10 集結
「とりあえず、自己紹介といこう」
ジュンが言い出す。
「とはいえ、お互い深く知る必要はない。偽名でもなんでも結構。全員がヒメちゃんの件にかかわっている。どういう関わりなのか、そこだけ教えてくれ。まず、オレのことは〈ジュン〉と呼んでくれ。ライターだ。昨日の午前中、ヒメちゃんがアウトローに追われているところを助けて、ここに連れてきた」
そうして、手を差し伸べて三人組を指す。
「俺は、……〈ケンジ〉だ。日雇いに近いフリーターで……。まぁ、元ヤクザだ。だいぶ前に抜けているが。ヒメちゃん?……は、オジキのオヤジのイモウトの娘で、昨日、オジキから攫う……保護するように言われていた」
「はい、そちらは?」
ジュンはトモにふる。
「私は友田和彦……」
「いや、だから本名でなくていいから」
「そうか。なら、コードネームは〈トモ〉だ」
「もう言っちゃってるし」
ユウキャンが突っ込む。
「見ての通り、職業はホームレスだ。そこのお姫様を攫う手助けの依頼を受けていたが、正義がどこにあるかを考えて、やつらの計画を潰そうとした。無事であってくれて本当に嬉しい」
ヒメが頷いた。胸の前で手を組んで、瞳を潤ませている。
「あー、おれか。おれは結城だ」
「お前も本名じゃねーか。こいつは〈ユウキャン〉だ」
トモが口を挟む。
「あー……、実はこいつは高校の同級生だ。友達用の呼び名だから、結城でいい。この件にはまあ、いろいろと巻き込まれた。それでこいつともどういうわけか30年ぶりくらいに再会した。いまもなんでここにいるのかわからない。わりと奇跡だ」
「うん」
ジュンは頷くと今度はチアキに手を向けて促す。
「え、アタシ? ……チアキ。ここの店主よ。ジュンがヒメちゃんを連れてきて巻き込まれただけ」
「で、あそこのワンピースの可憐な少女がここの全員が捜しているアユカワヒメちゃんだ」
「さて、アンタたちがホームレスの溜まり場で出会って、ここを突き止めたのはさっき聞いた。とくに害はなさそうだから、店前でワーワーやられるより、入れてしまおうと思ったわけだ」
ジュンは主にチアキに言い訳しているようだ。
「で? あんたたちはヒメを見つけてどうするんだっけ?」
「オジキのところに連れて行く、そう言ったろ」
と、ケンジ。
「私は彼女の無事が確認できればそれでよい。このパフェを食ったら帰る」
トモはがっついたままだ。
「おれもトモについてきただけだから、飲んだら帰る」
ユウキャンも答える。だが、気になることがある。
「あんたは? あんたはどうするつもりだったんだ?」
「まだわからないことが多い。いまこの娘を家族以外の誰かに引き渡すのは危険だと思っている」
「俺はその家族の子分の……子分だ」
ケンジの言葉は歯切れが悪い。
「あいかわらずややこしいな」
ユウキャンがぼそっと言う。
「そうだ。オジキに見つかったことを連絡しなくちゃいけない。早く安心させたい。電話をしていいか」
「かまわんが公衆電話からにしてくれ。出て右に少し歩いたたばこ屋にある。スマホは置いていってくれ」
「……」
ケンジがジュンを睨みつけている。
「すまないが、そこまで信用できない」
「チッ」
ケンジは大きく舌打ちする。
そのとき、店のドアが開き、カランコロンと、ベルの音が響いた。
カギは閉めていなかった。
警察官だ。
「お邪魔しますよ」
「なんやねん、今日は貸切や。表のプレートクローズになってたやろ」
「あ、それは失礼。お客さんがたくさん見えたので、営業中かと思いました」
警官は微笑んでいる。気色の悪い笑みだ。
「それにしても変わったお客さんたちですね」
「おい、うちの客にケチつけんのか。日本一の繁華街やで、いろんなのがいるわ」
「失礼しました。ただ、ずいぶんとお若いお客さんもいらっしゃるようで」
奥の階段でヒメはブルブルと震え出している。
「うちは夕方まではカフェや。酒飲ましとるわけちゃう」
「この子は店主の親戚の子でね。それよりあんた。営業外の店舗に入ったら不法侵入だぞ。この娘が怖がっているじゃないか。だいたい、なんの用だ。ひさしぶりの同窓会がしらけちまったぜ」
「同窓会でしたか。こちらは巡回連絡です」
「なら、また今度。営業中にな」
「最近、また家出少女が増えてまして。風俗だけでなく、場末の飲み屋が不法に働かせているケースもあるんですよ」
「おい、親戚の子言うたやろう。失礼やぞ」
「チアキ、〈ユウコちゃん〉が怖がっている。上に連れて行くぞ」
ジュンが階段にしゃがみ込んでいるヒメをを連れて行く。
「あ、ああ。頼むわ。おまわりさん早よ帰ってくれんか。えらい迷惑や」
「わかりました。しばらく、巡回していますので、なにかありましたら交番のほうにご連絡ください。私は遠藤と申します」
と言って警察バッジを見せる。
「ああ、わかった」
「では、失礼します。みなさん、お邪魔いたしました」
遠藤は丁寧に頭を下げて出ていった。
しばらくしてから、トモが口をひらく。
「なあ、どうした? 警察だぞ。やましいことでもあるのか!」
「うるさいっ、黙っとれ!」
緊張から解き離れたチアキは激昂する。
その時、足音が聞こえてきて、ジュンが降りてきた。
「チアキ、がんばったな。ヒメちゃんのところに行ってくれるか」
「うん……」
入れ違うようにチアキは階段をあがった。
「なあ、どういうことだ? やばいやつか?」
ユウキャンが口を開く。
「まず最初に言っておかなきゃいけないことがある。ヒメちゃんは言葉を話すことができない。後天性の失語症か何かのようだ。そして、昨日、彼女を追い回していたのはヤクザだけじゃない。警察官もだ」
「どういうことだ、さっぱりわからん!」
トモが、叫ぶ。
「だまれ、とりあえず話を聞け」
ケンジがいなす。
「なんで命令すんだ!? 子分扱いか!」
「まあまあ、トモ」
ジュンは詳細を省いて、彼女が遺産がらみで、ふたつの組織から追われているらしいことを話してから、とりわけヒメの精神状態に配慮するよう申し出た。
「姫がモンスターと騎士団の両方から狙われている感じか」
「うーん。トモ、わかりやすいけど、胸のうちに閉まってくれる?」
ユウキャンが言う。
「お前らがヒメを脅していないという証拠は? 警察のほうが正しいってこともある。ふつうそうだろう」
ケンジがジュンにつっかかる。
「そうだな。ヒメに尋ねてもらうしかないかな。筆談ならできる。まあ、ちょっといまは待ってほしいが」
「ああ、待つさ。ただ、オジキには連絡させてくれ。早く安心させたいんだ」
「……わかった非通知にしてかけてくれ。184を先に打ってから……あとスピーカーにしてもらえるか」
「おまえ、ほんとにごちゃごちゃうるせーな」
「フェアにやりたいんだ。ヒメちゃんを案ずるあんたらも気になるだろ?」
「たしかに。オドロキモモノキとか言ってて、こいつも結局、遺産狙いの悪かもしれない」
「オドロキモモノキってなんだ! ちっ、うるせーやつらだな。わかったよ」
「素直で助かる」
ケンジは言われた通りに「184」と打ってから、向田の番号を押す。そしてスピーカーボタン。
しばらくすると、応答がある。
「……」
「すみやせん、オジキ、俺です」
「オレオレ詐欺か」
「いや、あのケンジです。ヤバい状況なんで非通知にさせてもらいやした」
「ケンジか」
「オジキ、俺、やりましたぜ、女を見つけました!」
「安全なところにいるのか?」
「へ、へぇ……はいっ」
「だったらそのまま身を隠せ。京都には絶対に来るな。お前のアパートも念の為だめだ。渡した金でヒメちゃんに不自由をさせないようにな」
向田龍は一気に捲し立てる。
「へ、へいっ!」
「ヤクザみたいな口をきくな! 丁寧に接しろ、少しでもヒメちゃんを怖がらせたら、殺す!」
「へっへい!」
「それからしばらく連絡はするな! いいな!」
「えーっ」
「切るぞ!!」
ブツっと切れた。
「えー……」
ケンジはうなだれていた。もしかすると褒めて欲しかったのかもしれない。ちょっとした絶望感を味わっていた。
「あー、まあ、ドンマイ」
ユウキャンが言う。
「事態は悪化しているようだな」
トモが言う。
「ああ、そうだな。なにかあったようだ」
ジュンは目を瞑って眉間に皺をよせる。
「ああ、あんたたち。というか、ホームレスのおじさん」
「おじさん、なのか。私はまだ48だ」
「そうなのか。オレは50だ」
「なんと、パイセン……だと?」
「今日は、泊まっていってくれ。ここに。あんたも」
ユウキャンのほうを見る。
「は? なんで?」
「まあ、私たちはどっちもホームレスだからな。泊めてくれるのなら、ありがたい」
「お前、いい家あるじゃん。ビニールシートの」
「だが、あそこには住所がない。ピザも頼めない」
「帰らなきゃいけないんじゃなければ、泊まってくれ」
「俺たちを監視していたいんだな……」
「察しが良くて助かる」
「つまり、まだ疑われているんだな」
「それもあるし、もうこうなったらできるだけの情報が欲しい。結城くんは、街の情報屋と繋がっているんだよな?」
「いや、ただのデリヘルの客だよ」
「たのむ。ケンジ、あんたも」
「俺は家があるんだよ」
「ヒメのそばを離れちゃいけないんだろ。それにアパートは使うなって言われたろ」
「そうだった」
「よし、ではそういうことで」
「布団はあるのか」
トモが言う。
「ない。すまん」
「かまわん。このウルトラライトダウンがあれば問題ない」
「うん。その前に風呂入ってもらっていいか?」
「わかった」
「ここのwifi教えてくんない? 今日のログインボーナスまだ受け取ってないんだ」
ジュンはユウキャンにパスワードを教える。
これでなんとかリスクは最小限にできたか。
その時、ドンドンと扉を叩く音がする。
全員に緊張感が走る。
同時にジュンのスマホがブルっと震える。
「やほ。僕っす。入れてくんない?」
〈タイサ〉からだった。




