11 作戦会議
階段から足音が聞こえる。
チアキが降りてきた。昼間とは違って、胸元がばっくり開いた攻撃的な服装。
「ふう、ようやく落ち着いたわ」
「おい、チアキ。なんで着替えてんだ?」
「何ってこれからBARタイム……あっ、そうやった。今日は開けないんだった」
「疲れてるんだな。じゃあ、ハイボールでももらおうかな」
「あーわかったよ。っていうかアンタらまだおんの?」
チアキは店内に残っているバラエティ豊かなメンバーを一瞥する。
「いろいろ考えてな、ここに泊まってもらうことになった」
「は!? もう、ジュン……なんなの? うちは宿やないねんで。アホ」
言いつつ、語気はそれほど強くない。もう諦めモードのようだ。
「まあ、この人たちと情報交換したいというのもあるし、この中の誰かが敵に捕まったり、職質されたり、いろいろ情報漏らされても困るし」
「わかったわかった」
「そういうわけで、みんな、しばらくこの店は貸切だ。売り上げに貢献してくれ!」
ジュンは全員に呼びかける。
「チアキ、オレ、ハイボールにタコわさ」
「はいはい。ここにいる全員に2000円の突き出しね。今日は麦チョコよ」
「いつもはタダの麦チョコが2000円だと?」
「はいはーい、じゃあ僕、生ビールと唐揚げ、あとポテト。お米も食べたい」
タイサが手をあげる。
「けっこうガッツリいくな……って!!! てっ、ひとり増えとる!! 誰やねん!!!???」
チアキが黒いタンクトップの女を指差す。
トモ「その人は〈タイサ〉と呼ばれている。私は久々に日本酒が飲みたい。辛口がいい」
ユウキャン「お前も会ったばかりだろ。そしてお前が何を注文してもおれが払うんだろ?」
トモ「いつか、返す。あ、あと馬刺し」
チアキ「ないわよ」
ユウキャン「お前あいかわらず、ずうずうしいんだな。おれ烏龍茶」
ケンジ「俺もだ」
トモ「あさりの酒蒸し」
チアキ「ねぇっ。つーかメニュー見ないで勘で注文すんな!」
トモ「冷やしトマト」
チアキ「ちっ、あるわ」
ユウキャン「なんで悔しそうなんだ」
ケンジ「メニューはどこにあるんだ」
チアキ「ない。黒板に適当に書いてるけど、今日はええやろ」
ユウキャン「いつもこんな感じなのか?」
チアキ「どいうこと?」
ユウキャン「知らない連中が集まってても、気にしてないようだが」
チアキ「は? 一応ここ店なんだけど? フツーじゃね? まあ、確かに常連さん以外はあまりこないね。昔は劇団員がよくきてたんだけど、あいつらツケばっかりだしね。いまはほとんど常連さん。たまに若い子も迷い込んでくるわ。ほい、烏龍茶ふたつ。自分で持ってって」
ジュン「ヒメちゃんも呼んだらどうだ?」
チアキ「おっさんたちの飲み会なんて、女子高生に見せたらあかんやろ」
ジュン「まあ、ちょっと聞いてくるよ」
チアキ「ちょっと、そこの一人称が〈ボク〉の女の子」
タイサ「僕、男だし、子どもじゃないっす」
チアキ「は!? おっぱいあるやん」
トモ「40歳らしい」
チアキ「は!? 肌すべすべやん」
ケンジ「元陸自、しかもレンジャーらしい」
チアキ「は!? スーパー戦隊ってこと!?」
タイサ「空挺にいたっす」
チアキ「わからんわ。もう、ええから階段の前、トイレの隣にある用具入れから椅子出して」
タイサ「ラージャー!」
ケンジ「俺も手伝おう」
チアキ「なら唐揚げつくって」
ケンジ「わかった」
チアキ「え? できるの?」
ケンジ「大丈夫だ。問題ない」
チアキ「なら、ニィちゃんは注文とれ。そして伝票つけろ。ごまかしたら殺す」
ユウキャン「え、あ、はい」
トモ「日本酒はまだかな」
ユウキャン「お前も手伝えよ。銘柄は?」
トモ「いちばんいいので頼む」
ユウキャン「神が言ってるのか」
チアキ「オッサン、上行って風呂沸かしてこい。そして入ってこい」
トモ「いいだろう。着替えは」
チアキ「あるわけないやろ。洗濯してやるから、出しとけ」
トモ「そのあいだどうすれば」
チアキ「フルチンでおれ」
トモ「靴下だけでも、はかせてくれないか」
チアキ「いちばん、いらんやつやろ……」
ケンジ「揚げ物の鍋はどこかな?」
チアキ「ああ、ここ……もう、下ごしらえが済んどる! 手際よすぎや!」
ジュン「なんかワチャワチャしてるな」
チアキ「ヒメちゃん、なんか食べるか? つくったるで……このヤクザが」
ケンジ「お好み焼きできそうやで。オタフクあるし」
チアキ「ほんまにやる気なんかーい!」
ジュン「ヒメちゃん、お好み焼き大好きだってさ」
チアキ「あんた関西人なん?」
ケンジ「ああ。ずっと大阪だった」
ジュン「奇遇だな。オレもチアキも大阪だ。大阪のヤクザって八坂組系か?」
ケンジ「ああ、12年前までな」
「そうか……」
ケンジは席に戻ってラップトップを開いた。キーボードを叩こうとした手が止まる。
「……12年前」
真崎の縁者といい、何か〈師匠〉に呼ばれている気がするな。
指定暴力団の名簿を開く。暴排条例が全国で施行されてから、昔のような抗争はなくなった。多くの暴力団員が食えなくなっている。人として扱われない彼らは、元から社会に馴染めない連中だ。社会復帰ができたやつはまだましだ。でもそうじゃない連中はどこかに消えている。
「ねえ、ゼロ……あ、やっぱ〈ジュン〉?」
「なんだ、〈タイサ〉」
「なんだじゃないよ、肝心な用事忘れてない? 遠藤だけど、リストにあったよ」
「そうか。もう、この街で御柱じゃない警官はいないのかもな」
タイサがネット仲間の御柱ウォッチャーとつくっているオリジナルのリストだ。公務員だけをピックアップしている。情報源は会報誌だったり、集会時の情報だったり、素人なのでソースとしての信頼度は低いがほかに変わるものもない。政治家やタレントなどのパブリックな身分ならすぐにわかるが、公務員は一般人に近い。
「じゃあ、ヒメのことはもう知られてしまったと考えた方がいいのか」
「どれくらいの手配がかかっているか、どれくらい組織的に動いているかわからないんすけど、最悪を考えた方がいいすね。まあ、警官には違いないから、違法なことはやってこないでしょ。ここにいればとりあえず安全だと思うっす」
「それじゃあ、この街で身動きがとれない。それに転び公妨みたいなこともあるだろ。油断はできない」
「ともかくあいつらの目的を知らないとね。だいたい真崎とかいう元極道と、御柱はまったく繋がりがみえないんだ」
「ああ。真崎は国粋主義者なんで保守連中とは接点が多いが、御柱は名前のわりには神道じゃなくて、ゴリゴリの仏教系だしな」
「そう。それに初動の早さからして、裏に別のなにかがいるなら、そいつは浅いつながりではないと思うんすよね。もしかしたら、それがわかったら目的ははっきりするかも」
「ヒメちゃんのバッグ、手荷物なんとかして取り返したいな」
「無理じゃない。あと、もし目的のものが見つかったのなら、ヒメちゃんに用事はないはずっす」
「目的のもの?」
「遺産の情報とか?」
「遺産は、そうか、正式に相続するものとは別のなにかがあるってことか!」
「そうそう。それはヒメちゃんにしか辿り着けないんだよ」
「なんだろう。マネーロンダリングされた暗号資産とかか」
「あるかもね。パスワードとか口座をひらくのにヒメちゃんが必要なんだよ。生体認証とか」
「はは、まるで冒険小説みたいだな……」
ジュンは笑う。
「すでに、状況からしてそんな感じだよ。もっと真剣になったら? 御柱警察は社会規範を逸脱してまでヒメちゃんを手に入れたいようだよ」
「……すまない。あまりにも情報がなくて荒唐無稽に感じてしまった。でも、悪くない仮説だ」
「難しい話してるな。ご注文は」
ユウキャンが唐揚げとハイボールを持ってくる。
「あれ、タコわさ頼んだけど。あと海ぶどう」
「よろこんで」
「ユウキャン、情報屋はどんなやつなんだ?」
「いや、だからデリヘルの客だって。情報通な感じであるけど情報屋なんて仕事をしているのかいまでもわからん。ただのガラの悪い男だ」
「スキンヘッドか?」
「ああ、そうそう。なんだ知ってるやつか?」
「そうみたいだ。そいつは間違いなく情報屋的なこともやっている。本人は〈物知りオヂサン〉を名乗っているが、知っているやつは知っている」
「ならオレを通さなくてもいいじゃないか」
「まあな。でもジャーナリストを名乗っているオレにはふっかけてくるんだ。たとえグルメ情報でもな。そっちが無料なのはカタギで友達だからだろう」
「友達ではない気もするが」
ふと、ヒメちゃんのことが気になる。こんなへんな連中のなかに置いておいていいのだろうか。いまさらだが。目で捜すと、ケンジとお好み焼きを食べている。まるで一家団欒。初めて見る笑顔だ。
ジュンは立ち上がるとカウンターに席をうつす。
「おつかれ。ハイボールもういっぱいくれ」
「そこにあるから自分でやれ。……しかし、なんや、もうわけわからんな。うちらなんで昨日今日知り合った連中と、打ち上げみたいなことしてんねん」
「ほんとだな」
「ふふ、ジュンには友達おらんと思ってたわ」
「ひどいな」
「ヒメちゃん、ほんまどうしたらええんか……」
「いきなり、母親ムーブだな」
「うるさいわ」
「チアキにそんな一面があったとは。あれがあれしてあれしてたら、いいお母さんになったのかもな」
「バカにしてるやろ」
「そんなことない。こういうのは巡り合わせさ。なんでオレたち恋人にならなかったのかとさえ思う」
「ひいっっ!」
チアキが変な声をあげて、真っ赤になった。
「お前が女を取っ替え引っ替えしとったからやろがい!!」
「おいおい、ひ・と・ぎ・き」
「囁くな、ボケぇ」
チアキはトレーをジュンの頭に叩きつけた。
※ ※ ※
「みんな、これから少し情報を整理したい。明日、何をすべきかの作戦会議をしたいと思う。その前に、みんなの思いはいろいろあるだろうけど、共通の目的はヒメちゃんを守りたい、でいいかな? というか、この期に及んではそうして欲しいんだけど」
ジュンが宣言する。
「もちろんよ」
チアキが言う。
「オジキからの命令だ」
と、ケンジ。
「僕は、御柱の悪行を暴きたい。それがいちばんの目的。あいつらがヒメちゃんを狙っているんだから、僕のことはジュンが好きなようにしていい」
と、タイサ。
「言いかたよ……。おれはもうこの街を出ようと思っていたが、まあ、最後になんか面白いことをやっていってもいいかなと思っている。残り短い人生だし」
ユウキャンは酒が飲めないが、この場に酔っている。
「私は明日、自分の居場所に戻る。ヒメちゃんが無事で嬉しかった。君が歩む道に幸あれ」
トモは言った。
「あれ? お前帰んの?」
ユウキャンがおののく。
「ああ。大丈夫だ。ヒメがここにいることは誰にも言わない」
一同が黙り込んでしまった。
「すまない。水を差してしまって。だが、私は勇者ではない。足手まといになるだろう」
「そうか。わかった。今日は泊まっていってくれ。そして明日になったら、この件のことは忘れてくれると助かる」
ジュンが言う。
「ああ。うまい酒に、うまい飯。一宿一飯の恩は絶対に忘れない。ありがとう」
「ご馳走したのおれだけど……」
ユウキャンがとまどう。当然、〈正義〉にこだわりが強いトモが率先して、この事件に加わりたいと言って、自分は仕方なくついていく、という流れだと思い込んでいた。
「あのさ。まあいいんだけど」
チアキが不満げに言う。
「じぶん、まだ風呂入ってないやろ。あ、でもヒメちゃんが最初、あと男たちはじゃんけんで決めな。トモは散髪してやるから最後だ。さあ、行ってこい!」
「よし。じゃあ、明日の作戦会議をする。トモくん以外は、明日、少し手伝ってもらう」
※ ※ ※
「あんたさ、なんでこんないかにもホームレスみたいな格好してんの?」
チアキは、トモの長く伸びた後ろ髪を切りながら言う。
トモは椅子に座らされ、散髪用の首巻をして、大人しくしている。
「なにって、ホームレスだからだろ」
トモは逆に聞き返す。
「うち詳しくはないけど、最近のホームレス、とくに手配師に仕事もらっているようなやつは、ふつうの格好しとるんやろ」
「まあな、ときどき風呂にも入るし、ちゃんとしているやつは髭も剃っている」
「せやろ。ジブン、わざとらしいくらいにホームレスなんよ」
「きっちりするのが億劫なんだよ。ちゃんとできるならホームレスなんぞやらないだろ」
「ふぅーん。まあ、ええわ。ジブン、変なやつやけど、まじめそうやし、フツーに働いたらええやろって思ったんや」
「……私にはそんな資格はない」
「そう言って、みんな生活保護ももらわんと、やっとるんやろ? よう聞くわ。なんやねん資格って」
「生活保護に抵抗のあるホームレスは多い。自堕落な自分を自覚して、社会に迷惑をかけたくないやつ、もしくは生活保護を受けたらさらに堕落すると思っているやつ……」
「真面目やな。ジブンは?」
「前者かな。いや、そもそも考えたこともないんだ。なりゆきで、こうなった」
「ちょい、頭こっちに、そうそう。……ヒメちゃんの誘拐犯の一味にも?」
「私の〈村〉ではマッサンがまとめ役のようになっている。以前、悪い手配師がいた。生活保護の手続きと、住むところ、仕事をまとめて斡旋して、何人かが抜けていった」
「ええやんか」
「よくない。そいつに連れて行かれたら、銀行口座をつくらされ、生活保護の金も、仕事の金も、すべて管理される。アパートはボロボロ。路上生活のほうがマシという話もある。それで金の管理は手配師のグループがやる。つまり、労働力も金も奪われ、管理される奴隷というわけだ。貧困ビジネスというやつだよ」
「そうなんか……。こんどは頭こっち。そう」
「それで結局、また逃げ出したり、そのまま死んだり、捨てられたり。マッサンはゴンちやんという手配師と仲がよかった。私たちがダメなやつで、毎日仕事があると逃げたり、さぼったりするのがわかってて、その日、気分でやりたい仕事をあてがってくれた。仕事の世話しかしないから、そのあと金をどう使うかなんてこともほっとく。最低時給を切ってることもあったが、お互い様だ。ゴンちゃんが何者かは知らない。だが、最近、彼のもってくる仕事が怪しいものが混ざるようになっていた。仕事に出掛けて帰ってこないのが何人か出たんだ。マッサンによると、仕事が気に入って、そのまま住み込みになったというが、そういうのはいままでなかった。私は、ゴンちゃんも余裕がなくなって、安易な……」
「よっしゃ、終わった」
「だいぶ切ったな」
「この店におんのなら、さっぱりしてもらわんと、目立ちすぎやし」
「いや、もうここには来ないし、迷惑はかけないし。私は所詮……」
「髭はどうする? 完全にやってまうと、人相変わりそうやから、きれいに整えるだけにしよか」
「あ、はい。……お任せします」
「よっしゃ」
チアキは小さな刷毛で髪を下の新聞紙に落とすと、洗面所に行ってカミソリををもってくる。
「手際といい、道具といい、元美容師だったとか?」
「惜しい。違うな。免許もなんも持ってないが、散髪もメイクもうまいで。自分のも、友達のもたくさんやってきたからな」
「惜しいとは?」
「うち、若い頃、女優やってたんや。舞台女優、ちょっとだけテレビにも出てた。まったく売れんやったけど。その頃、お金なかったから、自分でやってたんや」
「そうか。青春だな」
「せやな。いまとなっては、あんなに苦しかったのに、あんなに何もなかったのに、輝いてたな。思い出補正っちゅうやっちゃな」
「ちなみに、いまおいくつで?」
「聞くな。ジュンのクラスメートやゆうたやろ」
「はっ、……ぱ、パイセンだと!?」
「なんやねん、それ。ほれできたで。もう誰も入ってへんから風呂行ってこい」
「はい。ありがとうございます」
「……なあ。どうせヒメちゃんのためにしばらく店は休むつもりや。パソコンも貸してやるし、仕事でも探してみたらどうや? いまどきのホームレスはみんなスマホ持って自分で仕事とるんやろ?」
「ああ、ブラックでも契約できるやつがあるらしいな。ただ、私はオールドスタイルなんだ」
「なんのこだわりやねん」
「……なぜ、チアキ……さんは、私にそんなによくしてくれるんで」
「しらんな。あと、〈さん〉はいらん」
「まさか、これが一目惚れという……」
チアキはトモの脳天にチョップをくらわす。
「ジブン、ようそんなん言えるな」




