31 7月30日 京都事変
タイサの親戚が運営しているという駐車場は京都市内ではなかったが、市内にアクセスのいい場所で、修学旅行やら外国人向けのツーリズムによく利用されていた。
「では今日は一旦、それぞれで別行動だな」
ジュンが確認する。
「俺とケンジは向田龍のことを調べる。何もわからなくても、明日には大阪で合流する。早ければここに戻るので、その時は連絡する」
「わかった」
ユウキャンが答える。
「ウチとヒメちゃんは、まあ、ちょっとだけ観光したらあとはスパソニでゆっくりしてるわ」
チアキが言う。
「僕とダーリンはラーメン食べに行きます!!」
「いや、聞いてねーし」
「京都はラーメン激戦地なんすよ!?」
「日本全国で激戦地って言ってない?」
「その中でも京都が!!」
タイサがユウキャンの手を握る。
「私は三十三間堂を訪れてから詩仙堂、龍安寺をめぐってから、新京極でオムレツを食べてから木刀を買って、鴨川で生八ツ橋を食べながら浮かれたカップルを鑑賞して、動物園でゴリラを鑑賞し、京都国際漫画ミュージアムをまわってから、手塚治虫ミュージアムに行って、錦市場で食べ歩きしてから戻るつもりだ」
トモがメモ帳を見ながらつぶやく。
「1日でまわれるか! あと、手塚治虫ミュージアムは兵庫や! アホか!!」
チアキが激しく突っ込む。
「それに、お前、金ないだろうが。それと木刀は買うな」
ユウキャンが目を細めなが言う。
「しかし、私は高校生のときの修学旅行、超季節外れのインフルエンザでいけなかったんだぞ!」
「さすが、トモやな」
めずらしくケンジがツッコむ。
「修学旅行に木刀はつきものだ。人生のトロフィーだ……。私はあの時、人生をふみはずしたのかもしれない……」
「んなわけあるか。おれは修学旅行いったけど、木刀買ってるやつなんてひとりもいなかったわ。いつの時代だよ。いや、時代とかの問題じゃねーわ。お小遣いやるから、1箇所だけいってこい。あと木刀は買うな」
「かたじけない。では、阿修羅像のレプリカをさがそう」
「売ってると思うけど、それ買うなら金返せ」
「難しいな。では、にしんそばを食べて、鴨川のカップルを至近距離で観察でもしている」
「するな! 捕まるわ!」
「私は京都に未練があるのだ」
「いい大人がすることじゃない未練が勢揃いだな」
珍しくケンジがツッコむ、というか呟く。少し笑っていた。
「ゲームとかでよく季節ごとのイベントとかフルであるだろ? ソシャゲだったらだいたいあるんだ。でもそれをやっているヤツらはそういうイベントをリア充だとかいってバカにしている。いや、実際には妬んでいる。やったこともなければ、できもしないからだ。でも本当はやりたいんだよ!! どいつもこいつもカタログみたいな青春を経験したことなんてないんだーーーー!!」
「どしたん、トモ!」
チアキが慌てる。
「誰もが、青春に、悔いありってことさ……」
トモは脱力していた。
「姉さん、ほっときなよ」
ユウキャンが呆れて言う。
「じゃあ、ダーリンと僕と三人で出かけよ?」
タイサが口を挟む。
「いやいや、俺は今日、ドラスレ12の大型アップデートがあるからここに残るんだわ。わりーけどそいつ見張っといてくれ」
「えーーーっダーリンと一緒にいられないの?」
「すまん。あいつだけは――クリムゾン・ヘルタースケルター・アームストロング・バイスシティ・カース・ドラゴンだけは、この手で仕留めないと」
「かっこいい! 僕が帰ってくるまでに絶対倒して! ダーリンしゅき!」
タイサが胸の前で手を組む。
「……なんじゃこれ」
チアキがつぶやく。
「というわけでトモちん、僕が見張ってるから余計なことしないでね」
「ああ。いいだろう」
※ ※ ※
トモはタイサと出かける。
電車に乗って市内に向かう。会話はほとんどない。
考えてみれば、このふたりがふたりだけになったことはない。タイサは気にせずスマホを眺めている。
トモはそういった〈なにかしているふり〉もしくは〈なにかから気をそらす装置〉をもっていない。だから、どうすればいいのかわからない。会話は得意ではない。とくに二人きりでは。話しかけて会話が途切れるのを恐れている。自分が気軽に話せるのはガヤみたいなポジションの時だけだ。
そのくせ無言が息苦しい。
そしてタイサのおっぱいに目がいって煩悩が激しくて滅。何も滅せない。
ユウキャンはこんなのにベタベタされてよく平気だなと思う。
あいつ、性欲とかないのか。
といいながら、タイサは男だと思い返す。しかも40歳、元自衛官。
いや、男でも女でも、こんな〈えっち〉なキャラを前にしてどうしたらいいのだ。
トモは京都市内に行くまでに何かを鎮守することに集中しなくてはならなくなった。
「トモちん、着いたっす」
と、トモはバンバンッと肩を叩かれて目覚める。
どっかの異世界に飛んでいたようだ。
「ああ、すまない」
とりわけ低い声で応答する。
股間の状態も確認する。
「とりあえず、天一食べましょう」
「ああ。いいだろう」
なぜ京都にまで来て全国チェーンの天一を食べなければいけないのかと思ったが、3年ほどホームレスをやっていたトモは聞いただけで涎が出ていた。
天一は京都発祥だ。野菜をとんでもなくたっぷり煮込んだ「こってり」と、そうではない「あっさり」があるが、「あっさり」を食べたことがない。天一に行って「こってり」を頼まない理由がわからない。「こってり」一択だろう。
ところが、タイサはどちらでもなく、チャーハンを頼んだ。
「ラーメン屋に来てチャーハンとは、これいかに?」
トモがつぶやく。
「いや、ギョーザも頼んであるっす」
「そうじゃなくて、ラーメンは?」
「僕、実はラーメンよりチャーハンが好きなんっす」
「そうなんだ……」
トモは蓮華に目線を落としながら時が止まっていた。
「なんすか? どうしました?」
「いや、私もわりとチャーハンが好きで。〈あの娘〉はもっと好きで……」
「誰のことっすか? 元カノ?」
「ちがうちがう、何言ってんだ、バーローッ……バーローめっ!!」
「バーローとは……?」
「ああ、すまない。独り言」
「なんかセンチメンタルっすね」
「うーん、歳をとるというのは、そういうことなのかな。ふっ、認めたくないものだな」
「すんません、ちょっと何言ってんのかわかんないっす」
「ですよねー」
「トモちん、カップ酒でも買って鴨川でぼーっとしませんか?」
「マジで? なんか、夢みたい。もしかして結婚……」
「しません」
「え、でも」
「僕はダーリンのものです」
「そうだったー!! くそう、あいつめ!!」
「まあまあ、食べたら行きましよ♡」
ふたりはそのまま新京極に行って、木刀を購入した。
しかもタイサがプレゼントしてくれた。
「なんで?」
驚いたのはトモのほうだ。
「婚約?……」
「しねーって言ってるっす」
「ではなぜ……」
トモはその木刀の重みを確かめていた。
銘はなにも入っていない。どこの刀匠・流派かもわからない。彫刻刀で自分で入れるタイプか。
四条河原町? 鴨川……? 琵琶湖……? 何を刻めば……。
「ほしかったんじゃないんすか?」
「たしかに。30数年前の私は……」
「いや、人生やり残しはダメっすよ」
「そ、そうね……」
それから天気に恵まれて、ちょっと気温の高い四条河原町を歩いたふたりは鴨川の「等間隔カップル」を橋の上から眺めていた。
「マジで等間隔なんすねー」
「日本が誇る様式美というやつだろう」
「なんすか、それ。はははは」
タイサはレモンハイの缶を手に持ちながら言う。ご機嫌だ。
「僕たちも行きましょう!」
「あ、ああ」
トモは照れながら返事をする。手には焼酎のミニボトルがある。とりあえず5本買った。八ツ橋は帰りに買うことになっていた。つまりトモは焼酎カップをたくさんビニール袋に入れて、木刀を持っているホームレスだ。
鴨川の等間隔が崩れようとしていた。
それはさておき、ふたりは鴨川の流れを見ながらまったりとしていた。
トモは川のせせらぎを聴きながら、晴天に包まれながら、酔っ払いながら、隣にいる〈男性のおっぱい〉を鑑賞していた。
「それは、あれなのかな。いろいろとあれ、して、ねー?」
「おっぱいっすか? いろいろやってますよ。かっこいいでしょ?」
タイサは屈託のない顔で微笑む。
「触ってもいいっすよ」
「え、いや」
親友の彼女だし。いや、彼女ではないか。なんなんだ?
「いくじなし。もう一杯どうぞ!!」
焼酎を手渡される。
なんだこれ、なんか幸せだな。
陽光が視界を通して身体の全体に入ってくるような心地よさだった。
「いい天気でよかったすねー。トモちん。……いい夢見ててくださいね」
※ ※ ※
ジュンとケンジは亀岡市にいた。
チエちゃんに連絡したところ、京都にいるなら、亀岡の別宅ではないかと言うことだった。
彼女も向田と連絡が途絶えていて心配していたとのことだった。
「すまんな、帰ったらご馳走するわ。チエちゃん」
《ケンジさん、それ死亡フラグですから。やめてください。死なないでください》
「なんでオレが死ぬこと確定やねん……?」
《そういうこという人は死ぬと決まっているんです!!》
「そういうこと?どういうこと?」
《知りません!!》
チエちゃんは機嫌が悪いようだった。
「とりあえず行ってみよか」
ジュンがケンジの肩をたたき、含み笑いをしながら言う。
「ああ」
ケンジには周囲の反応がよくわからない。10年も過ぎれば、日本は変わってしまったのかもしれない。
そして、チエちゃんから聞き出した住所に辿り着いたのは午後になってからだ。
そこは、なんの変哲も無いマンションの一室だった。
表札には「猿渡」とある。
思わず躊躇してしまいそうだが、隠れ家であるのなら、そのくらいの工作はあるだろう。
ケンジは呼び鈴を鳴らす。
返事はない。
だが、ブツッという音が鳴った。モニターが作動する音だ。
おそらく誰かがモニターを確認しているのだろう。
モニターをオンにしているのなら、音声も入るはずだ。
「すみません、ケンジです。オジキに会いに来ました……」
しばらくの間沈黙が続いたが、ガチャリとドアが開く。
出迎えたのは女性だった。とても気品がある。大正ロマンの絵柄から出てきたような人物だった。
「ケンジさん……?」
ケンジとは顔見知りでは無い。
「はい」
「そちらさんは?」
「ジュンといいます。〈ともだち〉です」
「そう。では、どうぞ」
女性は扉を押さえたまま、室内にうながした。
それから二人はスリッパに履き替え、室内に入る。
1DKだろうか。手狭な感じはするが、家具などはほぼなく、広く感じられる。
ダイニングの右手に唯一ある部屋にはベッドが置かれ、そこに向田龍は横たわっていた。
額、腕に治療の跡がある。
「ケンジか」
「へい」
「誰にやられたんで?」
「知らんでいい。報復なんて考えるな。ワシもお前もカタギなんだ」
「カタギがなんで襲われるんです? 極道に」
「どこで知った」
「こいつです。ブンヤなんで」
ケンジはうしろに控えていたジュンを指差す。
「ブンヤ(新聞記者)ではありません」
ジュンは訂正した。
「大方、黒川だろう。ブンヤ仲間ってことか」
向田はため息をつく。
「ブンヤ(新聞記者)ではありません」
ジュンはもう一度訂正したが、完全に既読スルーされている。
「なんで来た」
あらためて向田がケンジに聞く。
「聞きたいことが」
「ヒメちゃんはどうした?」
「へい。無事です」
「どこにいる?」
「いまは、えーっと」
「なぜ離れたと言っているっ!!!!!!!!」
「へっ、へいっ!!」
「ばかやろうが!! てめえはその歳になって言われたことも満足にできねぇのか!!!」
「へいっ、でも、いまは安全なところにいて……」
「なぜ安全だとわかる」
「仲間、といっしょなんで……」
「なんだと? 仲間だぁ?」
「へい」
「〈へい〉はやめろ」
「はい」
向田龍は大きく深くため息をついた。
「ヒメちゃんのそばから離れるな。京都には来るな、お前に言ったのはたったそれだけだ。どっちも守れないとは……どういうことなんだ」
「事情が変わりました」
「どんな事情だ?」
「オジキはオレに何か隠してませんか?」
「何を言ってる。場合によっては許さんぞ」
「オレも信じたくはありません。でも、おかしいんです」
「……話してみろ」
「オレは12年前、シバの野郎にはめられました。うちのシマに死体……女性ジャーナリストの遺体を置かれて、そこにあった携帯電話から、自主をしなければ家族に害があると脅迫され、直後に警察が来ました。俺は家族のために走って逃げました。でも滋賀から大阪にどんだけ走っても間に合いません。だからオジキに助けを求めました」
「そうだったな」
「うちの内縁の妻のアパートに行ってくれたんですよね」
「ああ」
「それで、アパートが放火されていたと。部屋に入ったら〈ふたりとも〉死んでいたと」
「そうだ」
「それから、武州組にカチコミした俺は破門になり、警察では指名手配になった。そんなオレをオジキは生かしてくれた。別人の戸籍でアメリカに逃してくれた」
「……」
「ずっと、そういうことだと思っていました」
「……」
「違うんですね。まず、オレは指名手配をされていない。重要参考人でしかなかった」
「ああ、だが、組のほうでは大きな抗争に発展するのを避けたがっていた。破門は政治的なものだ。だからお前の死体が出ることで手打ちにした」
「それは、その時に言ってほしかったです」
「……組織の対面もある。それにお前はあの時、まともとは言えなかった」
「いえ、感謝しています。本当にオレを始末するほうが簡単だったでしょうから」
「……」
「でもなんですか、これは?」
ケンジは新聞記事の縮刷版を取り出す。
それは12年前のものだった。
大阪市〇〇のアパートで火災が発生。
当時在宅の女性〇〇カエデさんが焼死体で発見された、出火元はこの女性の部屋であるとみられる。
ほかの住民は退避して無事だった。
「どういうことなんです?」
「カエデさんはワシが行った時には死んでいた。外傷は見当たらなかった。おそらくは強い衝撃で内臓を潰されたのでは無いかと思う。暴行されていないのは、せめてもの救いだった。焼死体となれば、殺人の線が消えるようにな。素人ができることじゃねぇ」
「そうじゃないです。それはええんです」
「……ああ。そうか、そういうことか……」
「ナツキはどこにいったんですか?」




