四十一時限目「雄竜の暴虐が引き起こす悪夢、即ち老いざる人魚の滅亡について」
マーメイド隊はほんとアホばっかり、っていうか大体が強がってる癖に間抜けというか情けないというか……。
「どう、して……どうして、こうなるのよ……」
放たれた貫き手を、ピスキスは確かに避けていた。
そして賺さず、彼女は攻撃に転じようとした。
だが拳を突き出さんとするその刹那、彼女は微かに苦しみ悶え、拳を突き出すことなく倒れ伏す。
ピンク色だったレオタードは赤く染まっていて、血だまりは静かに面積を広げていく。
観客たちは悲鳴を上げた。美麗闘士を兼ねる幹部達はそうでもないけれど、警備兵や作業員たちは誰も彼もこの世の終わりが来たかのように騒ぎ立てている。リングアナウンサーのピグノイスはパニックにならないよう呼びかけ、中級や上級の士官たちが必死で鎮圧に向かっているけれど、恐らくそうそう落ち着きはしないだろう。いざとなれば鎮静ガスを噴霧してでも止めるしかない。
闘技場には既に救急隊が入っている。全部隊を闘技場に集めておいて良かった。
(……落ち着きなさい……落ち着くのよ、私……そうよ……こう言っちゃ悪いけど、ピスキスの本業はあくまで受付であって、勿論男よりは当然強いんだけど、それでも美麗闘士の中じゃ最弱……相手が何かしらの小細工とか反則技でも使ってきて、彼女のコンディションがこれまでにないほど最悪で絶望的なくらいツイてないとかそういう条件が揃っちゃったらまあ、天文学的な確率で負けないとも言い切れなくもないわけではないということもないような気がしなくもないわけでもないということもあり得なくはないんじゃないかと思われなくもないというかともかく現実に起こっていることではあるけどそういうことだから)
救急隊に運ばれていピスキス。報告によれば幸いにも命に別状はないそうだけど、それでも治療が必要とのこと。
正直、危機的状況だと思う。私以外の面々もそう思っているだろう。何せこのマーメイド隊で、初めて女が男に負けたのだ。動揺が広がらない筈もない。
だが私は、それでも狼狽えない。
(そうよ……狼狽えていてはダメ……寧ろこの状況を逆手に取るのよ。恐らく清木場創太郎は、強敵だろうと踏んでいたピスキスをいともたやすく倒せたっていうんで調子に乗って油断しきっている筈。
ならその隙を突いて奴をコテンパンに叩きのめすのみよ。劣勢に立たされていた主人公の巻き返しを描いてこそ真に優れたエンタメ。主人公がただ活躍してるだけじゃ観客は満足しないもの……そうよ……これは好機なのよ!)
そんなこんなで何とか場を取り持った私は、他の美麗闘士たちに出撃命令を下す。
さっきのはあくまでも序章だ。ほんの始まりに過ぎない。本当の地獄、真の悪夢はここからだ。
『さぁてっ、お待たせ致しましたーっ! これより二回戦に移りたいと思います!』
実況ペンギンの甲高い声で、私は浅い眠りから目を覚ます。
(……漸く収まったか。ほったらかしにされてたのが退屈過ぎて軽く寝ちまってたが……何だ、二回戦? 新しいヤツが出て来るのか?)
見れば既に、二回戦の対戦相手とやらはリングへ上がっているらしかった。
実況に曰く名はトゥバラオン・カルハリアス。和訳すれば鮫・鮫、これまた間抜け極まりない。布地の少ない青いレオタードという出で立ちで、髪型は長めのポニーテール、目付きはまあ、鋭いと言えなくもない。あれでスイマーやダイバーなら鮫に例えられてもおかしくはないだろう。種族としては魚類の成分なんぞありゃしないだろうが。
(さて……どう始末すっかね。さっきのピンク魚は衝撃波貫手で刺身にしてやろうとしたのをしくじって殺し損ねたわけだが、これを機に不殺主義を貫いてやるってのも手かもしれねぇ……が、聞くに奴らとっ捕まえた男どもに相当ヒデェ事してたらしいからなー。
とするとおもくそブチ殺してやった方がいいのはいいと思うんだが、不殺主義と見せかけて最終的に殺す、上げて落とす系のアレも捨てがたいよなー……)
等と考えていると、痺れを切らしたらしいレオタ鮫がイラついた様子で飛び掛かって来たので適当に避ける。
背後の金網へ見事なまでに激突し自滅するレオタ鮫。何やら実況ペンギンが卑怯だ何だと糾弾しているが、最早まともに耳を傾ける気力も起きない。
観客席からは罵詈雑言や、どっから持ってきたんだか空き缶や石ころが飛んでくるので適当に避ける。
「ぬっ、くぅ……男の癖に、生意気な……あんた、プライドってもんがないの!?」
(……意味がわからねぇ。てめえで攻撃しくじって自滅しただけだってのに、さもこっちが悪いかのように言いやがって……ああ、バカなのか)
「ちょっとあんた、聞いてるの!? 他人が必死に話してるのにボケッとしてんじゃないわ――よっ!」
放たれた拳を、敢えて受ける――ただし、鱗で。
「~~~ッッッ!」
鈍い音を伴い、レオタ鮫の顔が苦痛に歪む。
ああ、痛かろう。そりゃ痛かろうよ。何せ私の鱗はその気になれば刃物や小経口の銃弾も弾き返すほど頑丈だ。まして格下を一方的に痛め付けてばかりの貧弱な拳なんぞで砕けるようなものでは断じてない。
その事実を思い知らせてやるべく、私は奴の震える二の腕を親指と人差し指でそっと摘み――あくまで摘むだけで、例えば爪を立てたりだとかは決してせず――指に伝わる感触で見極めたある一点を
「ちょっとあんた、何摘んでんのよ! クズの男風情があたしの身体に――」
引き千切った。
「!?」
引き千切られた二の腕からは、当然血が滴り落ちる。
骨こそ見えていないがそれでも傷はかなり深く、傍目から見れば抉られたようにも見えるだろう。
「……ぁ……っ……」
強気に振る舞っていたレオタ鮫の顔面が、恐怖に蒼褪め苦痛に引き攣る。
「ぅっ……く……ぅぅ……ぁ……ぃゃ……ぃや…………いやああああああああ! っぎにぁぁぁぁぁあああああ!」
やがてその目からは涙が流れ出し、震えていた口は悲鳴を上げ、泣き叫びながら訳も分からず暴れ出す。
その様は世にも恐ろしい未知のものに遭遇してしまった稚児のようで、一連の流れを踏まえれば哀れ惨めを通り越していっそ滑稽とも言えた。
だがそれ以上に見苦しく何より鬱陶しいので、さっさと殺すことにしよう。
「あっ、ぅあ、あぁぁああ、な、ああ、な、何、っっ、ぅ」
「……掠り傷程度で一々騒いでんじゃねえよ……みっともねぇ、なぁっ」
右の人差し指で眉間を一突き。鋭い爪は頭蓋骨も貫通し、恐らくは奴の脳を破壊しただろう。
素早く引き抜いてやれば、レオタ鮫は悲鳴の一つも上げずいきなり此方へ倒れ込んできたので、取り敢えず顔面を蹴飛ばしてやる。
するとレオタ鮫は頭から血や肉片を拭き出しながら面白いように吹き飛んでいき、そのまま倒れ伏し動かなくなった。
死んだ――というよりは死んでいたのだろう。
恐らくは私が指で眉間を刺し貫いた、その瞬間に。
ともすれば当然、観客席の女どもはより一層騒ぎ立て、パニックに陥る。だがどういうわけだろうか、騒ぎは不自然なほどに素早く――まるで不具合を起こした機械の電源を無理矢理切ったかのようなタイミングで――沈静化し、実況のペンギンが原稿を読み上げる。
それによればどうやら次の相手は――
『それではご登場願いましょう!
"美脚の特攻隊長"カサートカ・エボラール!
"パワフル・プリンセス"キート・バレイア!
"静寂の反撃手"モユ・ハッバール!
"セクシー・テンタクル"クヴァレ・カンディール・アルハバル!』
四人同時でやってくるらしかった。
(……まさか総合格闘技の達人で今まで常勝無敗だったトゥバラオンが手も足も出ず殺されるなんて……)
私、ウェンディ・ボーモントは頭を抱えていた。
美麗闘士が男なんかに負けるというだけでも予想外なのに、まして殺されるだなんて。
一応観客席の面々は沈静化ガスを撒いて黙らせたし、トゥバラオンの死体も本来玩具の男どもを処理するための魔術で別室に転送した。けれど問題は清木場創太郎だ。あいつをどうにかしないことには、計画が根本から瓦解するばかりかマーメイド隊が全滅しかねない。
そうなれば私も殺されるだろう。仮に私だけ生き残ったとしてもネバーランドでの立場は無くなるに違いない。それだけは絶対に避けなければ。
そこで私が考えたのは、美麗闘士を複数人送り込むという作戦だった。
万が一のことも考え、一先ず送り込んだのは四人。
常にメイド服を着込み、実際元メイドという経歴で足技の達人でもあるカサートカ。
美麗闘士の中で最も小柄かつ単なる女学生という経歴ながら、見た目からは想像もつかない怪力で相手をなぎ倒すキート。
巫女装束に身を包み、カウンターを軸に据えた無駄のない戦い方をする古武術の名手、モユ。
見事な金髪と抜群のスタイルで同性をも魅了するほどの色香を纏う刹那主義者で、投げ技や関節技のスペシャリストでもあるクヴァレ。
何れもピスキスやトゥバラオン同様美貌と実力を併せ持つ優秀な美麗闘士で、当然男相手には常勝無敗で通って来た。それが一気に四人ともなれば、幾ら清木場創太郎とは言ってもひとたまりもないだろう。
(我ながら安易な考えだとは思うけど、世の中こういう時こそ却って単純な方法の方が上手く行くものよ……)
それにもし彼女達が苦戦を強いられるようなら、戦況を覆す為の奥の手だって用意してある。
(まあ、そんなものに頼らなくても多分勝てると思うけどね)
(……腹減ったなぁ)
レオタ鮫の後釜としてやってきた四人――メイド服姿の鯱・鯱、学生服姿の鯨・鯨、巫女姿の烏賊・烏賊、何かよくわからん変態的な身なりの海月・海月・海月――を適当にぶっ飛ばした私は、ふとそんなことを思っていた。
どいつもこいつも鳴り物入りで登場した癖に、実際相手をしてみれば先程のレオタ鮫に毛が生えた程度……その毛というのも恐らく大半は本人たちの純粋な実力によるものとは言い難いので、産毛と言うのが正しいだろうか。
四人一度にかかって来たので最初こそ困惑したものの、然し蓋を開けてみれば互いに好き勝手にしか動こうとせず、隙も何も隠さずに向かって来たり、下手糞な色仕掛けで誘惑しようとしたりとどいつもこいつも粗だらけ。故に動きを読み解きいなして叩きのめす程度のことは造作も無かった。
唯一巫女烏賊だけはそれなりに手古摺った気がしなくもないが、終わってみれば呆気ないという感想しか残らなかった辺りどっこいどっこいだろう。
途中、魔術によるものだろうが虚空から武器が降って来た事があった。それぞれメイド鯱はナイフ、チビ鯨はハンマー、巫女烏賊は薙刀、金髪海月は鞭を手にして私を殺そうとしてくる。だが正直な所、あのカスどもがその程度の武装をした所で何か違いが出るかというとそういうこともなく、寧ろ私としては奪い取るなり何なりできるので有利になったんじゃないかとすら思った。
そして実際、ナイフは奪い取り、ハンマーと薙刀は叩き壊してそれぞれ無力化しそれぞれの持ち主は適当に殴り飛ばし、鞭は振り下ろして来た所を掴んで金髪海月を引き寄せて叩きのめす序でに引き千切って捨てた。結局の所、塩を送られたのは私だったようである。
かくして一気に四名の美麗闘士がマットに沈み、やはり魔術か何かでどこかへ消えていった。
そしてやはり観客席の騒ぎは不自然な程すぐに収まり、ペンギンが原稿を読み上げる。
『さぁさぁどんどん参りましょう! 続いてはこの方々です!
"高貴なる破壊愛好家"マハール・ラコヴィーナ whith SJM0209!』
現れたのは、黒や深紅のドレスらしき服を着た黒髪の女と、そいつに付き従うタイツ女十一人だった。
恐らくドレス姿の女がマハール・ラコヴィーナ、つまり貝・貝であり、タイツの女どもがSJM0209なのだろう。
四人で無理だったから雑兵を集めて四倍の数で向かって来るとは、いよいよバカなのか……などと思っていた私は、直後更に度肝を抜かれることとなる。
「さて……それでは皆さん、ヤりますわよ」
「「「「「「「「「「「はい、マハール様」」」」」」」」」」」
(……おいおい、そりゃねぇだろ……)
先程の四人が途中から武装し始めた以上、こいつらも武装しているであろうとは、確かに思っていた。
だがこれは流石に予想外、というか幾ら武器や凶器の使用が認められている格闘技の試合であっても、少なくとも相手を攻撃すべく持ち込んでいいものではないだろう、というのが私の率直な感想だった。
驚くべきか、呆れるべきか、正直本気で迷う。
私にそうまで言わせた女たちの武器とは――"銃"だった。
それも拳銃などではなく、ライフル銃である。猟師が山林で鹿や猪を撃つような代物で、リングに立つ十二人の女が一人の男を狙っている。
(間抜け……いや、情けねえと言うべきか。弱い男一人狙うのに強い女が十二人がかりでライフル装備とはよぉ……負けたくねえから手段選んでられねぇってのがモロに伝わって来やがる)
「ふふ……怖気づいてしまいましたか? 無様なものですわね……」
(何とでも思っとけ)
「さあ皆、この哀れな男を蜂の巣にしてやりましょう」
合図に合わせ、女たちは一斉にライフルを構え引き金を引く。
銃口が火を噴き、反動に揺れ、弾丸が発射される。
その一瞬、恐らく十分の一秒にも満たないであろう刹那を、然し私はしっかりと察知し――跳ぶ。
浮き上がるようなイメージで、マット運動の技が一つ後方回転を華麗に決める。
私の両足がリングへ着くのと同時に、次々と倒れて行くタイツの女たち。唯一無傷であるかのように振る舞っているドレス貝さえも、苦悶の表情を浮かべている。
奴らの表情や、死に際に口から漏れ出す断末魔の呟きから察するに、連中め揃いも揃って自分に何が起こったのだか全く理解できていないようだった。
『こ、これはっ……一体何が起こったというのでしょうかッ!? ライフルを構えていたSJMメンバーが次々と倒れていく一方、銃口を向けられていた挑戦者は無傷であります! 一体如何なるトリックなのか!? こんなこと、起こり得る筈がなぁーいっ!』
(ああ、お前もかよ実況ペンギン。それに観客席の奴らまで……間抜けなもんだぜ。男より優れているであろう女にあるまじき醜態じゃねえか)
一連の出来事にトリックなんてものはない。
ただ、私が銃弾を避け、十二人の女たちが互いを撃ち合い自滅したという、ただそれだけのことである。
(馬鹿どもが……敵の動きを封じもせずに調子こくからそうなるんだ)
角が偶数個ある正多角形のある一角から中心点を通る直線を延々と引けば、その直線は必然的に反対側の角を通過する。
多角形の角を人の配置、直線を銃口の向き及び弾道とすればつまり、奴らは対角線上の味方を撃ち殺す構えを取ってしまっていることに気付かぬまま引き金を引き、結果的に自滅してしまったのだ。これを間抜けと呼ばずして何と呼ぼうか。
もっと言えば闘技場に残っているのはリーダー格のドレス貝のみであり、タイツの女十一人は例によって姿を消していた。
(しかもそのドレス貝にしても部下の弾丸が腹に直撃してどうやら動けねえってんだからなぁ)
間抜けぶりに拍車がかかるというものである。
「まだやるかい」
微動だにしないドレス貝に向き直り、私は問う。
だがドレス貝は答えない。黙ったまま、此方を睨み付けている。
「まだやるかい、って聞いてんだよ」
再び問い掛けるが、やはりドレス貝は答えない。
「あくまでだんまりってんなら、仕方ねえやなぁ」
微動だにしないドレス貝へ歩み寄り、右腕を銀色の不定形な塊に変化させつつ見せ付ける。
「特別サービスだ。有機的可変流体金属細胞で殺してやる……さあ、言えよ。どんな風に殺されたい? 5秒以内に言やあリクエストに応えてやるぜ」
返答など端から期待していなかった。ただ好きな古典アニメの台詞を真似てみたかったというだけだ。
結局ドレス貝は答えず、私は右腕を鋭い角錐へ変化させ奴の肉を刺し貫くことにした。
「……時間切れだ」
角錐と化した右腕を振り上げ、ドレス貝の柔肌を刺し貫こうと構えを取った、その時。
それまで顰め面で此方を睨んでいたドレス貝が微かに笑みを浮かべ、私の背後には突如、突風を纏い轟音を伴う"何か"が現れた。
「!?」
振り向いて確認してみればその"何か"とは、機関砲や誘導弾を搭載した小型ヘリコプターであった。
操縦しているのはサングラスに軍服か何かのようなものを着た女。恐らくは美麗闘士と呼ばれるマーメイド隊幹部格の一人だろう。
(記録更新だ。おめでとう、お前こそ情けないヤツの世界チャンピオンだよ)
後ろで声高に何やら言っているドレス貝を尻目に、私は心の中で呟いた。
サシで格闘戦挑んだけど勝てません二連敗です→四人がかりで戦ってますが苦戦してます→武器も使いましたが負けました→鉄砲持たせた十二人で取り囲んで撃ち殺そうとしましたが自滅しました→もう武装ヘリ使います←今ここ
な、情けねぇ……




