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08 7月21日 トモ・ユウキャン・ケンジ

 7月21日。朝の7時30分。

 トモとユウキャンは公園で、朝飯を食っていた。

 朝日がまぶしい。


===================================================


 コンビニで買ってきたサンドイッチとコーヒー。

 「なにからなにまで悪いな」

 私は高校生時代の親友ユウキャンに奢ってもらった感謝を伝える。

 「あー、いいぜ、別に。だって、おまえホームレスだろ?」

 ユウキャンは明太子おにぎりを食べている。

 「ホームレスを見下す物言いは許さんぞ。職業に貴賎などない」

 「ホームレスは職業クラスじゃないし、ってこのやりとり何回目だ?」

 ユウキャンは笑うが、徹夜明けのせいか乾いた笑いだった。

 「しかし、東京でこんな再会するなんてな」

 「あー、それも何度目だよ」

 「いや、2回目だ。昨晩はスマブラやら、モンハンやら、いろいろと忙しかったからな」

 私たちは再会を果たした後、車で都内を出て、ゲーセンに行ってから、24時間営業の複合漫画喫茶に行って、漫画の話をして、またゲームをしていた。

 「高校時代にもやってなかったフルコースだな」

 「まー、大人だからな」

 「そうなんだが、自由はあるのに時間も金もない」

 「おれもだ」

 「そうなのか? 私はそうだが、……そうなのか?」

 再会してから私たちはこれまでの身の上話をしていない。してはいけないような気がしていた。およそ30年の間にいろいろあった。もうそれだけでいいと思っていた。彼は相変わらず〈トモ〉と呼び、私は〈ユウキャン〉と呼ぶ。ただ、ユウキャンはちょいちょい私をホームレス呼ばわりしていた。間違っていないが。

 「うまいこといってりゃ、あんな犯罪まがいのことには巻き込まれねーって」

 「なんで、あそこにいたんだ」

 「あー、マジ、いまごろ聞いてくんのな」

 「すまん」

 「まじめか。相変わらずだな」

 ユウキャンはざっくりと中古車店で起業したことと、数年前に事業が傾いたこと、それから最近はデリヘルドライバーをやっていたこと、それからヤクザ三人組に襲われ、車中軟禁状態にされたことを話した。

 「おまえさ。おれを救ってくれたんだよ。あのまま、あの女の子が拉致されてたら、おれは逃げられなかったかもだ」

 「でもあの子は救えなかった……」

 「まだわかんねーよ。うまく逃げたかもじゃんか」

 「最後まで見届けられなかった」

 「おまえ、勇者じゃないじゃんかよ」

 「は?」

 「いつも、魔法使い選んでたじゃんか」

 「あ、そっち?」

 リネームできるRPGではいつも魔法使いに自分の名前をつけていた。自分が異世界にいたら選ぶ職業として、まじめに考えた結果だ。勇者ってがらじゃないし、白兵戦が無理な気がした。

 「あー、だから、どっかの勇者が救っているさ」

 「どうなっただろうか……」

 「やめろよ。できないことに時間使うのはさ。人生そんなに長くないんだぜ」

 「長いさ。平均寿命であればまだ30年もある」

 「30年もホームレスやるつもりなのか」

 「いや……ユウキャンはどうなんだ」

 「まー、俺はもう長くもないし、これから旅に出ようと思っているんだ」

 「長くない……なんで?」

 「病気」

 「え!?」

 「気にすんな。そういう設定ってだけだから」

 「設定? え?」

 「まあ、いいって。最後におまえに会えてよかったよ」

 「何を……言う……」

 「うん。よし。まあ、送っていくよ。この車(SUV)でのドライブも最後だ」

 「最後なのか……」

 「おまえ真に受けすぎだって。こいつは売って旅の資金にするんだよ。車は最後の一台がある。旅はそっちでするんだ」

 「そうか。できたら連絡が取りたいけど、私はスマホをもっていない」

 「じゃあ、社会復帰しろ」

 「……怖いんだよ」

 「何が」

 「じつは私も起業していたのだ」

 「それ昨日も話してたぞ。ゲーセンの階段のとこで。缶ビール飲みながら」

 「そうだったか」

 「あー、ITベンチャーだっけ? 社員も結構いたんだよな。それでー……なんか、騙されたんだっけ?」

 「まあ、簡単に言うとそうだ。だが騙されたわけじゃない。オレの見極めが悪かったんだ。そのせいで社員みんなに申し訳ないことをした」

 「おれも同じだ。笑っちゃうくらいにな。はははは。もう一杯やるか!」

 「いや、ユウキャン酒飲まないよな。それにこれから運転だろ」

 「飲まないんじゃなくて飲めないんだよ。おれにはありとあらゆるアレルギーがあるんだ」 

 「お察しする」

 「すんな。そういう設定だって」

 「電話番号だけでも教えてくれ。復帰できるかどうかはわからないが」 

 「わかったよ。でもつぎ会うときは……まあいいや」

 ユウキャンは胸ポケットに入っていたメモパッドにさらさと番号を書くと、ちぎって渡してくれた。

 

 ※  ※  ※


 だらだらとドライブしながら途中、中古販売店でSUVの引き渡しをする。

 店舗への持ち込みで、すでに書類はすべて揃っていた。査定も1時間程度で済んですぐに売買が成立した。最短で翌日には支払われるという。これで私たちは徒歩になった。

 「よかったら、私の家に案内しよう」

 「いらねーよ。なんでホームレスの家にっ……て、家があったらホームレスじゃねーじゃねーか」 

 「確かにそうだな」

 「これで俺も家無しだ」

 「え、そうなのか?」

 「ああ、アパートは一月前に解約してある。旅に出るのに必要ないからな。最近は車中泊だった」

 「そうか。ユウキャンもホームレスか」

 「あー、そう言われるとなんか違う気もする」

 「何が違う」

 「見た目だろ? おまえほどわかりやすいホームレスいないぞ。だいたい季節感はどうした?」

 日差しが強い。さすがにウルトラライトダウンジャケットは必要ない。汗が出る。

 だが夜は肌寒い。これは布団代わりでもある。持ち運べる布団だ。

 私たちは電車で日本最大の駅に戻る。

 電車代を持っていないトモのためといいつつ、ユウキャンもついてきた。

 1時間はかかるため、徹夜の疲れですぐに眠り始めた、


 しかし、私はすぐに目を覚まして考えはじめた。


 マッサンにはなんと言おうか。報酬が持ち帰れなかったばかりか、ゴンちゃんの顔をつぶしたマッサンの顔もつぶした。ホームレス界隈の仁義はどういう感じなのだろう。これまでそういう状況になったことがなかった。ぼこぼこに腫れた顔を見たら、少しは同情してくれるだろうか。いや、ゴブリン退治に出かけて、クエストを達成できないで戻った冒険者に対するセリフは用意されていないだろう。DSの電源を入れてみる。やはりつかない。DSは私の精神安定剤だったのか。心が、乱れたままだ。


 そうして〈村〉に戻ると異変が起きていた。

 村の住人のひとりがやってくる。すごい剣幕だった。

 「おめー、どこに行ってた?」

 「どこでもいいだろう」

 「おめーのせいで、マッサンはよー!」

 胸ぐらを掴まれる。吐息がものすごく臭いが、それよりもマッサンに何かあったのかが気になる。

 「マッサンがどうした?」

 「いまは近寄らねーほうがええ」

 「だから、どうしたというのだ?」

 「ヤクザがきて、ボコボコにしていった。もう虫の息だ。オメーが仕事の邪魔をしたって、ヤクザがよ、よってたかって」

 くそっ。私はなんてバカなんだ。

 ああいうやつらは、間接的な報復をする。きたないやり方をする連中だというのを忘れていた。

 いや、こういう目に遭ったのははじめてだ。経験がなかったからといってなんの免罪符にもならない。

 私は住人の手を振り解いて、駆け出した。

 マッサンのベースの前で、黒いジャケットとスラックス姿の男の背中が見えた。

 片膝をついて、視線を下に落としている。その先にはマッサンが横たわっている。地面に血のようなものが飛び散っていた。

 「きさまぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!」

 私はリミッターを解除し、卑怯とはいえ背後から襲いかかる。

 しかし、あえなくかわされ、胸を手のひらで押し返され、背中から落ちた。リュックを背負っていなかったら頭を強打していたかもしれない。

 「待て待て、なんだお前?」

 黒いジャケットの男は落ち着いた声で問いかけてくる。

 すらりとしたスタイル。背はそれほど高くない。だが、威圧感が半端なかった。本物のヤクザと対峙するのは、これが、はじめてだ。

 「私は、私はっ!」

 問われたがなんと答えるべきか思いつかない、起き上がりながら、涙がこぼれてくる。

 「私は!」

 「いや、もういい。〈マッサン〉の仇をうちたいなら、俺じゃない。それに、いまは救急車を待っているところだ」

 「へっ?ゔぇっ!?」

 大量の鼻水が出て、まともに言葉を発せない。

 「もしかして、あんたが〈トモちゃん〉か?」

 「うえっうえっ!」

 「あー、あとでちょっと落ち着いたら、話聞かせて欲しいんだけど」

 「や、やっのヤクザのっなんかにっ!」

 体中が震えている。涙も止まらない。

 私のせいでマッサンがこんな目に。ホームレスだろうが、社会からドロップアウトしていようが、70歳を過ぎた人間に暴力をふるうなんて!

 こいつら人間じゃねえ!

 「だから、マッサンをやったヤクザはもういないし、俺じゃないし、だいたい俺はヤクザ……じゃない」

 「うそをつけぇ!」

 私は差し違えてもいい気持ちで、拳をふるった。

 頬にヒットする。

 しかし、弱い。それが自分でもわかる。殴ったあとは、さらに腕が痙攣するかのように震え出した。

 それでももう一発。二発。男の固い胸板に手応えを感じない打撃を続けていった。

 男はズボンのポケットに手を突っ込んだままだ。

 どんなに滑稽だろうか、私は。

 「もういいか?」

 男の声は優しく温かかった。


 ※  ※  ※


 それから警察官が二人ばかりやってきて、その場で事情聴取がはじまり、遅れて救急車がマッサンを運んでいった。警察の聴取はおざなりで、ホームレスたちの要領をえない説明に、あからさまにイラついていた。

 ヤクザ風の男も事情聴取を受けていた。だが、自分がここに来た時にはもうこの状況だったと答えた。

 「なんでこんなところに?」

 「用事があったからだ」

 「どんな用事?」

 「ああ? お前には関係ないだろ。プライベートだよプライベート」

 男が凄むと、警官たちはごまかすように別の〈聴取〉に切り替えた。

 それにしても型通りというか、警官たちの〈やっつけ仕事〉にはこちらも苛立つ。

 「おめーら、やる気ねぇーなら、さっさと失せろっ!」

 黒い男が私の言葉を代弁してくれる。

 本当に、こんな捜査がなんの役に立ったのかわからなかったが、警官たちは帰っていった。


 「さて、俺も話が聞きたいんだが、〈トモちゃん〉さん」

 あらためてヤクザ風の男が言ってくる。

 「……いいだろう。私の家でいいか」

 「家? ホームレスなのに家? なんだそりゃ、いいな!」

 「ああ、ふたりは入れないから、あんたは前庭に座ってもらうことになる」

 「わかった」 

 そう言って、本当に私のビニールシートハウスの前にあぐらをかいて座り込んだ。

 なんか面白いやつだ。本当にヤクザではないのかもしれない。

 「俺のことはケンジと呼んでくれ。俺はオジキの指図で動いている」

 やっぱりヤクザじゃん。

 「女をさらってこいといわれた」

 犯罪だろううううっ!

 「だが、取り逃した。このままじゃオジキに殺される」

 ヤクザじゃねぇぇぇかーー!。

 「俺はヤクザじゃない」

 何言ってんだ、こいつは。

 「だから、子分を使ってネタを集められねぇ」

 なるほどな、ってなるか!

 「だからホームレスの人に聞いてこいって言われた」

 誰に?

 「だけど、ここのボスがやられてた。一足遅かった」

 「マッサンは誰にやられたんだ?」

 「武州組という最近関西から出てきたやつらだ。たぶん。ここを仕切ってた手配師のゴンちゃんというのがヤクザ二人を手引きして、三人でやってきたらしい。で、マッサンが仕事をふった〈トモちゃん〉がヘタこくどころか邪魔をしやがったんで、制裁しにきたんだと」

 「なっ、ならば私を襲うべきだろ!」

 「いや、あんたいま帰ってきたんだろ?」

 マッサンが殴られ続けていた間、私はどこで何をしていた? 何をしていた!

 「まあ、それはいいんだ。あんたマッサンの代わりに女子高生拉致の手伝いをするはずだったんだろ? ゴンちゃんはどこにいる? そいつに話が聞きてぇ。武州組の事務所はどこだ?」

 「ゴンちゃんと直接やりとりをしているのはこの村ではマッサンだけだ。私は会ったこともない……」


 その時、電話の鳴る音がした。


 「誰だ?」

 黒服のヤクザ風男が振り返る。

 「ユウキャン、いたのか!」

 「いや、ずっといたし、ずっと見てたし、だいたいおまえが……」

 何言ってんだみたいな態度をとってから、電話に応答する。

 

 「あー、おかげさまで無事だよ。……あ、そうなのか。じゃあ、もう安心かな……ああ、ありがとう。……いや、もうこっちに用はないんで、しばらく、戻らないと思う。忠告ありがとう」

 そう言って通話を切る。


 「あー、その、ヤクザ屋さん」

 ユウキャンが黒い男に話しかける。

 「俺はカタギだ」

 「じゃあ、ヤクザ風の人。あんたが探しているゴンちゃんと、女子高生を追っかけてたチンピラのふたり、警察に捕まったってよ。知り合いが教えてくれた」

 「なんだって、てめぇー、それで、女はどうした!?」

 「いや、なんでブチ切れてるんだ。せっかく教えてやったのに」

 「あ、ああ済まない。ヘタぶっこいたらオジキに殺されるんで。焦っちまった」

 「どんだけオジキ怖えんだよ……。女の子のことはわからない……だいたい人攫いの手助けなんて二度とごめんだよ。なあ、トモ?」

 「まったくだ。あの娘にはなんの罪もない、はずだ」

 「わかってんだよ。その女はオジキのオヤジのイモウトのムスメなんだよ! 」

 「は? つまり、……いとこ? あれ、おばさん? 女子高生なのに?」

 「俺とはぜんぜん関係ーねぇ!」

 「なんでオジキのオヤジのイモウトのムスメをオジキの命令で攫ってこなければならないんだ?」

  私は至極まっとうな疑問をぶつける。

 「それはオジキのオヤジが亡くなって、オジキのオヤジのイモウトのムスメだけが縁者で、オジキが保護して連れてこいって言ってるんだよ!」

 「ぜんぜんっ頭に入ってこないな」

 ユウキャンが言う。

 「いやわかる。だとしたら攫うんじゃなくて保護するのか? だいぶ話が違うぞ」

 「さっきからそう言ってるだろう! 俺もオジキもオジキのオヤジも元ヤクザで、オジキのオヤジのイモウトのムスメもヤクザに狙われてるんだ!」

 「オドロキモモノキサンショノキでヤクザがなんだって?」

 ユウキャンがお手上げポーズをしている。

 「まて、つまりアンタは彼女を助けるほうの人間ということか?」

 「そうだってずっと言ってる」

 「いや、言ってなかったわ。ずっと人攫いムーブしてたわ」

 「たのむ。俺はヤクザのときもカタギになってからも、オジキには命をさしだしていいくらいの恩義がある。そのオジキが、どうしても、ヒメちゃんを救いたいんだと、それができなきゃ俺は、俺はっ……」

 ヤクザ風の男は急に感情的になりはじめる。というか、泣きにかかっていた。

 「ヒメちゃんか。急に親しみが出てきたな。それに、もうオジキのオヤジのイモウトのムスメと言わなくて済むんだな」

 私はしみじみと言う。

 「ならば、協力しよう。彼女の安否は私も気になる。私も関係者のひとりだ」

 「あー、なあ、トモやめようぜ。またボコボコにされるぞ」

 「かまわない。社会や大人の都合でかよわき乙女が……」


 「あー、わかった、わかった。……ちょっと待て」

 そういうとユウキャンはまた電話をかける。

 「あー、たびたび悪い。なんかさ、追われている女子高生の目撃情報とかないかな。えーとさっき言ってた武州組に追っかけられてたらしいんだ。あ、いや知っているんならでいいよ。たまたま捜している人がいたんで。ああ、わかった」

 また、通話を切る。

 「なんかさ、デリヘルの客でさ、すごくガラの悪いのがいてさ」

 ユウキャンは唐突にそんなことを言い始めた。

 「は?」

 「なんかウラの事情通みたいなんで、試しに聞いてみたら、調べて折り返すって」

 「情報屋か! あんたこの町の情報屋と知り合いなのか! よくやった!」

 「なんか褒められた」

 ユウキャンはトモのほうを見る。満面の笑みでサムズアップしている。

 そしてすぐに着信音。

 しばらく聞いているユウキャン。

 「わかったのか!?」

 ヤクザ風が詰め寄る。

 「近い、ちかいって!……とりあえず、なんか無事みたいだ。通行人にからまれていた女子高生が助けられたのを見ていたやつと、そのあと女子高生を連れてバーに入っていった歳の差カップルの目撃情報があったらしい。そのあと、突然閉店したようだ。店の常連客の話だ」

 この短時間で複数の目撃情報を集めてつなぎ合わせたのか。

 マジもんの情報屋なんじゃないのか。

「その店はどこにあるかわかるか?」

 〈ケンジ〉が真剣な目つきで言った。


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