Chapter6 帰還
あれから一度会社に戻り、社員の無事を確認してから退勤した。
ジルベルト達と一緒に家に戻ると、驚きの光景が広がっていた。
部屋全体が綺麗に片付いているのだ。自分が最後に見たのは彼方此方にこびり付いた血痕や兄弟の死体だ。
それが何一つ無く、まるで始めから何事も無かったかのようで。
夢なんじゃないかと軽く頬を抓ってみたものの、痛みはある。すると部屋の奥から現れたのはリリスだった。
「殺人現場状態の家を放置する訳にいきませんからね。一足先に戻って片付けさせていただきました」
語尾にハートマークが付きそうな程いい笑顔を浮かべたリリスは「感謝してくださいよ?」と響哉に詰め寄る。
成程、途中で彼女がいなくなったのはこの為だったのか。
「そうか…。そこまで考えがいかなかったな。悪いなリリス」
「ええ、そりゃあもう! 大変だったんですよー? もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
ジルベルトの言葉を聞いて機嫌を良くしたリリスは更に彼を弄ろうとぐいぐい顔を寄せてくる。
響哉は改めて室内をぐるりと見渡した。いつもと変わらない部屋。何処かでおかえり、という兄弟の声が聞こえたような気がした。
正直、いなくなった実感が湧かない。つい先程まで確かにいたのだ。まだ奥の部屋に妹と弟がいるんじゃないかとすら思ってしまう。
兄弟の姿を探して寝室へ向かうが、矢張り誰もいなかった。
視線を下の方へ向けると、端に置いてある玩具箱を捉える。其処に見覚えのある猫の縫いぐるみを見つけた。
片膝を突いて縫いぐるみを手にすれば、以前行ったゲームセンターでの出来事が脳裏に甦る。
『ジル兄すごーい!』
『だろー? ほい、今日のお土産だ』
少し大きめの縫いぐるみを抱えた弟は嬉しそうに微笑んでいた。
その笑顔を思い出すと、同時に失った現実の辛さを痛感した。自分が選択を誤らなければ、こんな事にはならなかったと悔やみ切れない。
静謐な室内に溶け込むように声を押し殺し、泣いた。泣いている姿なんて誰にも見せたくないのに、涙が止まらなかった。
寝室の前でジルベルトが佇む。壁に背を向けてすすり泣く声を黙って聞いていた。
横を擦り抜けてアリサが寝室に入ろうとするのを視界に入れると、腕を伸ばしてやんわりと彼女の行く手を阻んだ。
「なによ」
「今はそっとしておこう。用件は後だ」
そう告げて中の様子を顎で指し示すと、アリサは肩を落とした。
「……わかったわ」
彼女は一言だけ言い残してその場で後にする。
ジルベルトも暫くの間霊体化していようかと思ったその時だった。
「……ジル。そこにいる?」
突然、寝室から声をかけられた。中の様子を窺えば、彼は此方を見ずに尋ねている。
存在がバレては仕方ないと敷居を跨ぎ、中へ足を踏み入れた。
「いるぞ。どうした?」
「晴香と祐樹は、母さんに会えただろうか……」
それだけが気掛かりだった。シンシアはローブの格好をしていた際、母の顔をしていた。母は恐らく、彼女に取り込まれていたのだと推測する。
響哉が穴を空け、取り込まれた魂を逃がす事に成功した。其処に母親の姿があったかは覚えていない。
「キミが悪霊を吸収している間に、俺らは霊界の門を開いて解放された魂を送り届けた。その中に、君の母親と兄弟の姿はあったよ」
「そっか……。よかった」
無事に会えたのなら、悲しむのは自分一人だけで済む。こんな時まで家族の方が心配かと呆れられそうだが、彼の言葉にやっと安心出来たのだ。
これで漸く、自分の事に目を向けられる。縫いぐるみを箱に戻し、服の袖で目許を拭うと徐に立ち上がった。
「アリサ、何か用があったんだよね? 僕はもう大丈夫だから、呼んで構わないよ」
「なんだ、聞こえてたのか」
小さく笑うとジルベルトは肩を竦めてみせた。
気を遣ってジルベルトが一旦寝室を後にすれば、入れ替わりでアリサが響哉の前に姿を現した。
「一条響哉」
彼女の冷ややかな眼差しが自身を捉えると、次の瞬間、彼女は深めに頭を下げた。
「ごめんなさい。私達は貴方を騙していたわ」
シンシアとの計画の事だろう。直接謝罪を受けると、何とも言えない表情を浮かべてしまう。
彼女達が行った事はとても許される事ではない。けれど、唯一の家族の為となると、全く気持ちがわからないでもなかった。
「もう、いいよ。責めたところで、家族が戻ってくる訳じゃないから」
自分の中の憤怒に従って文句を言った方が楽なのかもしれない。性格上、人に怒りをぶつける事自体が苦手だった。
アリサは気まずそうに視線を逸らす。姉を失った彼女はいつもよりも弱々しく見えた。
この侭だと、彼女の方が居辛さで此処から去ってしまいそうな雰囲気だ。
「ふゃ…っ!?」
隙を突いて彼女の頬に手を伸ばし、指先で軽く摘んでみた。ふにっと柔らかい感触がする。
彼女は大袈裟なくらい肩を跳ねさせて瞠目している。
「僕に申し訳ないと思うなら、今後もジルと一緒に力を貸してくれ。それで充分だよ」
そう言って手を離した。彼女は摘まれた頬を押さえながら、恨めしそうに睨み上げてくる。
「……貴方、相当なお人好しね」
「そう、かもしれない」
「また裏切るかもしれないとか、思わないの?」
「裏切る予定なら、素直に謝罪しに来るものなのかな」
アリサが言葉を詰まらせた。
間を空けて溜息を零すと、彼女はそっぽを向いた。
「わかったわよ」
一言だけ言い残して、彼女は霊体化して消える。すると奥の方からジルベルトがひょっこりと顔を出してきた。
「もう話しは終わったか?」
「うん。大丈夫」
「響哉くーん! 私達もそろそろお暇するよー!」
ジルベルトの背後からレオナルドとリリスが顔を出してきた。
「今日はもう休んでください。疲れているでしょうから」
「リリスも、ありがとう。部屋を元通りにしてくれて」
「いえいえ、お礼でしたら今度デートでも如何です?」
「えっ」
きっと冗談だと思われるが、戸惑いの声をあげてしまう。
「おい」
「まぁ怖い。男の嫉妬も見苦しいですよ?」
ジルベルトがリリスを睨み付けていて、リリスは愉快そうに響哉から距離を取った。
「私は妻と再会し、大方目的は達成出来た。感謝しよう。今はジルベルトの支援役でもあるから、もう少し現世には残っているだろう。可愛い息子が心配だからネ」
そうか。アリサやリリスも其々の罪を償う役目がある。レオナルドだってずっと此処にいる訳じゃない。
暫しの別れになるかもしれないと思うと、名残惜しさを感じた。その心を察したのか、二人が笑った。
「なあに、また何かあればここに集う事になりそうだよ」
「そうですねぇ…。少し狭いですけど、拠点としてはありかもしれませんね」
「え?」
「では、お先に」
軽く手を振りながらリリスが先に光の粒子となって霊体化し、続く形でレオナルドも蝶となり消えた。
残されたジルベルトが肩を竦めている。
「完全に響哉ん家に居座る気満々だったな」
「僕は別に構わないけど……」
大家さんが何て言うだろうか。あまり煩くならないように注意しないと。




