十九時限目「美しい女の悪夢、苦しむ少女への救済、牙持つ雌の失態について」
冒頭のくだりは正直余計だった気がしなくもない。勿論伏線だけどね?
『いひひはははは! 哀れなもんだな船長よぉ! てめえは一生負け組だぁ!』
『ぐ……ぉご、がへぁぁぁああああっ!』
『ギャハハハハハハ!』
『きったねぇー、こいつゲロ吐きやがったぞ!』
『おーおーおーおぅ、ゲロなんぞ吐きゃあがって汚えなあ! てめえの船が汚れちまってんじやあねぇか! こりゃあ船長としちゃ、責任持って掃除しねーとなぁ!?』
『がっ、ぶべぶ……!』
『オラどうしたぁ!? さっさと掃除しろってんだろうが!』
『うぶばぁぁぁああああ!』
『だーっはっはっはっはっは! 所詮てめーはクソ雑魚だ! どんだけ大物ぶろうが食われる以外価値のねえイワシに過ぎねぇんだよぉっ!』
『どわーっひゃはははははははは!』
「……夢、か。嫌な夢を見てしまったな……」
目覚めた時、私は自室の机に突っ伏していた。
どうにも記憶が曖昧だが、何かの考え事をしていたことは少なくとも覚えている。
「考え事の最中に居眠りとは……らしくないな。知らぬ間に疲れが溜まっていたか?
まあいい、身体が妙にむず痒いし、風呂にでも入るとするか……」
ゆっくり立ち上がった私は、ゆっくりバスルームを目指す。
ところで名乗り遅れたが、私はジェニファー・ホークス。捏海学園大学に所属する女子大生で、現在は体育教師を目指して付属高等学校で教育実習を受けている真っ最中だ。
その気になれば他にも色々なことを語れるが、あまり長く語りすぎては読者諸君が飽きかねんからして――などと語っていたらバスルームに到着してしまったな。まあいいか。
「さ、て」
脱衣場に入った私は、スタンドミラーの前に立ち服を脱いでいく。一糸纏わぬ姿になった所で、改めて鏡面に向かう。
凛々しく端正な顔立ち。
ウェーブがかった背までの黒髪。
シミ一つない肌。
スラリと細長い手足。
鍛えつつも女としての曲線や凹凸の損なわれていない肉感的なボディ。
その象徴たる洗練されたヒップとGカップのバスト。
それらを引き立てる幽かに腹筋の割れたウエスト。
……その他十数か二十余りある身体のパーツや要素をしっかり確認した私は、スタンドミラーの前で『よし』と呟きバスルームへ向かう。
「はあああああ……どうしたらいいんだろう……」
拝啓読者の皆さん、氷上居織です。
早いものであれから二日が過ぎました。あと一日で契約の期日、また別な怪物が学校を破壊しに現れるっていうのに、私は何の決断もできないままこうして無駄に日々を過ごすことしかできていませんでした。
いっそ吹っ切って『またどうせ常木先生がやっつけてくれるし大丈夫』とでも思って楽観視できていればまだマシだったのかもしれませんが、元々変に真面目な性格なのでそういうわけにもいかず、ろくな答えも出せない癖して中途半端に悩んでは『どうしようもない』と再認識してため息をつきながら落ち込み項垂れる……そんなことを意味もなく一定周期で繰り返してばかりでした。
「このままじゃダメ……ダメ、なのに……どうしたらいいんだか全然わからない……」
そして今日も私は同じことを意味もなく繰り返すのです。
誰かに相談しようにもこんなこと誰にも相談できないし(そりゃ確かに『ファンタジーやメルヘンが現実になったような時代』なんて例えられがちな世の中ですけど今回の件は余りにもファンタジー過ぎて誰も信じてはくれないでしょう)、その所為で恋人の麻琴ちゃんとの関係にまで亀裂が入りそうで、周りの友達からも避けられてるような気がして……ああ、こんなことならあの時契約しておいた方がマシだったのかなぁ?
「……でも、そんなことしたら……そんなことしたら、無事に助かったとしてもまともな人生は歩めなくなる……ああもう、何でこうなるのよっ……」
誰にも縋れない苦しみに、思わず泣きそうになってしまった、その時でした。
「氷上さん」
机に突っ伏す私の耳に、聞きなれた声が飛び込んできました。そう、この声は――
「……尾原、さん?」
「一体どうしたの? 何だか元気なさそうだけど……」
同じクラスの尾原寿々子さんでした。何もかも普通でどこにでも居そうな私とは真逆の、非の打ち所なんてまるでない完璧な女の子で、入学した頃から何かと仲良させて貰っている間柄でした。
「ああ、尾原さん……私……私……実は今、物凄く悩んでて……」
「うん、何だか悩みを抱えてるのは私もわかるわ。それも、途轍もなく深刻で、どうしようもないくらい絶望的な悩みって感じがする……。
どんな悩みなのか具体的にはわからないけど……ただ一つ、貴女がその悩みで物凄く苦しんでいるっていうことだけは確実に理解できるわ。知ったかぶりを言うようだけどね」
「……分かって、くれるの?」
「ええ、分かるわ。だから、っていうのも変かもしれないけど、私で良かったら相談に乗りたいの。
ね、話してくれない? 貴女の悩み」
ああ、何て優しいんだろう。私は思いました。尾原さんは校内有数の美少女で、優しい性格から天使なんて呼ばれたりするのをよく聞くのですが、こうして接してみると確かに彼女は天使とか女神とか聖女とか、そんな呼び名の似合う子なんだなあということが頭というか心へ直に伝わってくるのです。
「……ありがとう、尾原さん……でもここじゃ話し辛いし、もっと別な場所がいいんだけど……」
「わかったわ。それじゃ、放課後に」
「ええ……有り難う……本当に、有り難う……」
「いいのよ。だって私達、友達でしょう?」
尾原さんの何気ない一言に、私は思わず涙を流してしまいました。
状況が好転するかどうかは分かりませんし、もしかしたら本当に手の打ちようが無いのかもしれません。でももしかしたら……そんな曖昧で淡い希望でも、崩れかけていた私の心を支えるのには十分過ぎたのでした。
「アシストS、報告を」
捏御学園大学付属高等学校敷地内のある部屋にて、私――夢幻魔天衆筆頭マスターVこと捏御学園大学付属高等学校教頭キース・ヴァッシーレは、部下であるアシストSこと工業科電子情報コース二年数寄屋多美恵からの報告を受ける。
「はい、ではご報告致します。今回のプリティファング様によるショーについてなのですが……他のプロデューサーの方々から不満の声が上がっております」
「そうか」
それは私にとって予想通りの出来事だった。
プリティファングこと普通科二年の女生徒プリスカ・ホーデンス。
生徒の身ながら夢幻魔天衆のプロデューサーである彼女が今回企画し開催中のショーは(既に読者諸氏はご存知と思うが)『怪物による生体災害を起こしつつ主演者である女生徒・氷上居織を出鱈目な話で騙し苦しめ破滅させる』というものであった。
それだけならば前回九頭竜阿修羅こと夜伝定信が企画したショーと類似した内容だったのだが、夜伝が主演者に定めた風花千里がこの捏海学園大学付属高等学校に於いて悪名高き"害悪"であったのに対し今回ホーデンスが主演者に定めた氷上居織は素行も成績も平均的で無害な存在であった。
稀秘が賀集敦とその一味を選んでからというもののプロデューサー達の間には『自滅を前提とした主演者は不良生徒や悪徳職員等の"害悪"でなければならない』という暗黙の了解が産まれつつあった(無論そのような規定は存在しない)。
そんな中でさしたる害悪とも言えない氷上居織を『自滅前提の主演者』に選んだホーデンスが殆どのプロデューサーから白眼視されるのはある意味当然と言えた。
「はい。何れも『何の罪もない女生徒を私怨で主演者に指名し苦しめるなど言語道断だ』『うら若き少女に望まぬ性行為を強いるなど美しさの欠片もない』といった旨のもので、中にはショーを中止にすべきであるとかプリティファング様からプロデューサーの資格を剥奪し夢幻魔天衆から追放すべきとのお声も……」
「ふむ……まあ、それも仕方のない事だね」
そう、仕方のないことだった。何せホーデンスはショーの内容を発表する際声高に『氷上居織は自分の愛しい男に手を出した極悪非道の阿婆擦れである。故に今回のショーで破滅させるべき害悪であることは火を見るよりも明らかだ』とわざわざ主張。それが却ってプロデューサー達を怒らせたのは言うまでもない。
更にその『愛しい男』というのは同じ夢幻魔天衆のプロデューサー、クルーエルハウンドこと普通科二年のルメン・スポッティであり、ホーデンスを疎ましく思っていた彼の発言は只でさえ限界に達していたプロデューサー達の怒りをほぼ爆発させることとなる。
スポッティは言う。
『自分は氷上に悪さなどされていない。ただ何度か助けられただけだ』
つまりホーデンスは逆恨みで氷上を破滅させんとしており、その為に夢幻魔天衆のプロデューサーとしての立場を利用しているということだった。
(職権乱用……まともな公人社会人としては当然許されない事だが、生憎と我々はまともではないからな。
無論まともでないなりに規則はあるが、今回の彼女の行動はまだそれに抵触するような段階ではない……)
「あ、あの……マスター?」
「ん、すまないね。兎も角プリティファングはまだ何の規約違反を犯していないし、彼女のショーも現状はお客様方から概ね好評だ。ならば当然処罰する理由もない。
それでも彼女の処罰を望み、企て、実行に移そうという者が現れるなら、私はその者をこそ『他者のショー進行を妨害する者』として罰すだろう……プロデューサー諸君にはそう伝えてくれ」
「はい、畏まりました」
「断られたですってぇぇ!?」
あたしことプリスカ・ホーデンス、もとい夢幻魔天衆プロデューサーのプリティファングは、部下のレイグ・ユリウスからの連絡に思わず声を荒げる。
『はい。肥口に拵えさせたデストロイランナーを学校へ送り込みつつ返答を迫った所、強い口調でキッパリ「契約はしない。例えこの先どんな怪物が現れようと常木先生と清木場先生が必ず倒すだろう。だから私がわざわざ闘う必要はないし、戦う力の無さを嘆く必要もない」と……。
更にほぼ同じタイミングで、三日前より早いタイミングで現れた例の金属ミミズにデストロイランナーが殺されてしまいまして……』
「でも被害は出せたんでしょう!? 幾ら殺されたとは言っても少しぐらいは学校側の人間を少しは傷付けたりビビらせるぐらいのことは――
『できませんでした……』
「は?」
『実質的な被害はゼロです……金属ミミズはデストロイランナーが転送されて来ると同時に虚空より突如現れ、着地と同時に締め上げて殺してしまったのです。暴れ回る隙も与えずに……』
「~~~~~っっっ! な、ん、で、すっ、てええええええ!?」
『申し訳御座いません、プリティファングさ――』
「うっさい! 黙れ! 謝るだけなら誰だって出来んのよ! 謝る暇があったら行動を起こしなさい行動を!
肥口に連絡して追加で適当に怪物送らせてその金属ミミズぶっ潰すとか! それぐらいできるでしょ――
『既に試しましたが、全滅しました』
「へ?」
『ですから、貴女が仰る通りの作戦を既に実行に移したのです。
一対一では分が悪い、ならばより強化した怪物を数多嗾け数で押し切ろう――そう考えたのは他でもない肥口でした。あれにとって怪物作りは生き甲斐であり作られた怪物どもは我が子も同然。
自分の自信作を一度ならず二度までも完膚なきまでに破壊されたのが余程屈辱的だったのでしょう、私の話もろくに聞かず金属ミミズ目がけて次々と数多の怪物を放出……然しその何れもが金属ミミズによって……』
「死に絶えたってわけね……」
(っていうか、金属ミミズ……常木のババアが持ってるっぽいアレってそんなに凄いもんなの?)
『はい……手持ちの怪物全てを失ったショックに肥口は正気を失い狂ったように暴れ回った挙げ句脳の血管でも切れたのか突如絶命、氷上には逃げられ生徒や職員達は金属ミミズに拍手喝采という有り様で……』
「……ったら……ゃない……」
『……?
申し訳ございませんプリティファング様、どうにも聞き取れませんでしたのでもう一度――
「だったらあんたらが何とかすりゃあいいじゃないっ言ってんのよこのバカエルフ!
怪物が品切れ? 肥口が死んだ? だから何? それがどうしたっての? あんたらは肥口の怪物が居なきゃ小汚い雌豚の一匹も潰せないような無能じゃないでしょうが!
過程や方法なんてどうでもいいの! 最終的にあの氷上居織が苦しみさえすりゃあたしの勝ちなんだから!
とにかくどんな手段使ってでもあいつを破滅させんのよ! いいわね?」
『はい、畏まりました』
「返事してる暇あったらさっさと行きなさい!」
柄にもなく怒鳴り散らしたあたしは、怒りの余りスマートフォンを握り潰していた。
感情の昂りで暴発した部分変身の所為で毛むくじゃらになった右手の肉球には、スマートフォンの破片が突き刺さっている。
「あーらら、やっちゃった……ま、いっか。まだ何台もあるし。この傷だって正直死ぬほど痛いけど……んっ」
痛みを堪えつつ右手に少し力を込めると、手に刺さった破片はすぐに抜け傷も塞がっていく。
「ふぅ……これでよし、っと」
部分変身を解除したあたしは右手が元通りになったのを確かめ、スマートフォンの残骸をゴミ箱に捨てた。
次回、早くもレイグの呪縛から解き放たれた氷上だったが……




