十三時限目「仕組まれた偶像娘の転落と末路について」
風花千里はどうなってしまうのか
「それじゃ、これでお願いね」
「はい、畏まりました……」
夕暮れのある路地裏。この私、三六頭兵団の現団長を務める第2610号――我らは九頭竜様の手で製造された生ける手駒であるが故に固有の名を持たず番号で互いを識別する――は取引相手である風花千里より仕事依頼料を受け取りさっとその場から立ち去る。
風花千里のアイドルデビューから早くも二週間が過ぎ、奴はアイドルとして更に栄華を極めつつあると言ってよかった。
連日テレビでその名を見ない日はなく、CMだけ見ても全ての局で最低五本、多ければ数十本に出演。音楽CDや写真集、その他小物類のような各種グッズは(主に転売目的で買い占めていく連中の影響で)各店舗で売り切れが続出しネットオークションで数百万単位の高値がつくことなど日常茶飯事だった。
当然ながら所属芸能事務所は業界でその名を知らぬ者は居ない程にまで大成し、捏海学園大学付属高等学校にも入学希望者が殺到したとよく耳にする。風花千里は最早国民的、或いは世界的アイドルと言っても過言ではない影響力を誇るようになっていた。
とは言え当然だが、こいつがこれだけ大成できた要因にこいつ自身の実力や努力なんてもんは実質的にまるで含まれていない。全て我ら三六頭兵団が裏で暗躍せねば成し得なかったことだ。
無論我らが動いたのは奴から依頼された仕事であり依頼料が支払われているが故だが、その依頼料を稼ぐ収入源さえ我らが与えてやったもの。ともすれば奴は実質的に何もしていないも同義ということになる。
(然し九頭竜様もよく考えられたものよ、主演者風花を破滅させるべく他のアイドル志望者までも利用するとは……)
九頭竜様の企画なされたショーの概要とは『風花千里の浪費を煽り破産させる』というものだった。
その為彼は我らを風花と契約させ、物事を奴の望むまま思うままに都合よく裏から作り変えていくことで『自分は何をやっても失敗しないし何の努力も必要ない』『失敗したとしても三六頭兵団に金を払えば何とかしてくれる』『奴らにどれほど高い金を請求されてもその二倍三倍稼ぐぐらい簡単だ』と思い込ませる。
それら慢心は奴の心に元からある隙をより大きくし、結果的に何らかの失敗を招いてはその度に我らを頼って失敗を取り戻そうと金を使わずにはいられなくなる。即ち一種の『依存症』に陥るわけだ。
こうなってしまえばあとは簡単なんだが、客人を待たせ過ぎることを良しとせぬ九頭竜様は風花の浪費を更に煽り立て加速させようと予め手を打っておられた。他のアイドル志望者にも我らとの契約を結ばせ、風花より圧倒的に良心的な依頼料でよりよい仕事をするよう指示なされたのだ。
(実力があり努力することを知るアイドル志望者どもに我らの助力が合わさればまさに百人力、同期の急成長は風花をより追い詰め更なる浪費を煽り立てる……今はまだ金が余っているようだが、果たして何時まで続くかね……)
上記で述べたような浪費煽りに加えて依頼料の法外かつ加速度的な増額を行った結果、(それでも尚豪遊をやめなかったのもあって)風花は僅か三日足らずで自身の預金を使い果たしてしまった(それと同時にアイドルとしての地位も揺らぎ始めつつあるらしい)。
仕方なく支払いを現金でないものへと切り替えた風花は自室の家具の幾つかを我々に差し出し『この事実が周囲の人間にバレないよう何とか誤魔化せ』などと命令してきた。預金がなく家具を差し出してまで我らに依存していることが周囲にバレれば大変な事になると、バカなりに理解したらしい。
(安易で短絡的な発想だな、その場凌ぎにもならん愚策だというのに)
それから三日後。風花は周囲への誤魔化しとアイドルとしての地位を維持する為の依頼料としてありとあらゆる私物を失った――家具家電から小物雑貨類、更には殆どの衣類まで。
『もう差し出せるものなんて何もない』と涙目で言う彼女はいっそ滑稽だった。そこで私は『大丈夫です。対価は目に見えるものでなければいけないなんてことはありませんから』と言って奴から特異な有翼人としての形質や、現在真実を誤魔化すことで何とか維持されている人間関係、治外法権じみた学校内での地位と学籍をも抜き取ってやった(不自然に感じるかもしれないが、我らは九頭竜様よりそれを現実に行える力と権利を授かっているのである)。
すると忽ち風花は部外者として学校の敷地外へ放り出され、いよいよ何もかも失ってしまった。それでも一応アイドルという肩書は持っていたが、元々預金を使い果たした辺りから問題行動や失敗が多く事務所としても煩わしい存在だったようで、翌日には引退と言う体で本人すら知らない内に契約を切られていたことが判明した。
「たす……け、て……」
同日深夜。
暗闇の中で風花は、消え入りそうな声でしきりに『助けて』と繰り返す。
その表情は苦しみと絶望に染まりきっており、この時点であとは路上なり山中なりに放逐しておけばそれでもう『破滅させた』ことになるためお客様方もそれで大満足だと思う。だが九頭竜様は『まだ足りない』という。故に我らはこうして、捏海学園付属高等学校の家庭科室に彼女を連れ込んだというわけだ。
「たす、け――
「いいだろう、助けてやる」
「え? ほん、と……? でも……あたい、払うもの……なんて……」
「対価になるものならまだあるよ。君のその身体さ」
「から、だ……?」
「そう、身体だっ。君の身体……健康的で肉付きがよく適度に引き締まったその身体で支払いを済ませてくれ給え……そうすれば君に『努力せずに面白おかしく周囲からチヤホヤされ贅沢ばかりしていられる人生』を与えよう……」
「……ほん、とに? 本当に、くれるの? あたいの、身体で……」
「ああ、約束するとも。さあ、服を脱いでその台の上に横たわりなさい」
「うん……」
指示されるまま、風花は服を脱ぎ台の上に横たわる。その間に私は仲間の一人に頼んで包丁とハサミ、そしてアルミニウム製のキッチンバットを持ってこさせる。
「さあ、では始めよ――
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
包丁を構えた刹那、それまで大人しかった風花が大声を張り上げ取り乱す。
「何かね?」
「何かねじゃないわよっ! 何よその包丁は!? あたいに何をする気!?」
「……? おかしなことを聞くんだね。決まってるじゃないか、身体で払ってもらうんだよ。つまり君の頭髪や臓器、血液や骨なんかを頂くのさ。
臓器や血液は言わずもがな、頭髪も鬘の素材になるし、骨も研究機関や教育機関が欲しがってるから高く売れるんだ……まさか性行為だとでも思ったのかい? 生憎だが私にそういう趣味はないし、君は好みのタイプじゃなくてね。そもそも一銭にだってなりゃしないし」
それを聞いた風花の顔がサッと青ざめる。次の瞬間、彼女は悲鳴を上げながら家庭科室から逃げ出そうとした。
「いやああああああああああ!」
「馬鹿め、逃がすわけがないだろうっ!」
然しそれもまた想定の範囲内だ。私は起き上がった風花を捕らえ、仲間の一人が用意した椅子に素早く括り付ける。
「ああああ! 嫌! 嫌ああああああああ!」
「ええい黙れ五月蠅いぞ――……いや待て、騒げ! もっと騒ぐんだ! この映像はお客様の元に中継されている!
主演者の君が如何にも苦しそうに叫べば叫ぶほど会場は盛り上がるはずだ!」
「ぅあああああああああああああ!」
「そうだそうだ!」
「いやああああああああああああああ!」
「さあもっと叫べ叫べ騒げ!」
「ぇあああああああああああああ!」
「あんたの悲鳴で場をもっと盛り上げなさ――
「「「「!?」」」」
突如家庭科室内に響き渡る、正体不明の爆発音。音のした方に目をやれば、何とまあ隅の方にあるガスコンロからもくもくと黒煙が上がっている。
「な、なんだあれは……」
訝し気に目を凝らしていると、煙の向こうから男女の話し声が聞こえてきた。
「というわけで、ポンコツドジっ子メシマズキャラというものに挑戦してみたわけだが……正直あまり楽しいものじゃないな。
何故需要があるのかわからないので演じてみればわかるかと思ったがやっぱり何の需要があるのか全く分からん」
「それは挑戦する前に気付いて欲しかったですがねぇ。そもそも私に料理教えたの貴女じゃないスか」
「まあそうなんだがな、これもまた読者人気獲得に向けた一種のテコ入れだよ」
「テコ入れにはまだ早い気がしますがねぇ。つーかそういうテコ入れしたところで読者って寄ってこねーと思いますが」
(この声……どこかで聞いたな。どこだったか、確かつい最近のことだったと思うんだが……)
わけのわからない話をする二人分の声に変な聞き覚えを感じた私は、軽く記憶に探りを入れる。
(ああそうだ。この声、奴らかっ……!)
私がそう思うのと同時に黒煙は薄れ、向こう側に居た二人組の姿が明らかになる。
(やはりか、常木に清木場……! しかも揃って裸にエプロン一枚などと言う変態じみた格好で! 血迷ったか!? 血迷ったのかこいつら!?)
「どうも皆さん、口内炎ができると思わずピンポイントで削り取ってしまいたくなるキュートなフェアリーです」
「どうも皆さん、口内炎ができるとメニューの無いイタリア料理店に行きたくなるストロングなエンジェルです」
「「二人合わせて『ヒラメの捌き方とか一度見ただけで覚えられるわけがNIGHT』で――
「「「「「「へ、変態だー!?」」」」」」
僕こと常木譲とその相方で恋人の清木場創太郎がポーズなど決めながら適当に考えた自己紹介を締め括ろうとした瞬間、末尾の『す』を掻き消すように家庭科室中央に屯していた怪しいローブ姿の集団が声を張り上げた。
「人を見るなり変態呼ばわりするなんて失礼な奴らだな全く」
「うっせぇ! 裸エプロンとか変態と呼ばずになんて呼べってんだよ!?」
「そうよそうよこの変態! 女の方は兎も角男の裸エプロンとか吐きそうになるぐらい気持ち悪いのよどうにかしなさい!」
なんて事を言う女だ。BMI適正値で筋肉質ながらもしなやかでセクシーな創太郎君のナイスバディを『吐きそうになるぐらい気持ち悪い』なんて、些か男嫌いが過ぎるんじゃないか? などと思っていると……
「確かに私達のスタイルは変態的だ。特に私の身なりはこっちの彼女曰く『最高』らしいが、自分ではわりと気持ち悪ぃんじゃねぇかと思ってる」
(そ、そうだったのか……)
僕はとてつもなく申し訳ない気持ちになった。
「だがそれでも、深夜の家庭科室に小娘を監禁して腹から臓器抉り出して裏で売り捌こうとしてる連中に変態呼ばわりされる筋合いはねぇ」
「あと僕らのこれは裸エプロンじゃない、水着エプロンだ。ほら見ろ!」
そう言って僕は自分のエプロンの裾をめくって見せ、創太郎君も背を向けることで全裸でないことを証明する。
「安心するがいい、二人揃って競泳水着だ。マイクロビキニやスリングショット、ブーメランパンツや紐パンツなんてもんじゃない。
僕らそういう『とにかく布地を少なくしてやれ』みたいな発想が行きすぎた衣装ってさほど好きじゃないんだよ」
「寧ろ適度に布地多めのが安心するし興奮する」
「いやお前らの好みとかどうでもいいしどっちにしろ変態じゃねぇか!」
「そもそもあんたらなんでここがわかったのよ!?」
「っていうか何でここに来たの!?」
「あと何だよヒラメって!? お前ヒラメ捌くの見たことあんのかよ!?」
「質問が多いな。まずこの場所が特定できたのは単に以前から調べていたからだよ。元々はお前達がそこで椅子に括り付けている娘っ子が何か怪しいというので仕事の合間を縫って周辺を調べていたんだ。
そうしたらかなり時間はかかったが裏でお前達が動いているという事を特定できた。ただそれだけのことだ」
「次にここに来た目的だが、これはもっと簡単だな。お前らを皆殺しにする。それ以外の目的はない」
「それからヒラメ捌くのを見たのは僕らじゃなくて作者だ。仕事場の上司が捌かされているのをただ傍らで延々と見るだけだったらしい。まあどうでもいい話だが」
「兎も角お前らが覚えておくべきことはただ一つ……私達はこの学校の平和を乱したお前達という害悪を決して許しはしない。一匹残らず皆殺しにしてくれる……」
次回、勝てる気がしないと悟った2610号はある作戦に打って出る。




