33 7月30 日 深夜
スーパーソニックには全員が戻っていた。
ヒメとタイサを除いて。
「あー、なんでこんなことに」
邪竜を屠って満足していたユウキャンはそれぞれの報告にいちばん驚いていたが、おそらくいちばん実感がなかった。みんなが帰ってきたら、ふたつの失踪事件が伝えられたのだ。
ヒメ、それにタイサ。
どちらも連絡が取れなくなっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ぜんぶ私のせい……」
チアキは戻ってからずっと泣き続けてる。
「誰が悪いだのという話をしているんじゃないんだよ。チアキ」
ジュンはたぶん何度か同じようなことを言っている。
「だって、だって……!!」
余計に涙が止まらなくなる。
「いや、私が最も罪深いかもしれない。なにせ、鴨川で半日近く寝ていたからな」
トモが言う。
「それはそうだろうけど……」
ユウキャンが呟く。
「タイサがいなくなったのは別の問題だと思う」
ジュンが言う。
「なぜ?」
「ふつうに失踪する理由がないだろ。あと攫われる理由もない」
「ヒメちゃんと一緒に連れ去られたのでは」
「あるかもしれんが、まずトモ君を置き去りにして清水寺方面に行ったのはなんでかな?」
「私とのデートに満足できなかったのかもしれない」
トモが真面目に答える。
「デートだったんか」
ユウキャンが口をはさむ。
「安心しろ。私がとりつくシマなどなかった」
「あー、いや、聞いてねーし」
「それはいいとして、トモ君は4時間は寝ていたんだろう?」
「おそらく。気持ちが良くてな」
「酒飲んでたんだよな。どれくらいだ?」
「うーん、どうだろう」
トモはビニール袋をガサガサとやる。
5本のカップ焼酎がある。空いているのは1本。しかも半分残っている。
「まあ、たいして飲んでないんだな」
「そうだな、結構回ってた気がするが……あれ? なんでだ?」
「そういうことだな」
ユウキャンが言う。
「どういうことだ!?」
「お前、結構頭はいいほうだと思ってたけど、わりとバカだな」
「なんだと! ゆるさんぞ!」
「まあまあ、落ち着けって」
ジュンが間に入る。
「仮説ではあるが、タイサがヒメちゃんを攫った。それがいちばん想像がしやすい」
「ウソだろ。仲間だぞ」
「仲間だ、と思っているが……おれたちはあいつのことはよく知らない」
ユウキャンが言うと戸惑う。だいたい知っててほしかった。
「なんでそんな素性のわからんやつを同乗させたんだ!」
トモがジュンに詰め寄る。
「それを言ったら、ここの全員そうだ。誰もよく知らねぇ。昨日今日で集まった〈どこの馬の骨〉なんだわ」
ユウキャンの声は冷静だった。
「まあ、わかるよ。楽しかったもんな。この旅……あー、だから、そのぶんな……」
ユウキャンにしては珍しいフォロー。
「クソッ!」
トモは己の膝を叩く。
「まあ、起きてしまったものはしょうがない。これからどうするか前向きに考えよう。ともかく俺たちは、ヒメちゃんと8月15日まで一緒に過ごす。守る、それが最大の目的だった。それに失敗したわけだ。……チアキ、もう泣くな……」
ジュンはチアキの背中をさする。
「取り戻す。それだけだろ」
ケンジがドスのきいた低い声を響かせる。
「絶対にな。取り戻すッ!!」
「ああ」
ジュンが頷く。ヒメがケンジの実の娘だったということは共有していない。彼女がここにいたのならただのハッピーエンドだったが、いまこの状況では深刻さが増すばかりだ。
その時、ジュンのスマホに着信があった。「非通知」。タイミングがタイミングなので緊張が走る。
ふだんなら怪しんで出ないが、ジュンはまわりに確認してから、スピーカーのボタンを押して通話ボタンを押した。
《よかった。出てくれたのね》
「ファンタムレディ、だな?」
《ええ。時間がないので手短に言うわ。アユカワヒメを攫ったのは道源でも武州でも御柱でもないわ。別の組織。あなたたちの連れがその一員だった。その組織は御柱と敵対している。だからアユカワヒメを利用して御柱を潰そうとしている》
「だとしたらわざわざ攫わなくても俺たちに打ち明けてくれたらよかっただろ。敵は共通している」
《そうね。でも、信用できなかったみたいね》
「なぜだ」
《私が御柱の関係者だからよ》
「なんだと」
《直接的にではないけれど、最初にそう伝えたわ》
「敵側にいるが、敵じゃない。スパイか何かか」
《その通り。もう時間もないから、遠回しなことは避けるわ。このログが知られたら私のスパイ活動は終わり。ゲームオーバー。だけどそうも言ってられない》
「わかった。信用しよう」
ジュンは応える。
《ありがとう。では当初の予定通り沖縄に言ってちょうだい。8月8日に海洋豪華客船が停泊するわ。そこに乗り込んで。浦田が裏ビジネスの関係者を集めている。御柱の警察側のトップもいる。外国の取引先も。そこで行われることを白日の元にさらせば、浦田はおしまいになる。そのための下準備は私がしておいた。あとでファイルを送るわ》
「情報が多すぎるわ。覚えられん」
ユウキャンが言う。
「大丈夫だ。続けてくれ」
ジュンが制する。
「ヒメちゃんは?」
チアキが枯れた声で言う。
《いまは……〈ゴースト〉がどう出るかがわからないの。ただ、残念ながら、情報的には私たち――違う、〈私がいま潜入している組織〉がすべて状況を把握してしまっている。勝ち目はないわ。できる限りジャミングしたいけど、私がここにいたままでできることは少ないの》
「〈ゴースト〉というのはタイサの所属している組織か?」
《私がいまいる組織はそう呼んでいる。何のための組織かもわからない。本当よ。私もついさっきまで知らなかった》
「らしくない気がするが、まあいい。なぜ、その〈ゴースト〉がヒメちゃんをさらう。ほかの組織と同じか」
ジュンが小首をかしげる。
《いえ、御柱に敵対している。だから私の組織は調べていた。おそらく目的は別だわ》
「いまタイサはどこにいる?」
《聞いてどうするの?》
「向かうに決まっている!!」
ジュンとファンタムレディの会話に割り込んできたのはケンジだった。
「おい、落ち着け」
ジュンは言うが、落ち着いていられるわけがないことは十分にわかっていた。
《相手はプロよ。それに今回は〈ゴースト〉の行動も筒抜け、勝ち目はない。御柱はアユカワヒメを手に入れたら、そのまま沖縄にいる浦田の元に向かうはず。奪還するならそちらのほうがいいわ》
「バカ言うな。取り戻せるならいますぐだ! 場所を教えろ!!」
ケンジが怒鳴りまくる。
《わかったわ。追ってみる。確実にわかったところで連絡するわ。でも、無茶しないで。あなたたち、ただのオッサン……中年なのよ。ジャーナリストくずれに元ヤクザ、バー経営者に風俗送迎、それから、それから……お人好しのホームレス……》
恐ろしいことにやはりファンタムレディは全員の履歴を把握しているようだ。
「おい、お人好しとはなんだ!」
なぜかトモが怒り出す。
《ともかく、あとでミッションファイルを送るわ。これは私の目的でもあるし、あなたたちの目的でもある。危機的な状況にあるけど、負けたくない》
「案外と熱いんだな」
トモが感心する。
《私にとって大きな仕事なの。世の中を少しだけでもよくしたい。そう感じてみたい》
「いい心がけだ」
《……ありがとう》
「仕事がうまくいったらぜひ会いたいな」
《なら、ご馳走してちょうだい》
「サバ缶でいいなら」
《話にならない。おいしいチャーハンを食べさせて。私、仕事終わりはそれだけが楽しみなの。カニあんかけスペシャル。最高よ》
通信が切れた。




