十五時限目「雄竜の本領と雌猫による人面芋虫捕獲作戦について」
これで死んだな、なんて思っていると……
「はははははは……無様なものだな清木場創太郎」
深夜の家庭科室。
私こと2610号は木端微塵になった清木場創太郎を見ながら勝ち誇る。一時はどうしようかと思ったものだが、巨大ロボットを使える常木譲と離れ離れにしてしまえばこの通りだ。
「自慢のオーガニックヴァリュアブル何とかとやらも発動できなければ無意味。我らの瞬間念話能力をもってすれば貴様など屁でもないことが証明されたわけだ」
瞬間念話能力とは九頭竜様が我ら三六頭兵団に与えて下さった能力である。読者どもに分かりやすく説明するならどんな長話も数秒に短縮できるテレパシーと言った所か。
この能力で私は先程即興で思い付いたこの作戦を部下たちに伝え実行、こうして清木場創太郎を始末するに至ったというわけだ。
「然しまあ、何だな。こうしてみると実に呆気ないというか、何故つい先程までこいつを脅威と見なしていたのかがよくわからなくなるないっそ笑える程に。
考えてもみろ、いや寧ろ考えずともわかる筈だ。この学校を占拠できる大軍勢を滅ぼした二人組の片割れと聞いていた男がいざ蓋を開ければこんな初歩的な作戦で呆気なく死んだ。これを笑わずにいられるか?」
「ああ、全くお笑いだ――あの程度で勝った気になって浮かれてるお前は全く滑稽だよ」
「――……何?」
ぷつり、
何かが切れる音がした。
続いて腹の底からふつふつと沸き上がる、確かな怒りの熱を感じる。
ああ、つまり今聞こえたのが『緒の切れた音』か。
「……おい、今の発言をしたのは誰だ……?」
辺りを睨み付けながら、私は言う。然し部下達は怯えたように首を振るばかり。この様子だとどうやら(まあ当然だが)先程の無礼極まりない発言をした不届き者は部下達の誰でもないのだろう。
となれば……
「……お前か、清木場創太ろ――
「正解」
「くっ!?」
刹那、背後に不愉快な気配を感じた私は振り向き様に刀を降り下ろす。
然し清木場はそれを予想していたかのように後方へ跳躍し、私の斬撃は空振りに終わる。
「くそっ、外したか……」
「惜しかったなウツボ野郎。だが幸運でもあったぞ、私の有機的可変流体金属細胞の本領を味わわなくて済んだんだからな……」
「本領、だと?」
私は困惑していた。本領だと? ただでさえ『殺した筈が生きていた』という展開に混乱しかけているというのに、こいつにはまだ何かあるというのか?
「そうだ。形態を変えるとか、破壊された肉体を修復・再構築するってのも確かに重要、無くちゃならねぇ機能ではある。だが本領はそこじゃねぇ」
「ならばお前の言う本領とは一体何なのだ……?」
私は思わず問い掛ける。だが――
「言う必要はねぇよ」
まさかの言葉だった。
思わず激昂しそうになるが、こういう時こそ冷静にならねばと抑え込む。
「……そうか。ならば此方も――
「んどらナメ腐ってんじゃねぇぞゴラァァア!」
だがその瞬間、言動に腹を立てたらしい部下の一人が清木場を殴り殺さんとスコップを振り上げながら向かっていく。
「おい止せ2896号! 迂闊に近寄るんじゃない!」
「何が本領だ! んなもん見せる前に叩っ殺っしゃらああああ!」
私は咄嗟に止めたが2896号は聞く耳を持たず、そのまま清木場の身体を力任せに殴り付ける。
「うおらぁっ!」
「……」
殴り付けられた部分の肉が抉られるが、清木場は動じない。それに気を良くした2896号はもう一発と言わんばかりにスコップを振り上げるが――
「うああぁ!?」
2896号は突然怯えだし、スコップを落とし取り乱す。
一体何事かと注視してみれば、彼の右肩から先が銀色のドロドロした何かに覆われてしまっている。
本当に何なんだあれは?
「ああ、あああ!? 畜生、何なんだ、何なんだよこれっ!?」
2896号はそれを必死に払いのけようとするが、幾ら腕を振っても離れる気配がない。それどころかまるで生きているかのようにどんどん彼の身体を包み込んでいく。
「っぎ、ぃが、ああああぁぁぁぁあああ! いで、いで、いでええええ!
う、腕が、うで、があああああああ!」
何をしていいのかわからず、何もできぬまま見守るしかない我らを尻目に銀色の何かは凄まじいスピードで2896号の身体を包み込んでいく。
「何だよあれ……まるで、食ってるみてーな……」
誰が言ったのかはわからないが、その言葉はこの上なく適切と言えた。程なくして2896号を完全に食い尽くしたらしい銀色の何かは、唖然とする我々を尻目に清木場の足を登りスコップで抉られた奴の傷口を塞いでしまった。
「……これがお前の本領か」
「そうだ。これぞ有機的可変流体金属細胞の本領、有機生命体を侵し、取り込み、食い殺すって機能さ。
……有り難うよ、邪魔に入るどころかさほど喋りもせずわざわざ黙ってボサっと見ててくれてさぁ。
お礼にあの哀れなアホタレスコップ野郎のカスみてえな命は私の養分として有意義に使ってやるとするぜ、在り難く思いな」
「貴様……」
「そう怒んなよ、別にいいじゃねぇか。遅かれ早かれ死ぬのが決まってた命だ、いつ死のうが関係ねーって。
それにお前ら、どうせ生きてた所でやることと言やあ安っぽい犯罪者野郎どもの真似事が精々だろ?
神の兵士とか言っても、そもそもそんな命令してくる神なんてロクなもんじゃねぇ、クソにも劣る。
だったらいっそ、お前ら全員ここで私に食われた方がずっといい。違うか? 違わねえだろ――
刹那、私は無意識の内に清木場の顔面へ銃弾を放っていた。当然撃ち抜かれた顔面はすぐ元通りになってしまうが、そんなことはどうでもよかった。
「黙れ、外道が……他人の心や命を平気な顔で踏み躙るような貴様が、九頭竜様を愚弄するなぁっ!」
「……てめえの行いを棚に上げ、敵わねえと知りながら尚もこの私に向かってくるってか。馬鹿め、無駄な事を……いいだろう、始業時間だウツボども。なりてえメニューを言いやがれ」
「ワギャアアア! フグギギィーッ!」
「おおっと、危ないな」
夜の校庭。僕、常木譲は振り下ろされた風花の触手を無駄なく躱しつつ、奴の顔面目掛けて数発の銃弾を放つ。
「フギュグギイッ!」
然し奴はその瞬間亀や巻貝のように顔面を胴体へ引っ込め、弾丸が顔面に直撃するのを防いでしまう。
「ちぃ、またか。これで何度目だ全く……」
静かに毒づきながら、僕は銃弾を込め直す。
これまでの奴との戦いで、奴の全身を覆うぶよぶよした柔らかく分厚い皮膚は意外にもかなりの強度を誇り弾力性に富むもので、凡そ全ての打撃はおろか生半可な銃弾でさえ無力化してしまい、更に刃物で斬り付けようにもすぐ再生してしまうので実質的に意味がないということはわかっていた。
また、ほぼ唯一その分厚い皮膚で覆われていないのが顔面であるということも。然し僕に見抜かれている以上幾らバカでも風花自身とてそのことはしっかり自覚していたらしく、いざ顔面を攻撃しようものなら触手の束をがむしゃらに振り回したり、先程のように顔面を引っ込めるなどの方法で悉く攻撃を回避されてばかりだった。
「さて、どうしようか。武器をより高威力のものに変える、或いは戦闘特化の盟友達に応援を要請するというのも一つの手だとは思うんだが、そうすると勢い余って殺してしまう危険性があるし。
……まあ殺してしまっても問題はないんだが、捕まえると言った以上『やっぱり殺すしかありませんでした』というのは篤郎先生に申し訳ないし――
「シャガゲェェ!」
「うわっと、びっくりさせるんじゃないよ全く」
猛スピードで突進してくる風花を適当にあしらいながら、僕は考えを巡らせる。
(僕の目的は生け捕りだ。生け捕りの為には気絶させるか弱らせる必要がある。だがほぼ唯一攻撃がまともに通りそうな、所謂"弱点"はかなり厳重にガードされている。然し仮に攻撃が通ったとして、それが致命傷になってしまっては本末転倒元も子もない。
爆発物や薬品も殺してしまうかもしれず、また無事に仕留められたとしても学校や近隣地域を荒らしてしまう恐れがある以上安易な使用は控えるべきだ。となると……)
その時、ふと僕の脳内にある漫画の名言が浮かぶ。五時限目(第五話)でも言及した、僕と創太郎君の大好きな古典漫画に出てくる台詞だ。
それは主人公が強敵と戦っている場面でのこと、常識外れの技を駆使する敵に主人公は追い詰められる。追い詰められた彼は、幼少期の出来事を思い出す。
当時少年だった彼には兄弟同然に心を通わせる愛犬がいた。だが愛犬は必ずしも従順でなく、ある時遊びのつもりでか、少年の玩具を咥えて離さないことがあった。
何とかしなければと焦った少年が父親にどうすればいいかと相談すると、父親は諭すように答える。
息子よ、もしやお前は玩具を無理矢理取り戻そうとしているのだろう?
それでは駄目だよ。逆に考えなさい。『その程度の玩具好きにすればいいさ』と考えて接しなさい。
この言葉を思い出した彼は逆転の発想で勝機を掴み、見事強敵に打ち勝つのだった。
(そうだ……"逆に考えればいい"んだ。一つの考えに囚われないように……)
熟考の末、僕は一つの結論に至る。
(一か八かの不確かな博打だが、今のまま頭を狙い続けるよりはマシな筈だ)
僕が取り出したのは、抜群の切れ味を誇る二振りの刀だった。
更に続いて、主武双が刃物で素早い動きが特徴的な盟友達――例えばトビイカ型のジェットスピーダー、オニカマス型のブレードバラクーダ、トビエイ型のスラッシャースティング等――を呼び寄せ言う。
「さあ盟友達よ、手伝ってくれ。奴の身体を兎に角斬りまくるんだ。
傷はなるべく深く大きく複雑であるのが望ましいが、変な使い方をすると刃物がすぐダメになるし数さえ稼げていればどんな傷でも構わない。
できるのなら肉を削り取るとか触手を切り落とすってのでもいいぞ。ただ怪我には気を付けて」
その言葉を聞いた盟友達はそれぞれ頷き、人面芋虫と化した風花へ飛び掛かっていく。
僕も負けてはいられないと後に続き、奴の柔らかい身体を手当たり次第滅多切りにしていく。
「シャガ、グゲ、ゲギャアアアア!」
刃物で斬り付けられる度に風花は悲鳴とも金切声ともつかない声を上げ、柔らかい身体は面白いように切り裂かれ、然し傷は瞬く間に再生する。
それは一件絶望的な状況に思えたが、僕にとっては狙い通りの状況だった。
「……」
明かりのない家庭科室。私、清木場創太郎は荒れ果てた家庭科室にただ一人佇んでいた。
「……だから言ったじゃねぇか、無駄だってさぁ」
あの後真正面から向かってきた赤目ウツボどもを、私は一人残らず素手で叩きのめしては有機的可変流体金属細胞で残らず食い殺していき、遂にリーダー格一匹を追い詰め情報を聞き出すことに成功した。
「……夢幻魔天衆、か」
夢幻魔天衆。
それが奴から聞き出せた情報の全てだった。
単なる固有名詞と思しき単語が一つだけ。
普通なら『何だこの程度かよくだらねぇ』なんて具合に落胆する所だが、私は不思議と満足していた。
何の足しにもなりはしない、実質的に何の情報も得ていないに等しい結果だってのに、だ。
(……妙だな。幾ら考えても明確な答えが出てこねぇや)
確かなのは、変な満足感があるという事だけだった。
(……ま、いいや。考えても答えが出ねぇんならしょうがねぇ、とりあえずジョーさんにこのこと報告しとかねぇと)
私がジョーさんに連絡を入れると、どうやら向こうもちょうど風花を片付けた所だったらしかった。
「夢幻魔天衆、か……確かにあのウツボどものリーダーはそう言ったんだね?」
月夜のグラウンド。あれから程なくして人面芋虫の化け物と化した風花千里を生け捕りにした僕は、戦いの余波で荒れたグラウンドを盟友達と共に整えながら清木場君と電話で話していた。
『ええ。ご丁寧に漢字表記まで教えてくれましたよ。ユメマボロシと書いて夢幻、魔は魔物の魔で天は天空の天、衆は合衆国とか衆愚の衆です』
「ほーう。それはまたえらく丁寧な奴だね。しかも字面がわりとおっかないぞ」
『おっかないっつーか無駄にファンタジックっつーか……それでジョーさん、そっちはどうだったんです?』
「こっちかい? さっきも言った様に、風花は無事生け捕りにして高梨夫婦に引き取らせたよ。
まあ彼らは飼っている怪物を我が子のように愛し大切にすることでも有名だ。衣食住の面では不自由しないだろうし、慣れれば気楽な生活を送れると思うよ。少なくともここ最近までの生活よりはずっとマシな筈さ」
『でしょうね。然し外見の割にパワーもスピードも有り余ってる奴をよくもまあ生け捕りになんかできましたね。高梨夫婦の捕獲機材と言やあ設計者の意向で健康な奴は捕まえられねえっつう性能の筈でしょうに』
「ああ、その上全身の殆どの皮膚は分厚く打撃や銃弾をも通さない。刃物で斬り付けても再生されてしまう。辛うじて攻撃が通りそうなのは頭のみだが、奴はバカの癖にそれを理解しているからか頭を攻撃しようとするとすぐに防御されてしまう」
『益々殺し辛いじゃないですか。一体どうやって生け捕りになんかしたんです?』
「まあ簡単なことさ。逆に考えたんだ」
『逆に?』
「そう。時に創太郎君、身体を再生させる動物と言えば数多くいると思うが、その中でも恐らく最も古くから広く知られていたのは何だと思うね?」
『そりゃナミウズムシかトカゲか……まあトカゲでしょうね』
「そう、再生する動物の代名詞と言えばトカゲだ。だが君も知っての通り、トカゲの尻尾が再生するのは実質的に一度きりであり、それに伴うエネルギーの消耗も断じてバカにはできない。余波で衰弱死しかねないほどにね」
『……ああ、成る程。それで察しが付きましたよジョーさん。ズバリ貴女は奴の身体を積極的に攻撃することで肉体組織の再生を促し、疲労状態にすることで弱らせ生け捕りにしたんですね?』
「その通りだ。まあ上手く行くかどうかは賭けだったがね」
適当に話を切り上げた僕はそのままグラウンドを元通りに整え校内で家庭科室を片付け終えた創太郎君と合流しそのまま家に帰っていった――のだが、気付けば夜が明けていた。
「……」
気が付くと、見えない壁の中だった。ここはどこなんだろう? 身体が凄く重たい。
なのに身体は、不思議と動く。
「……ギ、ギギィ」
喋ろうと声を出してみる。
「ギ、グァ……」
声は出るけど、汚くて言葉にもならない。
こんなのがあたいの声だっていうの? こんな、壊れた機械みたいな酷い声が?
そんなことを考えていると、壁の向こうに誰かがやってきた。多分あたいとは違う、二本の足で歩く誰かだ。
誰なんだろう? なんて思っていると、壁の向こうの誰かは静かに言った。
「また会えましたね、お嬢様」
次回、譲と創太郎の過去に迫る。




