第9話 魔王軍の最凶幹部が『世界滅亡』を掲げて襲来したけど、庭のバーベキューの火起こしのついでに消し飛ばしたら、なぜか魔王城ごと消滅して世界に平和が訪れた
元勇者パーティーという過去のしがらみを完全に断ち切り、俺の心はこれまでにないほど晴れやかだった。
「アレン様! 本日はお日柄も良く、絶好の『ばーべきゅー』日和ですわね! 私、最高級のドラゴン肉を下ごしらえしてまいりました!」
「ふふん、私服の私はどうだ、アレン様。動きやすさを重視したのだが……似合っているだろうか?」
広大な大豪邸の庭園。
エプロン姿でウキウキと肉を運んでくるエルフの王女シルフィアと、普段の甲冑を脱いで少し露出の多い村娘風の私服に着替えた女騎士クレア。
絶世の美女二人と一緒に、今日は庭で平和にバーベキューを楽しむ予定だった。
「二人ともすごく似合ってるよ。よし、じゃあ早速火を起こそうか」
俺が炭に火をつけようと立ち上がった、まさにその時だった。
――ゴロゴロゴロ……ッ!!
突如として、抜けるような青空がドス黒い雲に覆われ、太陽の光が遮られた。
昼間だというのに世界が夜のように暗くなり、空気が氷のように冷たくなる。
それだけではない。上空の空間がガラスのようにひび割れ、そこからおぞましい瘴気と共に、無数の巨大な魔法陣が出現したのだ。
『ハハハハハハハハハッ!!! 震えろ、平伏せよ、脆弱なる人間共よ!!!』
空気を震わせる巨大な声と共に、魔法陣から数万規模の上級悪魔の大群が姿を現した。
そして、その群れの中心。漆黒の玉座に座って空中に浮遊しているのは、六枚の黒翼を生やし、禍々しいオーラを放つ魔族の男だった。
「な、なんだあれは……!?」
俺が空を見上げると、クレアが血相を変えて俺の前に立ち塞がった。
「ア、アレン様、お下がりください! あれは……神話の時代に封印されたはずの、魔王軍四天王の一角! 『絶望の死神』ゾルギウスです!! なぜ、あんな規格外の化け物が現代に……!?」
「くっ……空間の強制転移陣……! まさか、この大陸そのものを消し去るつもりですか!」
シルフィアも杖を構え、顔に緊張を走らせる。
空に浮かぶ四天王ゾルギウスは、眼下に広がる領地を見下ろしながら傲慢に笑い声を上げた。
『我ら魔王軍の悲願、人間界の完全なる蹂躙を今ここから始める! 泣き叫べ! 絶望に顔を歪めながら、我が漆黒の業火に焼かれて塵と化――』
「ああもう、せっかくのバーベキューなのに、空が暗くなっちゃったじゃないか」
俺は深いため息をついた。
魔王軍とか四天王とかどうでもいいが、風が強くなって炭に火が点きにくいし、何より肉が冷めてしまう。
「仕方ない。ちょっと雲を吹き飛ばして、ついでに炭に火を入れるか」
俺は空のドス黒い雲と、目の前のバーベキューコンロの炭に向けて、右手の指先を軽く向けた。
神スキル【万物創造】の応用。
イメージするのは、空の雲を晴らす『ちょっと強めの太陽光』と、炭に着火するための『ピンポイントの火球』。
「アレン様!? まさか、あの大群を相手になさるおつもりですか!? 四天王ゾルギウスは、伝説の勇者百人が束になっても敵わない最強の盾を――」
「【極大浄化】」
俺が静かに唱え、パチンッと指を鳴らした瞬間。
――カァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!
空を覆っていたドス黒い雲が、文字通り「蒸発」した。
そして、俺の指先から放たれた極太の黄金の光の奔流が、天空を埋め尽くしていた数万の悪魔の大群と、四天王ゾルギウスを飲み込んだ。
『な、何ィィィィィィィィィィッ!? ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
ゾルギウスが誇る「絶対に破られない最強の盾」など、まるで和紙のように一瞬で燃え尽きた。
断末魔の叫びすら数秒でかき消され、空を覆っていた魔王軍の大軍勢は、影すら残さず完全に消滅。
圧倒的な晴天が戻ってきた空には、雲一つない青空が広がっていた。
だが、俺の放った光の奔流はそれだけでは止まらなかった。
天空を貫いた光の矢は、そのまま星の海を越え、遥か彼方――大陸の反対側に位置する『魔王の大陸』へと降り注ぎ、魔王軍の総本山である『難攻不落の魔王城』を、魔王ごと跡形もなく消し飛ばしてしまったのだ。
ピロンッ。
俺の脳内に、無機質なアナウンスが響く。
『個体名アレンが、魔王軍四天王および魔王を討伐しました』
『これにより、世界に永遠の平和がもたらされました。称号【世界の救世主(神)】を獲得しました』
「…………え?」
「…………は?」
俺の目の前で、シルフィアとクレアが彫像のように固まっていた。
「あれ……? ちょっと火加減強すぎたかな? バーベキューの炭、全部消し飛んじゃった」
俺が足元のコンロを見ると、炭はおろか、特注の鉄板までドロドロに溶けて跡形もなくなっていた。
「お、おおおおおお……っ!!」
沈黙を破ったのは、またしてもどこからともなく駆けつけてきた領主のアルベルトだった。
彼は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、俺の足元に猛烈な勢いでスライディング土下座を決めた。
「アレン様ぁぁぁっ!! たった今、王都の魔力観測所から緊急の念話が入り……っ! ま、魔王城が、謎の極光によって大陸ごと消滅したと!! 世界に、世界に平和が訪れたのです!! ああっ、神よ!! 生ける伝説よ!!」
領主の言葉を聞いて、シルフィアとクレアもようやく我に返った。
「す、凄すぎます、アレン様!! 指先一つで魔王軍を滅ぼしてしまうなんて! もう、好き! 大好きです!!」
「私のアレン様は、やはり世界そのものを統べる神だったのだ……! このクレア、一生あなた様の足拭きマットとしてお仕えいたします!!」
両脇から二人の絶世の美女にギュッと抱きつかれ、豊満な胸を押し付けられながら、俺は困惑して頭を掻いた。
「え、俺また何かやっちゃいました?」
ただバーベキューの火を起こしたかっただけなのに、なぜか指先一つで魔王軍を全滅させ、世界を救う救世主になってしまったらしい。
まぁ、これで明日からのスローライフを脅かす邪魔者は、この世界から完全にいなくなったわけだ。
「アルベルトさん、悪いけど、新しいコンロと炭を手配してくれるかな? お腹減っちゃって」
「ははぁーーーーっ!! 直ちに国庫を開放し、純金製の最高級コンロをお持ちいたします!!」
こうして、史上最悪の魔王軍による世界滅亡の危機は、俺の「バーベキューの準備」という極めて個人的な理由によって、開始数秒で幕を閉じることになったのだった。




