第4話 街に迫る一万の魔物大群。庭に『虫除けの結界』を張ったら、なぜか敵が全滅して領主様が土下座してきました
「お、終わりだ……。我が辺境都市ファルマスは、今日この日をもって滅亡する……」
ファルマス領を治める若き領主、アルベルト侯爵は、高い城壁の上から絶望的な光景を見下ろしていた。
地平線を黒く染め上げ、土煙を上げてこちらへ迫り来るのは、およそ一万を超える魔物の大群――『魔物氾濫』。
しかも、その群れを率いているのは、神話に語られる災厄指定魔物『災禍のキメラ』だった。
隣に立つ冒険者ギルドのギルドマスターも、顔面を蒼白にして震えている。
「領主様……ギルドの全戦力を結集しても、もって数分でしょう。王都からの援軍は到着まで三日はかかります。……我々は、見捨てられたのです」
「くそっ! 民たちだけでも逃がさなければ……!」
アルベルト侯爵が剣を抜いた、まさにその時だった。
「……ん? なんだあの土煙。すごい砂埃がこっちに向かってきてるな」
城壁のすぐ下、都市の入り口付近にある空き地から、場違いなほど呑気な声が聞こえてきた。
見下ろすと、そこには見慣れない黒髪の青年と、目を疑うほど美しい銀髪のエルフの少女が立っていた。
青年は迫り来る一万の魔物群を見て、「砂埃」と呼んだのだ。
「おい、そこの若者! 何をしている、早く都市の中へ避難しろ! あれは砂埃ではない、一万の魔物だぞ!!」
アルベルト侯爵が叫ぶが、青年には届いていないようだった。
◇◆◇
俺、アレンは、ギルドから紹介された空き地で、新居の庭造りの構想を練っていた。
しかし、どうも遠くの方からものすごい勢いで砂埃のようなものが迫ってきている。よく見ると、巨大なイナゴや野犬のような形をした虫や動物の大群だ。
「うーん、せっかくシルフィアとくつろぐための庭を作ろうと思ってるのに、あんな虫の群れに入り込まれたら嫌だな」
「アレン様、あれは虫では……」
「よし、ちょっと風通しを良くして、ついでに『虫除けの結界』でも張っておくか」
俺はシルフィアの言葉を遮り、右手を軽く前に突き出した。
新たに覚醒した神スキル【万物創造】を使い、イメージを具現化する。
思い浮かべるのは、庭に吹き込む『心地よいそよ風』と、害虫を寄せ付けない『市販の虫除けスプレー』程度の軽い結界。
「えいっ」
指先から、ほんの僅かな魔力を放出した。
――その瞬間。
世界が、白く染まった。
「……は?」
城壁の上にいたアルベルト侯爵とギルドマスターは、己の目を疑った。
青年の指先から放たれた『そよ風』は、瞬く間に天を衝くほどの巨大な【神威の暴風】へと変貌したのだ。
暴風は大地を削り取りながら猛烈な勢いで前進し、迫り来る一万の魔物たちを、まるで紙屑のように空高く巻き上げ、不可視の刃で塵一つ残さず切り刻んでいく。
「ギャアアアアアッ!?」
「ゴギャアアアアッ!」
断末魔の悲鳴が響き渡るが、それも一瞬。
数分前まで都市に絶望をもたらしていた大群は、たった一陣の風によって文字通り『消滅』させられた。
さらに、群れの後方に控えていたSランク指定の巨大魔物『災禍のキメラ』が、激怒して都市へと飛びかかってきた。
しかし、都市の周囲に展開された半透明の光の壁――青年が『虫除け』と呼んだ結界――にキメラが触れた瞬間。
バヂィィィィィィィィィンッ!!!!
「ギャ、ガァァァァァァァァァァッ!?」
神聖な雷光が弾け、キメラの巨体は一瞬にして炭化し、風に吹かれてサラサラと崩れ去ってしまった。
耐性無視の完全消滅結界。Sランク魔物すら、ハエ叩きで叩き落とされるように命を散らしたのだ。
「……あ、ありえん……」
アルベルト侯爵は、震える膝から崩れ落ちた。
「一万の魔物と、災禍のキメラを……たった一振りで……。あ、あれは、人間の御業ではない。神だ……神が、我が都市を救ってくださったのだ……!」
◇◆◇
「よし、これで砂埃も虫も綺麗に消えたな。風通しも良くなったし、いい庭ができそうだ」
俺が満足げに頷いていると、背後からドタドタとものすごい足音が近づいてきた。
振り返ると、立派なマントを羽織った貴族らしき男と、昨日ギルドを爆散させた時に泣きそうになっていたギルドマスターが、俺の目の前で勢いよく土下座を決めてきた。
「ははぁーーーーっ!!!」
「お、おおお、神の御使い様ぁぁぁっ!!」
「えっ!? な、何!? 領主様とギルドマスター!?」
俺は慌てて後ずさった。
アルベルト侯爵は、額を地面に擦り付けながら涙声で叫ぶ。
「どうか、どうかアルベルトとお呼びください! 我が領地を、数万の領民の命をお救いいただき、何と御礼を申し上げればよいか……! 我が侯爵家の全財産、いや、私の命すらも、神の御使い様である貴方様に捧げます!!」
「いやいやいや! 俺、ただ庭に虫除けの結界張って、ちょっと風を起こしただけなんだけど!?」
俺が状況を理解できずにいると、隣にいたシルフィアが豊満な胸を大きく張り、自慢げに微笑んだ。
「当然です。アレン様にとって、一万の有象無象など道端の石ころも同然。貴方たちは運が良かったですね。アレン様の慈悲深き御心に感謝し、永遠の忠誠を誓うと良いでしょう」
「ははぁーーーーっ!! ありがたき幸せぇぇぇっ!!」
領主とギルドマスターは、さらに深く頭を地面にめり込ませた。
「え、俺また何かやっちゃいました?」
ただ庭造りをしたかっただけなのに、なぜか一国の侯爵から命と財産を捧げられ、神として崇め奉られることになってしまった。
俺の無自覚な規格外伝説は、こうして国家の中枢にまで知れ渡ることになるのだった。




