三十一時限目「増援者のどこか危険な衣装、邪悪の正体に近付く手がかりについて」
増援者ジェニファー、彼女の纏う衣装とは……
「君が着ているそれは、一体何かね?」
僕、常木譲がジェニファー・ホークスに向けた第一の質問は、字面だけ見れば至極どうでもいい、状況に不釣り合いな質問だと思われるだろう。
ここですかさず創太郎君から『何をバカげた質問をしてんですか他にもっと聞く事あるでしょうが』なんて突っ込みを受けたって仕方がないだろう――彼女の服装がまともであったならば。
だが突っ込みが来ない以上、彼もまた僕と同じことを思ったのだろう――ジェニファー・ホークスの身なりは狂っている、ということを。
とは言え僕が地の文で『まともじゃない』『狂ってる』なんて言っても読者諸君には何のことやら想像できないだろう。
だから率直に述べよう。
彼女の着ている衣装とはつまり、
紐だ。
厳密に言えば"殆どが紐"だろうが、どの道紐であることに変わりはない。
一応構造から言えばマイクロビキニの一種ということになるんだろう。だがこれをマイクロビキニと言うのはどうも躊躇われるというくらいの露出度だ。
ボンテージと言われればまだ納得できるかもしれない。
まず何と言っても下半身用のパーツが小さすぎる。本当に最低限、隠さねばならない部分を隠しているという感じだ。着用者によっては十分に隠れ切らない可能性だってある、というくらいに。多分尻の上から四割くらいは実質的に見えてるんじゃないだろうか。
だがそれ以上に問題なのは上半身用のパーツかもしれない。何せまず、平面の物体ではない。通常ビキニのトップス、即ち所謂ブラというのは乳房――とりわけその先端部にあたる乳首部分――を確実に隠すべく何らかの生地を用い平面に作られるものだ。
だがこの衣装に於けるそれはと言うと、紐で連結された毛の塊である。一応薄平たい形に整えられてはいるが、それでも何かの拍子にズレそうで怖く感じる。
同じような毛の塊、というより毛皮のようなパーツは腰と首周りにも備わっていて、手足をすっぽりと覆う長手袋やストッキングの根元にもあしらわれている。だがそういった毛皮、手袋、ストッキングを除くとあとの部位は紐ぐらいしかないというのが殆どだ。一応、腰辺りの大きなリボンで尻が隠れているのが不幸中の幸いと言う感じだが……
(それにしたって狂ってるよなあ)
因みに頭には獣の耳らしき三角形のパーツがあり、リボンと同じくらいの位置からは太くふさふさの尻尾が垂れ下がっている。毛皮状パーツの事も含めて考えるに、このふざけた衣装は肉食獣――それもイヌ科の獣――を象ってデザインされたのだろう。
だがそんなことなどもうどうでもよくなるくらいに、この衣装の構造はとんでもなかった。
ましてそれを着てるのが教育実習生のジェニファー・ホークスだというんだから余計とんでもない。
前回も述べたが、彼女の容姿は女として完成された領域にある――あくまで数ある正答の一つ、くらいのものだろうが。
そんな美貌を誇る彼女がこんな露出の高すぎる衣装を着ているなんて、破廉恥にも程がある。
色に飢えたド変態でかつサキュバスでもある僕が断言するんだから多分間違いないだろう。
「ああ、この衣装ですか? 何ということはありませんよ。連中の船に攻め入る際教頭から『常木先生と清木場先生は戦場で奇抜なコスプレをして敵の度肝を抜くことが多い』と聞きまして、
ならば自分もと思ったのですが適切な衣装が思い浮かばず……悩んでいた所偶然その場に居合わせたジェイからこの衣装の事を聞き、これならばということで着用に至った次第でして」
「ああ、ジェイ……」
彼女の言うジェイ、というのは本校の特別進学コースに在籍する女生徒マリアンヌ・ジェイのことだ。
背に純白の翼を持つ鳥類型有翼人の美少女で、その風貌と理性的で聡明な性格から地上に舞い降りた天使として知られている。
成績優秀な優等生である彼女はそう言えばホークス君とプライベートでも一緒に出掛けるくらい仲良しだというのはわりと有名だったが……
「彼女がこういうはっちゃけた趣味を持っているとは、少々意外だね」
「おや、ご存知ありませんか? あれは所謂オタクという人種でして、こういった分野には明るいのですよ。これは確か古典系のゲームに登場するキャラクターの衣装だと言っていました」
「そうなのか。クロードのオッサンは厳格な方だっつうから、そういうもんは禁止するかと思ってたんだが」
創太郎君が口にした『クロードのオッサン』とは、捏海学園大学でフランス語を教えるクロード・ジェイ教授のことだ。
敬虔なクリスチャンであり秩序と公正を重んじる厳格な人物でもある彼は、孤児であったマリアンヌを養子として引き取った人物として一部で有名だった。
「それがそうでもなく、寧ろ教授もかなりのオタクなのですよ。とは言ってもジェイとは方向性が違いますがね……」
「意外な真実だな……と、随分話が逸れてしまったな。改めて確認したい。
まずホークス君、君が教頭の言っていた『増援』で間違いないね?」
「はい。ネバーランドは父の仇です。今回のこの騒動を起こしているのが奴らであると知れた以上、例え雑兵の一人でも手に掛けねば気が収まらない……本音としては私一人で皆殺しにしてやりたいほどです。
それだけ我が父は凄惨な殺され方をした……仇を取らねば私自身が納得できないっ……先生方、どうか同行の許可を……」
「なるほど、そういう事情が……。よし、わかった。此方としても戦力が増えるのは好ましい事だ。是非協力してくれ、ホークス君」
「私からも逆にお願い申し上げてえ程さ。邪険に扱ったりはしねえよ。なあ金田?」
『おうよ。ま、その衣装はどうかと思うけどねー』
「そんなに変でしょうか。というかそちらの貴女は……」
『おう、そいや初めましてだね。アテは金田ってんだ。色々あって常木のお姉さんをサポートしてるただのマスコットだよ』
「金田様、ですか。此方こそお初にお目にかかります、教育実習生のジェニファー・ホークスと申します」
かくして四人になった僕らは、残るネバーランドの構成員たちを探すべく死体の散乱する部屋を後にした。
「――以上が報告になります」
捏海学園大学付属高等学校敷地内のとある一室にて、私ことキース・ヴァッシーレは壁一面に埋め込まれた無数の液晶モニターへ一礼する。
【そアリりゅうようけいアリアクアリばばアリ】
言葉をかけられたモニター群は、不規則に点滅しながら得体の知れない機械音を立てる。
まるで私の言葉を聞き入れ、了解したとの旨を伝えるかのように。
「ご理解頂けたようで何よりです。次のショーに関しましては、そちらの件が済み次第早急に進めてまいります」
はた目から見れば単なる誤作動を起こした機械か、敢えてそうさせてある前衛芸術のようにしか見えないであろう。然しその光と音の意味を理解できる私は、それらの発する『言語』に対し紳士的に返答する。
【ばアリそぎゅうぎゅうキャアリびょうぎゅう】
「勿論でございます。皆様のご期待に沿えるよう、今後とも尽力させて頂く次第に御座います」
【じゃぎゅうようアクアリじゃサジアクぎゅうオフアリりゅうようそアリ。
ぎゅうオフアリレばぎゅうばレばアリサジスコレそそアリそぎゅうキャアリりゅうぎゅうよう?】
「いえ、全ては私めの未熟さと管理不行き届きが故……失敗したからとてお客様方を苦しめていい理由にはなりません」
【じゃぎゅうようアクアリ?】
「ええ。それが私ども、夢幻魔天衆の使命で御座います故……では、片付けねばならぬ案件がまだ残っております故、これにて失礼いたします」
【ようオフよう。じゃアリりゅうレキャぎゅう、オフようりゅうサジスコアリじゃようりゅうようそアリちょぎゅう】
「……勿体なきお言葉感謝いたします。それでは」
報告の序でに幾らか言葉を交わした後、私は部屋を後にした。
「全く……馬鹿げた真似してんじゃないってんだよなぁ」
一人ぼっちの部屋の中。
僕、ルメン・スポッティはパソコンに向かいながら溜め息混じりに毒づいた。
あれから少し経ち、僕ら生徒を避難させた上で飛行艦艇に討伐隊を送り込んだ学校は『流れ弾が来る可能性がある』とかそんな理由だかで授業を全て中止にし、全校生徒と殆どの職員を極秘裏にそれぞれの家へと帰らせた。
更に帰らせた者達には『外出は極力控え、特に学校周辺には近づかないように』という命令も出されている。
よって僕は、平日の昼間であるにもかかわらずこうして家で時間を潰すしかない、というわけだ。
(一か所に多くの人間を集めておくのが危険だっていうのはわかるんだけどね、教頭は常木先生と清木場先生に加えてアイアンレフト……もといジェニファー先生をも送り込んだそうじゃないか。ならあんな飛行艦艇の一つや二つ、何だっていうんだよ。
まして学校に流れ弾が来るかもしれないだって? 冗談キツイよ。まあそれもこれもあのピーターっていうバカの所為なんだけどさ……あいつ本当ウザいよね。純粋な殺意敵意で殺したいと思った他人なんてホーデンスの阿保以来だよ)
あの三人に内部への侵入を許してしまったなら、艦内はてんやわんやの大騒ぎで大砲やミサイルを撃ってる暇さえありゃしないだろう。それだけあの三人は強いんだ。特に常木先生と清木場先生は学校内外の有力者から番犬のように扱われてるくらいだ。
「言うなれば番猫・番竜、かな……」
なんてことを言いつつ、僕はボイスチャットを起動する。
さしてやる事も思いつかないので、友達と雑談でもしようと思ったからだ。
「お、やっぱり居るか……もしもし」
『おう、ルメンか。来ると思って待ってたぜー』
相手は同学年他学科のジャッキー・メーンス。夢幻魔天衆のプロデューサー『コンタミネーション』でもある彼こそは、僕にとって唯一無二の親友と言える男だった。
「ありがとう。……さて、じゃあ何を話そうかな。僕から何か話題を振ってもいいんだけど……面白そうな話題、ある?」
『あるぜあるぜー。それもとびっきり面白いのがなぁ』
「へえ、どんなの?」
『おう、機械工業科によー、高梨篤郎先生って居るだろ?』
「ああ、保険医の多満子先生と結婚してて、夫婦そろって怪物を捕まえて飼う趣味がある先生だね?」
『そうそう。その篤郎のオッサンなんだが、聞くにただ怪物を飼うだけじゃなくてよ、後進育成っつーの? 同じように化けモン飼って育てたいって奴らの為に講座を開いたり、そういう奴らに手頃な化けモンを手依拠したりしてんだってな』
「へえ、何だか意外だね。あの人『怪物を飼うのは管理して暴走させないようにするためという側面もある』みたいなこと言ってたし、指導したとは言え他人に怪物を飼わせるなんてしたがらなさそうなのに」
『おう、それ俺も思った。けどその辺りも案外キチっとしてるみてぇでさー、より大勢に自分達の活動を理解してほしいって想いからやってるそうだぜ。
ま、化けモン飼うのもタダじゃねえってのもあるんだろうけどな』
「へえ、そうなんだ……」
『で、本当に面白えのはこっからでよぉ。その講座、捏海の生徒教師も行ってるヤツ多いんだが……その中に松本さんが居るらしくってよ』
「あの現国の?」
ジャッキーの口から名前の出た松本さんと言うのは、オウム系ハーピーの松本安美先生のことだ。
『おうよ。俺の顔見知りの先輩にも講座に通ってる奴が居るんで聞いたんだが、あの人結構優秀らしくてなぁ、通い始めて一週間で化けモンの卵か幼虫か何かを貰ったって話だぜ。それも三つも』
「えぇ? その情報、確かかい? 確か松本先生って根っからの文系で、人間以外の生き物の扱いは不慣れだって、本人が言って回ってるのもあって有名じゃないか」
『そうなんだよ。オッサン自身も驚いてたらしくってな……ま、それだけなら単に面白いってだけの話だったんだがな、問題なのは……』
「ああ、この時期にあの人がそういうものを手にするってこと、だろ?」
『だ。講座に行き始めたのも丁度教頭から言われて「順番」が回って来た頃と重なるしよー、こりゃ何かあるよなって思うんだよ』
「だろうね……『催し』に篤郎先生から貰ったその卵か幼虫を使う……十分有り得る事だ。
一体何をしようってんだか、それ自体は僕の知ったこっちゃないし、知ろうとも思わないけど」
『俺も同感だぜ。でっかく育てて学校襲わすとかやんないで欲しいけどなー』
「それは僕も同感だ」
かくして僕はその後暫くジャッキーとの他愛もない会話を楽しんだのだった。
次回、ネバーランドの罠!




