14 因縁
ジュンは、ケンジとともにアユカワ邸前にいた。
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キルトバッグの中身はヒメちゃんの友人の言う通り、防災頭巾と学校のお知らせが何枚か入ったクリアファイルだけだった。オレはそれを預かり、ポストに投函する役目を授かった。とにかく部活に急いでいるのだというから引き受けた。彼女がヒメのことをそれほど心配していないところをみると、たまたまクラスメートで、家が近かっただけなのかもしれない。闇バイトくんはやはり何をひったくるか知らされておらず、どうやら敵にとってもハズレ案件だった可能性が高い。
「何度見ても、ただの防災頭巾だな」
ケンジがいう。
「そうだろうね。まあ、約束通り、そこのポストに入れておこう」
「もしかしたら遺産の手がかりかも知れねぇじゃねぇか。回収しておこうぜ」
「防災頭巾に巨額な遺産の手がかり? はっ、あるわけないだろ。どこで、誰が、なんのために?」
「……お前、俺を馬鹿にすんのもいい加減にしろよ」
「馬鹿にはしていない。ただ、気をつけないとな」
「何がだ」
「ヤクザは結局のところ暴力だ。だからいろんな手順をすっとばす」
「……」
「そうそう染みついたものは抜けないだろ。アタマを使うのはオレに任せて……」
いうが早いか、ぎゅっと胸ぐらを掴まれる。
「それ、それだって」
その迫力に心中で慄いたが、オレは顔色ひとつ変えない。
口先でオレが負けることはない。
ハッタリでオレが負けることはない。
そして、オレの趣味は筋トレだ。
だが、締め方が激情に駆られた人間のものと思えないほど的確で、それほど力が入っていないように思えた。
冷淡に、効率よく獲物を仕留める狩人のようだ。
「悪い悪い、冗談だって……」
オレはあわてたように取り繕う。途端、拘束が緩む。
「いや、俺も悪かった。馬鹿にされるのには、慣れていない」
そうだろう。ヤクザだもんな。チンピラからトップまで〈面子〉が最重要の人種だ。
オレも馬鹿げた挑発をしたことに自身で驚いている。
ヤクザはどいつもこいつも嫌いだし、社会の一部であるという視点で〈理解〉するのにも躊躇があり、抵抗がある。だけど、それが未熟とは思わない。人間は神じゃない。ジャーナリストなんて気取ったって、たとえどんな聖人になっても、嫌いなものは嫌い、許せない一線、利己主義、エゴ、減らすことはできても、なくなることなんてない。できたら、そいつは人間じゃない。生きている限り、人間は他人に振り回される、自分に振り回される。
〈気にいらねぇ奴が、やっぱり悪党で、そのしっぽをふん捕まえてぎゃふんと言わせられたら、満足さ。なんだよ、ジャーナリズム? くだらねぇよ。ただの職業さ〉
師匠の言葉が蘇る。
酔っていた時だから、冗談とも本心とも聞こえた。もしかしたら、からかわれていたのかもしれない。
オレは〈知りたい〉が何よりも先にあった。社会を動かしているもの、裏で蠢いているもの。この世の中を構成しているもの。人と、人の営みである社会のすべて。ぜんぶ自分の欲求だった。
強烈な動機があるなら一生をかけるべきだ。だけど、どんな仕事も売れないと金にならない。それを師匠は教えてくれた。そういう割り切り、あるいは照れ隠しだったような気もするが、嫌いじゃなかった。
師匠の酔っ払った笑顔が、ときどき悪夢になって蘇る。
ヤクザが殺した。腕を縛り、椅子に縛りつけ、頭に紙袋をかぶされたまま、発見された。
聞かされただけの話だ。実際には見ていない。
だけど、12年前から、その映像がオレの頭の中で再生されるようなった。
オレは、師匠が好きだったんだ。たまらなく。
※ ※ ※
お届け物を入れるついでに、郵便受けなどを確認する。何も入っていない。
3日もあればビラの一枚でも入っていそうだが。
オレは腕を向こう側に回して門扉を開ける。
「おい、入るのかよ」
ケンジが言う。
「たぶん、誰もいないと思うよ。武州組がまだいたら、よろしく頼む。あんた、相当ケンカ強いだろ。さっきのでわかった。ケンカというよりは武術のように感じたが」
「アンタも、鍛えている感じだった……」
「筋トレが趣味だ。あと水泳」
「そうか。意外だな。新聞記者が」
「おいおい。新聞記者なんて一度も言ってないぞ。自称ジャーナリストだ。ふだんは、グルメリポート、映画評論、ミステリものの書評とかをしている。あと最近は介護問題を……開いた」
「は?」
「カギだよ。開けた」
「うそだろ、そんなにすぐにか?」
「ああ、だってカギ持ってるし」
「ピッキングじゃないのか」
「ああ。ヒメちゃん、これだけ制服のポケットに入れていたそうだ。戸建用のオートロックもついているが、壊されているな。最初の日に入ったチンピラがやったんだろう。防犯カメラもだ。チンピラが、技術者でも雇ったのか……ずいぶん手際がいいな」
「おいおい、あの娘がカギを預けたのか? あんたに?」
オレは答えずに家の中に入る。
「ちょっと心配になるな。なんで俺たちをそんなに信じられる?」
ケンジがまだ聞いてくる。
玄関から部屋を見渡す。富豪の一人娘、いや孫か。ともかく令嬢のわりには庶民的だ。ここに家政婦とふたり暮らし。防犯を越えられたなら、チンピラが制圧するのは可能だろう。
1階には和室と洋室がある。洋室のほうは大きなリビングだ。顔だけ出してのぞく。荒らされたあとはない。
リビングには入らず、そのまま2階へ上がる階段へ向かう。あいつらが狙っているのは、ヒメちゃんの持ち物である可能性が高い。なにしろ、学生バッグ、防災グッズまで奪おうとしたのだから。
「なあ、何か探してるんなら教えてくれ。オレも手伝う」
「ああ、それがわかれば苦労はない。あいつらもそうだったと思っている。だから手当たり次第に詰め込んで引越しのトラックで運んだんだろう。吟味はそのあとですればいい。だから、大きいものではないはずだ」
「だから、それは何だ?」
あきらかにケンジが苛立っている。
少しは自分でも考えてくれよ。と、思いつつ、せっかくだから役に立ってもらわないといけない。
「探しているのは情報だ。だから、物じゃない。記号、暗号、そういったもの。メモ、電子機器だろうか」
構造的に2階にはおそらく住んでいた二人のプライベートルームがあるだろう。
「わかった!」
ケンジがオレを追い抜いて駆け上がる。
「静かにやってくれ」
オレはずっとイライラとさせられている。
3つの部屋があった。すべてのドアを開けたが、侵入者は誰もいない。家政婦の姿もない。
部屋を見れば何の部屋かは容易に想像がつく。ヒメちゃんの部屋、家政婦の部屋、あとは物置だろうか。
オレはスマホを取り出して、チャットで通話する。相手はチアキだ。
「オレだ」
「着いたん?」
「ああ、動画に切り替えるぞ」
「なんだそれ? テレビ電話か?」
ケンジが驚く。
「そうだ。何がなくなっているかはヒメちゃんに直接確認してもらったほうがいいからな」
「すごいな……」
「オレがか?」
「いや、スマホが」
「ははは。まあ、これくらいはできるんだよ、オジサマ」
またからかうようになったが、ケンジは動じなかった。
「すまないけど、机の引き出しやら、クローゼットやら開けさせてもらうね。どうしてもだめなところがあったら、言って」
画面の向こうでヒメちゃんがうなずいている。
「はずかしいけど、大丈夫です、だって」
横でチアキが口をはさむ。ヒメちゃんはjokerにあるPCで筆談して、チアキがスマホでそれを伝えている。ちょっとややこしいが、PCのほうにチャットアプリが入っていないので、仕方なかった。チアキはチャットアプリを鬱陶しがっていて、ほとんど誰とも繋がっていない。特に客関係と繋がりたくないからだそうだ。
部屋はきれいに片付いていた。
デスクにはPCがあったそうだが、やはり持って行かれている。デジタルデバイスはぜんぶ盗まれているだろう。あとは確認すべきところは基本的に収納だろう。
とはいえ、それほど見るべきところはない。アクセサリが入った小物、化粧品、どこにでもある女子の小物には手を付けられていない。
クローゼットも思いのほか、衣装は少なかった。ハンガーにかかっていないものは季節物だろう、綺麗に収納されていて、荒らされた様子もない。
やはりデスクの引き出し関係か。案の定、そこは粗雑に物が取り出された跡がある。ほとんど何もなかったが、何かの小物のパーツがちぎれたもの、小物を仕切るケースなどだけが残されている。
「ここには何が入っていた?」
ひとつひとつ聞いていくが、ステーショナリーやケーブル関係が多い。
「USBとか記録媒体は?」
「ひとつだけ、あります、だって」
「中身は?」
「写真、画像、友達と撮ったものだと思います。たぶん、だって」
それから、いくつか確認したが、ファンシーケースごとなくなっているものがあって、ただそれは学校関係の提出物や工作などをまとめたものだったらしい。この感じだとオレたちもハズレ、あいつらもハズレだったんだろう。だから手当たり次第に持ち物を奪っていればいいという行動に出たのだろう。
「あと、ゲロゲロ革命同志のグッズが入ってたケースもないってさ」
チアキの声が聞こえる。
「なんだそれ?」
「子ども向けのアニメだ。ふだんは地味なアルバイトをしているカエルの革命同志たちが、世の中の悪を暴いて暗殺しようとして夜な夜な会議をしているが、それは本当に悪なのかという問答で毎回紛糾して終わるギャグアニメだ。ちっさい日常ネタを取り上げている大衆的なあるあるものだ」
ケンジが割り込んできて、唐突に解説をはじめた。
「なんか、ヒメちゃん、めっちゃ喜んでるで」
画面の向こうで手を叩いて喜んでいる。
「同じ趣味だったか。俺は毎回メンバーの意見を聞いて短絡的に〈ヤッてやるゼ〉とマシンガンをぶっぱなすイカれた〈ホセ・ゲレーロ〉が好きだ」
ケンジが妙に饒舌だ。
画面の向こうでヒメちゃんが手を組んで飛び上がるような勢いで喜んでいる。
「ケンジ、よかったやん。推しがいっしょらしいで。ヒメちゃん大喜びや」
チアキも嬉しそうだ。
「そっか。グッズ持って行かれちゃって残念だね……」
オレはとりあえずそう言うしかなかった。
※ ※ ※
収穫はゼロ。
オレたちは2階の捜索を終えて、階下のリビングと和室に入り、同様の確認を行ったが、むしろ2階のよりもキレイなままだった。金目のものや貴重品が置いてあることはないと思う、というのがヒメの意見だ。家政婦さんはスマホを使いこなしていて、紙はすぐに処分してしまう人だったそうだ。家政婦さんとそのスマホは奪われた可能性が高いが、それでもなお、何かをさがしているのであれば、目的のものは見つかっていないと考えるべきだろう。
その時、電話の着信音が鳴る。
「おい、電話だ。どうする……」
ケンジが言う。
「ほっとけ、オレたちが出たらまずいだろ」
ヒメちゃんの友人ということはないだろう。最近の子は家の電話番号なんて知らない。だとしたら、学校関係者だろうか。しかし、夏休みに入ったばかりだ。ヒメちゃんは家庭の方針で部活などには入っていないという。
京都の真崎家の関係者というのはありえるが、連絡があるのは顧問弁護士のみで、その彼も行方不明だ。
「どうせセールスだろう……」
言いながら、じっとコールが終わるのを待つ。
コールが終わり、留守番電話に切り替わる。
「……あんた、お前、なんでここにいる」
予想外だった。相手は名乗りもせず、いきなり言い放った。ドスのきいた男の声だ。
しかも、まるで、いまのオレたちを〈見ている〉ようだった。
オレは顔を動かさずに視線だけで周囲を見渡す。案の定、室内灯の近くに防犯カメラのようなものが見えた。
しくじった。
あいつらが侵入してきた時に防犯カメラは潰していったと思い込んでいた。逆にあいつらがここに立ち入った者を監視するために新しく設置したものだろう。そこに思い至らなかった。
「なあ、〈島村組〉の組長さんよ……。お前、死んだんじゃなかったのかよ。こりゃあ、どういうわけだ?」
声の主は驚いているというよりは、喜んでいた。
「ひひひ、しかも、真崎の娘の家に忍びいってるとは。お前もこのゲームの参加者か? どの勢力なんだ?」
オレは思わず後ろを振り返り、ケンジの顔を見るが、まったく微動だにせず、前を見つめている。〈島村組組長〉はケンジのことだろう。だとしたら……。
「まあいい。俺は武州組のシバだ。なつかしいだろう? お前が人を殺して、ウラからもオモテからも逃げ回って〈死んだこと〉になって以来だ。生きててくれてうれしいぜ。また会うことになりそうだな」
そういってから留守電の録音が終わった。
オレは立ち上がると、防犯カメラのところに行って電源を引き抜く。それからカメラを剥がして足で踏み潰した。姿をかくにんされたのだから今更だが、ほかにもないか確認して回る。
「……知り合いか?」
カメラを探しながら尋ねる。
「ああ。どうやらそのようだ」
さきほどとうって変わって動揺した表情。焦り? 怯え? 違う、おそらく、怒りだ。
因縁の相手というわけか。
「12年前にヤクザから足を洗った。死んだことになっていたのか?」
オレは、さもなんでもないように口にするが、穏やかであろうはずがない。
しかし、ケンジは答えなかった。
それで、充分だ。




