07 夜の取材
7月20日夜。
ジュンはヒメをチアキに託してjokerを出ていた。
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すでに21時。7月下旬ともなれば、だいぶ遅くまで明るいが、室内に長くいたので、急な暗転に驚く。とはいえ、繁華街はむしろ煌びやかに飾られていた。
もし、本当にヒメちゃんが巨万の富を相続する唯一の人物だとしてーー。
真崎征四郎は、いまでは廃止されている「長者番付」にも乗ったことがある。一度だけだ。あとはなにかしらの手を使ったようで、急に消えた。なにしろ裏社会にも財界にも政界にも繋がっている。それこそフィクサーと呼ばれたが、実際のところどれだけの影響力があったのかは判然としない。実業家としても完全に表舞台から姿を消してから数十年が経つ。
オレには「師匠」がいた。その人は12年前にヤクザに殺された。いくら仲が良くても、追いかけているネタは誰にも話さない。それでも政界に関係したスキャンダルを追っているとだけ教えてくれた。結局、師匠が何をつかんでいたのかはわからない。殺したのは産業廃棄物をシノギにしていた大阪のヤクザだ。そのヤクザも仲間内のトラブルか何かで殺された。
「少しでも耳にかじったことがよ、結局なんだったのかわからないというのが、いちばん面白くねぇんだ」
師匠はいつもそういっていた。事の大きい小さいじゃない。知りたいから知りたいだけ。そうして師匠はおそらく知りすぎて死んだ。あるいは知ろうとしすぎて死んだ。
オレもおんなじ性質なんだわ。
師匠は引退した元ヤクザの大物、真崎征四郎が裏からも表からも消えたあとでも、追いかけ続けていた。
「真崎は国粋主義者だ。政治家志望の若者をつかまえて教育だか洗脳だかして、援助している」
そう言っていた。だから、師匠が政治家のスキャンダルと言っていたのも、真崎が絡んでいるのではないかとオレは思っている。だが、真崎と関係のある政治家といえばゴマンといた。繋がりの濃い薄いは別にして、保守系の政治家なら、挨拶ぐらいはしていて当然な人物だ。その程度のことにニュースバリューはない。
いずれにしろ、ヒメちゃんから真崎の名を聞いたオレは、古いノートを見つけたような気分だった。
jokerにいる間に、京都で八坂組の番記者をやっている週刊誌ライターの黒川に連絡した。「師匠」とは古い知り合いで、戦友のような関係だと聞いている。ともに引退後の真崎を追いかけていた人物のひとりだ。真崎に自伝を刊行するようずっと勧めていたが、もう何十回も拒否されたらしい。しかし、そのしつこさからか、時々話し相手にはなっていたらしい。いまでは昭和最後の大物ヤクザと話ができる唯一のマスコミ関係者と言っていい。
番記者は自伝を書かせて自分の仕事の集大成にしようと考えていたが、数年前からもう諦めていた。勤め人ならもう定年の年齢だ。真崎も健康面がよくなく、面会を拒否されていた。しかたなく、取材や資料を集めつつ、真崎の死後にでも評伝を書こうと思っていた。
それが、数日前、性懲りも無く取材のために話を聞きにいったところ、異変があった。屋敷に仕える顔見知りの使用人がひとりもおらず、にべもなく追い返された。ヤクザのような風体の男も見かけた。
「元使用人の一人に連絡がついた。昔の知り合いのヤクザがある時から顔を出すようになったが、それからしばらくして使用人のほぼ全員が解雇されたと。かわりに入ってきたのは、そのヤクザだという。おそらくだが、真崎の子分だった道源組の組長だろうと思う」
番記者はオレにそう教えてくれた。
「道源って八坂組の本部長じゃ……」
「そうだ。大物だよ。実はさ、道源は真崎のいちばんの子分だったが、あまりいい関係じゃなかった。真崎がいちばんかわいがっていたのは向田龍という男だ。それが気に入らなかったのか、真崎が引退してからは、道源は平然と真崎を批判していた。それがよ、ついこの間、仲直りしたんだってよ。使用人のほとんどが知っている。真崎は涙を流して、使用人たちに道源の屋敷への出入りを自由にして、訪れたら丁寧にもてなせと」
「雪解けってやつか。何かあったんですか?」
「知らん。もともと道源は武闘派として〈殺しの道源〉の異名のある男だ。真崎にはもっとも貢献した特攻隊長だし、ヤクザものの書籍にいろんなエピソードが載っているくらい有名だ。だが血の気が多すぎて問題も多かった。そのせいで遠ざけられたんだ。だが、もうお互い歳だ。このご時世、抗争なんてほぼないしな。いい思い出になっちまったのかもな」
「ふん」
「それで、オヤジの最後は自分が面倒みるって、使用人たちには相当な退職金を渡して暇を出したそうだ」
「それは怪しい」
「そう、怪しい。だから、それからずっと気にしてたんだよ。そしたら、今日になって道源組の幹部クラスが真崎の屋敷に入っていった。坊さんもな。だが、それから何も動きがない。それどころか、真崎の弁護士が行方不明で連絡がとれない」
ヒメちゃんが言っていた「宇治」という男だろうか。
「あきらかに、道源は真崎の死を〈独占〉しようとしている。ところで、お前はなんで急に真崎のことを気にしはじめたんだ。お前、〈師匠〉のことはもう諦めたのかと思ったぞ」
「ああ、虫の知らせってやつかもです。師匠といっしょに取材したノートがたまたま出てきて。急に思い出して、いまどうなっているか知りたくなったんですよ」
「そうか。そりゃたしかに虫の知らせかもな。ところで、真崎にはひとりだけ縁者がいる。といっても妹の養女で、まだ10代だ。いまは東京にいる」
「真崎は70過ぎてますよね。孫くらいの年齢じゃ?」
「養女だって言ってるだろ。なあ、お前、こっちも情報やったんだ。返してくれよ。その娘がいまどうしているか調べてくれないか。都内の女子校に通っていると思うんだが」
「……わかりました。けど、知ってどうするんです?」
「バカだな。道源がなにを考えているかわからないが、その娘は無関係じゃない。ヘタしたら身の危険だってある」
「なるほど。わかったことがあれば知らせます」
電話を切った。
どうやら本格的な〈事件〉のようだ。
だが、道源が仮に真崎の遺産を狙っていたとして、それを奪うことなど簡単にできるのだろうか。弁護士が行方不明ということは、遺書が残されていない、あるいは処分されたことは考えられる。それから遺書を捏造する? どちらにしろヒメちゃんには遺産を放棄してもらわなければいけないということだろうか。
ヒメちゃんを追っていたチンピラは道源組の奴らなんだろう。
よし、とりあえずそっちはいい。
もうひとつ、これはオレがずっと追っているネタ。
――インチキ警察官。
※ ※ ※
深夜0時、今時この時間でもやっているファミレス。というか、ハンバーグ屋。
ナショナルチェーンではない。この都心のど真ん中の繁華街にたった1年で3店舗を出している。利用客減少でファミレスが採算があわずに24時間営業をやめたのは何年前か。ところがこの店ができてから、深夜難民が多く来るようになった。酔っ払いだけじゃない、この時間にがっつりハンバーグを食べてるやつも多い。オレのようにPC仕事をしているのもチラホラいるし、打ち合わせのようなことをしているのもいる。まあ、いろんなやつがいる街ならではなんだろう。
かくいうオレもグルメレポート、映画批評という小銭稼ぎの仕事と、個人的なブログの更新、あとは調べ物やなんたらをしていたら、こんな時間になってしまった。
どっちにしろ、〈約束の時間〉は0時だった。
ちょうどテキストをクライアントにメールしたところで、目の前に人が現れた。
迷彩柄のパンツに革のブーツ。だが上半身は黒のタンクトップのみで胸のふくらみがしっかりと強調されている。メッシュの入ったショートヘアだ。
想像とだいぶ違う。というか、女だとは思わなかった。
「〈タイサ〉?」
オレは目の前に座った女に一応尋ねる。
「うん。〈ゼロ〉僕の話、信じてくれたんスね」
ボク? いろいろキャラ的な渋滞がひどいぞ。
「何?」
渋滞に巻き込まれて沈黙しているオレにタイサは言った。
「いや、失礼。女性だとは思わなかったもので」
「僕、男だよ」
「は?」
渋滞はさらにひどくなった。
これ以上の自己紹介は控えた方がいいだろう。ほかにもいろいろ出てきたら話が進まない。
タイサはタッチパネルでオーダーし終えると、口を開いた。
「〈ゼロ〉はさー、ジャーナリストなんだよね?」
タメ口というか、最近の子の距離感なのか、いろいろ経験はしているけれど、ここまでひどいのはない。
「ああ、そうだが」
「じゃあ、文秋とかに記事出せるの?」
「ん? ああ。それなりのニュースバリューがあればな」
「僕の話は?」
「ああ、それはこれから聞いてみないとだな」
「ちぇ、なんだよー」
少しでも手掛かりになればと思ってたが、すでにハズレだった気がしてきた。
この〈タイサ〉はオレが社会の矛盾や、無駄、見えない澱みなんかをテーマにして、毎日欠かさず綴っているブログを通して連絡してきた。ブログは自分が生で取材したこと以外にも報道が大々的に取り上げない事実も紹介している。しょせん、報道は金儲けだ。センセーショナルでないもの、注目度の低いゴシップ、庶民の生活に関係ないもの、喜怒哀楽が満たされないもの、それら以外は金にならないから後回しだ。
そして、後回しにしておかれたものにはだいたい出番がこない。それがニュースバリューの掟だ。そして、それを視聴者や購読者のせいにしている。求めているものを与えるという価値観だ。最近、それがまるで正義のように言われるが、報道がビジネスの原則で動いていると言っているに過ぎない。オレからしたら、それこそバリューがない。
「まあ、とりあえず聞かせてよ。インチキ警察官のこと」
「うん。ケイシチョーのね、お偉いさんが、ついに半分が御柱会の信者になったんだよ」
「そう言ってたね。どうしてそれを知ったんだい?」
「仕事先のお客さんが言ってたんだよ」
「仕事。タイサはなんの仕事を?」
ちょうどその時、オリジナルハンバーグプレミアムが猫型ロボットで運ばれてきた。
「こんな時間にがっつり食べるんだな」
「鍛えているからね。仕事は個人経営の鍼灸マッサージだよ。なんでか人気あるんだ。保険適用なし、セレブが来るような高価格設定でも常連さんが途絶えないよ」
「ふーん」
この見た目とまったくそぐわない仕事。この娘(男)はオレの常識をガンガンつぶしにかかる。
「それで、常連のお客が家族ぐるみで信者らしくてね。僕何度か施術してたら気に入られちゃって、めっちゃ勧誘されてるんだよ。話はあわせるけど、うちは実家がお寺でうるさいからって言って、断ってるんだよね」
「宗教を断るときはそれがベターだな」
「いや、うち本当にお寺なんだよ」
「う、うん」
「それでさ、なんか熱心に誘ってくる時にさ、どんだけ御柱がすごいかって話を言ってきてさ、タレントの誰彼がそうだとか、すごいお医者さんや、実業家がいるとかさ、僕、名前聞いてもほとんど知らないんす」
御柱は日本屈指の宗教団体だ。有名な芸能人も多く、中には信者であることを隠していない。政治家や財界人でもオープンにしている信者もいるが、それは教団のなかではそういう広報的な役割を担っている者だけだ。それ以外の著名人の信者は殊更、信仰を公表していない。まあ、それは当然のことだ。
「それはいいんだけどさ、そのお客さんのお父さんが警察関係の人らしくて、彼女自身も警察官僚と結婚していて、みんな信者みたいで、警察の話をよくするんすよ」
「なるほど。で、信者の警察が組織ぐるみで不正をしていると?」
「そうそう。まず一個目は、信者の警察官の不正は揉み消されて、教団のほうで処理しているらしいんだよね。大麻とかとくに信者の中で流行ってるらしくて、さすがに警察官がやってちゃまずいでしょ?」
「そうだな」
「バレたら上の人間、幹部警察官にして幹部信者に責任が及ぶって、すごく組織的に揉み消してるんだって。法律で裁くより、教団の裁きのほうが間違いなく厚生できるんだって、お客さん言ってたす」
「お客さんずいぶんおしゃべりだな」
「そーっすよね。それからやっぱり、教団活動の邪魔をする人物や団体も警察権力を使ってるみたいすよ」
「狂ってるな」
「そうなんっす」
とんでもない話だが、なぜか井戸端会議の軽さだ。
気づけばもうオリジナルハンバーグプレミアムはなくなっていた。
「で、そのお客さんが話したことがすべて?」
するとタイサは首を振る。
「僕ね、見たことがあるんす。ここの町の交番、最近、みんな入れ替わったでしょ。たぶん、信者の警察官だけになったんじゃないかな。それからね、路上でなんかいざこざがあったんだけどさ、酔っ払い同士の喧嘩かなんか。僕、お笑い好きだからどっちも知ってる芸人なのがすぐにわかったんすよね。それから警官の二人組がきて、おさめたんだけど、かたほうの芸人だけ連れていっちゃったんすよ。僕からみたらどっちもどっちっすよ。のこったほは信者です。わりと隠してませんでしたし。そんでその連れて行かれたほう、銃刀法違反で逮捕されたってニュースで出てました。ありゃ、ウソっす」
そのニュースは見たな。その芸人、事務所解雇になったとか。
「なんで、ウソってわかるのかな。隠し持ってたかもじゃないか」
「え? 相手が武器持っているかどうかなんて見たらわかるっす。手ぶらだったし、半袖だったっす」
「ポケットに忍ばせていたのかも」
「そんなふくらみはなかったっす。銃刀法で捕まるのは6センチ以上っす」
「よく見てるな」
「僕、元陸上自衛官っす。あ、あまり関係ないか」
また、情報が渋滞しはじめた。
「なるほど。で、それで、えーっとタイサ?の目的は?」
元自衛官と聞くと、大佐にしか聞こえない。
「大佐と書いて〈だいすけ〉っす。名前。大きな助けとなれる男となれと、父がつけました。おかげで陸自でいじめられました。めちゃ、いじめられました。最終的な階級は二等陸尉であります。いまは即応自衛官っす」
うん、ちょっと待ってくれる? 情報が多いから。
「僕はこの国を守りたいっす。信教の自由を逸脱してるっす。ケーシチョーは。この国がやばいことになるっす」
「まったくだ。だが、証拠がお客さんの話と、ダイスケ……やっぱタイサでいい?」
「いいっす。いまはダイスケに抵抗があるっす」
「タイサの目撃と推理だけじゃ、告発的な記事を書くにしても弱いんだよね」
「やっぱり信じてないんすね」
「そんなことはない。実は、オレも今朝、インチキ警察官に会ったんだ。女子高生を追い回していた」
「それはただの変態じゃないすか?」
「……だろ。そういう反応になるだろ。だからちゃんとした証拠が必要なんだよ。大人はいろいろ考えなきゃなんだよ」
「僕、子どもじゃないっす。ゼロさんはそんなに歳が違うようには見えないっす」
ゼロはオレのハンドルネーム。純田零が本名だ。記事を書くときは福山正春にしている。
「まあ、若く見られてうれしいよ。でもこれでも50だ」
正直に言おう。若く見られるのはいつものこと。年齢を言うとキャーキャー言ってくれるのが気分がよくて、早く50歳にならないかとさえ、ずっと思っていた。
20代の若者にはわからんだろう。
努力した人間は30歳過ぎから差がついてくる。君たちが見ているのは〈一般中年〉だ。
「そうなんすね。僕40だから、同じくらいと思ってました」
思わず水を吹き出した。
「わっ、きちゃないっす!」
さすがに許容量を超えたようだった。




