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18 7月23日 脱出

 ファンタム・レディとの会談後、また夕食を囲みながら作戦会議となった。


 問題はいつ出発するかということだったが、早い方がよいだろうということで、翌24日の夜の出発とした。ユウキャンの車は埼玉最北の市にあるという。23時の最終快速電車に乗れば24時に着く。ヒメを連れて行くのはジュンとチアキ。ユウキャンはタイサと明日の昼には出て前乗りする。トモとケンジは別々に時間帯をずらして向かう。

「なんか旅行みたいでワクワクするな。なあ、買い出しはいいのか? 食べ物とか」

 トモが言う。

「アホか、荷物になるだけやろ。電車に乗るんやで。着いてから買うたらいいやん。荷物は極力なしや」

 チアキが言う。

「その割にスーツケースが2個用意されているのだが」

「着替えや。いるに決まっとるやろ」

「まぁ、女子はいいということにしよう。ユウキャン載るかな」

 ジュンが言う。

「大丈夫だろ」

 ユウキャンが答える。もう全員からユウキャンと呼ばれている。

「ところで、浦田に個人的な恨みがあるって?」

 ジュンが尋ねる。

「あーあるね。全国キャンピングカー・ワーケーション構想とかいうので、補助金が出るって話があって、はじまった直後に環境負荷が大きいだかなんかですぐに打ち切られたんだ。ついでにキャンプブームも終わっちまって、残ったのは売れ残りキャンピングカー。ところがその時に助成金を利用して施設のための土地を購入したのは浦田の一族の企業なんだぜ。あいつが潰しておきながら、あいつがいちばん儲けてるんだ」

「そんな話あったな。〈一族の企業は関係ないし、実際には事業停止で相応の負担を強いられている〉ってしらじらしい答弁してたな」

「土地はなんにだって転用できるさ。要は最初から政府に金出させて安く土地を買ったてことだろ。こっちはほかに使い道のないキャンピングカーだぞ。しかもつなぎ融資で購入したあとの数台は結局補助金なしだ」

 ユウキャンは珍しく声を荒げている。

「ゆるさねえ、〈遺品〉はあいつの悪行の証拠であってほしい」


「トモくんも、もしかして同じ?」

「ああ、だいたい同じ。あいつがどれだけ関わっているかはわからないし、証拠もない」

「トモは政府事業で超大手のコンサル企業とシステムの共同開発していたんだ。その時の担当大臣が浦田だ」

 かわりにユウキャンが説明し出した。

 プロジェクトの過程で、トモは巨大コンサル企業が政府から引き出している「システム維持費」が数百億円単位で中抜きされていることに発見してしまう。トモが告発しようとした矢先、逆にトモの会社のシステムから「重大な個人情報漏洩が発生した」という捏造されたスキャンダルがニュースになった。実は、コンサル企業がバックドアを使って意図的に情報を流出させたものだった。

 メディアは一斉に「杜撰な管理のベンチャー企業」として叩き、契約は解除、融資は引き上げられた。

「正義は私にあった、はずだった。だが結局は社員を危険にさらした。連日、電話が鳴り響き、なんとか給与ぶんでも確保できればと思ったが、無理だった。そんな時、コンサル企業が、社員の再就職を斡旋すると言ってきた。条件は、告発を取り下げることだった。私は受け入れたよ。結局、正義は力の前には無力だ……」

 

「あのコンサルと浦田がつながっていて、エコシステムができていたはずなんだ。コンサルが摘発されればそれも明るみになっただろう……」


「なんてこった」

 ジュンは深いため息をついた。

「ヒメちゃんを狙う奴らは、俺たち全員の敵じゃないか」

「え? チアキは違うんじゃ?」

「ウチ、浦田大っ嫌い。なんかスカしててテレビ見るたびむかつく」

「よしっ、全員揃った!」

「ケンジもなんかあるの?」

「ああ、ヤクザのほうにな。まあ、あんまり話すようなことじゃない」

「そうなん……」


 ※  ※  ※


 7月24日の午後。

 ケンジは荷物をまとめるために、アパートに戻っていた。


===============================================


 シバはこの街にいるのだろうか。俺を捜しているのだろうか。

 俺が生きていたことを喜んでいたようだ。

 まるでもう一度殺せるのが楽しみのようだ。

 殺人罪に時効はなくなった。指名手配が復活するということがあるだろうか。

 もう先がないのだとしたら……。


 鍵を差し込みガチャリとまわす。

 とたん、人間が飛び出してきた。

「なっ!」

 俺はすぐに腕で心臓を守りながら左に半身でかわす。腕にかすかな痛みがあった。

 刃物を持っているようだ。

 室内に目が入る。侵入者はもう一人いるようだ。

 そこに視線をやったのが一瞬の隙になった。

 最初の暴漢が俺の背中を蹴り入れ、俺は室内に押し込まれてしまう。

 だが、つんのめったと見せかけて目の前の男の顎を殴り上げた。

 「ギッ」

 気持ちよく入りすぎたか。男はフラフラと膝をつこうとする。

 俺はそいつの右手首を掴み、ナイフを取り上げると背後の男の鼻先に突きつけた。

 「ひっっ」

 「おい、得物をよこせ」

 男はナイフから手を離した。地面に当たってカランと音がする。

 「武州組か?」

 「そうだ……」

 「俺を殺りにきたのか」

 「ちがう、伝言だ……」

 「メッセンジャーがナイフもって暴れんのか」

 腹に軽く蹴りを入れる。

 「ぐふっ」

 「シバからだろ? なんだ?」

 「し、シバの親父は沖縄にいる。お前を待っているとよ」

 「沖縄のどこだ?」

 「行けばわかる」

 「そうか」

 怒りの感覚をとらえたことで、呼吸が整えられる。訓練のたまものだ。

 「ああ、それと、アユカワヒメの家を襲ったな。家政婦がいたはずだが、どうした?」

 「親父のところに連れてった」

 「いま、どうしてる」

 「知らねーよ。オヤジはさんざんいたぶって用が済んだら殺して捨てる。いままでもそうだ」

 「相変わらずだな」

 シバはほとんど意味もなく人を殺す類の人間だと、改めてその狂気性を実感した。

 また全身の血液が逆流するような感覚に襲われる。

 俺の憤りを捉えて満足したのか、侵入者がまた口を開く。

 「あと、もうひとつ伝言だ。〈今度は逃げるな〉と」

 瞬間、男の腹にひざを入れた。うずくまりそうになる男の胸ぐらを掴んで楽にはさせない。

 「ああ、今度こそ落とし前つけてやるぜ……。うしろでのびてるヤツをかついで帰りな」

 俺はナイフをどかして促す。しばらく痛みに苦しんでいた男は、よろよろと立ち上がって相棒の肩を担いで歩き出した。

 「2階じゃなくて良かったな」

 暴漢の背中に声をかけた。

 

沖縄か。


 必要に荷物をまとめると、アパートをあとにして歩き出す。

 どうやってヤサがバレたのか、どうやって錠をあけたのか。

 連絡をとるな、と言われたが俺はオジキの番号にかける。

 しばらくするとオジキが出る。

「ケンジか」

「はい」

「いまどこにいる」

「これから、ヒメちゃんと仲間と一緒に東京を出ます」

「なんだと? 仲間だと?」

「今回の件、どういうことかだいたいわかりました」

「なにっ、お前あれほど首はつっこむなと!」

「向こうから突っ込んできたんですよ……。シバに俺が生きているのがバレました」

「なにっ!」

「ゆるしてくだせえ、オジキ。俺はやつに復讐します」

「ダメだ、許さん! ケンジ! お前がすべきことはヒメちゃんを守ることだけだ! それ以外は考えるな!!」

「すみません」

 俺は通話を切って、電源も落とした。


 ちょうど目の前に「ソリダ」があった。

 ふらりと入って、受付のおばちゃんに会釈する。

 そのままいつものように2階へあがる。

 チエちゃんがすぐに俺に気づく。

「あ、ケンジさん。昨日、いらっしゃるかと思ったら、お休みだったんですね」

「ああ、これからしばらく休みになる。長いこと……」

「えっ!?」

「なのでこのスマホは返す。それからアパートも解約してくれ。オジキには言ってある」

「どうしたんですか!? なにかあったんですか?」

「すまないがそれは言えない。あと、ひとつお願いがあるんだ」

「な、なんでしょう」

 チエちゃんはもはや怯えている。

「これを預かってほしいんだ」

 俺はリュックを開けてそれを取り出す。

「ひぃっ!」

 チエちゃんは悲鳴をあげる。

「いや、無理です無理です、やめてください! なんの冗談ですか! 位牌を人にあずけるなんて!」

「ダメか? アパート引き払うし、持ち歩くものでもないし。戻ったらメシおごるから」

 チエちゃんの表情が戻った。

「……死亡フラグって知ってます? いったい何をしようっていうんですか? 教えてくれないなら預かれません!」

「友達と沖縄旅行に行ってくる。8月15日に戻る」

「ズコーッ! アイタタタ……もういいですよ! だったらスマホはそのまま持っていってください」

「いや、ダメだ。オジキに言われている」

「ムムムム。……はあ、本当に8月15日に戻るんですね。わかりましたよ」

「うん」

「絶対ですよ」

「ああ」


 ※  ※  ※


 午後20時

 トモは駅にいた。まだ東京を出ていない。


=================================================


 昼にはジョーカーを出たのだが、いまこの時間になってしまった。

 いったん、〈ムラ〉に戻っていたためだ。

 村人にはしばらく戻らない旨を伝えた。

 「まさか、おめえ、社会復帰か?」

 「手配師に捕まったか。やめとけ、しゃぶりつくされるぞ」

 「やめとけやめとけ、ここがいい」

 いろいろ言ってくる。

 「ヒメを救うクエストだ」

 私がそう言うと、みんながさらに心配そうな表情になる。

 ホームについては好きに使ってくれていいと伝えた。これは言わなくても、数日空き家にしていたら誰かが勝手に使っているだろう。その時はまた新しいホームをつくればいい。このムラのホームレスのホームとはそういうものだ。


 私は、ここに戻ってくるのだろうか?

 ふと、そうした思いが湧き上がる。


 ここに足を運んだのは、ただの挨拶ではなかった。

 言葉にするなら「郷愁」だろうか……。


 それだけここが私のホームになっていた。いや、それ以上に、もうここが過去になっているのではないか。

 ジュンたちに出会い、ユウキャンと再会した私は、そのたった数日で人間が変わってしまったかのようだ。


 住人たちが缶詰と酒をふるまってくれたせいで、時間がだいぶ過ぎた。

 予定よりも3時間遅れだ。 

 すっかり夜になっている。だが、最終集合時間は24時30分だ。

 まったく、余裕がある。

 私はターミナル駅に続く地下鉄のホームで電車を待っていた。

 客は多くもないが、酔客が混じっている。そんな時間だ。

 その時、背後で言い合いをする声が聞こえた。

 見るとカップルが口論しているようだ。外国人、ラテン系かな。男のほうは髭を蓄えていて浅黒い。女性はキレイなブルネットだ。聞いていると女性が男性を何か責める立てているようだ。スペイン語なのだろうか、なんとなくわかるものだ。プエルトリコ人とみた! と勝手にクイズに回答してみる。

 ずっとホームレスなんてやっていたが、街にインバウンドが異様に増えているのはわかっていたが、駅のホームでもこんな光景は日常的なのだろうか。

 なんてやっていると、口論で男性が反撃をはじめ、それにさらに女性がぶちぎれたのか、乗客が思わず見てしまうくらいに目立ってしまっていた。ラテン系は感情表現が激しいな。

 「×××××××××××××!」

 「×××××××××××××!」

 口論がさらにエスカレートしている。私は目玉をひんむくくらいに驚く。

 だが、乗客は一度見たら、もう見ない。

 私はガン見してしまう。

 すると、男性のほうが女性の髪の毛を掴んですぐ脇にあった女子トイレに連れ込んでしまった。

 「えっ?」

 女性の泣き声がひびきわたり、男性はそれに対して何かを繰り返し言っている。よくわからないが、時折、シーッという音が聞こえるので、「黙れ」と言っているのかもしれない。泣き叫んでいる女性にそれはないだろう。と思った瞬間、

 バチン!!

 という音が響いた。そしてさらに大きな泣き声、もはや悲鳴だ。

 バチン!!

 バチン!!

 バチン!!

 何度も響いた。平手打ちだろう。私は慌てて女子トイレに向かって中を見るが、入り口まででよく見えない。

 その間も、痛々しい音が響く。

 周囲を見渡すと、やはり乗客は一度見て、またそれぞれの世界に戻る。スマホ、音楽、おしゃべり。

 ひとりの大学生みたいな男と目が合う。彼もずっと女子トイレの方を見ていた。彼は私と目が合うと「なんでしょうね?」みたいに首をかじけて薄く笑った。

 女子トイレから日本人女性が出てくる。先に入っていたのだろう。だが、なんでもない顔で出てきた。

 

 なんなんだ、これは?

 こういうものなのか?


 いや、断じてそんなことはない! ふざけるな!

 

 私は駅員を呼びに走った。しかし、このホームは駅員が常駐しておらず、「ご用の方はこちらの押してください」というボタンがあった。

 ボタンを押すと緑のランプが付いて、駅員が応答する。

 「はい、どうされました?」

 「じ、女性が! 外国人の男女が女子トイレに入って、男が暴力をふるっています。早くきてください!!」

 「男性が女子トイレに入っているんですね?」

 「暴力を振るっているんです。急いでください!」

 「男性が女子トイレに入っているんですね?」

 ちっ、なんで二回も聞く。暴力のほうが緊急性が高いだろうが!

 「そうです。男性が女子トイレに入ってます!」

 「わかりました。向かいます」

 そう言って、通信が終わる。

 

 なんなんだ。どいつもこいつも。これは大したことじゃないのか。


 私は気になって女子トイレの近くに戻る。叩く音は消えていたが、鳴き声は止んでいなかった。さっきよりもだいぶかすれたような、力尽きたような感じだ。

 乗客はもう誰も気にしていない。

 

 それからの時間は永遠のようだった。これがセコムだったら契約する意味がないんじゃないか、というくらい駅員の到着は遅かった。二人組でやってくる。

 まさか、もうひとりを呼ぶのに時間がかかったんじゃないだろうな。「おい、なんかトラブルみたいだぞ、ちょっと手伝ってくれ」「ちょっとまってくれ、もう少しで食べ終わるから」「あーわかった」みたいなことをやってからきたんじゃないだろうな!!!!

 「ここです」

 と私は指さした。女子トイレはここしかないが。

 ともかく、二人の駅員は女子トイレに入って行った。

 ホームには何回も電車がやってきては去っていく。しかし、私はその後が気になって乗り込めない。

 5分後くらいだろうか。

 駅員ふたりがまず出てきた。それからてに持った書類バインダーになにかを書き込んでいる。

 とりあえず済んだのかと思ったらホッとする。

 続いてカップルが出てくる。男はなにくわぬ顔をして女性の肩を抱いて出てくる。女性は顔を隠して泣き続けていた。このあと、どういう処置がされるのだろう。

 駅員の一人が私と目があって、会釈してくる。私が通報者とは名乗っていないが。

 よく見ると二人は制服が違う。もしかすると、ひとりは鉄道警察隊というやつか。


 鉄道警察隊……警察?


 私の鼓動が早くなる。まさか、このあと私は目撃者として事情聴取でも受けるのだろうか。

 まずいまずいまずい。

 その時、ちょうど電車がホームへ到着した。私は不自然な笑みを残して、電車に飛び乗った。電車が動き出してからホームを見ると、駅員が私を見ていたような気がした。


 それから私は、直接集合場所に向かうルートをとるのは危険だと感じて、違う路線にいったん乗って撹乱し、次に埼玉の別の場所が終点の路線に乗った。それからターミナル駅に引き返して、もう一度本来の路線に戻るつもりだ。

 だが、ずっと考え事をしていた私は、終点でうっかり改札を出てしまう。慌てて戻る。

 キンコーン、キンコーン……

 ユウキャンにつくってもらったスイカの残高が100円になっていた。

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