十四時限目「教員達が下した決断が招くまさかの展開について」
三六頭兵団の素顔とは……
「ふん、成る程。我らを皆殺し、か……実にわかりやすい目的だな」
上記の台詞だけ見れば至って余裕綽々といった風に見えるかもしれないが、然し実の所私こと三六頭兵団団長の第2610号は内心焦っていた。何せ目の前に居るのはあの超絶賀集帝国なる集団をたった二人でいともたやすく全滅させたと聞く常木譲と清木場創太郎だ。
いや、それだけならばまだいい。このご時世ただの民間人を名乗っておきながら生体災害応戦士に交じって猛獣を退けるような人間、探せば居ないわけでもない。
だがこいつらは違う。ミサイルを搭載した巨大ロボットは持っているし、背中から翼が生えるわ頭や尻尾の色や形は変わるわと妙な体をしているしと普通じゃない。普通に戦おうものなら何をされるかわからない。なので私はこの場を切り抜けようとある作戦に打って出る。
「だがそう簡単に行くかな?」
「何?」
「貴様らは我らを皆殺しにすると言ったが……ならば我らは、貴様らが襲い掛かってきたと同時にこいつを殺す」
私は椅子に括り付けられた風花の首筋に鋭い爪を添え、何時でも殺せる状況を作り出す。幾ら変態とは言え教師である以上、自校の生徒を容易く見捨てることはあるまい。否、例え自分に無関係であってもこのような状況に陥った場合何とかして人質を助け出そうとするのが主人公というものだ。その隙を突いて逃げ出してくれる!
「ひいいいっ! 嫌っ! たす、助け、助けてぇ! お願い! 助けてよ! まだ遊び足りないのにこんな所でこんな奴らに殺されるなんて嫌ぁぁぁぁっ!」
恐怖心を掻き立てられた風花は助かりたい一心で必死に泣き叫ぶ。
いいぞ、もっと叫べ。奴らを精神的に追い詰めてもっと隙ができやすくしてやる!
「……ふむ、わかった。では一先ずそちらの要求を聞いておこう」
「そのまま退け。そしてここであったことは全て忘れろ。そうすればこいつは殺さずにおいてやる。但し少しでも我らに抵抗しようものなら容赦なく――
私の発言を遮り響く、一発の銃声。続いて私の腹に走る激痛。
見れば常木の手には拳銃が握られており、その銃口からは硝煙が上がっている。隣では相変わらず風花が何やら喧しいが、それも最早気にならない。
「んぬぅぐ、っくぅ……な、なん、だ……と……?
き、きさ、ま……要求を聞き出しておいて撃つとは……な、る、程……いっそ強行突破で迅速に救助した上で我々を皆殺しにするつもりかっ……!」
出血する腹を押さえながら言う私だったが、然しそれに対する奴の答えは予想の斜め上を行くものだった。
「……?
すまない、お前が何を言っているのかよくわからないんだが」
「な、何……?」
「なあ創太郎君、奴は何を言ってるんだろう? 僕にはどうもわからないんだが」
「……多分ですが、私達が風花を助けるつもりで居るとでも思ってんじゃないですかね?」
「ああ、なるほど……俄かには信じ難いことだが、確かにそう考えると納得も行くか……」
私は絶句した。こいつらには良心ってものがないのか? などと思っていると……
「な、なな、なななっ、何てこと言ってんのよあんた達はぁーっ!?」
全裸で縛られたままの風花が騒ぎ出した。まあ当然だが。
「あ、あんた達……人間の基本道徳ってもんがないの!? 主人公なら絶対に考えもしない選択肢よ!?」
「いや主人公って……お前もいきなり何を言いだすんだ」
「そもそも人間誰だって各自の人生で自動的に主人公やらされてるんだ。なら『主人公だから絶対にこうする』なんて決まりはねぇだろ」
「そうだ。そして人生に作家から与えられる生来の主人公補正なんてものはなく、欲しくば自分で手にするしかない。何故なら人生という作品に作家は居ないからだ。否、より厳密には個々の人生を歩む主人公が作家も兼任していると言うべきだな。
それぞれの周囲であたかも他者の人生へ作者の如く関わる者は所謂作家に対する担当編集者に過ぎん。
担当編集者は作者を補助・指導しこそすれ作品の最終的な展開は作家自身によって決定されねばならない」
「もし担当編集者が作家を意のままに操ろうもんなら作家のみならず担当編集者もロクな目に遭わねぇだろう。作家は作家、担当編集者は担当編集者であるべきだ。
越権行為は多くの場合双方の破滅を招くからな。まあお前みてぇなのはそれ以前の問題だろうが、どのみち助ける義理はねぇよ。私らはお前が捏海の生徒だった頃からお前のことなんてどうでも良かったし、まして今は生徒ですらねぇんだから尚更どうでもいいってわけだ」
「僕らはお前を救おうと思わないが、殺そうとも思わない……『愛の対義語は無関心である』とはよくぞ言ったものだよ全く」
風花は二人の容赦ない発言に絶望し絶句している。なんて連中だ。
(然しこれでこいつに人質の価値がないのは明確……ならば……)
「おい、例のものを使うぞ!」
「いいのか団長?」
「この際だ、仕方がない。こいつには人質以上の役割をくれてやろう。喜べ風花千里、お前の生涯最後の晴れ舞台だ!」
私は懐から小さな注射器を取り出し風花の身体に中身の薬品を注射する。
「へぁ!? な、何すんのよあん――
――っクオ゛オ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
その瞬間、風花千里は人間ではない何かへと変貌し始める。
「おいおい、どういうこったよこりゃあ……」
私、清木場創太郎は困惑せざるを得なかった。
フード男に何かを使われたらしい風花の首から下は瞬く間にあり得ないほど膨張し、血色の良かった肌は青白く、淡い水色だった瞳は赤く変色するなど変異は急速に進んでいく。
「ファヴルルルルルル……クルア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」
顔の左右から太い触手が数本生え、膨張した身体が丸々太った芋虫のように変形……どうやら変異はそこで完了したらしかった。
「ギイ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」
その鳴き声は悪食な獣の唸り声と古びたラジオのノイズを混ぜたような酷く耳障りなもので、触手を得た人面芋虫が如き異形の風貌が醸し出す不気味さをより引き立てる。それを見た私はてっきり化け物にした風花を我々に嗾けるのだろうと思っていた。
然し――
「ふん、流石は九頭竜様特性の呪薬よ……行けい風花! この近辺で適当に暴れてこい! 動くものがあれば優先的に壊すのを忘れるなよ!」
「ワギャアア!」
「何っ!?」
「しまった、そっちか!」
私達が気付いた時、化け物になった風花は芋虫状の形態から想像もできない程の素早い動きで窓に向かっていき、触手の束で窓ガラスを叩き割り屋外へ飛び出していってしまった。
「ははははは! その反応、奴をお前らと直接戦わせると思っていたのだろうが……そんな非効率的なことをするわけがなかろう!
さあどうするね? このままだと奴はこの学校はおろか、近隣の住宅地や繁華街も危ないぞぉ~?」
「ふむ……創太郎君、君はここに残って奴らを頼む」
「ジョーさんはどうなさるんで? まさかあれを一人でどうにかしようってんですか?」
「そりゃそうするしかあるまい。まあ大丈夫さ、応援のアテはあるし盟友達もいる。近所迷惑にならないよう何とかしてみせるさ」
そう言って水着エプロンから戦闘向きのレザースーツに一瞬で着替えたジョーさんは化け物と化した風花を追うべく家庭科室を飛び出した。
残った私は謎のフード軍団を前に臨戦体制で身構える――競泳水着にエプロンというナリのままで。
「来いよ変態ども、他人様の職場荒らしたらどうなるかってのを教育してやる」
「ふん、そんな格好で凄まれてもな……」
口走りつつ、風花を化け物にしたリーダー格らしき男はフードを捲り上げ素顔を露わにする。
「ほう、それがお前の素顔か……」
露わになった男の素顔は目玉が赤く光るウツボの化け物という表現で事足りた。
見れば他の連中も素顔を露わにしており、どいつもこいつも同じような面をしている。
「そうだ。我らは三六頭兵団……九頭竜阿修羅様にお仕えする神軍の兵……」
「九頭竜阿修羅……それがお前らを指揮してる奴の名か?」
「そうだ」
「字面からして本名じゃなさそうだな。偽名か?」
「そうだ」
「本名は?」
「言う必要はない」
「そいつは何者だ?」
「言う必要はない」
「本校関係者か?」
「そうだ」
「賀集一味の学校占拠事件もそいつが仕組んだのか?」
「違う」
「なら誰が仕組んだ?」
「言う必要はない」
「『言えない』という答えばかりだな」
「実際言う必要がないからな。どうしても聞き出したいなら……」
「力尽くでというわけか」
私の言葉に、三六頭兵団の赤目ウツボどもは静かに頷く。それなら話は早い。学校の影でこんな連中を率いる九頭竜阿修羅ってのが何者なのか、その答えに繋がる情報を何か一つでも聞き出してやる。
「有機的可変流体金属細胞……基盤S適よ――
「今だ、構えっ!」
リーダー格の合図とともに、赤目ウツボどもは一斉に私目がけて銃口を向ける。
「撃てぇーっ!」
瞬間、それらの銃口が纏めて火を噴く。
全ての弾丸は実質的に何の防御もされていない私の身体を悉く破壊し尽くした。
「ぐ、くそ……油断、しちまった、か……」
その言葉を最後に、私は意識を失った。
「やあどうも、夜分遅くにすまないね――ああ、お陰様で上手くやってるさ。
そっちは――まあ、その様子じゃ聞くまでもないか」
僕、常木譲は人面芋虫にされた風花を追いながらある人物に電話をかけていた。
『それで、何の用だというのだ常木よ? お前のことだ、ただ我輩と世間話をしにきたわけではないのだろう?』
やたら古風で芝居がかった喋りで問い掛けるこの男の名は高梨篤郎。
本校の機械工業科でアーク溶接や旋盤の実習を主に教えている人狼の教員だ。
「ああ、まぁね。実はたった今校内へ化け物が現れてさぁ、とりあえず追いつつも生け捕りにするか殺すか迷ってるんだけど――
『なぁぁぁにぃぃぃ!? それは真か!?』
「ああ本当だとも。それも君ら夫婦が気に入りそうな、適度にダサくてわりと気持ち悪いデカブツなんだが、僕一人じゃ生け捕りは難しそうでね。このままじゃ殺さなきゃいけなくて」
『我が家の捕獲機材を借りたいというのだな!? 良かろう、ならばこの高梨篤郎力になろう! 但し』
「ああ、わかってるよ。化け物は君らにくれてやるさ。機材の配達はグラウンドに頼むよ」
『了解した! 恩に着るぞ常木!』
通話を終えた僕は風花をグラウンドへ誘導しにかかる。それまでしばらく時間もあるので、少し補足説明をさせて貰う。
そもそもあの高梨篤郎という男には本校で保険医をやっている魚人の女で多満子という名の妻がおり、夫婦揃って常時明るくハイテンションで猪突猛進な奇人として親しまれている。
そんな高梨夫婦はまた多芸かつ多趣味でもあるのだが、数ある彼らの趣味の中でも一際風変わりなのが『怪物の捕獲・飼育』というものだ。以前にも説明したが、裂け目出現以後生態系が狂い科学技術も発展したこの世界には天然・人造を問わず様々な猛獣や怪物が棲息している。この夫婦はそれらを捕獲・飼育し独自に研究しては動画やレポートを纏めてネット上に公開したりして楽しんでいるというわけだ。
(高梨夫婦の捕獲機材は地形や距離から対象の形態やサイズをも問わず使える優れものだが、上手い具合に弱らせるか気絶させないと脱出される恐れがあるからな……。
僕の場合弱らせる方を選ぶとうっかり殺しかねないしなるべく気絶させたいが、ああいうタイプは初めてだからなぁ……)
僕はうーんと悩みながら、それでも何とかするしかないなと風花を追い詰めていく。
次回、勝ち誇る2610号だったが……




