二十九時限目「新能力の概要を学ぶ雌猫、及び老いざる者逹の襲撃について」
いつも通りの朝の筈が……
ある朝の教室。私、古文教師のディバン・コレスティカ・ナインは出張中の担任教師に代わってあるクラスで生徒達の出席を取っていた。
「相川君」
「はい」
「石川さん」
「はい」
「ウィルソン君」
「はい」
私が名前を呼び、呼ばれた生徒が答える。
その繰り返しが最後まで延々と続くのだろうと、私は思っていた。
けれどそんな私の予想を裏切って、異変は起こる。
「津田さん」
「はい」
「手島君」
「はい」
「ドリスコール君……ドリスコール君? 呼ばれたら返事を――」
刹那、私はふと見て気付く。生徒達が隙間なく座っている筈の座席に、どういうわけだか一つだけ空きがある。つい先日このクラスに転入してきたばかりの、ピーター・ドリスコールなる男子生徒のものだった。
「あら、欠席? けど妙ね、職員室にそういう連絡は入ってないし……」
不安になった私は、物は試しと生徒達に呼びかける。
「誰か、ドリスコール君の連絡先知ってる人いない?」
転入してきて日が浅いからまだ友達も少ないかもしれない。まして連絡先を交換しているようなクラスメイトなんているかどうかもわかならい。でも聞いてみないことにはわからない――そんな風に思っていた私だったが、予想に反して彼はかなりの生徒と連絡先を交換し合っていたようだった。
安心した私は連絡先を知っているという生徒達にドリスコール君へ電話をかけたりメールを送ってほしいと頼み込む。だが電話はつながらず、メールは返って来ない。
どうしようかと頭を抱えていると、窓際に座っている生徒から声がかかる。
「せ、先生……ちょっと」
「ん、どうしたの?」
「いや、その……言葉じゃ説明し辛くて……」
「言葉じゃ説明できないって、一体何が――」
手招きされるまま近寄り窓の外を見た私は、思わず絶句した。
「なるほど、つまりこのベルトが『パロディドライバー』で、こっちのメモリスティックみたいな『NETAカートリッジ』を装填して『装甲パロディスト』に変身できる……と。
しかも普段はガラケーやスマートフォン、携帯ラジオなんかに擬態させておける……便利なものだな」
『そーゆーコったね。因みにNETAカートリッジのNETAってのはNext-generation electronic technology applications、つまり次世代的電子技術アプリケーションの略だから』
「……あの作者にしてはやけにしっかりした名称だな」
『そうかい? ただ即興で適当に考えたらしいんだけどねぇー』
朝方の社会科準備室。僕こと常木譲は先のレイグ・ユリウスとの戦いで突如手に入れてしまった謎の変身ベルト『パロディドライバー』と、それに対応する九枚の『NETAカートリッジ』、及びそれらを用いて変身する特撮番組のヒーローめいた存在『装甲パロディスト』に関する諸々のシステムについての説明を受けていた。
講師を務めてくれているのは、元々全十八種類ある形態の一つ『ミドルアシスト』に変身した際、ツール使用者を補助する役割を担っていた少女のような声のAI・金田だ。あれから何度かの調整を経てミドルアシスト専用の補助AIからシステム全体の管理AIへ昇格していた彼女は謎の小動物(背に翼を持ち外骨格に覆われた細長い尾を持つ虎柄のハムスターのようなもの)の姿を取る立体映像という形でこの世に姿を現す能力まで獲得しており、空中を泳いだり飛び跳ねたりしながら解説する様はやけに可愛らしい。
『パロディストシステムの根幹は既存作品のパロネタで、その関係上必ず「元ネタ」がある。んでこの元ネタの中で特に重要なのが「ジャンル」と「タイトル」さ』
「ジャンルにタイトルか」
『そう。まずパロディドライバーはNETAカートリッジなら何でも入るってわけじゃなく、お互いの持つ「ジャンル」が合わないとどっちも無用の長物になっちまうのよ。例えば「漫画」ジャンルのドライバーに「小説」ジャンルのカートリッジを挿入したって何も起こらない、みたいにね。
基本一つのドライバーは一つのジャンルに対応してて、それ以外のジャンルは受け付けない。カートリッジも大体一つのジャンルに属してるけど、中には複数のジャンルに属してるのもある』
「複数のジャンル……そうか、メディアミックスだな? 元々は小説だったのが映像化されればその元ネタは複数のジャンルを持つことになる。そうだろう?」
『正解。で、NETAカートリッジにはジャンルと別に「タイトル」ってのがあってね。まあこれはそのまんま、元ネタになった作品の題名で、各種NETAカートリッジが属するグループのことだね。
パロディドライバーはジャンルさえ合えばどんなタイトルのNETAカートリッジでも受け付けるけど、所謂「フォームチェンジ」みたいな素早い切り替えとか、複数カートリッジを組み合わせて使うとかは同じタイトルでなきゃできないね』
「違うタイトルを使わねばならない場合はどうするね?」
『一旦変身解除して再変身しなきゃだね。まーアテとしちゃそんなめんどくせぇ事オススメしねーんだけどさ』
「確かに、それなら最初からどのタイトルを使うか予め決めておいた方が得策だな」
『そうだねー。ま、複数のタイトルを持つなんてことそうそうないし、お姉さんの持ってるタイトルは使えるフォーム18種類もあるから増やす必要ないと思うけどね』
「そりゃそうだ。今はこの装備に慣れる所から始めないと――」
なんて具合にパロディドライバーを手に取った瞬間、非常ベルの音が大音量で響き渡った。
『んにょわひっ!? な、ななな、何事ぉぉぉっ!?』
「大丈夫だよ、ただの非常ベルだ。多分学校の近辺に猛獣でも出たんだろう。そう混乱する程の沙汰じゃない」
『いやそれ滅茶苦茶危ないヤツぅーっ! 混乱する程の沙汰だからーっ!』
外見に違わぬコミカルな動きで狼狽える金田を宥めつつ、僕は校内放送を聞き取るべく耳を澄ませる。
『緊急放送、緊急放送。北東の第四校舎付近へ所属不明の飛行艦艇が出現しました。艦種等詳細は不明ですが推定全長や武装等から米国製のミサイル巡洋艦と推測され、校舎及び敷地内への砲撃が予想されます。生徒は教員の指示に従い安全な場所に避難して下さい。これは避難訓練ではありません。繰り返します――』
『ひ、飛行艦艇ぇぇぇぇ!? ミサイル巡洋艦んんん!?』
飛行艦艇。
その名前のままに内蔵した反重力装置により水上を進むのみならず空中を浮遊・飛行できる『飛行船舶』の内、艦艇としての特徴を持つものだ。
考案当初から製造に金がかかり過ぎるとか、その割に速度も高度もそんなに出ないので効率悪いとか、そもそも空を飛ばす意味がわからないだとかと言われたもので飛行船舶自体そこまで数のあるものではなく、まして飛行艦艇ともなると珍し過ぎて戦地へ投入するより観光資源にした方が効率的と言われるぐらいの代物である。
(然し腐っても巡洋艦は巡洋艦。搭載されている艤装の破壊力は本物だ。となれば……)
考えを纏めた僕は、盟友達に連絡を入れる。
「常木より盟友達へ連絡。ディープスアナライザー、至急現場へ向かい飛行艦艇を解析してくれ。近場の戦闘・防衛型のメンバーは彼の護衛を頼む。ハーミットウォール、飛行艦艇からの攻撃に備えて学校敷地内全域をカバーする防御壁の展開を頼む。
――ああ、わかってるよ。君だけじゃ学校全域をカバーできないもんな。アビリティブースターズを総動員して任務に当たってくれ。もしカバーすべき範囲がわからないようならマルチブレインやランドゲイザーに頼むといい。以上だ」
『……エラく冷静だね、お姉さん』
「君こそさっきまでの慌てようがどこ行ったんだってぐらい落ち着いてるようだが」
『単純に疲れて正気に戻ったってだけだよ。どんだけ慌てたってアテ、自力で逃げらんないし。んで、さっきから盟友の子達に色々指示出してた所を見るにお姉さん……』
「ああ、あの艦艇を攻めるつもりさ。状況にもよるからあくまで"つもり"だがね……おっとそうだ、清木場君も誘っておこう」
『いやおめー、そんな知り合いをゲームに誘うみたいな感覚で言うなよ……ま、行くってんなら当然アテも付き合うけど――
《イエエエエエエエエアアアアアアアッ! 聞いてるかクソどもぉぉぉぉぉぉ!》
金田の声を遮るように響き渡ったのは、恐らく十代中盤と思しき少年の、如何にも知性の感じられない叫び声だった。
自らを『終わらざる帝国の王、飛騨範蔵』と名乗る声の主による演説めいた犯行声明の内容を要約すると、次の通りだ。
まずこの飛騨なる人物は、何らかの形でこの捏海学園大学付属高等学校に関わる立場にあったらしい。
だが何らかのトラブルに見舞われその立場を追われてしまう。飛騨はあたかも自分が被害者のように語っているが、恐らく実際は十割奴に非があるのだろうと思われる。
不当な扱いに腹を立てた飛騨は復讐心を募らせ、何を血迷ったか学園そのものを破壊してやろうと思い立つ。
そして、どこに隠していたのかあんな大型飛行艦艇を引っ張り出してきては『一時間後に学校を破壊するので命が惜しいならそれまでに降伏し自分の軍門に下れ』などと三流感丸出しの台詞で犯行声明を締め括り今に至る、ということらしかった。
「実に見事な犯行声明だったな。教科書に載せたいくらいだ」
『あー、「こういう台詞言う奴はろくな死に方しないよ」的な?』
「如何にも。……っと、電話だ。
――はい、常木です。――はい、ええ……何とまあ、そうですか。それはそれは……ええ、此方としてもそのつもりでして。
ええ、彼も同行させようと考えておりました。はい……へえ、増援? 何故彼女を……ああ、なるほど、それは確かに……ええ、畏まりました。僕としても異論ありませんし彼も納得するでしょう……では、準備が完了次第向かわせて頂きます。
ええ、校舎の方は一応盟友達に言って防御を任せておりますが万一のこともありますので……ええ、はい。そのように……はい、では失礼致します……」
『誰から?』
「ヴァッシーレ教頭だよ。あの飛行艦艇、ぶっ壊して来いってさ。中の奴らも皆殺しでいいらしい」
『OKちょっと待って。色々おかしくね?』
「何がかね」
『何が、って……ああ、うん……お姉さんさぁ、仕事何してたっけ?』
「妙なことを聞くなよ、社会科教師に決まってるだろ」
『ですよね? じゃあ聞くけどさ、何で社会のセンセが教頭から悪の飛行艦艇潰して来いなんて命令受けるわけ? そういうの普通は警察とか自衛隊の仕事じゃね?』
「まあ、過去に色々とあってね。教頭はじめ学校上層部は僕らを非常事態用の生体兵器のように思ってるって事さ。警察や自衛隊みたいな公務員は実力こそあれいざとなると諸々の処理だの許可申請だのというのが引っ掛かって初動が遅くなるし」
『いやあの、教師もがっつり公務員なんですがそれは』
「気にしたら負けだ。取り敢えず清木場君を呼ぼう、話はそれからでも――
「呼ぶまでもなくここに居ますぜ」
『ぅお!? お、お兄さんいつの間に!?』
呼び出そうと電話を手に取った瞬間、背後から清木場君が音もなくぬっと現れた。金田はかなり動揺しているようだが、結婚していれば成人済みの孫が居そうなくらいの年数を若造のまま過ごしている僕としてはそこまで驚くほどの事でもない。
「おや創太郎君、そこに居たのか」
『そしてお姉さん冷静過ぎぃ!』
「居たっつうか来たんですよ。授業の最中飛行艦艇が攻めて来たもんで生徒連中避難させてたら教頭から『常木先生と合流しろ』との連絡がありましてね。詳細はそっちで聞けと言われたんですが……」
「なるほど。では単刀直入に言おう。清木場君、あのふざけた飛行艦艇を沈めるぞ。教頭からの命令だ」
「ああ、やはりとは思ってましたがその件でしたか。乗組員の生死は?」
「問わんとさ。というのも――これは教頭が少々特殊なルートで調べた結果判明した情報らしいんだが――あの飛行艦艇を操る勢力はあの『ネバーランド』らしくてね」
「ネバーランド……? まさか……」
その名を口にした瞬間、創太郎君の目の色が明らかに変わったのを僕は見逃さない。
「信じ難かろう。僕も実際、教頭からその名を聞いた時には耳を疑ったがね。然し口ぶりとこの状況からして彼が嘘や冗談を言っているとは思えない」
「……」
『あー……あのさ、二人とも。ちょっといいかな?』
「ん、何かね」
『あー、その……空気読めてねー発言だってのは百も承知なんだけどさ、そのネバーランドって何? アテ、作者の即興から生まれたキャラで設定がまだ定まってないからかその辺り詳しくないんだけど……』
「ああ、すまないね。まあ君が知らないのも無理はない。『ネバーランド』……正確な年代は不明だが、凡そ数十年前にはその存在が確認されていた犯罪集団だ。構成員の人数は三十とも五十とも、或いは百余りとも言われているがハッキリしていない。
ただ確かなのは、奴らが至極身勝手でくだらない理由から犯罪行為に及び、目立ちたがり屋で如何にも頭が悪そうな癖に敵の目を欺き煙に巻くのが死ぬほど上手く、確認されている構成員のほぼ全員が不老の肉体を持ち幼い姿のまま何十年と生き続けており、これが組織名の由来になったのだろうということくらいだ」
『それ結構わかってること多くね? っていうか二人はそのネバーランドとどういう関係なん?』
「そんな大したもんじゃねえよ。ただ昔海上警察のパートみてえな事やってた時に何度か交戦してな。腹の立つ連中だったんで皆殺しにしてやろうと向かってったんだがあと一歩……いや、あと七歩ぐらいか? 兎も角惜しい所で取り逃がした。それだけのこった」
『それ結構ガチめの因縁なんじゃ……ま、いいや。ともかく行くんっしょ?』
「ああ、勿論だとも。教頭からの命令だし、何より幾らアビリティブースターズの協力があるとは言えあまり時間をかけすぎるとハーミットウォールへの負担も洒落にならなくなる。ちょうどディープスアナライザーからの解析報告も出た所だ。今すぐにでも襲撃をかけようじゃないか……と、言いたい所なんだが」
『何、まだ何かあんの?』
「うん。これもさっき教頭から言われたことなんだが……今回の飛行艦艇襲撃作戦、僕ら三人以外にもう一人、向こうから増援が来ることになっててね」
「増援……そいつは一体何者です?」
「さてね。そこは僕もよくわからないんだ。教頭曰く『本校関係者でネバーランドと浅からぬ因縁がある人物』らしい。それ以外に分かるのは精々、増援に選ばれるくらいだからきっと戦闘能力も高いんだろうというぐらいのことさ。ただ、どうも色々あるらしく現地で合流して欲しいとの事だ」
『現地合流かー。何か悪い予感がすんだけど、大丈夫かね……』
「案ずるな。もし何かあったら私らだけでも片付けりゃいい。でしょう、常木先生?」
「ああそうだ。僕と創太郎君の二人に盟友達ってだけじゃ流石にあれは厳しい気もしていたが、金田とパロディストシステムがあればきっと百人力だ。増援の人物を軽視するわけじゃないが、頑張れば何とかできるだろうさ」
かくして僕らは準備を整え、ネバーランドの駆る飛行艦艇への突入を開始する。
次回、ヴァッシーレの言う増援とは当然"あの女"なのだが……?




