、悪化してしまいます。魔法の属性が強いとだめなんですよね? なら僕が適人の筈です」


 ーー無属性の僕が。


 無属性。何にも適性がない。つまり癖がなく、どんな魔力とも相性は悪くない……筈だ。


 ツムギは頭を下げ「やらせてください」と再度お願いした。


 出来ないかもしれない。

 治せないかもしれない。

 後悔するかもしれない。


 でも、何もしなければ状況は悪化する。

 神に祈ったところで改善なんかされない。

 助けなんか呼ばれてないし、逆にやめろと止められた。


 それでも、ツムギは助けたかった。


 ギュッと握られた手は次のレイドの言葉で開かれた。

「そこまでいうならやってみろ」……と。


 何を言っているのと、フィリスはレイドを止めた。

「アルちゃん……」とリーネは不安そうに見つめた。


 しかし、ツムギは止まらない。

 エリスの魔力が暴れるのを止めるそのときまで。


 リーネを危険だからと別室に案内された。

 ツムギはベッドに寝ているエリスの肩に、そっと労るように手を添えた。

 手のひらからでも伝わるエリスの汗、荒い息遣い。


(本当に辛そうだ……)


 目を閉じて集中するのは、己の中にある力の流れ。

 荒れ狂う魔力の中に存在する悪意の渦は、大きく強力なものになっていた。


(そんなの今は関係ない! エリスさんを助けることだけ考える!)


 魔力で操れるのは本当に少ない力の流れだけ。

 その少ない力を最大限活用し、エリスの体に流し込む。


(入らない……!)


 しかし、エリスの体には彼女の魔力が強くツムギの魔力が入る余地がなかった。

 瞼を開けて、どうしたら入るのかを考える。


(魔力はいつもよりも大量に身体に流れている。こんな状態は正常じゃない。

 魔力は魂から生成されるという話だった。なら、今は魂から無理に魔力に変換しているのかも……。

 ってそんなこと考えなくてもなんとなく分かるんだ!

 今はどうやったらエリスさんを救えるのか考えるときだ。


 魔力の暴走……。不規則に吹き荒ぶ暴風……。魔力の制御を失ったことが【魔力暴走】って言うんだっけ……。制御出来ない……不規則……。不規則に流れる魔力……)


 ーーそうか。


 魔力の流れが不規則なら、流れている魔力が少ない時間と場所があるだろう。

 ツムギはその刹那の時間にピンポイントで自分の魔力を流し込んでみることにする。

 目を閉じて再び集中。

 一瞬で入り込めるように魔力を圧縮する。


 ーーあ、今この瞬間……、ここに魔力を……!


 魔力の抵抗が薄くなった場所を探り当てて、ツムギは魔力を流す。

 小さく圧縮された魔力が入り、ビクッと一瞬エリスの身体が撥ねた。

 魔力が入り込ませることに成功した。


 魔力を相手の身体に流し込んだら、今度は身体の中に循環させるために魔力を薄く延ばしていく。

 魔力はエリスの身体の端から端まで行き渡る。


(抑えるように……)

「ふぅぅ……」


 一旦、落ち着くように深呼吸をツムギはした。母子の命の危険もあって緊張しているからか、額につーっと汗が流れる。


(……よし。始めよう)


 ツムギは、薄く瞳を開く。


 流し込んだ魔力でエリスの魔力を抑えつけるように動かした。

 しかし、エリスの魔力の流れが強すぎて、ツムギの魔力が弱すぎて、勢いは止まらない。


(だめかっ!)


 次は、流れを塞き止めるダムを作ろうと魔力を動かした。

 集めた魔力で流れを塞き止めることに成功した。


 ーーこのまま抑えつけるように……。

 そう思った矢先にエリスの魔力が強く流動し、ダムを突き破る。


 流動した魔力は、嵐となって部屋を襲った。


「っ!」

「アルドーッ!!」


 部屋に轟くレイドの大声。

 エリスの傍にいたツムギが一番の被害を受けた。

 身体が空中に弾かれ地面から足が離れた。

 内臓がフワッと浮くような感覚。


(<魔力壁>!)


 空中に舞い上がったものは、いつかは地に墜ちる。

 ツムギは落下地点を見分けたら、柔らかい<魔力壁>を展開して具現する。

 尻もちついて倒れたがすぐに起きて、再びエリスの元に駆け寄る。


 ーー治すんだ。僕がこの手で、人の命を。


 ツムギの姿は異様だった。

 何かに取り憑かれたようにエリスの元に駆け寄る彼の姿は、レイドの目からは酷く無機質に見えた。

 言われたことしか出来ない魔動ゴーレム。

 言われた設定に沿って動く魔導人形。


 何者かから命令されたそれらと近いなにかを、レイドはツムギを通して感る。

 もう止めていい、と口が開きかけたがその言葉をレイドは忘れた。


(魔力の流れを塞き止めるのは危険魔力が滞ると強い流れが生まれたときにそれも一緒に流れてしまう僕は魔力が少ないから無理なのかな出来ないのかな僕がやらないとエリスさんはどうなるのかなレイドさんが治すのかそれだときっと負担が大きい地属性と風属性は正反対の属性だから相性が悪いと本で読んだレイドさんが魔力量は一番あるけどそれはだめだ子供が危険になってしまう初めて出来た自分の子を殺させるのは絶対嫌だ魔力をどう動かせばエリスさんの魔力が止まるかな)


 頭を精一杯ツムギは働かせる。


(……いや考え方が違うのかな魔力を止めることばかり考えていたけど魔力を止めることはせず正常に流すことが出切ればいい暴走を止めればいいなにも初めから魔力の暴走を止めることが目的なんだ正常に魔力が流れれば自力で制御をできるようになる筈だ)

 ーー意識を変えろ……!


 パンッ! と両手で頬を思いっきり叩く。


 ツムギは再びエリスのなかに魔力を入れた。

 彼女の身体の中で魔力が滞っている場所があれば逆に動きを促し、魔力の量が多い場所があれば少ない箇所に誘導する。


 そうして魔力を動かしている内に、部屋に暴れていた風はやみ、ベッドの軋む音が消えた。

 魔力はまだ強めに流れているが、勢いは徐々に正常に近いものになっていく。


(なんだろう……。この感覚)


 いつしかツムギは自分の魔力がエリスの魔力と合わさり、ほつれて消えたのを体感した。

 なんというか自分の魔力がある筈なのに、口に入れたアイスのように溶けて消えたのだ。


 しかし、消えたと思っても確かに自分の魔力は感じるし操れる。


 逆にエリスの体内の魔力もいつの間にかそのまま操れていることに、ツムギは気がついた。

 そう気がついた瞬間、エリスの【魔力暴走】は止んだ。


(なんだかよく分からないけど……。操れるならそれでいい)

「…………ふぅ」


 もう緊張しなくても大丈夫なくらい安定している。

 【魔力暴走】を鎮めることが出来て一安心と、ツムギは息を吐いた。

 今のエリスの魔力は、赤ん坊の魔力の流れを閉じないように道を作って流している。


「……!」


 温かいものがツムギの頭に置かれた。

 突然の感覚にびっくりして、体を震わせた。


 置かれて、触れられて、驚いて……。


 大事な宝物を撫でるように触れていたものは、ツムギの助けた彼の大切な人。

 ベッドに横たわりながらエリスは「ありがとう」と疲れた笑みでいった。


「まだ、お礼をいうのは早いですよ。……お礼は赤ちゃんを産んでから……です。そのときまでとっておいてください」


 何故だか泣きそうになった。


 その気持ちを押し込めて、ツムギは柔らかな笑みを浮かべた。

 魔力の暴走を鎮めたと言っても体力が回復する訳ではない。

 エリスはここからも出産が待っているのだ。


「そうね……。お母さん……頑張るね」


 死んでもおかしくないくらい危険な状態に陥っていたエリスのその言葉は、元気一杯じゃないのに誰よりも"生きる力"に満ち溢れていた。


 ーーお母さん……


 ツムギは地球に生きていたときの母親の姿と、今のエリスの姿を重ねて見て下を向く。


(親の顔なんて朧げで、写真の姿しか憶えてないくせに……)


 皮肉気な顔を見せないように、再び笑顔の仮面を少年は被った。


 その後は、いつまた暴走が始まるか分からないので、エリスの魔力を操作しながら夜を明かした。


 エリスが出産したのは結局、翌日の朝になってからだった。


 産まれたばかりでは分からなかったが、時間が経過していくごとに赤ちゃんは親の面影を映した。


 レイドのような茶色の髪の毛、エリスのような黄緑の瞳。

 顔立ちも目元がそっくりだとか、鼻がそっくりだとか、笑った顔がそっくりだとか……。




 当然のことだが、その赤ん坊にはツムギの面影はなかった。

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