十二時限目「偶像娘の躍進と闇で蠢く奇妙な策謀、そして雄竜の煩悩について」
今回も下ネタ注意報
「お嬢様ぁ、そろそろお夕飯の時間ですけどー」
風花千里のアイドルデビューから二日が過ぎた。
希少種族の美少女アイドルとして世間の注目を集めた風花だったが、アイドルとしての彼女は早くも落ちぶれつつあった。それを証明するかのように、近頃風花は怒りに任せて狂った様に騒ぎ暴れ回ることが多くなっていた。
「んがああああああったくもぉぉぉぉぉぉおおお!」
書き表すなら、こんな風に。
「あぁぁぁ……はぁぁぁぁ……何なのよ……何だってのよ……何で天才のあたいが、こんなことにぃ……」
「一体どうしたんです、お嬢様? 如何にも何かあったって感じですが」
「はぁ、あぁ……タイヨーじゃない、いい所に来てくれたわ。聞いてよ、あいつらが……」
風花から聞いた話は、まあ予想通りというか、寧ろ予想していたよりマシとも思えるような内容だった。
簡単に言えば『仕事が上手くいかない』ということだ。
何でも『担当マネージャーが持ってくる仕事はどれも天才の自分には相応しくないちっぽけでつまらない仕事ばかり』だそうで、その事について不満を言えば喧嘩になり別のマネージャーと組まされ、然しやはり期待外れな仕事ばかり回されるという流れをこの二日間で十回以上繰り返したという。
そして十三人目のマネージャーが決まった所で『(正直信じられないことだが)試しにどんな仕事でもやってみるか』という気になって南無児に所属する他のアイドル数名と共に隣県で放送されるローカル番組の仕事へ向かう。
だが番組の収録現場で次々と問題行動を起こし(風花自身はさも自分が被害者のように言っているが、冷静に内容を分析していくとこいつの方が十割悪いという事には誰だって気付くだろう)、最終的に収録は中断、放送局を摘み出された挙句事務所からも『次に何か問題を起こしたら契約を切らせて貰う』と警告されたというのだ。しかもそれでいてまだ、自分が悪いのだということに気付いていない。
まさかここまで絶望的なバカだとは思いもしなかった。ここで普通に『下積み頑張れば何とかなりますよ』って言ってもこいつじゃ逆効果だろう。そう思った僕は『だったら少しだけ三六頭兵団を使いましょう。使えるものは使うのも天才というものですよ』なんてことを適当に言っておいた。
そして翌日以後、三六頭兵団の暗躍により風花は今までの汚名を返上して有り余る驚異の活躍を見せていくことになるのだった。
(さて、このまま奴がアイドルとして大成していけば捏海の宣伝にもなる。そうなれば世話係である僕の待遇はもっと良くなるぞ……!)
「いやあ、凄まじい勢いだね。こういうのを、飛ぶ鳥を落とす勢いと言うんだろうね」
休日、自宅の一室でのことだ。
僕(常木譲)は、ネットのニュース記事を見て呟いた。風花千里のアイドルデビューから早二週間、それまで欠点だらけだった彼女は今や国内はおろか海外でも幅広い層からの支持を集めるトップアイドルへと成長していた。
その活動範囲も歌やダンスといった音楽関係の活動に留まらず、グラビアやファッション関係、女優、バラエティ番組でのコメンテーターとより一層の広がりを見せている。
「でしょうねぇ。嫌われ者で馬鹿にされるのが常だったクズから一変、学校の大スターとは……夜伝君の判断は正しかったってわけだ」
「全くだ。今や本校の生徒職員の殆どが彼女のファンを自称、あちこちでファンクラブが作られている……これはちょっとした事件と言っていいだろうねぇ」
「えぇ、事件でしょうね……ところでジョーさん」
「何だね創太郎君」
「私のパソコン覗くなぁ構いませんがね、いい加減頭に胸乗っけんのやめて下さい地味に重いんですよあんたの胸」
「断る。というか仕方ないだろう、上から覗こうと思ったら自然とこういう体勢になるんだから」
「だったら横から覗きゃいいじゃないですか」
「やだよ肩凝るもん。君の頭、適度に大きめだし角の位置と角度が胸を支えるのにちょうどいいんだよ」
「普段から『肩凝りは勲章みたいなもの』とか言ってる人が何を今更……」
「それとこれとは話が別だよ。勲章でも肩凝りはできれば防ぎたいものだ。アスリートの怪我、歩兵の銃創みたいなものだよ」
「その例えはアスリートや歩兵に失礼ですしあんたの肩凝り防止が原因で私の首も凝り固まってんですがね」
「おや、そうかい。ならマッサージで凝り固まったものをほぐしてあげよう。横んなんなさい」
「なりませんよ。あんた絶対変なことする気でしょうが」
「しないよ、ただのマッサージだ。いいから早く仰向けになるんだ」
「仰向けとかぜってぇ変なことする気でしょうあんた」
「失敬な奴だな。別に君の凝り固まったアンダードラゴンヘッドをどうこうしてやろうってんじゃ――
「する気なんじゃねぇですか」
「しないってば。ただ君のギガンティックで超セクシーかつ実にストロングなフロントテイ――
「言わせねぇよ? 言うってんなら私の口は黙ってても他んとこの沈黙は保証できねぇよ?」
うん、怖い。タメ口云々以前に声がわりと怖い。
「ぼ、暴力、反たーい……」
「私は今あんたにセクハラっつう一種の軽い性的暴行を受けてんですがね」
「こ、恋仲の二人にセクハラは――
「あるでしょうよ」
「あったとして君はさほど気にも――
「しますよ、多少は」
「……するのか」
「しますよ。そりゃ私はねジョーさん、あんたを心底愛してますから当然欲情だってする」
「う、うん」
おい止せ、いきなりそんな事言われるとドキッとしてしまうだろう。
「……裸体は勿論、なんか着てても一々エロいもんで興奮せざるを得ねえ。屋上で賀集一味ぶっ殺した時に着てたアレとか最高だった」
「そ、そうか。それは嬉しいね――
「……今私の頭に乗っかってるデカい胸が事あるごとに揺れんのを見りゃ興奮せずにはいられねぇ……揺れてなくとも興奮するし、目に入らずとも身体に当たるだけで何かこっ恥ずかしい気分になっちまう。今だってそうだ」
こっ恥ずかしい気分になってるのは寧ろこっちなんだがな。
「勿論魅力は胸だけじゃねぇ、後ろから抱き締めた時にゃ背中や尻の感触だって極上だ……尻と言えば下半身もいい。
前から、後ろから、下から……アングルを選ばねえ魅力が特に色濃いのは下半身だと確信してる。尻尾があるせいで変に可愛く見えちまったりすんのは本当に卑怯だと思う」
卑怯なのは君の方だよいきなりそんなこと恥ずかしげもなく真顔で言い出してからに。
「スカート履いてたりすっともう力一杯捲り上げるか覗き込みたくなる衝動に駆られる。
かといってズボンで萎えるわけでもなく、寧ろ尻や股のラインが強調されっから撫で回したくなる。脱がすのもいい」
……どうしよう、本気で恥ずかしい。どのくらいかと聞かれれば、鏡を見るまでもなく赤面しているとはっきり自覚できるくらいに。
(というか彼は僕のことをそんな目で見てたのか……不愉快だとは思わないし寧ろ物凄く嬉しいし誇らしいが、反面突然赤裸々に告白されるとびっくりするわ恥ずかしいわでどういう反応していいのか困るんだよなぁ……)
「あとは――
「OK創太郎君、君の僕に対する一途な熱い想いはよくわかった。言葉でなく心で理解できたって奴さ」
「おや、そうですか? 私個人としてはまだまだ語り足りねぇんですがね」
「僕は満足だよ。ところで首も凝ったろう? 待ってくれ、今どくから」
「ああいえお構い無く。考えても見りゃジョーさんの胸が頭に乗っかってるなんてすげえ興奮して来ましたし、もっと深え所まで語れそうなんですよ」
「そうかい。だが遠慮させて頂こう。筋肉痛になってもいけないしね」
僕は急いで創太郎君の頭から胸を離し、彼の右隣に回り込む。これ以上彼に真顔で語られたんじゃ色々と限界に達しそうだったからだ。
「大丈夫ですよ、筋肉痛なんて。凝り固まったらジョーさんがほぐしてくれるんでしょう?」
「ああいや、僕も何と言うかマッサージの専門家じゃないから却って苦しめてしまったらいけないだろう? だから肩凝りはやっぱり勲章ってことで我慢するさ」
そうしないと他のことで我慢できなくなってしまいそうだからね……なんて照れ臭くて言える筈もなかった。全くこの程度も恥じらうなんてらしくないなと、僕は内心自嘲した。
「……」
真夜中の薄暗い一室。教育実習生の夜伝定信にして夢幻魔天衆の九頭竜阿修羅でもあるこの俺は、部下の三六頭兵団から送られて来たデータに目を通していた。
(契約相手21人中、5人が解約を申請、11人は利用をやめ実質的に解約、3人は消極的だが利用はやめず、もう3人は積極的に利用。中でも飛び抜けてんのは……――ん」
独白を遮るように俺の耳へ届く、戸をノックする音。如何にも気の弱そうな叩き方、あいつか……
「し、失礼しまーす……夜伝先生、いらっしゃい――
「鍵は開いてるぜ」
ビンゴ。声を聞いて確信した俺は戸の向こうにいるそいつを呼ぶ。
「迷ってねぇでとっとと入ってこい、アシストS。それとこの部屋じゃ夜伝先生じゃなく九頭竜阿修羅と呼べ……」
「あ、はい、すみません夜つ――じゃなかった、九頭竜様。本当すみません」
やたら頭を下げるそいつ――眼鏡をかけた地味なチビ女――の名はアシストS。簡単に言えば夢幻魔天衆の雑用係だ。
「謝らんでいい。それより要件を言え」
「あ、はい。ヴァッシ――じゃないや、マスターVより伝言です。『そろそろ定期集会に顔を出すように』と」
「……定期集会、か」
あのオッサンめ、一々鬱陶しいことを……そもそもその程度のことてめえで直に言えっつうんだ。
だがこういうのを無視してっとロクなことになんねぇのは俺自身が一番理解していることでもある。
「……わかった。次――確か明後日だったか――のには必ず出ると伝えろ」
「では只今より夢幻魔天衆定期集会を始める」
ある日の会議室。夢幻魔天衆の筆頭たる私マスターVは、室内に集まった十一人――私の助手アシストSと十人のプロデューサー達――にお決まりの挨拶をしつつ本題に入る。
「では最初に前回の企画について改めておさらいしておこう。稀秘君、説明を頼む」
「はい。先の第一回、プロデュースは美しきこの稀秘。主演者は元体育スポーツ科二年賀集敦及びその取り巻き達――」
という具合に稀秘は企画の概要を説明していく。
それらの多くは私達も知っている情報だったが、中には『主演者には肉体改造薬「ブラックメリュジーヌ」を「魔人の力」と称し投与した』『薬に付与された効果により逮捕された首謀者二名は夢幻魔天衆に関する一切の記憶を失う』等という彼しか知り得ない(というよりは、彼が前もって説明し忘れていた)であろう情報も含まれていた。
「ありがとう。では現在準備中と報告されている第二回について、九頭竜君」
「はい……プロデュースは俺、九頭竜阿修羅。主演者は現状普通科一年の風花千里のみ。開演日時は未定……以上です。何か質問等――
「ふざけるんじゃないぞ九頭竜! それで企画の説明をしたつもりかね君は!? 幾ら物臭と言っても限度があるだろう限度がっ!」
九頭竜の言葉を遮り声を張り上げるのは、プロデューサーの中でも最年長――それでも私よりは年下だしまだまだ若造だが――の男、キラー・スイーツ。
端正な顔立ちと鍛え上げられたかのような身体つきのままに生真面目な性格である彼にとっては確かに、先程の九頭竜の説明はいい加減で不十分なものに聞こえるだろう。
「あぁ、すんませんキラーの旦那。俺のぁ稀秘兄貴ん時みてぇに『ここはこうで間違いねえ』と断言できるもんがありませんもんで……」
「だとしても推定くらいはできるんじゃないのか!?」
「……確かに推定はできるんですが、俺これでも一応数学教師目指してるクチなんで数字は確実なの出してきたいんスよ」
「ふん、くだらん……まあいい。だかそれにしても何だあの風花千里ブームはっ!? ただでさえ鬱陶しいゴミだった風花がアイドルになったせいで余計アノイングだっ!
我々夢幻魔天衆は人々(ピープル)を恐怖や混沌により苦しめ破滅させ、それをショーとしてお客様方に提供することが目的!
その中でも主演者に選んだ者は確実に殺害もしくは死に匹敵する絶望を味わわせるのがルールではないか! だというのにこれは何だ、苦しんでいるのは我々含む一部のものばかり、大勢は調子づく一方だ!
風花千里を破滅させるのではないのか!? 奴は今や破滅と最も縁遠い位置にあるぞ!? 我々が納得するよう説明して貰おう!」
「……そこまで言われちゃ仕方ねぇ、職業柄ネタバレってのは控えたい方なんだが……いいでしょう、ンならこの場限りで特別に説明さして頂きます。
こっから話す内容はくれぐれも他言無用で頼んまス。もし他言しようもんなら……それなりの覚悟はしといて下さい、ね……」
思わせ振りな前置きの後に九頭竜が説明した内容は、私を含めた他の十一人を納得させるに十分なものだった。
次回、順調に活躍を続ける風花だったが……




