29 7月28日 疑惑
スーパーソニックは翌日の昼過ぎに新潟を出発した。
沖縄に行くのは事前に決定していたことだが、ファンタムレディの言葉のせいで、一同はにわかにリスクを感じ始めていた。ファンタムレディは沖縄に行くことを決めたら、詳細なことを教えると言っていたので、聞き出そうとしたが、すでにURLが無効になっていた。こちらから連絡が取れないというのは予告されてはいたのだけれど。
「まったく! あいつはいったい、味方なのか敵なのか!」
またトモが叫ぶ。
「もういいよ、それ」
ユウキャンがめんどくさそうにつっこむ。
そこで一同が出した方針が「なんとなく南西へ」だった。
「テキトーすぎるやろ」
チアキがイラつく。
「向かってることには変わらんだろ。ゆっくり行きながら考えるんだよ」
ジュンが答える。
「で、どこに向かってるんだ?」
トモが言う。
「岐阜っすー!!」
タイサが助手席から元気よく答えた。
「あー一旦、富山で一泊するけどな。下しか使わないのしんどいんだぜ。こいつデカいし」
運転席のユウキャンが答える。オービスを警戒して一行は高速を使っていない。
「そうっす。みんなダーリンの負担も考えてほしいっす」
タイサがブーイングをする。
「いや、お前が決めたんだろうが!」
ユウキャンが突っ込む。
「てへ! 岐阜は僕の実家があるんすー」
「そうなのか」
トモがくいつく。
「やっぱりさ、親に挨拶してもらわないと」
「聞いてねーぞ。ふざけんな!」
「わー、うそうそ。実家はいいから、少し故郷に寄らせてほしいっす」
「まあ、いいじゃないかルートは。少し時間をかけたい。いろいろとわかるまでは」
ジュンが助け舟を出す。
「どこが危険とかわからないんだよな?」
ケンジが言う。
「まあ、どこにいたって同じだろ。こうやって適当に決めた方が安全かもしれないしな。どっちにしろ、当初の目的は時間稼ぎだし、沖縄にはいくつもりだった」
ジュンが答える。
「なにか、操られている感がないか?」
トモが真面目な顔をして言う。
「誰に?」
ジュンが尋ねる。
「運命? 刻の歯車? 宇宙の円環? リーンカーネーション?」
「聞かなきゃよかった」
「正直、ヤクザのほうも、御柱会のほうもそんなに全国的に監視できる方法とかないんちゃう? そんなもんあったら出発したあたりで捕まってたんとちゃう? あはははは」
チアキが口を挟む。そうであってほしいという感情がみんなにも伝わる。
都心なら防犯カメラがあるし、高速にはオービスがある。警察が利用できる監視システムといったらそれくらいしか知らない。そして全員スマホのGPSは出発前に切ってある。スーパーソニックには車載用のWi-Fiが装備されていて、基本的にそれを使っている。ファンタムレディには通用しなさそうだが。
「まあ、そういうこともあるかもな。だが、憶測は事実ではないのでこの場合は無用だ」
「自分の、まあ大丈夫やろ、となにが違うねん」
「油断はしてないってことさ」
「そーでっかー」
「まあまあ、とりあえず、いままで何もなかったんだし、旅の続き楽しもうよー」
タイサがキャピキャピとタレントみたいなポーズをとる。
※ ※ ※
《少佐》
「何? シュンスケ?」
《最新の合流地点はどうなっている?》
「岐阜に向かっているけど、合流は、そうだね。京都になると思う」
《京都は本件のど真ん中じゃ?》
「だから、行くと思うよ。いや、寄るように仕向けられるでしょ?」
《向田龍ですか?》
「そうそう。あの男を使えば」
《わかった。ババッチを向かわせる》
「あと、現地での僕のサポートがほしい」
《私がいく》
「だめだめ。キミは司令塔じゃん。ザイオンとオゴタイでいいよ」
《私はいつになったら出られるのだ》
「がまんして。うふ」
※ ※ ※
思いのほか道が混んでいたため、富山には夜遅くに着いた。
みんな疲れてしまったので、その夜はコンビニ弁当で済ませる。
はじめにユウキャンが寝入り、順次眠りについた。
深夜2時。
ジュンはひとりPCに向き合っていた。
あと起きているのはケンジだけだった。
「毎日それ見ててなんかわかったことあるのか?」
「12年前の事件を調べている」
「……そうか」
「お前、事件後すぐにアメリカに行ったのか?」
「いや、1か月後くらいだ。たぶん」
「自分に手配がかかったニュースは見たのか?」
「いや、使われていないボートハウスにひとりでいた。テレビもラジオもなかった。情報はすべてオジキからもらっていた」
「そうか。まあ、どうなんだろうな、ということは……」
「なんだ? 何が言いたい?」
「言っていいか? お前には逮捕状も出ていなければ、指名手配もされていない」
「なんだと!?」
「重要参考人には指定されている。まあ、そうだろう、状況的に考えて」
「嘘をつけ! だいたいお前も事件を調べていたんだろう、なんでそんなことをいまさら!」
「悪い。表でも裏でも情報としては、誰もがお前を犯人だと思っていた。俺もその気になっていた。正直、俺は師匠が〈誰に殺されたか〉じゃなく〈なぜ殺されたのか〉のほうに強い関心があったんだ。実際、その後、お前の死体があがったから、どうでもよかったし。展開からして、トカゲの尻尾切りみたいに思ってたのをおぼえている。というか、思い出した。俺にもこんなバイアスがあるなんてな」
「なら、オレは……」
「重要参考人だからって無関係って意味じゃない。捜査が進めば被疑者になることだってある」
「なら、ちゃんと捜査されればオレの無実は証明されたかもしれないのか?」
「それはわからん。少なくてもお前は逃亡したし、その後、ひとりで十数人半殺しにするカチコミをかけるとかイカれた行動とっているからな。かなり分は悪いかもしれない」
「結局、そういことになるのか」
「おい、気づけよ。……お前は〈オジキ〉――向田龍からなんて聞いたんだ?」
被疑者として指名手配がかかった。それから、勝手な抗争で組から破門にされた。本部もシバ組とはビジネスパートナーだった。
「お前、自分がハメられたと考えたことはなかったか……?」
ジュンゆっくりと言葉を繋げる。
「……オジキがオレに嘘をついたとでも?」
「俺は報道の情報を整理していただけだ」
「……」
「言うべきではなかったかな。いまさら」
「……」
「俺は12年前に師匠を失った。警察でも裏社会でもお前が犯人のように言われた。だが、お前の遺体が上がったことで、この事件はヤクザの抗争の一環ということになった。師匠はそれに巻き込まれたと思っていた。だが、そうではないようだ。俺には復讐の意図はない。知りたいのは真実だけだ」
「オジキが……そんなわけあるか」
「感情はあとまわしだ。そいつがいちばん……まあ、お前が知りたくないなら、別にいい。俺は勝手に調べる」
「くそっ!!」
「知りたくないことは知らなくてもいいと思う」
「うるせえっ!!」
ケンジはジュンの胸ぐらを掴んだ。
「俺には仁義も人情もわからない。それが真実から遠ざけるようなら尚更だ。だけど、俺には関係ない、たどり着く、真実に。それが人間を知るということだと思っている。お前の邪魔はしない」
「クソッ!!」
その時、ジュンのPCに通知音がした。メールのようだ。
ジュンはクリックして画面をのぞく。
《向田龍が道源組の徒弟に襲われたらしい。向田はいまは京都のどこかで治療中らしいが居場所がわからない。どうもややこしいことになっているようだが。ところで例の女子高生についてはなにかわかったか?》
京都在住のフリージャーナリストの黒川からだ。
「なっ、オジキが!?」
うしろからケンジの声のうめきが聞こえる。
ジュンは人差し指で〈シーッ〉とする。みんな寝ているし、話としては不穏すぎる。
「京都に来るなと言うのは、こういうことを想定していたのかもな。でも無事なようだ。居場所はわからないが……」
「チエちゃんに聞けば何かわかるかも」
「何が?」
「オジキの電話番号」
「お前は知らんのかい!!」
「チエちゃんはオジキの信頼が厚い、もし居どころを秘匿していたとしても、チエちゃんには知らせるだろう」
「お前は信用ないのか」
「シバのことがあるからな……それに」
「12年前のことだな?」
「ああ、何もかもわからなくなってきた。いますぐにでもオジキに会って話を聞きたい」
「必要なことか? とっくの昔に終わったことでもいいかもしれないんだぞ」
「あんただってそうだろ?」
「まあなー。あはははははは」
「ちっ、なんなんだよ」
「やっぱり、これは運命だな。お前、最後まで俺といっしょにいろ」
「最後ってなんだ」
「最後までだよ。もう逃げるんじゃねぇぞ」
※ ※ ※
7月29日。
「少し調べたいことがあって、次は京都に向いたい」
朝食が済むと、ジュンがみんなに向かって宣言する。
「京都、行ったらあかんとちゃうの?」
チアキがケンジの顔を見て言う。
「少し状況が変わった」
ケンジがぼそりと答える。
《おじさまがいるのですか?》
ヒメがグループチャットで尋ねる。おじさまとは〈向田龍〉のことだ。ケンジの恩人である〈オジキ〉であり、ヒメの東京での庇護者だ。
「うん。少し向田のおじさんにも聞きたいことがあるんだ」
《私も一緒に行きたいです》
「ダメだ!」
ケンジが叫んだ。ケンジはスマホを所持していないため、グループチャットを見れてはいないが、ジュンのPCを覗き込んでいた。
「その、危ないんだ。危ないかもしれないんだ……いや、絶対あぶない」
思わず大きな声を出してしまったケンジはあわててフォローする。
「そうだな。うん。何があるかわからない。京都は俺とケンジだけで調べものをする。翌日に大阪で合流するのはどうだろう?」
「調べ物ってなんなんす?」
タイサが尋ねる。
「……話してもいいか?」
ジュンがケンジを見る。ケンジが頷く。
「わかった……」
ジュンは自分のジャーナリストの師匠が殺されたこと、そしてその容疑者(重要参考人)がここにいる元ヤクザのケンジであることをはじめて話した。だがケンジはハメられていた。真犯人に。それどころか、味方である〈オジキ〉も何かを隠している。わけもわからず死んだことにされ、アメリカで10年を過ごしていた。
一同は誰も言葉が発せられなかった。
「まあ、おもしろいだろ? 12年前の事件、ウラがありそうなんだ。取材しなくちゃな」
「……ねぇ、それ、いまやらんとあかんの?」
「いまだから、だよ。まあ、ちょと別行動ってことで、時間もらえたらありがたい」
「いいんじゃないか」
言ったのはトモだ。
「夏の間に宿題を終わらせてくるといい……」
渋い声だったが、まるで台本を読み上げるようだった。
それは長い沈黙を呼び込んでしまった。
「あー、わかった。京都でふたり降ろしたら、そのまま大阪に向かうわ」
ユウキャンが沈黙を破る。
「そうっすね。でもせっかく京都行くなら、少し観光がしたいっす」
タイサが言う。
「あー、うーん。停められるとこ調べないとな」
ユウキャンが言う。
「京都で親戚が神社やってるっす」
「あー、え? いや、神社あっても」
「主に駐車場で儲けてるっす」
「あ、そうなんだ……」




