二十七時限目「雌猫の誕生祝い、牙持つ雌の後続、鉄腕美女の過去について」
劇中では漸く六月が終わり七月に突入。それと同時に夢幻魔天衆にはある動きが……
「ノコギリ担いだウサギが来て『ピロシキ食うかい?』と差し出した。
白銀の糸引く赤い蜘蛛が、囚人と舞う」
駅近くにあるカラオケボックスの一室に響く、美しくも妖しい歌声。耳を通り越して脳へ直に染み入るようなその声に、私――清木場創太郎はひたすら聞き入っていた。椅子に腰掛け、顔を伏せ、目を閉じ息をも殺す。余計なものの侵入を極限まで遮断するように、歌声へと意識を集中させる。
「それは目鼻を欠損て、
耳も手足も廃棄た、
這い足掻き屍肉喰らう、人間形した蛆の様な――
――震えるこの身体さえ、愛する貴方に委ねて、
やがて来る唐突な別れの瞬間、乗り越える覚悟出来はしない……」
物静かでミステリアスな楽曲は複数回の盛り上がりを経てゆったりとしたペースを崩さぬまま終了する。程なくして採点結果が出たような効果音が鳴り響くが、それでもまだ曲の余韻に浸っていたい私は瞼を開く気になれないでいた。
何せ先程の曲を美しく妖艶に歌い上げたのは――
「創太郎君、いい加減拝聴の構えを解け。もう曲は終わったんだからさぁ」
――私がこの世でただ一人、心の底から愛する女性なのだから。
「そりゃ僕も歌は好きだから、二曲連続で歌うのも吝かじゃないがね、然しこうして二人で来たからには君も何か歌うのが作法ってもんだろう?
寧ろ君くらいになれば『どれ一丁耳穴から脳内犯して全身ドロドロになるぐらいエロ催眠かましてやりますか』ぐらいのことを言ってセクシィドスケベエロボイス満載かつ煩悩丸出しのラブソングでも披露するくらいしてくれたっていいんじゃないかなぁと僕は思うわけだが」
「言いてえこたぁ解りますし歌わせて頂きますが、流石にそこまでの無茶振りには応じかねますわ。
そりゃ私が貴女みたくドラゴニュートベースの雄夢魔で、ここがカラオケマシンつきのラブホだったらそうできたんでしょうが生憎ここはただのカラオケボックスですし私も雄夢魔じゃねぇんで」
「ああ、まあ確かに」
「そも私、超セクシィドスケベエロボイスとか出せる気しませんし、ましてそれで煩悩丸出しにラブソングとか歌えるわけがねえので」
「そうかな。前戯にせよ本番にせよ、君が攻めに回る時耳元で囁いたりしてる時の声がまさにそれなんだが」
「……ああいうのは出そうと思って出せるもんじゃありませんし、ましてそれで何か歌うとかそれこそ雄夢魔でもなきゃ無理なんですがね」
などと言いつつ創太郎君は冷ややかに顔を反らすわけだが、然し僕は彼が一瞬ばかり動揺し、その顔も幽かにではあるが紅潮していたことを確かに見抜いていた。全く可愛い奴め。
攻めに回ればガツガツ迫ってくる癖に攻められるとなると一気にヘタレてしまうなんて両極端さは、彼の色気を何倍にも増幅させてくれるのだ。まあ僕も似たようなものだからお互い様なんだがね。
「そうか。では普通に歌ってくれるかい……僕の全身を揺さぶる、とびきり熱い奴を……」
「わかりました。そんじゃこいつかな……」
そう言って彼が選んだのは、ある有名な古典テレビドラマ――建造物のような巨体を誇る宇宙人のヒーローが人々を守るため戦うというもの――の中でも、比較的新しい作品の主題歌として有名な楽曲だった。
「―――情を捨てたつもりで悪人気取って、真面目なつもりが半端に生きちまって」
ギターをかき鳴らす前奏を経て、楽曲が始まる。
「ただの機械になろうとしている人間、そんな自分は捨て去りいざMutation!
過去に囚われてどうする? 未来を見据えずどうする! 落ち込んでるばかりじゃ、意味がねぇ!
おい人間よ、愛や野心があるのならば、どんなでもいいさ、そいつの為に生きてみろ!
逃げたっていいぜ、またやり直せばいい。ただ懸命に生き抜く、それが人生だ!」
熱気の籠った歌声が、カラオケボックス全体を振動させる勢いで響き渡る。その音圧は間違いなく僕の心身を揺さぶる勢いを秘めていて、魅了される余り魂が肉体から抜け出そうな感覚に陥る程だった。
そうしてその後も場所を変え、僕らの誕生日デートは順調に進んでいった。
「マスターV、少々お時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「おや、どうしたのかね焔獄? まあ私は構わんが」
七月初めのある日。私、捏海学園大学付属高等学校教頭キース・ヴァッシーレこと夢幻魔天衆筆頭マスターVの元へ妙に早足で歩み寄って来たのは、部下である女性プロデューサーの蒼焔獄こと生物教師、嶋崎芽衣子。
身体の所々から炎を出すことのできるサンショウウオの如き種族、サラマンダーに属する彼女は平素より表情の変化に乏しく冷ややかでドライな言動もありしばしば鉄面皮だの冷血だのと言われがちだった。
「すみません……実は私、少々不安な事がありまして……」
「不安な事柄、か。常に冷静で何事にも動じない君にしては珍しいな。一体何かね?」
「はい、その不安というのは……ドリスコールの件で御座います」
焔獄が口にしたのは、先日運悪く事故死したプリティファングことプリスカ・ホーデンスの後続として、女性プロデューサーの班邪ことオウム系ハーピーの現国教師、松本安美が連れてきた青年の名だった。
フルネームをピーター・ドリスコールというその青年は、秘術により不老不死の肉体を得た『ネバーランド』なる集団のリーダーを名乗り『自分達はそれぞれが独自の技術を身に着けたスペシャリストであり、その力を活用すればきっとお客様に最高のショーを提供できる筈』と言ってのけた。
丁度お客様方から穴埋めの新人を連れてくるよう急かされていた私は彼を一先ずプロデューサー見習いとして夢幻魔天衆のプロデューサーに採用することとし、今に至るというわけだった。
「ああ、その件かね……確かに彼ら『ネバーランド』は不確定な要素が多い。それぞれが各分野のスペシャリストであるという発言は正直信用ならないし、不老不死の話も出任せの可能性が高い。
仮とは言えろくな面接もせずに採用なんてすべきではない……そう言いたいのだろう?」
「はい。僭越ながら、貴方様程のお方にしては聊か早計ではないかと……」
「ふむ……確かに、早計と言えば早計だな。私自身、一人欠けたのなら欠けたままで運用したとしても何ら問題ないのではないかと思っているよ」
「でしたら何故――
「然しどうやらお客様はプロデューサーが十人であるということに異様な拘りを見せているらしくてね……恐らくは『夢幻魔天衆』の『天』という字が英単語の"Ten"――すなわち『十人のプロデューサーが属する』ことの意味であるから一人でも欠けてはならないとお考えなのだろう」
それを聞いた焔獄の口元が微かに歪んだのを、私は見逃さない。
「……人数などショーの出来とは何ら関係ないのだから補充の必要性はない、というのが私個人の見解なのだが、あの方々は私がそれを説明しても『貴様如きの推測でルールを捻じ曲げるな』という具合に納得して下さらないのでね……。
いっそ早めに納得させてしまった方が却って損害を抑えることができるということさ。もしあれらが真に有能であるならばそれで良し、無能であるならばお客様方を説得する際の材料になる……」
「どちらにせよ此方の有利に働く、ということですか……」
「そういうことだ。まあ、そう上手く行くとも限らんがね……」
「くそっ、何と言う事だ……よりにもよって奴らが再びこの私の目の前に……くぅっ!」
夜間、自室にて。私、教育実習生ジェニファー・ホークスは、抑えきれない怒りをぶちまけるように鉄製の机へ拳をがんと叩きつける。
器物に八つ当たりするなど私らしくもない真似だとは思うのだが、無理に抑え込んでいた怒りの暴発は理性でどうにかできるものではなかった。
「ダメだ……どうにもできん……」
私がこれほどまでに怒り狂っているのには、当然ながら理由がある。
その理由と言うのは――賢明な読者ならばこの流れから凡そ察しはついているであろうが――ある意味で至極単純なものであり、然しいざ説明しようとすればかなりの時間と字数を要してしまう。何故ならまず最初に、この私についてある程度詳細に説明しなければならないからだ。
(とは言えここで説明してしまわなければ機会を失ってしまうのもまた事実……ならば多少字数が多くなろうとも独白と地の文で述べてしまった方がいいか……)
というわけで説明させて頂こう。
まず第一に(恐らく私が初登場した時点で読者諸君は察していたことだろうが)私は体育教師を目指す教育実習生である一方、夢幻魔天衆に属するプロデューサーでもある。プロデューサーとしての名は『アイアンレフト』。これは左腕の肘から先が合金製の高性能な義手になっていることに由来するのだが、その説明はまたの機会にさせて頂くこととする。
ともすれば怒り狂っている理由も察しが付くだろう。私の怒りの原因とは、本日午後の集会で唐突にピーター・ドリスコールなる如何にも軽薄な男が、死亡したプリティファングの後続として夢幻魔天衆のプロデューサーに就任したことにある。
秘術により不老不死となり少年の姿のまま悠久の時を過ごす集団『ネバーランド』というように書けば『夢幻魔天衆に所属しているとはいえ案外まともな集団なのでは』とも思えよう。然し連中との間に浅からぬ因縁のある私から言わせて貰えば、あれほど腐りきった集団はこの世にそうそう居ないと断言できる。
童話に登場する幻想世界の名を冠するネバーランド――その実態は単なる犯罪集団である。老いることのない健康な肉体と高い能力、及びそれらに由来する高い経済力を持ちながらその何れもを私利私欲の為悪用し世界を荒らし回る――ネバーランドの活動とはそれだけである。
利益と快楽を得るためならば手段は択ばず、財力の許す限り放蕩を続け、資金が尽きれば補充の為略奪に出かけ、道中邪魔する者があればこれを痛め付け殺害、時に見目美しい女を見付ければ死ぬまで辱めもするという凶行を延々と――少なくとも五十年以上――繰り返しながら、しかしそれでいてネバーランドは上手い具合に身を隠し己の存在をも世間に知られぬままのうのうと生き続けている。
(そしてそんなネバーランドに私は愛する父を殺されたのだ……我が父ジェームズは生まれながらに海を愛し、海軍や水上警察に所属しては海を守る為に戦い、任期や健康上の理由で職を辞してからも船乗りとして大勢の部下を率い世の為海の為に様々な活動へ尽力し続けた。
勿論私や、私が高校二年に上がったばかりの頃に病死してしまった母への愛も忘れた事はなく、どんなに多忙でもそれぞれの誕生日やクリスマス、年末年始といった家族が揃うべき日には必ず家に居てくれた……厳しくも優しい父は、母共々まさしく私の誇りだった……)
だがそんな父と父の部下達を、ネバーランドの連中は『自分達よりいい船に乗っているのが気に食わない』だとかいうくだらない理由で襲撃し殺害した。特に船長だった父は、口にする事も躊躇って当然の凄惨な方法で殺害され、ネバーランドはその様子を録画しネット上にアップロード。運悪くこの動画を見たことで父が辱められた挙句惨殺されたと悟った私は、今も悪夢に苛まれている。
(当然私はネバーランドの連中を憎んだ。
法による裁きが下るよう強く願った。
だがマスコミはこの事件をさして報じもせず、警察関係者も証拠が不十分だ何だと適当なことを抜かし早々に捜査を打ち切ってしまう。
やがて世に己の望む正義は無く、悪は悪によってこそ裁かれると悟った私は、奴らに近付き滅ぼす方法を探し続け、その過程でマスターV……キース・ヴァッシーレ教頭と出会い、悪を悪により苦しめ裁く第一歩として夢幻魔天衆のプロデューサーとなった。悪と悪は引き合う。
ならば私が悪となればやがては奴らに近付き、裁きを下す好機を得ることもできよう……)
そして今日、ある意味でその願望は成就に近付いたのかもしれなかった。
だが然しそれでも納得できない自分がいる。よりにもよって親を辱め殺した連中を同僚と認め、場合によっては肩を並べて戦わねばならないなど……
(皮肉……というよりは単純に屈辱、或いは苦痛と言うべきか。だが考えろ、私……これはある意味で最大の好機でもある……荒ぶる感情のままに動けば身を滅ぼすだけだ。そうだ……落ち着け……落ち着くのだ……まだ私の動くべき時ではない……)
次回、ピーター・ドリスコール率いる『ネバーランド』がショーの計画を発表……するの、だが……?




