十八時限目「突如勃発した生体災害の裏に蠢く企みについて」
今回からまた新しい事件が動き出す……
「――という訳で、来月からいよいよ期末試験だ。まだ時間があるからと慢心せず、今からでも自分なりの対策を練って全力で挑んで欲しい」
六月中旬、ある日の夕方。私、清木場創太郎はあるクラスで出張中の担任に代わり夕方のホームルームで生徒達に語りかける。
「ま、そんな根詰め過ぎても精神参っちまうし最初は軽く教科書見直すなりノート清書するなりでいいだろう。
私論だが本格的な勉強は試験初日の一週間前からがオススメだ。お前ら赤点は嫌だろう? 先生だって赤点なんざつけたくねぇし、他の先生方もそうだろう。
生徒が赤点取ったり留年しちまうのは勿論生徒自身の責任だが、その生徒にもの教えて試験問題作った教師にも責任はあるからな。兎も角どんな科目も真面目に授業受けてしっかりノート取ってキッチリ勉強して試験に挑むっつう当たり前の動きを忘れねぇことだ。そうすりゃきっと報われるからな。
……以上、長話しちまってすまなかったな。今日のホームルームはここまでにしよう。委員長、号令頼む」
「起立、礼」
「「「「「『『『有り難うございました』』』」」」」」
「ぃよし、気ぃ付けて帰れよ。部活ある奴は遅れねぇように」
帰り行く生徒達に適当な言葉をかけつつ見送り、私もまた教室を去ろうと歩き出す。
見れば外には見事な夕焼け空が。
『そう言えば今年は雨が降らねえなぁ、幾ら土地柄とは言え不自然なくらいに』なんてことを思ったりしていると――
「清木場先生っ」
一人の女生徒が駆け寄ってくる。
小柄なヒョウモントカゲモドキ型のリザードヒューマン、名前は確か――
「元木か。どうした?」
「はい、実は今日先生の授業で聞いた砂上船についてのお話が大変興味深くて、自分でも調べてみようと思うんです。
それでもし良かったら砂上船に関する本で先生の一押しを教えて頂ければと思いまして」
「お、砂上船気に入ったか。ならとりあえず――」
書名を口に出そうとした瞬間、突然校内にけたたましい非常ベルの音が鳴り響く。
一体何事かと思っていると――
『緊急放送、緊急放送。西門付近にて正体不明の猛獣による生体災害発生が発生しました。生徒は教員の指示に従い安全な場所に避難して下さい。これは避難訓練ではありません。繰り返します――』
「生体災害だと? しかもわりと近くじゃねぇか。しょうがねぇ……元木、本についての話はまた今度だ。とりあえず今は安全な所に逃げろ」
「はい、わかりました……先生はどちらへ?」
「アレを止めてくる。普通の猛獣なら適当にぶん殴りゃ逃げていくだろうし、逃げて行かねえなら殺しちまったって構わねえんだ。ま、心配にゃ及ばねえよ」
「そうですか。お気をつけて」
「おう、お前こそ気を付けろよ」
走り去る元木を見送った私は、早速生体災害の現場へと向かう。
「さあ、どうするのかね? このままでは君の級友が奴に殺されてしまうぞ……」
誰も居ない校舎の屋上で、その男は私に問い掛ける。
視線を逸らせば目に入るのは、学校の入り口近くで暴れ回る、得体の知れない怪物の姿。
「あの……本当に、これしか方法はないんでしょうか?」
「……何度も同じことを言わせるんじゃない。君の選択肢は二つに一つだ。このまま奴を放置してでも自分だけは生き延びるか、或いは私と契約し奴を倒す力を得るか……」
拝啓読者の皆さん――っていう言い方で合ってるのかどうかわからないけど、ともかく初めまして。
私、捏海学園付属大学高等高校二年生の氷上居織って言います。
所属は普通科、髪型は普通のストレートヘア、身長・体重・スリーサイズも普通にほぼ平均で、種族は普通の在来地球人、趣味は普通にお料理と編み物――そんな、有り触れた普通の女の子。
ただ一つ普通とは少し違う所を挙げるとすれば、それは男の子よりも女の子の方が好きってことくらい。そう、私は所謂『同性愛者』と呼ばれるタイプの人間なのです。そんな同性愛者なこと以外は普通の女の子な私は今、諸事情あってとんでもない二者択一を迫られてしまっています。
(どうしてこんなことになっちゃったんだろう……)
事の発端はほんの少し前。
その日も普通に一日を過ごした私は、あくまで普通に学校を出ようとしていました。
でも校舎を出ようとした瞬間、あの頭が二つ生えた巨人ゾンビのような怪物が突然現れてみんなを襲い始めます。私は必死で逃げましたが体力が普通なので思うように走れず転んでしまいます。死への恐怖に気を失ってしまった私でしたが、すんでの所で助けられ、気が付くと屋上に立たされていました。
ふと視界に入る、一人の男性。サラサラなプラチナブロンドのストレートヘア、女の私より白い肌、端正な顔立ちに尖った耳……察するにエルフの方でしょうか。見ているだけで吸い込まれそうになる、不思議な魅力を感じます。
話を聞くにどうやら気絶していた私を助けてくれたのは彼だったそうです。
更に詳しい話を聞くと、私を助けたのは私が『あの怪物を倒す鍵』だからだと言うんです。俄かには信じられない話でしたが、彼が嘘を言っているようには思えませんでした。
兎も角私には私自身でさえ自覚していなかった特別な力があり、男性と契約を結ぶ目覚めるそれを使えばあの怪物を倒せる――というより、私が力を使うしかあの怪物を倒す方法はないと、男性は言います。
なら貴方と契約させて欲しい、どうすればいいのかと私は問い掛けます。すると返ってきたのは――
『ならば今この場で私と身を重ねて貰おう。それが契約の儀式だ』
余りにも衝撃的過ぎる言葉でした。異性の裸や水着姿を見るのだって少し不愉快に感じてしまうのに性行為だなんて、想像しただけで気分が悪くなってきます。しかも私には同級生に恋人が居ます(勿論女の子です。性行為はおろか接吻さえできていませんが)。だからここで彼と性行為してしまえば、それは最低な行いでしょう。
(幾らみんなを救う為とは言え、麻琴ちゃん意外となんて……そんなの……そんなの嫌だよ……)
一体どうすればいいの?
私は悩みに悩みますが、答えなんて出て来ません。
ああ、神様……どうして私がこんな目に……。
(さあ、悩め……苦しめ……そして私に股を開くんだ……一旦身を重ねてしまえば最期、お前は二度と逃げられない……)
ヨーロピアンエルフであるこの私レイグ・ユリウスは、普通科の女生徒・氷上居織の悩み苦しむ姿を見ながら彼女が『決断』を下す瞬間を心待ちにしていた。
(選択肢は二つに一つ……私と『契約』するかしないかだ。
『契約』すれば奴は異性である私と身を重ねたという屈辱感と不貞を働いたことによる罪悪感により凄まじい苦しみと絶望を味わう……。
『契約』しない選択肢を選んだなら双頭巨屍が校内を荒らし回り生徒や職員を苦しめ殺し、周囲の人々を見殺しにした罪悪感に苛まれた氷上はやはり苦しむことになる……。
どちらに転んでもプリティファング様の目的は果たされるというわけだ。
さあどうする氷上居織っ! もう時間が無いぞ、早く決めなければお前の所為で――
『グオオオオオオオオオオオッ!?』
「な、何だ!?」
突如として響き渡る、双頭巨屍の悲鳴と強烈な爆音。一体何事かと目をやると、相当巨屍の右肩から先が綺麗に吹き飛んでいた。
(そんな、まさか……我がユリウス家に伝わる秘術で『許可されない限りどんな攻撃を受けようと瞬時に再生する』よう強化改造を施した筈の双頭巨屍が、吹き飛ばされた腕を再生させることもできないだと……何者だ? 一体誰がこんなことを――へぅあ!?」
瞬間、とんでもないものを見付けてしまった私は柄にもなく思わず間抜けな声を上げてしまう。
「な、何なんだアレは……あの鉄でできた大蛇か虫のような化け物はっ……!」
「ふむ、何とかなったようだね。ありがとう我が盟友達よ。よくやってくれた。
君らの迅速な仕事のお蔭であの不届き者を迅速に駆除することができそうだ」
ヘルズスパイラルことラッキー君のコックピット内。
僕こと常木譲は突如現れ学校を襲っていた双頭の巨人ゾンビと言うべき何者かの右腕をミサイルで吹き飛ばしつつ、傍らの盟友達に礼を言う。彼らの名はそれぞれディープスアナライザー、ハーヴェスティングシェルという。
ディープスアナライザーは深海魚の一種・ボウエンギョに似た諜報員で、その特徴的な双眸はどんな遠距離の目標でも正確に捉えることができるし、視認したものの性質を瞬時に分析してしまう優れた頭脳の持ち主でもある。
一方ハーヴェスティングシェルは丸い巻き貝に似た鑑識官で、動きは遅いが採取した物質を隅々まで解析しそれに様々な形で対抗するためのプログラムを組み上げてしまうプログラマーでもある。例えば武装にプログラムを適用すれば対象物を確実に破壊できるし、装甲に適用すれば大抵の攻撃は受け流したり無力化できる。
(ま、ハーヴェスティングシェルは気が弱い割に生真面目でストイックすぎる所があるから自分を追い詰めさせない為にも本来ならあと二週間は無理矢理にでも休ませておきたかったんだが……今回は無理して貰って良かったよ全く。
ディープスアナライザーの解析で、奴はこちらの攻撃を実質的に打ち消す何らかの特殊能力を持っていることが判明したからな。下手に戦っていればどうなっていたことか)
思い浮かぶ最悪のケースに軽く震えつつ、僕は次なるコードを入力する。
「武装解放コード・機関砲、入力――発射」
入力するのと同時にラッキー君の胴体側面から機関砲が現れ、分間数千発のペースで弾丸を吐き出し双頭巨人ゾンビの胴体を貫いていく。
「そろそろ仕上げかな」
「あれは……もしかしなくても常木先生……?」
(くそっ、一体何なんだあの化け物は!? どうやらこの氷上が『先生』と呼ぶ辺りこの学園に勤務する教職員が操っているのだろうが、突然現れて空気を読まずツインヘッド・デッドギガースを破壊し始めおって!
これは不味い……実に不味いぞ……何としてでも氷上を私と契約させねば……だがツインヘッド・デッドギガースはどういうわけか再生能力を失ってしまっている……今から勝たせるのは余りに効率が悪い ……ならば)
「ああ、何ということだっ! こんなことになってしまうなんてっ!」
焦りながらも考えを纏め上げた私ことレイグ・ユリウスは、金属ミミズがツインヘッド・デッドギガースを圧倒する様に安堵している氷上に聞こえるようわざとらしく声を張り上げる。すると当然氷上はそれに気付き話し掛けてくる。
「ど、どうしたんですか? 怪物は常木先生が倒してくれてるんだからもう学校は大丈夫な筈じゃ……」
「ああそうだ。確かに今だけは救われたろう。だがすぐに次の、より強い怪物が現れ更なる災害を引き起こすのだ……倒す度に更なる力をつけた怪物が送り込まれ、やがてこの世の誰にも止められない怪物がこの星を滅ぼし尽くすだろう……」
「そ、そんな……じゃあどうすればいいっていうんですか? 対処法はないんですか?」
よし、狙い通りだ。食い付いてきた。
「対処法なら、ある……ただ一つだけな。お前が私と契約し、次の怪物を倒す……そうすれば奴らの発生源は完全に滅ぼされ、この世界は救われる……」
「私が契約して、戦えばいいんですね? そうすればあの怪物はもう出てこない……」
「そうだ。これはお前にしかできない戦いだ。代理など居よう筈もない宿命にして天命……」
さて、ここで契約させてもいいのだが……一気に行き過ぎては失敗する恐れもある。故に
「……とは言え、次の怪物出現までまだ三日ある。よく考えてから答えを出すがいい……」
「……わかりました」
「では、また三日後に会おう……」
俯く氷上へ静かに告げた私は、そのまま屋上を後にした。
「成る程ねぇ……ま、アタシとしてはあのモンスターもパッと見強そうに見えなかったし、そんな大したことできないままやられちゃうんじゃないかって思ってたのよねー。
だからまあホント、よくやってくれたわよアンタは。咄嗟の出任せでここまでやってくれるなんてマジ有能っていうか」
『勿体無きお言葉に御座います』
「謙遜しちゃう辺りが益々有能だってのよ。取り敢えず三日後あのクソビッチがどうなってるかよね。場合によっては――」
『策を幾重にも練り重ね、隙を与えず追い詰める……』
「そーゆーことっ。ともかくアンタはマジに優秀よ、ユリウス。他の奴らにも見習わせたいくらいにね」
『恐縮です、プリスカ様――では、私はこれで』
「ええ。期待してるわよ、ユリウス」
軽く挨拶を交わし、アタシことプリスカ・ホーデンスはユリウスとの通話を切りスマホの画面を確認する。充電はまだ余裕がある。この調子なら家までは持つし、電車の中でゲームでもしていよう。
「……許さないわよ氷上居織……その気もない癖してアタシのダーリンに手を出した罪、何がなんでも償わせてやるんだから……」
次回、氷上の決断は……




