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休憩時間「雄猫セピアの悲劇と奇跡に満ち溢れた生涯について」

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 時に、昔の話をしよう。


その昔、和解と共存に至った在来地球人と求光者の間にまだかなりの隔たりがあった西暦2259年、関東地方のある都市に在来地球人の岡崎という富豪一家が暮らしていた。岡崎家は親を失った猫のような類人生物種・ケットシーの幼い少年を養子として引き取り育てていた。

その名はセピア。産まれながらに名のない彼に、その白黒の毛並みを見た岡崎家が与えた名だった。

 岡崎家は種族の異なるセピアを実の家族のように愛しており、セピアもまた同じく岡崎家の面々を家族として愛していた。特に一人娘の正美とは一心同体とでも言うべき関係で、二人は何時も行動を共にしていた。


 だがある日、そんなセピアを悲劇が襲う。

 ある夏、旅行に出かけた岡崎家は大型客船で沖縄を目指していた。だが船は突如海棲の猛獣に襲われ沈没。乗客乗員の殆どが命を落とす中、岡崎家の面々は命辛々生き残り無事救助された。


――ケットシーの少年セピアを除いて。


 海に放り出されたセピアは、そのまま何日もの間海を漂い続けていた。幼く小柄で華奢だった彼は、普通に考えればその時点で死んで当然だった。

 だが彼は奇跡的に生き残り、潮に流されるままどういうわけか西日本のある海岸に流れ着く。そして自身と同じケットシーの大男によって救われ、同居させてもらえることになった。またセピアは生まれ育った岡崎家へ帰るべく、人間社会での生き方を熟知するその男の下で様々な知恵や技能を身に着けていくこととなる。


 ケットシーの大男こと、アマタ・アル・ノダガ――これはある事情から様々な名を持つ彼の『(儂の名は)数多有るのだが』という言葉から名前を『アマタ・アル・ノダガ』だと勘違いしたセピアがそう呼んでいるだけで、彼の本名ではない――がまずセピアに教えたのは、ケットシーが生まれながらに持つ変身能力の扱い方だった。

 猫獣人であるケットシーには普通の猫へ変身する能力が備わっており、人間社会で暮らすことを億劫に思うアマタ・アル・ノダガもこの能力で野良猫のフリをして生活しているという(故に彼は野良猫として出会う顔なじみの人々から様々な名前を付けてもらっている。つまり名前が『数多ある』というわけだ)。

 セピアが変身能力を使いこなせるようになると、それに合わせてアマタは自分の持つ様々な知識や技能を何から何まで彼に教え込んだ。それから約一年、世間知らずで脆弱な幼子だったセピアは逞しく知恵深い野良猫へと成長していた。


 そして迎えた二度目の春、アマタとセピアの住処に見知らぬ女性が現れた。若い在来地球人、恐らくこの近辺の出身と思しきその女性を見た瞬間、アマタは不機嫌そうに顔を顰め『今更何をしに来た』と言う。それに対し女性は『私が間違っていた。もう一度やり直したい』と返す。空気が淀んできたのを察したセピアは『すみません師よ。少し出かけて来ます』と言って暫く友人の元で時間を潰した。

 セピアが帰ってくると、それまで険悪なムードだったアマタと女性は和解に至っていたようで、二人は一つ屋根の下で同居することになったという。後で聞けばアマタと女性――日向ひなたという名前らしい――は元々恋人同士だったのだが、ある時些細なすれ違いからその関係に亀裂が生じ、二人は実質的に離別した状態にあったという。

 アマタはセピアに問う。『儂はこれから彼女と共に人間社会で暮らそうと思うがお前はどうする? このまま野良として暮らすも良し、儂と共に人間社会のケットシーとして暮らすも良し。お前の好きにするがいい』。

 それに対しセピアは答える。『師と共に歩みます。岡崎家への未練がなくなったわけではなく、帰ることを諦めてもいませんが、今はまだ貴方と共に居たいのです』。そうして三人は共に暮らすようになり、アマタは社会人として、セピアは学生としての生活を再スタートさせた。


 セピアが学生として生活し始めて何か月かが過ぎたある連休、彼はある計画を実行に移す――兼ねてからの目標であった岡崎家への帰還である。最早それに何の意味があるのか、帰った所でどうするのかなど考えていなかった。ただ、何があろうとも兎に角戻ることだけを考えていた。

 その先に何かの答えがあり、その答えを得なければ自分は前に進めない――そんな気がしていた。

 細かな情報から岡崎家の住所を突き止めたセピアは、どんな出来事もあるがまま受け止めるという覚悟の元に単身関東へ向かう。


 帰還したことに意味があったのか無かったのか、セピアにはわからなかった。ただ、求めていた答えは得ることができたような気がした。

 岡崎家はあの頃のままだったし、家族は今も元気に暮らしていた。だがそこに、セピアの居場所は無かった。

 岡崎家はあの後、新たにセピアそっくりで彼より幼いケットシーを養子として引き取っていたのだ。途端、わけのわからない恐怖感に駆られたセピアは物陰に隠れ、誰からも見つからないように細心の注意を払いながらそのケットシーを暫く見張ることにする。彼の耳にとんでもない言葉が飛び込んできたのは、それから暫く経った頃のこと。


『それじゃいい子でお留守番してるのよ、セピア・・・


 セピアは、嘗て実の姉のように慕っていた少女の口から出たその一言で全てを悟った。

 この家はもう、自分の家ではない。

 この家にもう、自分の居場所はない。

 自分はもう、岡崎家の一員などではない。

 それどころか自分はもう、セピアという名を名乗ることすら許されない。

 セピアという名は最早あの家に住む彼の名であり、自分の名ではないからだ。


 だがセピアの心は、不思議と希望に満ち溢れていた。これで自分の生涯にある程度の決着を付けられた。過去を吹っ切る事ができたのだ。これからはアマタと日向の待つ家が我が家だ。彼らの元で精一杯生きようと、心に誓った。


 改めて自宅に戻ったセピアがその事を伝えると、二人は何も言わず彼を優しく抱きしめてくれた。

 そしてそれから程なくして、日向はセピアに提案する――『過去を捨て新しい人生を歩むというのなら、名前を変えてみてはどうか』と。

 その提案を受け入れたセピアは日向よりその顎の強さと虫歯のない健康的な歯に因むジョーという名を授かり、以後名乗るようになる。過去を振り切った彼の生涯は以前にも増してすこぶる明るいものになった。彼は有り余るエネルギーで様々なことに挑戦し、数多くの知識や技能を身に付けていった。このまま行けば彼の人生は始終華々しいものになるだろうと、誰もが確信していた。


 だがここに来てまたも、彼を悲劇が襲う。それは彼が自身をジョーと名乗り始めて十数年が過ぎた頃のある夕方。仕事を終えた彼が家に帰ると――


 玄関先で日向が倒れていた。それも血塗れで。

 一瞬何が起こったのかわからず凍り付いたジョーだったが、すぐさま日向に駆け寄りながら警察と消防に通報した。どうやらまだ脈があるらしい事を知り、ジョーは安堵する。

 だがすぐさまアマタのことを思い出し、靴も脱がずに家中を探し回る。幸いにもアマタはすぐ見付かった。彼はリビングに居たのだ。だが――


――時すでに遅く、彼は筆舌に尽くしがたき惨たらしい方法で殺されていた。ジョーは思わず気絶しそうな勢いで絶句した。気付けば涙が流れ出ていた。

 一体誰がこんなことを? 当然の疑問に対する答えは、彼の背後から現れた。


 そいつを一言で言い表すなら『如何にも頭の悪そうな身なりをした若い女』だった。白金色の長髪に焦点の定まっていないピンクの瞳、胸は片方だけでも頭と同程度かそれ以上に大きく、尻も胸程ではないがそれでも不自然に大きい。

 反面胴回りはやけに細く、もしかしたら太股より細いかもしれない。だが何より特徴的だったのは、そいつの頭から生える角と背に備わる蝙蝠のような翼だった。


『哺乳類型有翼人、夢魔種キュバスか』


 ジョーは思った。だがその推察が正しいかどうかなど、彼にとってはどうでも良かった。問題なのは、こいつがアマタと日向を殺した犯人なのかどうかということだ。

 ジョーは怒りを必死で抑え込みながら、夢魔と思しき女に問い掛けようとする。だが次の瞬間、女はいきなり狂ったような声を上げたかと思えば出刃包丁を振り回しながらジョーに襲い掛かる。


 女の身体能力は華奢な風貌に反して凄まじく、並の人間ならばすぐ殺されていたことだろう。然し相手は若くして様々な武術や格闘技に習熟し、武装が前提にはなるが生身で猛獣とも渡り合う程の手練れである。

 力任せに暴れまわるだけの夢魔らしき女に勝ち目はなく、ジョーは女を瞬く間に組伏せた。

 ジョーは女の動きを封じつつ問い掛ける。『お前は何者だ? これはお前の仕業か? だとしたら何が目的だ?』

 女は怒り狂いながら叫ぶ。『五月蝿い黙れ死ね! 男なんかが私に話し掛けるな!』

 このままでは会話が成り立たないと考えたジョーはふと通報を受けて駆け付けたらしい警察官の声を聞き、女を組伏せたまま呼び寄せようと声を張り上げる――が、その瞬間予想外の出来事が彼を襲う。

 突然女がジョーの拘束から逃れたかと思うと、落とした包丁を拾い上げジョーの真正面で自刃したのである。

 吹き出た鮮血はジョーの全身に浴びせられ、それを見たらしい女は『これでお前は呪われた』とだけ言い残し満足げに息絶えた。


 直後駆け付けた警察官に事情を説明するジョーの様子は周囲からすれば驚くほど冷静沈着に見えただろう。しかし実際の彼は怒りと絶望と悲しみにより発狂寸前であり、日向が無事生きているという情報だけが彼の正気を保っていた。

 然しその日向も事件から数週間後、アマタを失ったショックから立ち直りこれから再出発という時になって交通事故でこの世を去ってしまう。一人残されたジョーはそれでも亡き二人の分まで懸命に生き抜こうとするが、傷心旅行に海外へ旅立とうと乗り込んだ飛行機が求光者の血筋を憎むテロリストにジャックされた挙げ句墜落。

 乗員乗客の中で唯一奇跡的に生き残ったジョーはそのまま赤道直下の無人島に漂着、かつて体得した様々な知識や技能を活かし数年程サバイバル生活を送ることになるのだか、この頃彼の肉体にある変化が起こり始める。


 女性化である。


 それまで細く引き締まりながらも確かに男のそれであった彼の肉体はある時急に丸みを帯び、凡そ数ヶ月でファッションモデルかグラビアアイドルの如き抜群のスタイルを誇る美女へと変貌していた。

 あの時アマタを殺した女の言っていた呪いとはもしやこれだったのかもしれないと、ジョーは思った。

 さて、普通ならショックを受ける所だが、様々な悲劇を乗り越えて今に至るジョーにとっては寧ろ面白く思えて仕方がなかった。そして彼改め彼女はこの新しい身体を存分に楽しむべく自力で島を去り懐かしのあの大地へと舞い戻る。


 法的に死人となり性別までも変わってしまったジョーは二度目の改名を決意する。彼女は過去を尊ぶ意味を込め、今の名前を元に新しい名前を考える。

 姓は日向とアマタの姓であり彼女自身の姓でもあった『常本』から『より動きやすいよう軽量化する』という意味から字画を減らし『常木』とし、名は『ジョー』という読みの字として思い浮かべた『譲』とした。


 即ち『常木譲』。

 それが彼女の――要はこの僕の新しい名前というわけだ。


 つまりこれまでの話も全て僕の回想録――僕が何故僕として今に至るのか、その起源に迫る物語である。


 僕、常木譲はその後も様々な人と知り合い、様々なことに挑戦し続けた。

 手始めにあの時自分の身体に何が起こり、今の自分がどんな状態なのかを知りたいと思った僕はちょうど知り合ったばかりのある生理学者に話を聞く。結果、あの女が間違いなく夢魔で、生物を変異させる作用のある夢魔の体液を浴びた僕は『ケットシー型の夢魔』になったのだろうという答えを得る。


 確かに夢魔と言えば求光者筋の中でも差別や偏見が多い種族だし、ともすれば後天的な夢魔化は立派な呪いなんだろう。だが同時に求光者筋の中でも恵まれた肉体を持つ種族とも言われる夢魔になれたことは、僕にとって呪いというより祝福に近かった。

 夢魔の肉体が具体的にどう恵まれているのか、その説明はまた別の機会にするとして(とりあえず『やりようによっては実質的な不老が実現する』という点だけ覚えていてくれればいい)、兎も角自分の現状を知った僕はまさに猫の如く自由に過ごしていった。

 常に色々な仕事をして金を稼ぎ、しばしば働きながら大学や専門学校へ通って色々なことを学び、時にはその合間の時間を趣味に使い、僕は日々を生きていく。


 今僕が盟友と呼ぶ機械生命体達と出会ったのもこの頃のことだ(長いのでこれも別の機会に語らせて頂く)。

 さて、そんな生活を始めて半世紀が過ぎた頃、僕は彼に出会った。

 講義室の座席最前列に座っていたその青年の名は、清木場創太郎。



 僕と彼との日々は、ここから始まるのである。

次回、休憩時間第二弾は創太郎の過去について

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