24 7月25日 タイサ
7月25日
朝の4時。
タイサこと鈴木大佐は誰よりも早く目を覚ました。
===================================================
みんなスーパーソニックのなかにそれぞれの寝場所を定めている。
いちばん奥にあるクイーンサイズのベッドふたつのうち、片方はネエさん(チアキ)とヒメちゃん。
もう片方に〈僕〉が寝ている。
ダーリン(ユウキャン)は天井収納式のベッドをおろしてい寝ている。
ケンジッちとトモっちはソファが定位置だけど、寝るには十分で、むしろ座っているだけで眠たくなるような心地のよい仕様だ。
昨晩、次の移動先をみんなで話し合ったが、酔っ払っていてまったく何も決まらなかった。
だけど、「報告」はしなければならない。
僕のGPSで行き先はわかるんだろうけど、事前に知らせなくてはいけない。
定期連絡は欠かすことはできない。
僕はスーパーソニックを出ると、早朝の空気を深く吸う。
気持ちのいい朝だ。
キャンプ場は広い。
ゆっくりと散歩をする。夏ではあるがいまの時間は気温もちょうどいい。風も少しある。
僕と同じくらい早起きの人はわりといる。
キャンプの楽しみは早朝にあるという人もいるくらいだ。
起きたら自然がそこにある。都会では味わえない非日常感。
スマホを取り出す。
非通知設定で番号は直押しする。
2コールで相手が出た。
「わかってるとは思うすっけど、いまは群馬っす。つぎはたぶん、新潟だと思うっす。いろいろ意見があったけど、北に行くが基本だったっすから」
通話先からは一切の言葉がない。
僕は一方的に言って通話を終了する。
=================================
タイサ 25歳 陸上自衛官
=================================
僕は、生まれた時から〈女の子〉に間違えられてきた。
父も母も親戚も「かわいい」と言って喜んでくれたらしい。
なぜ、男の子が女の子のような見た目であるのが嬉しいのか、いまだにわからない。
その逆はたぶんないだろうというのもいまでは知っているし。
僕のお母さんはとても美人だったらしい。「秋田美人」ということばがあるらしいけど、僕は秋田の生まれではない。お父さんの出身地である福島で生まれた。
僕はお母さんのその「美女」遺伝子を色濃く継いでいるというのも、いろんな人から言われた。
だけど僕はお母さんを知らない。
写真でしか見たことがない。
小学生の時は女の子にモテた。だけど、それは「女の子みたい」だったからだ。
学校の行事、夏のお祭り、そのたびにいつも周りにいるのは女の子だった。
彼女たちは僕を「持ち歩く」ことが楽しかったようだ。
ところが、中学生になってからは状況が変わった。
男子は僕を気味悪がるようになり、
「オトコオンナ」
と妖怪のようなあだ名をつけた。
そして女の子たちは、色気付きはじめ、僕に嫉妬した。
つまり、どちらからも嫌われるようになった。
3年間、苦痛でしかなかった。
相談できる友達もひとりもいなかった。
僕はただ容姿をいじられ、意味不明な都市伝説を付与される存在になった。
女が話しかけると運気が下がり、男が話しかけると女になると言う訳のわからないものだった。
おかげでずっとひとりぼっちになった。
高校は父に相談して県を出た。誰も知らないところでやり直そうと思った。
だが、そこでもあまり変わらなかった。
男子からは侮蔑の視線と性的な眼で見られた。
女子からは興味本位の接触と、同時に嫉妬の目で見られた。
誰も僕をまっとうに見てくれない。おもちゃにしてくる奴と、憎悪を向けてくるやつしかいない。
2年生になってから坊主頭にした。家が寺だからと言い訳をした。浮いてしまうのならとことん人を寄せ付けないようにしようと思った。
体を鍛える。
少しでも女性的に見られないように。
だけど、その時、はじめて「友達」ができた。
それがカガミくんだった。
カガミくんは転校生だった。そしてなぜか僕と同じように丸坊主だった。前の学校の方針だったらしい。
だから、彼は僕を見つけると、すぐさま声をかけた。
「あ、野球部?」
「ううん、違うよ。うちの野球部は坊主じゃない」
「じゃあ、なんで坊主なの?」
「家がお寺だから」
「え? お坊さんなの?」
「違うけど」
「後継だから?」
「僕はお坊さんにはなりたくないんだ」
「えー、ならなんでー」
こんな調子でカガミくんとはたくさん話した。小学校でちやほやされていた時代以来かもしれない。
毎日毎日、よく話した。
カガミくんの家にも遊びに行くようになった。だいたいはモンハンなどのゲームをやっていた。家にはゲーム機なんてあったことが一度もなかったから新鮮だった。漫画もたくさん読んだし、コーラとポテチもカガミくんちではじめて覚えた。
僕は恋をしていたんだと思う。
毎日カガミくんのことを考える。離れ離れの時、いま何をしているのか、明日はまた会って話ができるのか。いつもカガミくんのことを考えていた。
高校3年、進路指導があった。僕にやりたいことなんてない。実家でお坊さんになりたいとも一度も思ったことがない。それは父もわかってくれていた。僕の希望はカガミくんとこれからもいっしょにいること。
でも、僕は男で、結婚して彼と一緒にいるというのはできない。せめて、近くで、いつでも会えるようにしていたかった。
だから、彼が陸上自衛隊に入ると聞いた時、迷わず僕も志願した。
自衛官は国家公務員で、待遇は安定していて、数年勤めれば結構な退職金がもらえるうえに、その後の就職も斡旋してくれる。部隊のなかでも「兵隊さん」にならなければ、事務仕事など職種は多様だ。
そんな話をカガミくんがしているのを聞いて、
「すごい! なら僕も自衛隊に入るよ!」
「え?いいのか?」
「うん。お父さんも社会の役に立てっていつも言ってるし」
そうして僕らは3ヶ月の教育課程を乗り越え、自衛官になった。
カガミくんが「武器科」を志望したので、僕も同じにした。後方支援職種で、その名の通り、武器の点検・修理などを行う。
ところが僕の希望は通らず、「普通科」になった。いわゆる「兵隊さん」になってしまった。そもそも戦闘職種がいちばん多く、後方支援は少ない。だから、これはよくあることだった。くやしかった僕は教官に理由を尋ねたが、「お前にはその才能がある」とだけ言われた。
それから3年がたった。非番の日にはよくカガミくんと会っていたが、彼はそのうちに彼女ができた。飲みに行こうと誘われた時に紹介された。
僕は気が狂いそうになった。
絶対に、僕のほうが好きなのに、ずっと前から僕のほうが好きなのに。
僕はその頃から原隊でセクハラまがいのことを日常的に受けていた。僕が男であることをいいことに。性的な欲求でからかう上官がいた。武道の訓練の時も、部隊の飲み会の時も、僕の体を触り続けた。
僕は、あの気持ち悪い目で僕に触れてこないカガミくんだけが好きだった。
カガミくんが触れてくれないなら、誰にも触れられたくない。
もっと男として強くならなくてはならない。
そうして僕は「レンジャー」に志願した。
25歳のとき、カガミくんが死んだ。自殺だった。
武器の紛失があったという。大事件だ。彼が横流しの犯人とされた。
だが、その後、紛失されていたとした武器は見つかった。
何があったのかはわからない。もちろん、カガミくんは不正に関わっていないと信じている。
僕はその後、さまざまなMOSを取得してのち、習志野の空挺団に配属された。
「兵隊さん」の最高峰だ。そこでは僕をからかうようなやつはいなかった。
それから、ある時、中隊長に呼ばれて「特殊任務」を拝命することになる。
正式なものではない、ウラの仕事だった。
自衛隊内の不正を摘発するものだ。
「内部の問題ではあるが、警備部で対処できることではない」
「といいますと?」
「外部の組織がかかわっている」
「それでは警察に任せればよいのでは」
「もちろん、これは極秘で公安と連携することになっている」
「公安と?」
「もちろん、ありえん。まったくもって公式ではないのだよ」
「閣僚ではどなたの権限なのでしょうか?」
「だから公式ではない。現場レベルで非公式に手を組んでいる」
「違法行為では」
「その通りだ」
「そのようなこと……」
「人選には慎重を期した。貴君が最適解だ。親友を亡くしたろう?」
「……はい」
「あれに関わる問題だ」
「カガミ……陸尉の……潔白を暴けるのでありますか?」
「本件に含まれている。だが、大事なのは国家防衛の問題だ」
「おひき受けいたします」
「では、退職したまえ」
「は?」
「自衛官の身分では不都合がある」
「……」
「貴君は自衛官としては空挺の一員としてエースとも言える。だが一方で、たいへん申し訳ないが、世間に出れば自衛官には見えんだろう。密偵捜査にはこれほど最適なことはない」
「容姿についての侮蔑には慣れております」
「侮蔑ではない。だが、利用できるものは利用する。それが組織というものだ。もちろん、退職後も給与の支払いはある。三佐の待遇を保証する」
「破格ですね。一兵卒に」
「引き受けてくれるかね」
「カガミの無念を晴らせるなら」
僕はあらためて敬礼をした。
(ふふ、大佐はムリだと思ったけど、「少佐」になっちゃったよ)
※ ※ ※
あれから15年。
僕は女の姿を手に入れた。
中途半端だった見た目が、変わるごとに気分が高まった。
無理して「男」を鍛えるよりもずっとわくわくした。
こんなことなら早くそうしていればよかった。
父親は寛容で、そんな僕をまったく否定しなかった。
30歳を過ぎてようやく自分が落ち着ける場所が見つかった。
いまならカガミくんの腕に抱きついて、嫌がられようとも離さずにいられるのに。
だけど、僕に特命をさずけた中将は病気でこの世を去った。自衛隊とのつながりはなくなってしまい、僕はただの民間人になった。中将の想い、カガミくんの無念、それを晴らすことだけが生きる目的だった。
アユカワヒメがそばにいる限り、悲願は果たされるはずだ。
まさに千載一遇。




