二十八時限目「女学生達の正しからざる行い、及び老いざる者どもの失態について」
ライトノベルではよくある(?)エピソードからのスタート。
「――で、これは一体何かしらね」
放課後の生徒指導室。
私、サラマンダーで生物教師の嶋崎芽衣子は呼び出した女生徒達――それぞれ種族も学科も違う、けどそれでいて如何にも『集まって何かしてます』って雰囲気の三人――へ詰問する。
私の手元にあるのは、B5判で凡そ数十頁程はありそうなオフセットの冊子。内容は恋愛ものの漫画で、所謂高校の漫画研究部が定期的に発行してる『部誌』ってヤツ。つまり彼女達はそれを作った漫画研究部の部員ということ。
だからここは普通に『それは私達漫画研究部の部誌です』って言えばそれで済む筈なんだけど――
「「「……」」」
彼女達はこの通り、俯いて黙りこむ以上のことを何一つしちゃいない。それはつまり、後ろめたい事情があるってこと。
「……『答えられない』――いえ、『答えたくない』って顔してるわね。ならこっちから言うけど……これ、貴女達漫画研究会が出してる部誌――より厳密には『部誌に近いもの』よね?
それも貴女達が漫研とは別の活動で作ってる奴、同人誌っていうのかしらね。ちょっとある人から報告があって私の所へ回ってきたんだけど」
「はい、そうです……」
「そう……ま、それならいいのよ……それだけなら私だって何も生徒指導室へ呼び出したりはしないのよ。
別に生徒が趣味で何やってようが、それが普通の趣味なら別に咎めはしないし寧ろ応援だってするわ……」
「だ、だったら何で私達――
「けどこれは明らかにアウトよねぇ?」
脅すように言いつつ、私は同人誌の表紙を三人に見せ付け、タイトルを読み上げる。
「『トキシアーノ先生ヒミツの個人授業 生意気ジャッキーに教育的♂指導』……」
読み上げていて軽く死にたくなるほどセンスのないタイトル。そして表紙にはスーツを着崩し性犯罪者のようにほくそ笑むスティーヴン・トキシアーノ――同僚の英語教師で、プロデューサー『キラースイート』でもある男――が、怯えた様子のジャッキー・メーンス――中高一貫コース一年の生徒で、プロデューサー『コンタミネーション』――を押し倒す様が描かれている。
根本から相容れない天敵同士と言われ、隙さえあれば互いに殺し合いを始めるくらい仲の悪いこの二人としては宇宙が何巡したって決してあり得ない光景だ。
「……正直こんなタイトルと表紙だったから頁を開くのも嫌だったけど『自分達じゃどうしたらいいのかわからないから』って頼まれた以上中見ないわけにもいかないし、まあ見たわけよ……」
「……」
「絵は上手いし、構成も読みやすく仕上がってる……評論家じゃないからそんなに大したことは言えないけど、少なくとも高校生の個人創作としてはかなりレベル高いでしょうね。
けどトキシアーノ先生とメーンス君が恋仲で倒錯的な性行為に興じるって内容がその全てを台無しにしてるわ……高級モンブランに魚醤をかけるようなものよ、こんなの。うちの作者と同レベルって感じね」
「そ、そんな……そんな言い方ってないと思います! 他の言葉は兎も角、作者と同レベルだなんて!」
「そうですよ! 表現の自由を否定するんですか!?」
「自分がボーイズラブを理解できないからって、仮にも求光者筋の教育者がそういうこと言っていいと思って――
「何をどう勘違いしてるんだか知らないけど」
やたら饒舌にがなり立ててくる三人を、私は強引に黙らせ言う。
「私は別に同性愛をを頭ごなしに全否定なんてしないわよ。創作物にしてもそう。このご時世そんなことで声荒げるなんてバカげてるわ」
「なら、どうして――
「けどこれは話が別ってことよ。性行為を描写した作品を未成年者が製作し、公共の場で未成年者への閲覧制限を設けず販売するという行為。
生徒が正式な許可を得ずに校内で物品を販売する行為。実在の人物を無許可で題材にし、当人たちを貶めていると解釈されかねない描写を多大に含む作品の一般公開……。
貴女たちの同人活動はあらゆる意味で校則や法律に引っかかるわ。このまま私が学校の上層部に報告なんてしようものなら、成績も普通なら部活動で特に何かの実績を残したわけでもなく、まして家庭環境も普通で特殊なコネクションがあるわけでもない普遍的な生徒の貴女たちは確実に漫画研究部を追い出され停学……いえ、退学ってことも十分あり得るでしょうね。うちは変な所で校則厳しいから……」
「そ、そんな……」
「今まで真面目にやってきたのに……」
「お願いです嶋崎先生……許されない事をしたっていうのはよくわかりました」
「でも私達、こんな所で終われないんです……どうか、どうかやり直すチャンスを下さい……どんな処分でも受けますし、何でもしますから……」
「……『何でもする』ねぇ」
信用ならない言葉だと思う。けどここで見捨てるのも何か癪だしと思った私は言う。
「いいでしょう、なら誓いなさい……『もう二度とこんなことはしない』と」
「「「……え?」」」
「聞こえなかったかしら? ならもう一度言うわ。もう二度とこんなバカげたことはしないと約束なさい。
性的描写のある作品を書くのなら高校を卒業して十八歳以上になってから。
販売するなら法的に認可された場所と範囲を弁える。
実在の人物を実名で登場させることは極力控えて、どうしても登場させたいなら失礼のない描写を心がける。
まして肉体関係を捏造するなんてもっての外……いいわね?」
「はい、わかりました……」
「こんなことはもうやめます……」
「肝に銘じます……」
見れば三人はすっかり反省した様子で、これ以上この場に留めておく必要もないと判断した私は女生徒たちを解放した。
「では只今より、夢幻魔天衆定期集会を始める」
会議室。
私、捏海学園大学付属高等学校教頭キース・ヴァッシーレこと夢幻魔天衆筆頭マスターVは、室内に集まった十余名――助手アシストS、九人となった正規のプロデューサー達、そして新たに見習いプロデューサーとして夢幻魔天衆のメンバーとなったピーター・ドリスコール及びその部下幾人か――に、何時も通りの挨拶をしつつ本題に入る。
「さてそれでは早速本題なのだが……ドリスコール君」
「はい」
九人となった正規のプロデューサー達、そして新たに見習いプロデューサーとして夢幻魔天衆のメンバーとなったピーター・ドリスコール及びその部下幾人か――に、何時も通りの挨拶をしつつ本題に入る。
「君には前回『次回までに執り行うショーの原案を纏めておくように』との課題を出していた筈だが……出来ているかね?」
「勿論です。お客様にご満足頂けるよう、捏海の衆愚どもを効率的に苦しめる史上最高峰のショープランを纏め上げて参りました」
「ほう、それは素晴らしい……では早速聞かせてくれ」
私に促されるまま、ドリスコールは部下達と共に恐らくは自前であろうプロジェクターやスクリーンを用意し、芝居がかった喋りで意気揚々と説明を始めていく。
「まず我々はショープランを考案するに当たり、どのようなショーがお客様に喜ばれるのかを、過去に執り行われたショーから分析しました。
その結果プロデューサー自らが表立って動かず、一度に大勢の生徒・職員を纏めて苦しめることができる大規模なものが適しているのではと考えました」
「ふむ。確かに最初に執り行われた稀秘のショーは大好評で、お客様の中にははあのようなショーをもう一度見たいという方が居られるのも事実だからね……その発想は悪くない」
「有り難うございます――然し、だからと言って反社会的な思想を拗らせた悪党を主演者に定め誑かし、大規模なテロを行わせた場合、皆様方夢幻魔天衆の正規メンバーが巻き込まれたり、校舎や周辺の建造物が損壊するなどの恐れがあります。後の事を考えるにそれらの事態は極力避けたい所……故に我々は考えました――『テロや生体災害よりもっと安全で効率的なショーがあるのではないか』とね」
「ほう……」
「そして我々が考えたショーが、此方です……!」
特大のスクリーンに映し出されたのは『ZC統制計画』の文字。
「ZC……とは、何かね?」
「Zodiac Caste――即ち誕生星座を基準とする身分制度で御座います。我が部下の一人で西洋占星術を極めた男、久留間田が長年の研究の末に到達した『十二宮宿命説』に基づき捏海の生徒・職員へ徹底した身分制度を適用し管理統制、精神的に苦しめ破滅に追い込む、というものです」
「……確かにそれならば一度に大人数を苦しめられるだろうな。だが――
「これならば校舎や周辺の環境を荒らすことなく効率的に大勢の人間達を苦しめることができます」
ドリスコールは私の言葉を遮り強引に話を進めていく。
(この口ぶり……気付いていない、か)
部屋の照明を落としているのもあってドリスコールは気付いていないようだったが、彼がZCの概要を述べた際プロデューサーの幾人かが心底不愉快そうに顔を顰めたのを私はしっかりと視認していた。
ドリスコールを連れてきた班邪や元から冷静で表情変化に乏しい蒼焔獄、学生ながら滅多な事では声を荒げず穏やかに振る舞うホーリーゴスペルなどといった面々は落ち着き払っているが、キラースイートやコンタミネーション、九頭竜阿修羅などは平静を装いつつも不快感を隠しきれていなかったし、クルーエルハウンドやアイアンレフトに至っては何時激昂して暴れ出そうともおかしくはないほどだった。
彼らの怒りがやがて限界を突破するであろうことを予測できなかった者などこの場には居なかっただろう――ただ一人、各誕生星座の順位について淡々と説明を続けるドリスコールを除いては。
「さて、続いて身分制度の内訳ですが……このようになっております」
スクリーンに映し出された誕生星座の順位とそれぞれの扱いを述べるなら、以下の通りである。
第一位 双子座。一つの身体に二人分の力を宿した奇跡の存在。
第二位 水瓶座。天を統べる絶対神をも魅了する神秘の体現者。
第三位 獅子座。無双の剛力を有し絶対的な武の力を持つ勇士。
第四位 乙女座。汚れなき清らかなる者。されど無知でもある。
第五位 蠍座。実力こそあれ人格が伴わぬ破綻者にして暴力者。
第六位 山羊座。呪われた悪魔。己を捨て奴隷として死ぬべし。
第七位 牡牛座。食い寝暴れる以上に知恵を持たぬ愚鈍な家畜。
第八位 射手座。獣の分際で人間を装う身の程知らずな半端者。
第九位 牡羊座。力も知恵もなく非力で搾取されるだけのもの。
第十位 天秤座。命あるものを名乗ることさえ許されない道具。
第十一位 魚座。生まれながら常人の半分の力しか持たぬ無能。
第十二位 蟹座。最底辺にあり、存在さえ許されぬ無意味な屑。
その瞬間私は、人間数人分の内側で何かが勢いよく切れ、更に別の何かが爆ぜる音を聞いた気がした。
というか、私の中でも確かに何かが切れていたのかもしれない。
「尚これらを大まかに分類しますと一位から三位までが――
「ふざけんなよてめえ」
ドリスコールの発言を最初に遮ったのは、コンタミネーション――もとい、中高一貫コース一年のジャッキー・メーンス――の、やけに低くドスの利いた静かな怒声だった。どちらかと言えば狡猾でトリックスター的な側面の強い彼にしては珍しいなと、私は思う。
「何が十二宮宿命説か……全く、美しさの欠片もない解釈だな……」
それに続くのは、やはり物静かながらも確かな怒りを含む稀秘――もとい化学教師烏丸先覚――による痛烈な一言。
それを皮切りに他のプロデューサー達も口々にドリスコールへ罵声を浴びせ始める。クルーエルハウンドは大声で激しく、アイアンレフトは冷ややかながらも怒りを込めて、キラースイートは完全な英文で普段の彼なら決して口にしないような悍ましい罵詈雑言を浴びせる。
更にはプロデューサーに対しては――例え他の九人から嫌われ見下されていたプリティファングにさえ――心からの敬意と礼儀を以て丁寧に接しようと普段から努力を怠らないアシストSまでもが侮蔑の言葉を並べ糾弾する、といった具合に。終いにはピーターを連れてきてプロデューサーに推薦した班邪までもが、呆れて擁護はおろか糾弾する気にもなれないという旨の発言をする始末。
だがそれも無理はないことだった。まず夢幻魔天衆の人員は射手座である私含め殆どが先程のランキングで五位以下とされる星座の生まれであり、四位以上の星座に生まれた者であっても親類縁者友人知人に必ず一人は下位星座生まれの者がいる。
というかそもそもプロデューサー同士で友人関係という例も珍しくない為、約半数に下位星座生まれが居た場合殆どのプロデューサーがそれを不愉快に思うのは当然なのだが。
「ああっ、いえ、ですからその、皆さんだけは特例として何らかの理由をつけて制度の影響を受けないよう――
「そんな中途半端な真似が通ると思うのかっ!」
「マスターV! 幾ら数合わせしなきゃならねえからってこんな野郎を夢幻魔天衆のプロデューサーにしておいていいわきゃねぇですぜ!」
「そうですわ! クロード教授が搾取されるだけの弱者だなんて納得いきませんわ!」
「追放にしましょうよ追放!」
ドリスコールへの糾弾は瞬く間にヒートアップし、終いには『奴からプロデューサーの資格を剥奪しろ』だの『いや資格を剥奪しただけでは外部に情報を漏らしかねないから殺すべきだ』などという意見が飛び出しては私に向かって来る。
確かに彼らの気持ちもわからなくはないし私も彼の提案したショーには腹が立ったが、幾らなんでもそれですぐに資格剥奪はやり過ぎだろう、まして殺害などもっての外だと考え一先ず彼らを制止にかかる。
「諸君、落ち着き給え。君らの気持ちはわからんでもない。然し効率性と確実性を重視しよりお客様にご満足頂こうと知恵を絞ったドリスコールの努力は最低限認めてやらねばなるまい?」
怒り狂うプロデューサー達へ至極冷静に言葉を投げ掛けた私だったが、どうにもその言葉は意味を成さなかったようだ。
それどころか――
「おい聞いてんのかドリスコールこの野郎!」
「あんたこの混乱に乗じてやり過ごそうってんじゃ――あら?」
「……居ねぇぞ」
「奴は何処へ消えた?」
ドリスコールは騒ぎに乗じて姿をくらましていたようだった。仕方がないので私はお客様に事情を説明し、彼の代理として班邪にショーを執り行わせるよう手配する。幸いにも彼女は次のショーについてある程度の計画を立てているらしく、またお客様もドリスコールの持ち込んできた企画には怒り心頭だったようで『あれならば無理に数を合わせる必要はない』と、ある程度納得して下さった。
全てが予想外に丸く収まったような気がした私は安堵し胸を撫で下ろす――が、実の所この時点で私はある一つの致命的な問題を失念しており、これが後に学園が崩壊しかねない程の大騒動を巻き起こすことになるなどとは当然、露ほども思っていなかったのであった。
次回、ヴァッシーレの失念していた問題がとんでもない大騒動を呼ぶ!




