21 7月24日 スーパーソニック
夜が明けていた。
昨晩はみないろいろとあったようだ。
しかし、全員が合流できた。
祖父の「遺産」がらみで裏社会に追われている事件の中心人物、女子高生のヒメ。
その背後にあるものを知りたいフリージャーナリストのジュン。
カフェアンドバー「JOAKER」の店主で、ヒメを我が子のように愛するお節介屋のチアキ。
オジキからヒメを守るように命令されている元ヤクザのケンジ。
元IT企業の経営者で、なりゆきでついてきた正義感の強いホームレスのトモ。
トモと高校時代の友達で、全員が乗り込む豪華キャンピングカー「スーパーソニック」のオーナーで運転手のユウキャン。
元陸上自衛官で「御柱」という宗教組織の不正を追っていたタイサ(見た目は完全に女性)。
この7人だ。
クルー(乗組員)は昨夜東京を出たばかり。緊張と疲労で、眠っているものも多い。
スーパーソニックにはクイーンサイズの豪華なベッドがあって、跳ね上げ式のベッドもあれば、広いソファもある。つまり、全員が快適に寝るのに何も問題がない。
だが、チアキとヒメがベッドでいっしょに寝ていて、トモがソファで寝ている以外は全員起きている。
「そういえば行き先なんて全く決めてなかったな」
ジュンが言う。クルーのミッションはヒメを8月15日まで〈遺産〉を狙う組織から守ること。それだけであり、行き先があるわけではない。
「いや、もう決めてあるっす」
タイサが言う。タイサは男だが見た目が完全に女子で、タンクトップからははみ出しそうな胸がある。これでいて自衛隊の特殊部隊「レンジャー」の資格を所持しているという。出会ったときからユウキャンに一目惚れをして何かとつきまとっている。
「僕とダーリンで決めたんだ」
「ダーリン?」
フリージャーナリストのジュンがオウム返しをする。
「ついに結婚したのか!?」
「してねーわ!!」
運転中のユウキャンが突っ込む。
「したらどうだ。お似合いや」
元ヤクザのケンジがかぶせる。
「お前ら面白がってるだろ!」
ユウキャンはふだんクールだが、タイサのせいでこのところ冷静でいられない。
「もちろん、からかってる。だけど、真剣に向き合ってもいいんじゃないかと思っている」
ジュンがまじめにそう言った。半笑いで。
「ちっ」
「もうっ! ダーリンをからかわないで!」
助手席に座るタイサがユウキャンの腕をつかむ。
「やめろっ! 危ねーだろ!!」
「へへへ」
「……」
「で? どこに行くんだって?」
「群馬のオートキャンプ場」
タイサがジュンの問に答える。
「とりあえず都会は避けたほうがいいと思ったんだよね。それにこれ、キャンピングーカーだし」
「こんなのが入れるキャンプ場があるのか?」
スーパーソニックは全長8m超。バスの大きさだ。
「あるある、調べた。大丈夫」
タイサが答える。
「そうすると、そこでしばらく身を潜ませるのか……」
ケンジが思案するように言う。
「まあ、一泊する程度だよ。〈敵〉に見つからないためには常に移動していたほうがいいと思うからね」
「確かにそうだな。ただ、ユウキャンの疲労を考えないといけない」
ジュンが言った。実際、このバカでかいキャンピングカーを運転できるのはユウキャンだけだ。
「あー、そうそう。おれはこの旅では運転しかしないから」
ユウキャンが言う。
「そうだな。ここらで全員の役割分担を決めておいてもいいかもしれない」
ジュンが提案する。
「なんでも言ってくれ。オレにできることなら。いや、できなくてもやる」
ケンジが気合の入った声量で答える。
「まあ、待て。いま半分は寝てるから、あとで話し合いでもいいんだが、先にだいたい考えておくか」
「はーい、じゃあ僕はダーリンの励まし係と夜伽係!!」
「おれ専用か!」
タイサが言ってユウキャンが突っ込む。もう関係が仕上がっているようだ。
「まずは長旅の生活だからな。必要なのは料理、洗濯、テントの設営とかか?」
「ああ、あと使うんならトイレや水のメンテとかこの車の面倒係もいるかな」
ユウキャンがアドバイスをする。
「いわゆる雑用だな」
「それはトモがやるよ。ちょうどいいと思うよ。あいつ意外と真面目で細かいし」
ユウキャンは言う。
「なら、雑用はトモ……くん、でいいな」
ケンジが言う。まだ全員と距離感がある。
「いまさら気をつかうなよ」
「そうだよ、トモちんでいいよ」
ユウキャンとタイサがほぼ同時に言う。
「じゃあ、次は料理……は、もうチアキで決まりだな」
「オレも少しはできる」
「そうだったな。一人じゃ大変だし、チアキとケンジな」
「なら僕はダーリンのお相手以外にも洗濯を引き受けるよ! 自衛官はなんでもできるよ!」
「おれの相手はいいって」
「ダーリンのパンツ洗うのはヨメの役目だし」
「……」
ユウキャンは声を失った。
「じゃあ、まかせた」
ジュンは雑な感じで投げた。
「あと設営とか買い出しの荷物持ちとか力仕事は男たちでやればいいか。ちなみに俺は唯一PCを持参しているし、なるべく情報を集める役をやりたい」
ジュンが早口に言ってまとめに入ろうとする。
「そうだな……あー」
ケンジが言い淀んだ。
「どうした?」
「ヒメちゃんには何かないのか?」
「ん?」
「なにか、やらせてあげたほうがいいんじゃないか?」
ジュンはしばらく考えて、納得した。自分だけ役割がない、というのはつらいかもしれない。彼女はただ守られるべき存在だと考えていて、そのへんは抜け落ちていた。
「うーん……なら、全員の手伝いをしてもらおうか」
ジュンは提案する。
「常に誰かと一緒にいるなら、安全だからな」
「……なるほど、いい考えだな」
ケンジが納得したのでそれで決まりになった。
のちほど眠っていた連中が起きてきたので、そのことを伝えた。
道の駅に寄って食材の買い出しをすることになった。
その間、ユウキャンは仮眠をとる。
ヒメは車内に残り、タイサは護衛という名目で残った。
※ ※ ※
「なあ、よかったらこれを使ってくれないか?」
スーパーソニックを降りたとたん、ケンジが懐から封筒を出してジュンに渡そうとする。
しかし、その前にチアキが奪い取る。
「なんなん?」
「いや、怪しいものんじゃ……」
ケンジは慌てる。
「おいおいおいおいおいおい」
チアキは封筒の中身を見るとワタワタし始めた。
「どうしたっ!チアキ!」
ジュンが驚いて詰めよるが、チアキは人差し指で口を抑えた。いわゆる「黙れ」だ。
「お金、現金よ……わかんないけど100万円?は、あるわ。知らんけど!」
チアキは小声で言う。
「なんだと? お、お前っ!」
ジュンはあわててケンジを見る。
「ち、違う。これはヒメちゃんを守るためといってオジキから預かった金だ!」
「女子高生を拉致すんのにこんなにいる?」
チアキは信じられないといった様子だ。
「知るかっ!! ……ともかく、不自由をさせないように言われた。だから、この旅に必要なものだと思う。だから勝手に使ってくれ。オレが持ってても仕方ない」
「うん。わかった。これは俺が預かろう。会計係としてちゃんと明細を記録する。余ったら精算して返却する。オジキさんがそれでいいかは知らないが」
ジュンが提案する。
「いや、そうしてくれるとありがたい。何かあってもオレが指詰めればいい話だ」
「そういうのまだやってんの?」
「いや、知らんけど……」
「がはははは、なんやねん、それ!」
チアキが爆笑する。
「ま、えーわ。そしたら買い出し行こか」
※ ※ ※
群馬といえば高崎市が埼玉の熊谷市と最高気温で争っているが、その日は意外と涼しかった。
いい気候のなかで、賑やかなバーベキューだった。
買い出しでは服を持参していなかったユウキャン以外の男性陣は着替えを購入した。
ポロシャツに短パン姿のジュンはとくに変わらない。トモは白くて清潔なTシャツ姿になり、ケンジは黒いジャケット姿から、アロハシャツ姿になった。そしてチアキにノリで買わされたスモークのサングラスをしている。「ヤクザならこれやろ」という理由だった。
スーパーソニックにはしっかりとしたキッチンがあったが、オーニングに簡易的なリビングをつくり、ガスコンロで調理をした。ポトフとバケットとワイン、豆腐とわかめのサラダにナスの焼き浸しと、わりとでたらめなコースだった。
「しゃあないやろ。じぶんらが出鱈目なオーダーしてくるからや」
チアキはずっと世話焼き係になっている。
「私はこのカレーサバ缶と日本酒があれば十分だ」
トモがしみじと言う。
「なんでお前ホームレス続行みたいな感じなんだよ」
ユウキャンが突っ込む。
「じぶんも好き嫌い多すぎるのどーにかせいっ」
チアキがかぶせる。ユウキャンは好き嫌いが多い。多すぎる。果物がだめ、ネバネバしたものもだめ、魚介も得意じゃない云々で買い出しに苦労した。
「いや、アレルギーなんで、くちびる荒れちゃうから。とりあえず肉だけ出してくれたらいいから」
ユウキャンが言うと、タイサが腕を絡ませてきた。
「良かったー、僕はアレルギーじゃないんだね」
目をうるうるさせてキスをせがむ。
「お前がいちばんアレルギーだわ!」
そう言うが、それまでだ。もう諦めかけている。そしてメンバー全員がすっかり慣れて、注目すらしない。
「ここは浴室がある。聞いたら温泉らしい。食べたら交代で入ろう」
ジュンが言った。
「焚き火はしないのか?」
ケンジが言った。
「したいのか? 炭と焚き火台があるからできるけど。風呂入った後だと臭くなるぞ」
ユウキャンが答える。
「じゃあ、貸してくれないか? みんなが風呂に行ってる間にやってる」
「意外だな」
ジュンがケンジの顔を見る。
「昔はよくやっていたんだ。〈ゲンバ〉でな」
「……」
産廃場のことだろう。ケンジのヤクザ時代の主なシノギは産業廃棄物の違法投棄だと知っている。
そう、ジュンの〈師匠〉が殺された場所だ。
※ ※ ※
ケンジは小さなソロ用の焚き火台に数本の墨を燃やしていた。
パチパチと火が爆ぜる音を聴きながら、ときどきウィスキーのロックを口に流し込む。
何人かはもう風呂をあがってソニックの中で休んでいる。
ケンジは火を眺め、ときどき空を見上げていた。
「よう、すっかりチルってるな」
ジュンがやってきた。風呂上がりのようだ。
「チル……??」
ケンジにはなんのことかわからない。
「俺も一杯付き合おうかな。いいか?」
「もちろん。そもそも借り物だ」
「よし」
ケンジはいったんスーパーソニックに入って、冷蔵庫からハイボールの缶をもってくる。
「乾杯だ」
言うとふたりはグラスをぶつけた。
「いいのか? 焚き火の匂いがつくぞ」
「まあ、気にすんなって……ユウキャンが気にしそうだな」
「だな」
ふたりは笑う。
「ふー……まさかこんなことになるとはな」
ケンジがしみじみ言う。
「オレはこのままあの街で日雇いのような生活をしながら、ゆっくりと年老いていくのかと思っていた」
「ふーん」
「オジキからヒメちゃんを攫う……いや保護する仕事をもらった時はうれしかった。なにか、こう、気合が入った」
「いつもの仕事とは違うから?」
「そうかな、うーん」
「危ない仕事だから?」
「別に日々穏やかに仕事ができていれば十分だった。誰からも忘れられて……」
「物足らなかったんじゃないのか?」
「そう、なのかもな」
「お前が言うのが正しければ、なぜ復讐相手になにもしなかった」
「シバのことか……?」
「そうだ。お前をはめて殺人犯に仕立て上げた。お前は組から見放され、指名手配までくらった。そして家族を……」
ケンジがキッとジュンを睨んだ。
「そうだ。オレは逃げた。オジキに迷惑はかけられないし、オジキの好意を無碍にできなかった」
「それで自分だけ生き延びたのか。名前を変えて――島村組組長、島村慈陽」
「……」
「あの時、シバの声を聞いたお前は怒りに打ち震えていた。12年前のことでだ。いまにも復讐したいという念が伝わってきた。なのに12年前、なぜ?」
「家族が殺されたあのとき、なにも考えられなくなっていた。家族とは言っても、内縁の妻だ。それから5歳のちいさな子……復讐にはいったさ。言ったろ? でもぜんぶ出し抜かれていた」
ケンジがこんなにしゃべるのは珍しい。酒が入っているのもあるだろうが。
「たしかに生きながらえた意味はずっとわからない。選択を誤ったようにも思う。それがこの後に及んでシバと絡むようなことになるなんて」
「いまは復讐したいか?」
「……」
「そうか。そうなんだな」
「おまえはどうなんだ? お前の〈師匠〉を殺したのは間違いなくシバだ。オレの話が信じられるなら」
「信じる信じないなんてどうでもいい。オレがもし復讐するとすれば真実を暴き、日の目に晒すことだ」
いつもポーカーフェイスのジュンの顔がいつになく感情を出していた。




