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四十時限目「狩らぬ雄竜の皮算用、即ち老いざる人魚を統べる長の楽観的妄想について」

……物語はウェンディ・ボーモントの自室から始まる。

「失礼致します!」

「あら、一体どうしたのよ騒々しい……入ってくるならノックの一つでもしなさいな」


 隊長室のドアを突き破るような勢いで入って来た警備兵を宥めつつ、私ことマーメイド隊の長、ウェンディ・ボーモントは爪の手入れを続行する。


「は、も、申し訳ございませんっ。然し、き、緊急、事態でしてっ」

「はぁ、緊急事態ぃ? 一体何があったのよ。どうせ大したことじゃないんでしょ?」


 爪の手入れを終えた私は、後始末を済ませつつ紅茶を口に含み――


「いえ、それがその……フックイーターが、脱走しました……」

「!?」


――盛大に噴き出した。



 フックイーターは、その昔ラスクのアホが軍用に生み出した怪物だ。

 その姿はワニとタコを混ぜ合わせたようで、よくわからないけどとにかく強い。そりゃもう、男はおろか女でさえ襲われたら一溜りもないって、この私が思うくらいには。

 けどラスクのアホにしてみればこの怪物、どうにも納得のいく出来じゃなかったらしく、通路沿いのゴミ箱に生まれたての赤ん坊やまだ孵ってない卵が汚いゴミ袋に詰め込まれ捨てられていた。

 それから何の偶然か、うちの下っ端の何人かがこのゴミ袋をこっそり持ち帰り、自分達の部屋で育て始める。紆余曲折を経て大きく成長した怪物たちは、侵入者迎撃用の罠兼粗大生ゴミ処分場である『アンダー・プール・オブ・ヘル』に移され、侵入者の撃退や使い物にならなくなった玩具どもの処分に役立っている。



「だ、脱走……ですって? あのフックイーターが? あ、あんたねぇ、馬鹿言ってんじゃないわよ。そんなのあるわけないじゃない。アンダー・プール・オブ・ヘルってフックイーターじゃ絶対壊せないように設計されてんでしょ? そんであの中にフックイーターより強い奴が入るわけない。ならあの壁が壊されるなんてこと、ある筈ないでしょうが」

「然し、事実フックイーターは脱走し、既に多くの隊員が犠牲に……」

 なんて具合に警備兵が差し出したタブレットには、大広間を荒らし回るフックイーターの姿が。

 然し、何かがおかしい。

「……ねえ、ちょっといいかしら」

「はい、何でしょう」

「……画面に映ってるフックイーター、一匹だけに見えるんだけど」

「……」

「確かあれって結構な数居たわよね? 他のはどこ行ったの? まさか逃げ出したのはあのデカい一匹だけで、他はアンダー・プール・オブ・ヘルの中で大人しくしてるとかじゃないわよね? それとも何、他のは捕獲に成功して残すはあの一匹だけってことなの?」

「……大変申し上げ難いのですが、その……」

「いいわよ、別に。あんたの所為じゃないし、怒鳴ったり嫌味を言うつもりなんてないから」

「はい、では……お言葉通り"アンダー・プール・オブ・ヘルを逃げ出したフックイーター"はあの一匹だけです。然し、他の個体は……その……」

「他のは、何?」

「他の個体は……死滅して、しまいまして……」

「死滅、って……まさかあのデカい一匹が食い殺しちゃったとか?」

「いえ、お言葉ですがそれは有り得ない事です。管理班曰く、フックイーターには共食いを防ぐよう脳に改造を施していたそうです。更に言えば、見付かった死体には目立った外傷が見受けられなかったとの報告もあります」

「つまり、フックイーターを殺したのは脱走した一匹じゃない別の何か……と言う事ね?」

「恐らくは。して、如何なさいますか、隊長」

「フックイーターを殺しなさい。閉じ込めておけない以上しょうがないわ。これ以上被害を出さないよう、しっかりと隔離してね」

「はっ、畏まりました。では、失礼します」


 かくして私は、足早に去っていく警備兵を見送った。フックイーターを全て失ったのは損害だけど、でも他にも戦力や罠は幾らでもあるし大したことじゃない。


「それはそうとして侵入者よね。ラスクの術で三人居た内の一人は確実にこっちへ飛ばされてきてる筈だし……」

 なんて具合に考えていると、私のスマートフォンに連絡が入る。

「早速フックイーター脱走騒ぎに進展かしらね……って、えぇ?」

 電話をかけてきた発信者は、脱走したフックイーターとは関係がない部署――大闘技場の受付――からのものだった。


 私達マーメイド隊の象徴とも言える大闘技場は、飛行艦艇ウェンディ&ピーターで私達が支配できている区画のほぼ真ん中にある。その名の通り規模はかなりのもので、詳しくは知らないし自慢する程の事でもないだろうけど、多分地上にある格闘技の試合を目的としたどんな屋内施設よりも大きいと思う。

 然しそこは、件のフックイーターが暴れていた場所からかなり離れている。どうしてこんな時に……なんて思いつつも、私は電話に出る。


「もしもし」

『ボーモント隊長、失礼します。ピスキスです。お電話よろしいでしょうか』

「ええ、構わないわ。でもどうしたの? 大闘技場の方はフックイーターの騒ぎとは無関係でしょう?」

『はい、確かにフックイーターは来ておりませんし、そちらは先程討伐に成功したとの情報も入って来ておりますが、ただ……』

「ただ、何? 一体何があったの?」

『はい。実は先程、闘技場に得体の知れない者が現れまして……「道場破りならぬ闘技場破りに来た」と』

「はぁ? 闘技場破りぃ? 一体どこのバカよそんなこと言うのは。っていうかそいつ、具体的にはどんなヤツなの?」

『それが、こんな時期だっていうのにかなりの厚着で……見た感じ図体はかなり大きくて、声からするに男だっていうのはわかるんですけど。どうしましょうか、何か「表世界では最強と呼ばれている。強い奴が大勢居ると聞いてここにきた。いいから戦わせろ」の一点張りで……』

 私は驚いていた。あの三人の侵入者たち以外でここに――それも、女より劣っている男の分際で――入り込んでくる奴が居るなんて信じられなかったからだ。けれどだからこそ、私はそいつを滑稽だと思ったし、いい玩具になると確信していた。この際だから、そいつを叩きのめす様子をネットで配信でもしてやればマーメイド隊の名を世に知らしめることだってできるかもしれない。

(何よりうちの構成員は私を含めそこらのグラビアアイドルやファッションモデルが尻尾巻いて逃げ出すような美人ばかり……性欲を持て余し色香に惑わされる馬鹿男や、私達の美しさに憧れを抱いた女たちが協力者として名乗りを上げるかもしれないわ。そうなればいよいよ、私達の最終目的である『女によって支配される世界』の完成も間近というもの……)


 ともすればこのビッグチャンス、逃すわけにはいかない。


「……いいわ。そいつを闘技場に入れなさい」

『よろしいのですか? 通常、試合に用いる玩具は捕獲チームが調達してきた男を用いるのが定石では?』

「構わないわ。ただでさえ今日の段階で玩具を大幅に処分してしまったんだもの、幾ら代わりが無数にいるとは言え倹約しないとね……。

 ともかくその身の程知らずなバカを戦わせるのよ、マーメイド隊が誇る一流の美麗闘士ビューティーファイターたちとね。そして己の弱さと愚かさを思い知らせ、想像を絶するような、死よりも恐ろしい苦痛と屈辱を与えてやるの。手を抜いてはダメ、けれど殺してもいけないわ。生きながらにして敗北を味わわせ、その上で凄惨な拷問にかけて、じっくり延々と苦しめてやるのよ。

 そしてその様子をネットでライブ配信して、私達マーメイド隊の名を世に知らしめることも忘れないで。勿論複数の大手動画サイトでね……私達の提供する試合は、ストレスや暴力的な衝動を持て余しがちな地上の奴らにとって最高のエンタメとなるに違いないわ。そして俗世の愚人たちは、そのエンタメをもっと楽しみたいという一心から私達と手を組みたがるでしょう。

 そうして力をつけていけば、ピーター・ドリスコールを打倒しネバーランドを支配、続けて世界をも支配下に置くことだって夢じゃない……いえ、最早確約されたも同じこと!

 さあ、そうと決まれば早速準備に取り掛からせなさい! 他のことなんてどうでもいい。戦う力を持つ者は闘士として闘技場に上がらせ、それ以外の人員は観客席に座らせるの。私も向かうわ! とにかく全力を以て件のアホを苦しめ、その様をネットへ流すのよ!」

『はい、畏まりました。では早速準備に取り掛かるよう、全隊員に通達致します』


 通話を終えた私は、興奮で全身の肌が粟立つのを感じていた。

 もう清木場創太郎なんてどうでもいい。否、どうでもいいとは思わない。奴にも標的としての価値は十二分にある。

 けれど例の闘技場破りだという厚着の変態の方が、よっぽど面白い玩具になるだろうと、そう思っていた。




(眩しい)


 大闘技場と呼ばれる空間の中。私、清木場創太郎は証明の眩しさに思わず目を覆う。



 ここに至るまでの経緯を説明するとなると、かなり長くなるかもしれない。

 侵入者迎撃用罠『アンダー・プール・オブ・ヘル』の中で、最後の最後に現れたデカいワニの化け物――後に知った事だが正式名称をフックイーターと言うらしい――に敢えて食われた私は、消化されるフリをして奴を内部から操ることに成功する。

 そのまま適当に壁を突き破って脱出しても良かったが、立て続けにどこからか放り込まれてきた幾人かの男たちを見ては『何かに使えるかもしれない』などと思いつき、同行させるべく化け物の腹へ仕舞い込む。

 適当に壁を破って脱出しつつ、腹の中で男たちから事情を聞けば、ある日突然捕らえられ闘技場で女たちから痛め付けられる日々を過ごし、その後理由も告げられず用済みと見做され捨てられたという。

 ならばと、私は男たちに問い掛け、提案する。

『ここから出て自由になりたいと思わないか。お前らをそんな目に遭わせた奴らに復讐したくないか。お前らと同じ目に遭っている奴らを助けたくはないか。私に手を貸してくれれば、そのどれもがきっと上手く行くだろう』

 男たちは提案を受け入れ、そして行動を開始する。一先ず化け物を操り、マーメイド隊の隊員と思しき適当な女を幾らか捕まえては脳へOVFMを仕込んで口を割らせ、隊に関する情報を粗方聞き出す。凡その情報が得られた所で所持品を奪って隊員を始末し、男たちともども化け物の体外へ密かに脱出。化け物は暫く勝手に動き回らせておき、あたかも散々暴れ回った挙句突然呆気なく死亡したように見せかける。

 その後、男たちには隊員から奪った武器と専用通信端末を持たせ、未だ囚われている他の男たちの救出などに向かわせる。

 一方の私は隊員の死体からはぎ取った制服をボロ布のように加工して全身に纏い、身を隠した状態で大闘技場へ向かい『道場破り』ならぬ『闘技場破り』を申し込む体で潜り込むことに成功する。

 そして場内で余計なボロ布を脱ぎ捨てリングに上がり、相手の登場を待ちながら今に至る、というわけだ。



『ディアー・レディース! 本日はここ、マーメイド隊大闘技場「コロセウム・ザ・ビューティフル」にようこそ! 司会進行は毎度おなじみ、私ことおしゃべりペンギン、ピグイノス・バトリークでお送りします!』

 如何にもアニメ声といった感じの甲高い声が響く。ピグイノス・バトリーク、恐らくこの闘技場でリングアナウンサーを務めているのだろう。何だかんだと意味の無い話が続くので、一先ず聞き流す。

(然しピグノイス(ペンギン)バトリーク(ペンギン)って何だよ間抜け過ぎんだろ、ゴリラやトッケイヤモリの学名じゃあるめぇし……)

『それではぁ! そんな哀れな闘技場破りクンに裁きを下す最初の美麗闘士ビューティファイターの登場です!』

(おお、漸くかよ。早く出せよ何時まで待たせんだよ)

『それでは入場です! 当コロセウムのトップバッターといえばこの方! 登竜門を守る麗しの水魚、ピスキス・ルィーバ!』

 派手な演出を伴い闘技場に現れたのは、競泳水着か何かのような衣装を着込んだ女だった。確か受付をやっていたように思うのだが、格闘家との兼業だろうか。それなりに端正な顔立ちでスタイルもそこそこ良く、恐らくグラビアアイドルやファッションモデルでもしていればそこそこ成功していたっておかしくはないような容姿かもしれない。

 だがそんなことは正直どうでもいいというか、服装含め想定の範囲内なのでさして驚いたり注目したりするようなことではない。

 それよりも重要なのは……

(ピスキス・ルィーバ……って、和訳したら魚・魚じゃねえか。テキスト化したら顔文字みてーになるよぞお前。さっきのペンギン・ペンギンといい、マーメイド隊の奴らってそんな名前のばっかりなのか?

 ……そらペンギンに魚、どっちも海洋生物で、メンバーにそういう名前付けるってんならわかるよ?

 隊の名前、人魚マーメイドだもんなぁ。けどだったらせめて違う意味の単語並べろよ。意味もなく違う言語混ぜてんのも余計間抜けに見えるし)


 あの警備兵から話を聞いた時点で相当救いようのない連中なのだろうとは思っていたが、まさかここまでとは。驚くべきか呆れるべきか、或いはそのどちらもすべきでないのか内心迷うが、ネバーランド関係者である以上結局は殺すのだからどうでもいいと結論付けた。

 そしてそうこうしている内に、どうやら試合が始まったらしい。




(何てこと……素晴らしい、素晴らしい幸運だわ……)

 闘技場の特等席。私、ウェンディ・ボーモントは湧き上がる喜びに止まらない身震いを感じていた。

(まさか……まさか突然現れた道場破りの男が、あの清木場創太郎だったなんて……只のアホ男を痛め付けてさらし者にするよりよっぽど"稼げる"じゃない……これは願っても無い幸運だわ……)


 そして、試合開始のゴングは鳴り響く。


(さあピスキス、清木場創太郎を痛め付け、そして世界にマーメイド隊の名を知らしめるのよ!)


 ピスキス・ルィーバは闘技場の受付担当であると同時に、初めて闘技場へ足を踏み入れた玩具を相手取り性能を試す役割を担う。なのでなのかどうなのか、ともあれ他の美麗闘士と比べ飛び抜けて優れた部分はなく、実力もそこまで高くはない(ただそれでも男相手に圧勝なのは言うまでもない)。

 然し彼女はその点を自覚していて、実力の低さを補うために何でも器用にバランスよくこなせるよう普段から訓練を積み重ねていて、時に他の美麗闘士の技を盗んでは自己流にアレンジすることもあるなど、決して軽視していい相手ではない。


(しかもピスキスは元々新体操の選手……無駄のない華麗なフットワークとそこから繰り出される攻撃は、只のパワー馬鹿や搦め手ばかりの技巧派気取りには効果覿面……)


 そしてそれを知りもしない清木場創太郎は、愚かにも真正面から既に迎撃の構えを取っているピスキスへ向かっていく。

 そこから導き出される答えは、ただ一つ。


(清木場創太郎は何も出来ずに負ける!)


 突き出したのは拳だか貫き手だか知らないが、あんなものピスキスにしてみれば止まって見えるだろう。


(そう、負けるのよ!)


 そして奴の攻撃を避け、最初の一撃を当てさえすれば、あとは完全にピスキスのペースに持って行ける。

 即ち彼女の勝利は確定する。


「そしてマーメイド隊の、この私の名は世界の伝説に――」


 なる!



 そう、なるのだ。



 その勝利を切っ掛けに、


 何もかもが連鎖的に動き、


 完全かつ理想的に終結する。



 一つの勝利が、全ての勝利となる。

 私はそう、願っていた。




 だが次の瞬間、願いは脆くも崩れ去ることとなる。

次回、清木場創太郎という畜生の暴虐により闘技場は地獄と化す!

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