十七時限目「戦いの決着と有機的可変流体金属細胞の秘密、或いはある少年の献身について」
オチが微妙かも
『ぬうおおおオオオオッ!』
(やっぱ貫手のが良かったかなあ)
突如復活したかと思えば凄まじいスピードで巨大化し始めた(そしてまた今も巨大化し続けている)触手生首を見た私こと清木場創太郎は、内心そんなことを思っていた。
やはり幾ら手応えがあると言っても軟体相手に打撃は禁物だったか、私は何てバカなことを……などと軽めの自己嫌悪に陥っていると、表情から私の心情を気取ったらしい常木先生が話し掛けてきてくれた。
「気を落とすな、君のせいじゃない。この世じゃよくあることだ。
ああいう奴は場合や程度にもよるが大抵、どんな攻撃を受けようがわりとああなるものだ」
「打ち勝つにはどうすれば?」
「簡単さ。『死ぬまで殺す』――それだけだ」
至極簡単な常木先生からの返答に元気付けられた私は彼女に軽く礼を言い、触手生首を『死ぬまで殺す』べく奴に飛び掛かる。
「始業時間だ、とっとと座れやクソ畜生ァァァッ!」
『ぬっふおおおおっ! 意味はよくわからぬが朕へ二度も何やら侮辱めいた言葉を発しおってぇぇぇえええ! 許せぬ! 断じて許せぬのですゾォォォ!』
(そうだ、その調子だぞ清木場君)
僕こと常木譲は、かの触手生首へ果敢に挑んでいく清木場君を遠くからではあるが見守っていた。
加勢しようかとも考えたが、彼はこういう場合かなり追い詰められでもしないと他人からの助力は拒みたがる性格である。よってそこを考慮した僕は彼の戦いを見守る立場に徹していた(勿論何が起こってもいいよう準備は済ませていたが)。
「うらああああ!」
凄まじい雄叫びを伴い、清木場君の貫手が触手生首の軟体に突き刺さる。
遠目から見ても実に見事な一撃、並大抵の相手なら殺せずともそれなりの確率で致命傷にはなりそうなものだが――
『ぬんうぉおおおおっ!』
巨大化した触手生首の再生能力は凄まじく、貫手を無力化したばかりか反動を利用し清木場君の巨体を跳ね飛ばしてしまう。勿論、屋内プールの内壁や天井へ激突する前に適当な柱へ掴まり体勢を立て直したのは言うまでもないが。
「ぬぅっ!? ……っちィ、クソッタレが。触手使わずにここまでやってのけるたぁ、デカくなった分相対的に筋力も上がったってわけか」
『ぬわはははは! その通りですゾ! 貴様如きが幾ら攻撃しようと朕の圧倒的パワーと絶対的タフネスの前には全くの無意味! 降参するなら今のうちですゾッ!』
「降参だぁ? 寝言言ってんじゃねぇよ。こちとらさっきの一撃でてめえの弱点見抜いて殺し方も完成させてんだ。なのに何故降参する必要がある?」
如何にも意味ありげな台詞は、無論初歩的なハッタリである。
普通ならば『嘘を言うな』とでも言い返すのだろうが……
『な、何いいいいっ!? き、貴様! 貴様もしやっ、朕の体内中央にある生命維持中枢を破壊されると再生以前に生命活動そのものが停止するという弱点を、突き入れた腕に伝わる感触から読み解いたというのですゾっ!? それも一瞬でおぶらっ!?』
まんまとハッタリを真に受けて自分から弱点を明かしてしまった触手生首は口から体液らしき濁った液体が吹き出し、それに伴い奴の身体が触手の先端部や顔面からドロドロに溶け始める。
察するに清木場君は貫手に乗じて奴の体内へ予め遠隔操作可能なOVFMの小片を送り込んでおり、触手生首が弱点を明かした直後に中央へあるという生命維持中枢とやらを破壊したのだろう(実際後になって確認すると僕の推察と寸分違わぬことを彼は言っていた)。
『がっ、ふぐご、おごおおぉぉぉ……』
「……」
空中に浮いたまま無惨に溶けていく触手生首に背を向け無言で立ち去る清木場君の表情は『お前に言うことなんて何もない。哀れすぎて何も言えない』とでも言いたげだった。
その後僕らは当初の予定通り諸方への状況説明といった厄介事を済ませ、以後の日程を順当にこなしていくこととなる。まあ日程と言ってもそれほど大したものではなく、ほとんど自由行動のようなものだったのだが。
そしてその日の夕方から、学科別県外研修の拠点は件の高級ホテルからこれまた如何にも高級そうな別の旅館へと移る。何でそんな手間と金のかかりそうな事をするかって? そんなの僕が聞きたいよ。
「時に清木場君……君はあの時のことを覚えているかね?」
「あの時……って言われましても、具体的にどういう時なんだか言って頂けねえことには答えようがありませんぜ」
旅館の一室。常木先生からの曖昧で抽象的な質問に、私こと清木場創太郎は身もフタもない答えを返す。
無礼な言い方かもしれないが、実際そうとしか言い様がないので仕方がない。
「あぁ、確かにそうだね。ならば具体的に言おう。清木場君、君は今の身体になった時のことを……
OVFMの力を我が物にした時のことを覚えているかね?」
「……失礼ながらそりゃ愚問ですぜ。あんなん忘れようがありませんや。そう、ありゃ確か……」
あれは確か、私がそれなりの場数を踏み狂気との優良で対等な関係を完成させつつあった――つまり性格が今の形で安定し始めた――頃の事。
同棲中だった常木先生がある日突然『聖地巡礼に行ってくる。お土産は期待していてくれ』などと言い残して姿を消したことがあった。行先はパキスタンのカラチ……有名な古典漫画の舞台になった場所だ。
そこで彼女が拾って来たのが、後に有機的可変流体金属細胞(略称OVFM)と名付けられることになる銀色の液体生命体だった。
曰く、昼食を取って言えたレストランの近くにある川でキラキラ光るものが蠢いていたので網で掬ってみたら銀色のウーズだったそうで、こっそり宿へ持ち帰って色々なことを試す内、それが凄まじいポテンシャルを秘めた存在であることを突き止め、愛着が湧いたのもあってもっと詳しく調べようと日本に持ち帰る事にしたという。
「税関を誤魔化すのには苦労したよ。分裂させて荷物に紛れ込ませたはいいもののどんな状態だろうと金属だからね。
結局旅行鞄の金具を全て外して金具に化けさせたOVFMを取り付けるっていう物凄く面倒な方法で税関は突破したがね……今思えばもっと簡単な方法は幾らでもあったんじゃないかと思えてならないよ」
ともあれそんなこんなで日本へ帰って来た常木先生。
彼女が持ち帰った"土産"であるOVFMを見せられた私は、その余りの恐るべき能力に驚愕し『何か懐かれちゃったしこのままうちで飼おうと思うんだが』などと宣ってきた常木先生を必死で止めようとする余り激昂。柄にもなく怒鳴り散らし、彼女を泣かせてしまった。
「……あん時は本当、怒鳴ってすんませんでした。まさか泣いちまうとは思いませんで……」
「いやいや、僕の方こそ悪かったよ。そりゃあんなの、良く知らない奴からしたら怖くて仕方ないもんな」
「……よく知ってるからこそ怖いってのもあると思いますがね。実際家に来て暫くは奴に近付くのも何か怖かったですもん。
見た目の割に知能が高い――少なくとも作者レベルのバカじゃねえことは確実なのが救いでしたが」
「何だよ君らしくないな。いや、寧ろ君らしいのか? まあ確かに蠱毒みたいなどうしようもないバカじゃないだけに目立ったトラブルを起こしもせず、寧ろ僕らの手助けをするまでに成長してくれたよね。
この頃はまだOVFMなんて名前じゃなくて、金属質のウーズだからある古典映画に登場する敵に因んでザンドって呼んでたんだっけ」
「ですです。1000を意味するサウザンドからサウとかサウザンとかにしようとしたら別の古典漫画に似たような名前のが居たんで、じゃあいっそ後ろから取ってザンドにしたんですよね」
OVFMことザンドはその知能の高さから自分の名をすぐに覚え、人間の言葉や文字の読み書きも覚えるなど飛躍的に成長していった。
やがてより複雑な事柄も学び始めたザンドは特に科学を好み、自分自身を構成する細胞組織についてもいつの日か解き明かすことを夢見ていた(また『細胞に自分の名前をつけるのには抵抗があり、できるならストレートでわかりやすい名前をつけたい』とも言っていた)。
このまま平穏な日々が続けばいい……私達はそう思っていたし、ザンドも恐らく同じ気持ちだっただろう。だがそんな中、あの事件が起こってしまう。
「……『増野市太郎事件』、か。何時思い出しても嫌な事件だよ……」
事の発端は西暦2361年の春、国内最大手の民放テレビ局に所属する人気アナウンサー・増野市太郎が同局のバラエティ番組に出演した際ある不祥事を起こしてしまった事による。
不祥事と言っても『街中での食べ歩き企画で共演者に勧められるまま酒を多めに飲んでしまい、酔った勢いで(妻子を持つにもかかわらず)すれ違った民間人の女三人組に突然インタビューを始めた』という程度のもので、同時期には『年上の人気タレントと不倫をし活動停止に追い込んだにも関わらず自身は素知らぬ顔で公の場で活動を続けたミュージシャン』やら『違法賭博や麻薬に手を出し自ら選手生命を断ったアスリート数名』『お笑いタレントとして相方と共に栄華を極める一方、芸能界入りする以前から女子高に忍び込んでは学生服を盗んでいた男』等、彼が可愛く見えるほどの悪徳タレントなどそれこそ山のように存在していた。
また増野は元々頭脳明晰かつ博識で人柄も良く有能にして多芸、多少気弱な恐妻家気味でこそあったものの基本的に真面目な愛妻家であった為にほぼ全ての芸能界・テレビ関係者や視聴者、また妻子からも深く愛されており、この不祥事についても後に本人が深く反省し謝罪会見を開くなど迅速な対処をしたため、増野が周囲から糾弾されるようなことはまるでなく、この一件はそのまま忘れ去られていくだろうと誰もが思っていた(また私達を含む増野のファンはそれを切実に願ってもいた)。
だがどういうわけか、増野を過剰なまでに美化・神格化していたある視聴者がSNSで『増野市太郎を芸能界より追放しろ』と声高に主張、テレビ局や増野の自宅に脅迫状や爆発物・毒ガス・病原体を仕組んだ小包を送り付けるなどの事件を引き起こす。
「その視聴者はすぐに逮捕され裁判の末投獄されたが、何らかの方法を用いて脱獄……」
「……番組収録中のスタジオに乱入し増野市太郎を誘拐、そのまま得体の知れない技術でテレビ局を占拠し『世界を清浄化すべく局舎ごと増野市太郎をこの世から抹消する』などと吐かしちゃどこに隠してたんだかわからねえ時限爆弾を起動。『止めて欲しくば増野市太郎を殺させろ』と、ベタな要求を……」
「増野にはまだまだ生きて貰わなきゃならなかった僕らは、早速東京にあるテレビ局へ向かった。
ヘルズスパイラル……ラッキー君には時空を食い破って瞬間移動する能力があるから、正規の交通機関なんて使わなくてもテレビ局まですぐついてこれた。勿論、ザンドには留守番しておくよう言ったがね」
結果から言えばバカに占拠されたテレビ局を救うのにそう時間はかからなかった。
そいつは何らかの機械――バリアの展開や物質牽引ビームの発射ができる代物――に依存してテレビ局を占拠していたのだが、その機械と言うのは極めて不安定なもので、例えるならただの安い洗剤を水に溶いたもので作ったシャボン玉のように脆弱だったのだ(しかも時限爆弾だと思われていたのは時限爆弾風の目覚まし時計で、タイマーがゼロになってもアラームが鳴るだけだった)。
なので私と常木先生の尽力でバカは取り押さえられ、増野を初めとするテレビ局の者達も全員無傷で解放された……筈だった。
だが往生際の悪いバカは警察に拘束されて尚増野殺害を諦めようとせず、隙を突いて拘束から抜け出すや否や件の装置で近場に停めてあった大型トラックで増野を押し潰そうとする。
それにいち早く気づいた私は増野を突き飛ばし彼を救うが、間一髪で逃げ遅れ落ちてくるトラックの下敷きになってしまう。
「……喉が潰れそうな程泣いたのを、今でも覚えている……幸いにもまだ息があったけど、今にも死んでしまいそうだったから……でもすぐに冷静さを取り戻した僕は、盟友達と共にひしゃげたトラックを必死に退かそうとした。
……幸いにもトラックはすぐに退かせたけど、傷は物凄く深くて……もう助からないんじゃないか、なんて思いつつ、医術に秀でた盟友達に早く君を助けてくれと頼んだんだ……救急車なんて待ってたら、それこそ君が死んでしまいそうだったから……でも、でも……」
「盟友達は言った……『残念だがこの男はもう助かるまい。幾らドラゴニュートの生命力でもこの傷には打ち勝てぬ……』」
「……ああ、そうだ……そうだよ……『それでも何とかしてくれ、もう家族を失うのは嫌なんだ』って、僕は盟友達に懇願した……けど盟友達は揃って首を横に振る。
感情的になった僕が、泣きながら盟友達を怒鳴りつけようとした、その時……僕の傍らに、小さな影が佇んでいたんだ……」
ザンドだった。
聞けば留守番を言い付けられながらも私達のことが心配でならず、ヘルズスパイラルの尾に張り付いて首都圏までついてきてしまったのだという。
「ザンドは言った。『泣かないで、お姉ちゃん。大丈夫だよ、お兄ちゃんは僕が助けて見せるから』……その言葉には妙な説得力があった。彼を信じようという気になれたんだ。
だから言ったよ。『わかった、もう泣かないよ。けれどザンド、君がどうやって彼を助けるというんだい?』とね。
すると彼の口から飛び出してきたのは衝撃的な答えだった……」
ザンドは答えて言う。
『僕がお兄ちゃんの傷口から体内に入って、身体の一部になるんだよ。そうすれば僕のこの細胞がお兄ちゃんのものになるから、結果的に身体は元通りになるんだ』
「それを聞いた僕はある事が気になって、問い掛けたよ。『成る程それは名案だ。だがそれではザンド、君はどうなるんだ? 彼と一体化した後の君は?』
……彼は躊躇いながら答えて言ったよ――『多分、僕としての自我は消えちゃうと思う。僕の全身をお兄ちゃんに明け渡すその過程で、僕の自我を留めておく入れ物は形を保てなくなっちゃうだろうから』
……必死で彼を止めようと思った。清木場君を失うのは嫌だったが、ザンドを失うのだって同じくらい嫌だったからね。
然しそれを察したザンドは言うんだ。『ごめんねお姉ちゃん。そんなの嫌だよね。僕だって本当は嫌だよ。まだまだ知りたいことが山のようにあるし、やりたいことも数えきれないくらいあるんだから。
でもお兄ちゃんを犠牲にしてまで生きていたいなんて思わないし、何でだかはわからないけど、こうしなきゃいけないって気がするんだ。あの日の出会いは、この時の為にあるのかも、なんて。少し大げさかもしれないけどね』
……そして彼は『さよなら、お姉ちゃん。お兄ちゃんと幸せにね』と告げ、清木場君の体内にするりと潜って行った……」
「そして私は奴に命を救われ、有機的可変流体金属細胞の力を授かり今に至る……」
「ああ、そうだ。だからある意味、彼は今も君の体内で生き続けていると言えるかもしれないね。
もうあの時の、賢く優しい彼には出会えないが……」
「……だからこそ、奴の分まで私らがしっかり生きなきゃなんねぇんでしょう。
少なくとも私はそう思いますよ」
私の言葉に、常木先生は黙って頷いた。
その後、学科別県外研修は無事に全日程を終了。死者はおろか怪我人や病人も出ること無く、全ての参加者は家路につくことができた。
(ま、騒動がまるで無かったかってぇと嘘になるんだが……それもまた別の話だ)
次回、地元に戻った二人を待ち受ける次なる事件とは……?




