第14章:夏の噂と沈黙の壁
(土曜日の夜、江ノ島から全員が帰宅した後、白の部屋は月の微かな光だけが差し込む暗闇に包まれていた。彼はベッドの上に仰向けに倒れ込み、見開いた目で天井をじっと見つめていた。何度も寝返りを打ったせいでシーツは足元で丸まり、マットレスは背中を焼くように熱い。目を閉じようとするたびに、砂浜で太陽の下、笑顔を見せる白崎華の姿が瞼の裏に焼き付いて離れなかった)
粕美白:(両手で顔を覆い、頬が耐えがたいほどの熱を帯びていくのを感じる)「な、ななな……っ、ありえない、ありえない! な、何であんな口を滑らせたんだ!?(突然寝返りを打ち、悶絶の声を殺すために枕に顔を埋める)……僕は大馬鹿野郎だ!! 『生涯出会った中で一番素敵な女の子』……!? 本当にそんなこと言ったのか!? 彼女は……彼女は寝ていたはずだ。頼む、寝ていてくれ……。もし聞かれていたら、明日にも海外へ移住して名前を変えてやる」
(それから明け方まで、白の心臓は壁に響くほど激しく鼓動し続けた。部屋の中にはまだ華のバニラの香りが漂っているようで、電車の中で彼女の頭が肩に乗った時の温もりを思い出させる。友情を壊してしまったのではないかという恐怖と、あんなに近くにいられたという奇妙な幸福感が頭の中で殴り合い、彼は一睡もできなかった)
(月曜日の朝、早くから強い日差しが照りつけていた。白はトラックに轢かれたような気分で目を覚ました。彼はベッドの端に座り、椅子に置かれた夏服の白い半袖シャツを、まるで恐怖の対象であるかのように見つめていた)
粕美白:(シャツのボタンを留めようとするが、指が震えて三回連続で滑り落ちる)「く、クソッ……! 集中しろ、白! ただのシャツだ……ただの白い布じゃないか。(鏡を見て、酷い隈とパニックに染まった自分の顔を確認する)で、でも、学ランがないと……全部バレてしまう! 緊張したら、薄い生地越しに鼓動が動いているのが見えてしまう。わ、罠だ! もし白崎さんが……あのビーチの時のような姿だったら……学校の門をくぐる前に気絶する自信があるぞ」
(突然、部屋の扉が乱暴に開いた。あかりが既に夏服に身を包み、悪役のような笑みを浮かべて飛び込んできた)
あかり:(腕を組み、目に邪悪な光を宿してドアのフレームに寄りかかる)「まあ、なんて美しい光景かしら! あの偉大なる『ロミオ様』がようやく現世に降りてきたのね。どうしたの、お兄ちゃん? 一晩中、華ちゃんを見て気絶しないための予行練習でもしてたわけ? クラゲみたいにプルプル震えちゃって」
粕美白:(瞬時に顔を真っ赤にし、手で胸を隠そうとする)「あ、あかり!! の、ノックしろって言ってるだろ!! 震えてなんかいない! 出て行け!!」
あかり:(笑いながらゆっくりとベッドに近づき、ポケットからスマホを取り出す)「ふーん、そう?(スマホの画面を白の鼻先に突きつける)ねえ、これに見覚えある? 私的には、人生で最高のベストショットだと思うんだけど」
粕美白:(その画像を見て石像のように固まる。そこには、電車の隅で自分の肩にもたれて眠る華と、それを泣きたくなるほど愛おしそうに見つめる自分の姿が鮮明に写っていた)「な……っ!? 消せ! 消せよ、あかり!! い、いつ……いつ撮ったんだ!? よこせ、今すぐよこせ!!」
あかり:(飛びのいてスマホを背中に隠す)「お断りよ! この写真は私の無敵のパスポートなんだから。一ヶ月間、私が食べたいアイスを全部奢ること。さもないと……この写真、クラスのグループチャットに流しちゃうわよ。あ、あと! 正門で気絶するなら、せめてカッコよく倒れなさいよね。友達の前で恥をかかせないでよ!」
粕美白:(閉まったドアに向かって枕を投げつける)「さっさと失せろ!!」
(数分後、学校の中庭。熱気は既に重く立ち込めていた。白は存在を消そうと俯いて歩いていたが、廊下は新しい白い制服に身を包んだ生徒たちで溢れていた)
高木蓮:(どこからともなく現れ、白の肩を叩く)「よお、『桜高のヒーロー』さん! 噂が先走ってるみたいだぜ。一年生の間じゃ、お前らもう公式カップルだってよ。白崎さんはどうした? 正門で見かけたけど……うわ、あの夏服姿、マジで反則級に似合ってたな」
粕美白:(首の骨が鳴るほど硬直し、口から魂が抜けかけたような顔で虚空を見つめる)「ひ、ヒーロー!? 公式!? ……いい加減なこと言うなよ、蓮!」
森田大輝:(不敵な笑みを浮かべ、冷静に眼鏡を直す)「全くだ。だが、我らがヒーローは今日、鎧が錆びついているようだね。(白に共犯者のような視線を送る)どうした、色男? 自分が彼女の専属ボディガードだって周囲に知れ渡るのが緊張するのかい? それとも、彼女のブラウスの白さが眩しすぎて目が眩んだかな?」
粕美白:(項を流れる汗を感じながら、声を潜める)「だ、黙れ! 誤解だ!……(ふと正門の方を見ると、華がいた。真っ白なブラウスが彼女の華奢なラインと透き通るような肌を際立たせている。そのあまりの美しさに、白は心臓が止まるかと思った)。お、おはよう、白崎さん! 急いでるから、また後で!」
(白は建物の中へと走り去り、後に残された白崎華は、手を差し伸べたまま心を粉々にされたような表情で立ち尽くした)
生徒A:(通り過ぎざまに囁く)「おい、あの二人、いつも一緒にいなかったか? なんか……マンガの破局シーンみたいだな」
生徒B:「ああ、A組の白崎さんと、あいつを守った男だろ? 公式カップルだって噂なのに変な感じ。彼女、あの制服めちゃくちゃ似合ってるのに、なんであいつ幽霊でも見たみたいに逃げたんだ?」
白崎華:(ゆっくりと手を下ろし、悲しげに地面を見つめる。雪菜が彼女に歩み寄る)「……今の、見た? 雪菜さん。目も合わせてくれなかった……。もしかして……ビーチでのことがあって、私、嫌われちゃったのかな……?」
黒瀬雪菜:(華の肩に手を置き、確信に満ちた目で告げる)「嫌われてなんかいないわよ、華ちゃん! むしろ、あのバカ、今日の華ちゃんがあまりに綺麗すぎて、どこを見ればいいか分からなくなってるだけ。あいつの不器用さのせいで変なこと考えちゃダメよ」
(一時間目:文学。白は自分の席で身を縮めていたが、教室の入り口に華が現れるのを見て目を見開いた。彼女は周囲の視線を無視し、真っ直ぐに白の元へ歩み寄る)
白崎華:(机の前で立ち止まり、教科書を胸に抱きしめる)「は、白くん……。私の教室、今日すごく騒がしくて集中できないの。……こ、ここで、教科書一緒に見てもいいかな?」
粕美白:(驚愕して)「こ、ここで!? でも白崎さん、もうすぐ授業が……」
白崎華:(消え入りそうな声だが、決意を込めて)「先生には、白くんに分からないところを教えてもらうって許可取ってきたから。……お願い」
(華は白の隣に椅子を並べる。入り口では雪菜が一瞬だけ顔を出し、親指を立てて去っていった)
粕美白:(ロボットのような単調な声で)「そ、そうか……。文学、今日は……すごく、文学的だね、白崎さん。文字に……インクがたくさん乗ってる」
白崎華:(こめかみに汗を浮かべ、教科書を指差す)「白くん……。本、逆さまだよ」
(白は脳がオーバーヒートするのを感じる。狭い机の上で、二人の腕が一瞬だけ触れ合った。白の背筋に電流のような衝撃が走る)
粕美白:(激しく腕を引く)「ご、ごめん! 態とじゃなくて……!」
白崎華:(顔を真っ赤に染め、囁くような声で)「どうしてそんなに遠くにいくの、白くん? ビーチで……私、何か嫌なことした? だから、近くにいたくないの?」
粕美白:(震える声で)「……何も嫌なことなんてしてないよ、白崎さん。心配しないで」
(放課後、白はいつも無人になる美術部近くの廊下を通って逃げ出そうとした。急ぎ足で歩いていると、見覚えのある影が彼の行く手を阻む)
白崎華:(柱の陰から現れる)「待って、白くん!!」
粕美白:(急ブレーキをかける)「し、白崎さん! ぼ、僕は……もう帰るところで!」
白崎華:(白のシャツの袖を力一杯掴み、彼を金属製のロッカーに叩きつける)
――ドンッ!
(金属音が静かな廊下に響き渡る。華は白の頭の両側に両手を突き、彼を追い詰めた。あまりの近さに、白は彼女の瞳に溜まった涙の輝きまではっきりと見ることができた)
白崎華:(悲しみに震える囁き声で叫ぶ)「動かないで!! 今すぐ教えて、なんで私を無視するみたいに扱うの!? 一日中避けて……挨拶さえまともにしてくれないなんて!」
生徒C:(遠くでひそひそと)「おい、またあの二人だぜ! ロッカーで修羅場かよ」
生徒D:「彼女が壁ドンしてる。白崎さん、怒るとマジで凄そうだな……。あいつ、前にも彼女を守った奴だろ?」
白崎華:(囁きを無視し、さらに距離を詰める)「ビーチのこと!? 電車のことがそんなに嫌だったの!? もう一緒にいたくないならそう言ってよ! でも無視されるのは……本当に、辛いから……!」
粕美白:(彼女の姿に心の堤防が崩壊する。手が本能的に動き、彼女のブラウスの肩に置かれた)「違うんだ……ハナ!!(視線を落とし、震える声で続ける)……ただ、今日の君が、あまりにも綺麗すぎたからだ。怖くなったんだ。電車で言ったことを思い出して……どうやって君の顔を見ればいいのか、分からなくなって、狂いそうだったんだ!」
白崎華:(絶句し、腕の力が抜ける)「……それ、だけ?」
粕美白:(顔を真っ赤にして頷く)「僕はバカだ。緊張しすぎて、話し方さえ忘れてしまったんだよ」
白崎華:(ゆっくりと頭を下げ、白の胸に額を預ける)「……バカ! 私だって、電車での言葉、全部聞こえてたんだから! 今日会うのが怖くて……嫌われたんだと思って、すごく不安だったんだよ!」
粕美白:(ゆっくりと彼女の背中に腕を回し、優しく抱きしめる)「……ごめん。二度とそんな風に思わないで。……君と一緒にいることに、飽きることなんて絶対にないから」
(廊下には絶対的な静寂が訪れる。共有される呼吸。心臓の音。解けない視線。二人の鼓動が同期していくのを感じる。二人の距離がゆっくりと、確実に縮まっていく……)
(緊張感が最高潮に達したその時、遠くから響く足音に二人は飛びのき、正反対の壁を見つめた。心臓は、いまだかつてない速さで脈打っていた)
第14章 終了
あとがき:
皆さん、こんにちは!
まずは更新が遅れてしまったこと、心からお詫び申し上げます。
実は、ビーチでの華のデザインにこだわっていて、皆さんに彼女の姿を鮮明にイメージしてもらえるようグラフィック作業に没頭していました。
いつも変わらぬ応援と、温かいご理解をいただき本当にありがとうございます。
この第十四章も、皆さんに楽しんでいただければ幸いです!




