四十二時限目「老いざる人魚たちの終焉と長たる女の決断について」
まさかの武装ヘリコプター出動! マーメイド隊の間抜けぶりが加速する!
実況ペンギンに曰く、小型ヘリを操縦する女は名をポリプス・フタポズィと言うらしかった。和訳すれば蛸・蛸となるので、グラサン蛸とでも呼ぼうか。
グラサン蛸の行動は至ってシンプルで、ひたすら私を撃ち殺さんと小型ヘリに積んだ武装を乱射するということに始終していた。
まず火を噴いたのは二問の機関砲だった。バルカンだかガトリングだか、銃身数本を束ねたようなそれらは回転しながら弾丸を吐き出していく。これに対し私は――走って避けたり、或いは敢えて受けておいてOVFMで再生するなどの策はあったが、敢えてそれらを選ばず――
「悪いが前言撤回だ」
背後でほくそ笑んだままのドレス貝を盾にして防ぐ。無論盾としての機能などそこまで期待してはおらず、実際ドレス貝はあっと言う間にボロボロの肉塊へ姿を変えた。一方闘技場そのものには傷一つついていない辺り、女どもの死体を消したのと同じシステムが作用しているのだろうと思われた。
結局弾丸は闘技場内を走り回って余裕で避け切ったわけだが、小型ヘリに積まれた武装は機関砲だけではなかった。
続いて繰り出されたのは大口径かつ短めの銃身で、丸っこく大ぶりな弾丸が放物線を描いて発射される。弾丸の形状と弾道から推測するに榴弾だろう。実際それは榴弾で、しかも複数のタイプ――通常の爆発を引き起こすもの、より広範囲を炎上させるもの、閃光を放つもの、爆発に伴って金属片をも撒き散らすものなど――が混在しており、回避は困難を極めた。
(これが普通の戦場だったら褒めてやって良かったんだがなー。見た所色々やべぇし、もっと何か色々出される前に殺しとくか)
闘技場を走り回りつつヘリコプターに狙いを定め、先程破壊した際回収しておいたハンマーの破片を投げつける。
(狙うは……一か所のみっ!)
私の投げつけたハンマーの破片は、狙い通りヘリコプターの後部にある尾部回転翼に命中し、連結部を根元から圧し折り破壊する。姿勢を維持する尾部回転翼を失ったヘリコプターは、主回転翼の反トルク作用により横に回転し始める。
操縦席のグラサン蛸は混乱し何とか脱出しようとするが、激しく回転するヘリコプターの中では冷静さを保つのも不可能なようである。
(ただでさえバカ高かった間抜けっぷりが一気に跳ね上がったな。このままほっといて墜落を待ってもいいが……)
私はハンマー同様破壊した際に回収していた薙刀の穂(先端部)を手に取り、タイミングを見計らってヘリコプター――より厳密には操縦席のグラサン蛸――目掛けて投げつける。
一直線に飛んで行った薙刀の穂はヘリコプターのフロントガラスを貫通し、見事にグラサン蛸の右肩へ突き刺さる。見ればどうやら穂の刃は右肩をも貫通しているらしく、ちょうどグラサン蛸は操縦席の壁へ磔にされたような状態になっているようだった。
(殺し損ねたのは惜しいっちゃ惜しいが、あれはあれで面白いし別にいいや)
完全にコントロールを失ったヘリコプターは暫く闘技場内を狂った様に回転しながら飛び続け、やがて魔術によって虚空へ消えていった。どこに消えたのだか知らないが、どうあれあのままでは確実に死んだと考えていいだろう。
(さて、次はどう来るか……そもそも来るのか?)
などと思っていれば、実況ペンギンが次の相手を紹介してくれる。最早気が狂いでもしているのか、喋りは慌てたように荒っぽく、同僚(或いは上司)の死を悼みもしない。
紹介によれば次の相手は カングレホ・カランゲージョ、アスタコス・ロビヤーン、リギア・ラウスという三人組。名前の和訳は順に蟹・蟹、海老・海老、フナムシ・フナムシといった所で、SF系の古典漫画に登場する敵キャラクターを思わせるラインナップだ……と、言って何人の読者に通じるだろうか。
何れも監視や護衛等の雑用を担当しているが(少なくとも隊内では)確かな戦闘能力の持ち主であるそうで、何でも『今回は想定外の強敵に備えて特別な装備で登場する』との事だった。
そして実際姿を現したのは――
(バカだろ)
女三人が乗り込むロボットだった。
そのサイズは正直『よく闘技場の中に入ったな』と言いたくなる程に大きく、中央を境に緑、青、紫の三色に分かれている辺り何らかのマシン三体が変形・合体したものと思われた。
ともあれ先程の武装ヘリを超えた情けなさである。だがそれでもやはり巨大であるというのはそれだけで驚異なのでさっさと処理することにする。場合によってはOVFMの使用も考慮しなくてはならないだろう。
(いやまあそもそもOVFM縛りしてるわけじゃねぇから存分に使やいいっちゃいいんだが)
何やら変な名乗りポーズか何かを決めているらしい巨大ロボットを前に、私は嘗て奪い取ったナイフを手に身構えリングを駆ける。リングロープに足をかけ一気に跳躍し、そのままロボットの身体に張り付く。
『わ、な、何だお前ぇ!?』
『いきなり張り付いて来やがって何考えてんだぁ!』
『ちくしょー、叩き潰してやるっ!』
ロボットを操縦する甲殻類どもは酷く取り乱した様子で慌ててガチャガチャと操縦桿を動かし、機体に張り付く私を叩き潰さんと腕を振り上げる。振り下ろされた掌を、当然私はすんでの所で避ける。ともすれば結果的にロボットは自分で自分を力一杯叩く羽目になり、かなりのダメージを受けたようだった。
これは使える。案外楽に乗り切れるかもしれない。
即座に感づいた私は、ロボットに張り付いたまま表面を動き回っては甲殻類どもを挑発し、攻撃を誘い寸前で避けて機体を殴らせるという動きを繰り返す。そうしてさほど苦労もせずロボットをほぼ機能停止と言う程損壊させる。
(そろそろいいか)
程よく壊れた辺りでロボットから離れ、リングに着地。然し諦めの悪い甲殻類どもはまだ私の殺害を諦めていないらしく、まだだと言わんばかりに攻撃をしかけようとしてくる。
然しその攻撃は不発に終わり、どころか限界まで損傷していた所に無理な負荷をかけた所為でロボットは遂に悲鳴を上げ初め、ギイギイという軋む音や火花を上げながら崩壊し始める。しかも本来ならここで先程のように魔術らしきものが発動しロボットの残骸などは姿を消す筈なのだが、それもない。
ロボットは崩れ落ち、爆発し、炎上する。無遠慮なまでに容赦なく撒き散らされる破壊に観客席の女たちはパニックを起こし、私のことなどそっちのけで逃げ出そうとする。思えば先程からペンギンによる実況が途絶えているが、奴も恐れをなして逃げ出したということだろうか。
女たちは一斉に闘技場の非常口へ集まっていく。だがその扉は硬く閉ざされ、何があろうと開くことはない。
そんな様子を眺めながら、私は敵兵から奪い取り、また別行動を取らせている男たちにも配ったスマートフォンの一つを起動、ある番号に連絡を入れる。
「よう兄弟、上手くやったようだな」
『おうよ旦那ぁ。奴らめ間抜けなことに一人残らずそっちへ集まってたようでよ、お蔭で楽にやれたぜ。もうザル通り越して筒って感じよぉ』
「そうかい。なら一先ず合流しよう。闘技場まで来てくれ。中の連中は私が見張っておく」
救助後別行動を取らせた男たちに、私は未だ囚われている男たちの解放の他、マーメイド隊が拠点とするこの区画全体のシステムを掌握或いは破綻させたり、機密情報やこれまでの悪行に関する記録を外部へ流出させるよう頼んでいた。目的は単純明快、マーメイド隊の組織としての機能に壊滅的な打撃を与え、より効率的に苦しめ滅ぼしやすくするためだ。
幸いと言うべきか、機械類の扱いについては奪い取った通信端末に情報が入っており、また助けた男たちの中に何人か専門的な知識を持つ者が居るというので何とかなるだろうとは思っていたが、まさかそこまで上手く行くとは思っていなかった。
更に言えばこの闘技場には全隊員が集っているという。ならばこの場の面々を皆殺しにすれば、必然的にマーメイド隊は壊滅するという寸法だ。
(さあ、面白くなってきたぞ……)
「……」
絶望。
ウェンディ・ボーモントという私の中には、ただそれだけがあった。
美麗闘士はほぼ全員死んだも同然。
システムは敵によって狂わされ、非常口の扉すら開かない。
しかもこれまでの惨めな有様や、更には隊全体の活動記録、隊員個人の詳細な個人情報といった機密情報までもネットに流れる結果となり、何故か大炎上。世界を支配するどころか、誰からも攻撃される結果を招いた。最早ネット上に、というよりこの闘技場の外に、私達の味方になろうとする人間なんて居ないだろう。全く納得いかないことであはるが。
(本当に……どうしてなの……男はそりゃ反発するでしょうけど、どうして女まで?
私たちマーメイド隊の考えは、女に生まれ女として育ち女として生きて来たなら誰だって持って当然じゃない。
なのに何で否定するの? 何で批判するの? 何で……何で私の考えを認めないどころか、理解を示そうとすらしないのよっ……!)
無言で屈辱を噛み締めながら、私はそれでも何とか逆襲のチャンスを伺い続ける。
そして熟考の末、ある作戦を思いつく。もうここまで追い詰められたのなら、これ以外に方法は無い。泣いても笑ってもこれが最後のチャンスだろう。
「よくやってくれたよ、兄弟。全く感謝してるぜ」
「そりゃこっちの台詞さ、旦那ぁ。あんたが居たから俺らはここまでこれたんだ」
「おうともよ。旦那は俺達の命の恩人さ」
外部で諸々の仕事を終えた男たちと合流し、適当に言葉を交わす。
「で、お前らこれからどうするよ?」
暫くして、私は男たちに問い掛ける。自分はまだやらねばならないことがあるので暫くここに残るつもりだが、お前達はどうするのか。残って私と共に戦うのか、或いは脱出するのかと。
「脱出を考えてるんなら私がある程度面倒を見よう。何せここは空に浮かぶ軍艦の中だ、外に出られりゃそれでOKとはならんだろう。うちの上司に言えばその辺りの面倒も見てくれると思うが……」
そう言ってスマートフォンを取り出した私だったが、然し男たちの返答は『マーメイド隊に報復を』という攻撃的なものであり、脱出や帰還などは二の次という者さえゴロゴロ居る始末だった。
曰く『心遣いは嬉しいが、だとしても今更大人しく引下がるなんて真っ平御免だ』
曰く『筆舌に尽くし難い苦痛や屈辱を味わわせてきた相手をあの程度で赦せる筈がない』
曰く『自分達の中には一生ものの傷を負った者や、或いは死んだ者もいる。彼らの無念を晴らさずに変えるなど言語道断だ』
男たちの怒気は凄まじいものだったが、それも当然だろう。何せわけもわからぬまま連れ去られ監禁された挙句、痛め付けられ泣き叫ぶ様を見世物にされ嘲笑われ、用済みとなれば化け物の餌にされるかもしれなかったのだ。いきなり殺しに行かないだけまだ良心的とさえ言えるだろう。
男たちの主張を聞き入れた私は、報復の手助けとして手元にOVFMの粉末を作り出す。
これがあれば奴らの動きを止めるくらいわけはない、さあ存分に痛め付けるがいいと言わんばかりに女たち目掛けて粉末をばら撒こうと手を掲げた、その時。
「お、お待ちくださいっ!」
何もできず座り込む女たちの中から、一人此方へ駆け寄ってくる者が居た。
それは恐らく、周囲の反応からの推察だが、マーメイド隊の長、ウェンディ・ボーモントと思われた。
「お、お待ちくださいっ!」
回避し得ぬ死への恐怖に怯える私――マーメイド隊施設管理班長、ミレステ・ラタ――の目に映るのは、必死の形相でかの憎きドラゴニュートの元へと駆け下り、頭を垂れる我らが隊長の姿だった。
女は男の上に立つ、を絶対の信条とするマーメイド隊にあって、男に敬語を用い頭を垂れるなど通常天地が反転しようと有り得ないことである。決して隊長のしていいことではない。然し私は隊長の思いがけない行動に隠された真意を気取っていた。隊長は恐らく、ああしてかの憎きドラゴニュートを油断させ、何とか逆襲の機会を探りださんと奔走しておられるのだ。或いは、我が身を犠牲にしてでも我々を助けようというお考えなのかもしれない。ともあれそのどちらかであることを確信した私は、何も言わずただ隊長を見守ることにした。
そしてまた、その場に居た他の全員も私同様隊長の真意に気付いたようで、誰しも死の恐怖に怯えていながら、然し隊長を見据える眼差しは真剣そのものだった。
「お前は……」
「はい! マーメイド隊の長をしております、ウェンディ・ボーモントと申します!」
ああ、やっぱりこいつがボーモントだったか。随分と着飾っているようだが、どうにも衣装に着られているという印象が拭えない。
「ほう……で、その隊長とやらがいきなりどうした。私達に何か用か……というか、その態度は何だ? 聞くにマーメイド隊という集団は、徹底した女尊男卑思想を掲げていると聞いたが……」
「は、え、あ……それは、その、っと……えー……反省、です!」
「反省?」
「はい! 確かに私は、つい先程までは貴方様の仰っていた通りの馬鹿げた思想を絶対の心理だなどと妄信しておりましたが、然し貴方様にこうして完全敗北したことで目が覚めたのです! 私めが大きな間違いを犯していたのだということを!」
「――私めが大きな間違いを犯していたのだということを!」
隊長の言葉は、まさに彼女自身の全てを完全否定したものと言えた。然しそれもまた演技であることは火を見るよりも明らかだ。流れからしてこの後の台詞は『自分はどうなってもいいから部下たちは見逃して欲しい』だ。そう確信する。
「……言いたいことはそれだけか? お前がこいつら全員を代表して自分の罪を認め悔いていると言ったところで、私の返す言葉は『そうか』だけだぞ。私がお前らを殺すという事実が揺らぐことはない」
「え、あ、はっ、いえ、勿論その、それだけではなくてですね、その……そちらにしてみれば身勝手な言い分であることは百も承知なのですが、私めから一つ提案があるので御座いまして」
「ほう、何だ。言ってみろ」
「はい、その、ですね……」
「おう」
「単刀直入に言わせて頂きますと」
「うむ」
「もし叶うのでしたら――」
「叶うのなら、何だ」
恐怖に縮み上がる臆病者然とした態度で紡がれる言葉へ、然し私達は期待に胸を膨らませる。
きっと隊長は『自分に免じて彼らを解放して欲しい』と頼み込む筈だ。
嘗てマーメイド隊の発足当時、隊長は言っていた。
『私は天涯孤独の身だが、今こうして私の元に集うお前達は、一人の例外も無く私の家族に等しい。
女が男を支配する真なる正義のまかり通る新世界は、お前たちの内の誰が欠けても成り立つまい。
私は新世界の為、お前達を救う為、それが必要であるというのなら、己の地位や財は勿論、命すら惜しみはしない。何故なら私が死んだとて、マーメイド隊の魂を継ぐお前達がきっと私に代わって世界を正しい方向に導いてくれると確信しているからだ』
ここまで言う程の御方が、命惜しさに私達を見捨てるだろうか。我が身可愛さに家族同然の部下たちを切り捨てるだろうか。
(その答えは否……そう、否なのだ! ボーモント隊長は私達を見捨てなどしない! 私達の為ならば何でもして下さるのだ! 彼女の誇り高き精神はダイヤモンドの如く! たかが男如きでは、どれだけ力を込めようと傷一つつけることなどできよう筈も――)
「どうか、私だけは見逃して頂けないでしょうか!」
紡がれる言葉に、耳を疑う。『私だけ』? いやいや待てよ、そんな筈はない。
きっと所謂、聞き間違いという奴だ。隊長がそんなことを言う筈がない、
などと思っていると――
「この者達は――私以外のマーメイド隊関係者は、どのようにして頂いても構いませんので! どうか、私だけは何卒ご勘弁を!」
闘技場内を揺るがす勢いで響き渡る、最低最悪の言葉。
彼女以外のこの場に存在する面々は、それこそがウェンディ・ボーモントという一個人の紛れもない本心であることを、言葉を通り越し心で理解させられる。
即ち、私達は彼女に呆気なく見捨てられてしまったのだった。
最低だこいつーっ! 次回、創太郎が別の傷口へ岩塩をねじ込むような凶行に!




