19 合流
22時。
ジュンとチアキ、ヒメはそっと店を出た。
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こんな時間だろうと人は多い。むしろ酔客でさわがしい。
街は明かりが煌々とついて、なにかを照らしている。
警官はそこらにいるだろう。
人混みのなかでうまく切り抜けられればいいのだが。
緊張感が半端ない。チアキはずっとヒメの手を握っている。
ヒメは間深く帽子をかぶり、パーカーにジーンズだ。
ジュンはサングラスをしてスーツケースを引っ張っている。
駅までは20分程度かかる。
いちばん人の多い道をあえて選ぶが、不必要に急がない。
周囲を見渡したくなるが、我慢する。
前に3人の警官が巡回しているのが見えた。大丈夫、旅行に向かう三人家族を職質することはない。
雨がぽつりと降ってきた。天気予報ではゲリラ豪雨があるかもしれないと言っていた。ジュンとチアキは傘を準備しながら歩く。
警官が近づいてくる。
「いやねえーせっかくの旅行が雨はじまりなんて」
チアキが芝居をする。それにヒメがうなずく。
ひとりの警官がじっとこちらを見ているような気がした。
その時、雨足が一気に激しくなった。遠くで雷鳴も聞こえる。
「きゃっ!」
チアキが驚く。周囲も騒ぎになって、一気に軒先に駆け込もうとする人でさながらパニック状態となる。
ひとりの通行人が不用意に駆け出して警官にぶつかって地面に倒れる。女性のようだった。
警官たちが介抱する。ほかにも手が必要な人がいて、そちらに向かう。
ジュンたちは少し急足でその脇を通り過ぎた。
傘をさしていたが、びしょ濡れだ。
なんとか無事に駅に着く。
それからは、改札を通る、電車を待つという時間がもどかしかった。
ヒメは濡れた服を拭うようにしながら大きなタオルで顔を覆っていた。
電車は下りだがわりと混んでいた。ちょうど端が二席ぶん空いたので、ヒメとチアキが座り、ジュンがその前の吊り革をつかんで二人を隠した。
それからはとくに電車に揺られているだけで、途中でヒメちゃんが眠ってしまった。強い緊張に疲れてしまったのだろう。チアキの肩に頭を預けている。
そうして、乗客がどんどんとまばらになり、埼玉の最奥市駅に到着した。
雨はすっかり止んでいたし、雲も見えなくなった。
駅からはタクシーで15分ほどの駐車場まで向かう。家もまばらだが住宅があり、ガソリンスタンドがあり、といった風景。
「あ、ここでいいです」
「こんなところで?」
「ええ、ばあばの家なんです」
チアキが言う。とっさに〈ばあば〉とかよく出てくるなとジュンは感心する。
タクシーが去ると、さらに歩いた。そして、目的の駐車場。といっても実は整備工場だ。ユウキャンが知り合いに頼んで格安で置かせてもらっているらしい。
整備工場は閉まっていてやっていないが、ジュンたちがたどり着くと、キャンピングカーを照らすライトがついた。正面の顔が映し出される。
車体のシルエットが浮かび上がる。
逆光で見えないが、中から人が降りてきた。
手を振っている。タイサだ。ヒメも手を振る。
ジュンたちは乗り込み口に回ろうとする。
「な、なんやこれ!!!」
チアキは思わず叫んだ。
「おいおいおい」
ジュンもそう言ってから絶句した。
「バスやん」
「ちげーよ。まあ、基本はバス扱いだけどな」
ユウキャンとタイサが降りてくる。
「なんて大きさ……」
「アドリアのスーパーソニック890LL。車体はベンツ、なんと6輪だ」
ユウキャンが説明するが誰も聞いていない。
「思ってたんと違う! もっとこうファミリー的な?」
「まあ、とにかく入れよ。スーツケースは下の収納に入れて」
「バスやん!」
「いやーいちいちチアキがうるさいが、俺も同じ気持ちだ」
三人は荷物をしまうと、ステップを踏んで車内に入る。
「あー、靴は脱いでくれ。そこに下駄箱あるから」
「僕がニトリで買ってきたっす」
しかし、チアキは再度絶句してしまう。
「なっ」
車内は広く、運転席と助手席が回転してテーブルを囲うようにしてソファがある。
その背後にはテレビの大きなモニターがある。
それからキッチン。コンロが3口あって、蛇口の水道、シンク、電子レンジにトースター、もはやふつうの家だ。それからトイレにシャワールームまである。さらに奥にはダブルサイズのベッドがふたつ。ルーフからおろして大人二人が余裕で寝られるベッドも別にあるという。
調度品はどれもホテル並みに豪華だ。
「思ってたんと違う! こりゃセレブやで!」
「あ、感動すんの最初だけだから」
ユウキャンが無神経に水をさす。
「ヒメちゃん、すごいね!」
ヒメも興奮しているようだった。
「これ、結局、普通免許じゃいけないやつっす」
タイサが言った。
そうだろう。これはもう中型バスに該当するサイズだ。
「俺の家だから、漫画とかゲームとかフィギュアとか置いてあるけど、あとで片付けるから」
「そのセリフは、友達の家感が出るな」
「こんなのどうしたんだ?」
「これが補助金で最初に買ったやつだ。客寄せパンダのつもりだったが、維持費がとんでもなくてな。店を畳んで、いろいろと処分したが、こいつより先に家を売った。どうせ家だもんここ」
ユウキャンは何事もなく言う。
キャンプブームでは車中泊が一時期が流行ったが、軽自動車やトラックを改造したものが多かった。
「こんなの大金もちしか買わないだろ」
「そうそう。しかも金持ちには年に1、2回しか乗らないで、数年で中古に出しちまうヤツがいるんだ。こいつもそのひとつさ。補助金もあったから負担はだいぶ下げられたけど、あのいまいましい思い出があって、こいつだけはなかなか売る気になれなかったんだ」
「なんかむしろやな思い出なんやな」
「ああ、旅路の棺桶にはふさわしい」
「えー、僕との愛の巣にしようよー」
「うるさい。そろそろ発車準備するぞ」
「どこに行くんだっけ」
「こいつが駐車できる全国のオートキャンプ場だな。いろいろめぐってたら、夏なんてあっちゅうまかもよ」
「そういえばトモとケンジは?」
「ああ、遅いな。先に出てるから、ジュンたちよりも早く着いてなきゃいけないんだが」
「誰かケンジの番号知ってるか?」
ジュンが言うが、全員が首をふった。
トモに至ってはスマホも持っていない。
「うそやん。私のスーツケース預けてあるのに」
その瞬間、ユウキャンのスマホが鳴った。
「なんだ。知らない番号だ……」
「え、どうしよう」
助手席に座ったタイサが慄く。
「どうする?」
振り返ってジュンに尋ねる。
ジュンは首をタテに振る。
「わかった……はい」
「ああ、結城さんですか? 私、◯◯タクシーの者ですが、えーあなたのお友達がタクシー料金を払えないというので、こちらに連絡しろと」
「は?」
「近くにいらっしゃると聞いて。お支払いいただけますか。料金は1万3千………」
「わかりました……場所教えてください。お金持って行きます……」
「いや、もーしわけない!」
車内に入るなり、トモは土下座をする。
「まあ、何もなくてよかった」
ジュンが言う。
「そんなに大袈裟に陽動せんでもよかったんちゃう? ひとり相撲や はははは」
チアキは腹を抱えて笑った。
「キッズケータイとか持たせたら?」
タイサもからかう。
「ま、俺の番号教えておいて良かったな」
ユウキャンはたまに優しい。
※ ※ ※
30分が経った。
「あいつ、バックれやがったか」
ジュンが舌打ちする。
また雨が降り出してきた。
「もしかしたら駅からの道がわからないんじゃない? Googleマップもろくに使えないんだから」
「電話ぐらいできるだろ」
「駅まで迎えにいってみるか?」
ユウキャンが提案する。
ジュンがまた舌打ちする。
「アンタ何イラついてんのよ?」
「オレたちがあんな思いをしてここまできたのに、あいつは悠々と遅刻、いやたぶんバックれたね。あいつはすぐに〈逃げるんだ〉」
ジュンのきつい言葉に場が凍る。
「わかった。駅とここまでを往復して、いなかったら置いていこう。それでどうかな?」
トモが言う。
「オーケー、それじゃ出発だ。雨が強くなってる。このへんは明かりが全然ないから見落とすかもな」
エンジン音がする。
「こいつっ、動くぞ!?」
「トモ、そういうのいいから」
発信しようとした時、ヘッドライトが人影を写した。
「うわっ!」
ブレーキ。
「なんや、どしたん?」
「人がいる」
全員が驚いておのおの外をさぐる。
「ケンジやん。間に合ったなあ。よかった」
ユウキャンはもう一度エンジンをとめる。
トモがドアを開けてステップをおろす。そこへケンジが歩み寄る。
「遅かったじゃないか。さあ、入れ」
トモが声をかける。ケンジは雨でびしょ濡れだ。
「いや、俺はいい。これをヒメちゃんに渡してくれないか? ホセ・ゲレーロのぬいぐるみだ。探していたら遅くなった」
「ん? まさかゲロゲロ革命同士か? 私はゲロ・ゲバラが推しだが」
トモは袋に入ったそれを受け取るが、怪訝そうにしている。
「なぜ来ない?」
「俺は行けない」
「なぜだ? オジキの命令はいいのか?」
「ああ、俺はお前たちと一緒に行くことはできない」
「だからなんでだと聞いてる」
トモが珍しく苛立つ。
「俺はヤクザで、人殺しだ。それから、また人を殺すかもしれない」
「なんだって?」
「詳しくはジュンに聞いてくれ……それから、ヒメのことを頼んだ」
ケンジはそう言ってから、背をむける。
とたん、ジュンが飛び出してきて、ケンジを殴りつけた。
少し外れたものの、体勢を崩して、膝をついた。
「ちょっとジュン!」
チアキが入り口から顔を出す。
「お前なあ、なんなんだよ……」
「……」
「また、逃げるのかよ。ボッチが長いとそういう発想になるのな!」
ジュンは唾を吐き捨てる。
「違う、ケジメつけにいくんだよ」
「オレたちもだ、オレたちもだっっ!!!」
ジュンが吠える。
「これはオレたちの戦いなんだ」
「巻き込むわけにはいかない」
「アホか」
ジュンは背を向けて、車内に戻ろうとする。
その時、入れ違うようにヒメが車内から飛び出した。
そしてうずくまったケンジを抱きしめる。
「……」
入れ違うようにようにステップを踏んだジュンは、そのままの体制で二人に向かって手を差し伸べた。
「巻き込まれたのはお前のほうだ。スカしてんじゃねぇ。オレたちはもう仲間だろ?」
ケンジはふらつきながら立ち上がる。
雨か涙か顔面を濡らしながら、ヒメを抱えながらゆっくりと向かってくる。
それから、二人は強く手を握った。
第一部 旅の仲間 完




