Chapter14 正体
目蓋を通して部屋の明かりを浴びる。浮上した意識で目蓋を持ち上げれば、寝室の天井が見えた。
戻って、これたのか……。
ぴくりと指先を動かし、自分の身体がちゃんと此処にある事を知る。
「おや、目が覚めたようだネ」
目覚めて早々、上からレオナルドが覗き込んできた。
「あれから一時間くらいは経ったかなぁ。起きれるかい?」
「はい、何とか。ジルは……?」
布団に手を突いて徐に身体を起こした。ふらついた頭で尋ねてみれば、レオナルドは横を向いた。
「ここにいるぞ」
呼ばれた本人の声が降り掛かる。
隣を見れば其処には纏わり付いていた悪霊の気配もなく、何時も通りのジルベルトが布団の上に座っていた。
「もう、大丈夫なの?」
「ああ。この通り治った。ありがとう」
良かった。無事に悪霊を引き剥がす事は出来たらしい。安心して全身の力が抜け落ちた。
「無事に戻ってきて何よりです。ところで、ジルベルトの記憶を覗いたのでしたら、自分が何者かはわかったんじゃないですか?」
「あ……」
横から入ってきたリリスの顔を見て思い出す。
過去の自分を殺した人物が、直ぐ側に居た。
「貴方が、綺香さんを……」
「ええ。私が貴方を殺しました。生まれ変わった貴方とやっと話せた気がしますよ、綺香?」
綺香と呼ばれては複雑そうに眉を下げた。揶揄っているのだとわかりつつも、前世の名で呼ばれるのは落ち着かないものだ。
「ふふふ、感動の再会を果たして満足しましたか? ジルベルト」
「そうだな、ある意味吹っ切れたってところだな」
そう言って彼がじっと此方を見つめてきた。視線に気付いた響哉は些か照れ臭そうに笑い返す。
二人の様子を眺めたレオナルドは意味深を察知したのか、顎に手を添えてにやけていた。
「目が覚めたのはいいけど、まだ朝じゃないんだから寝直した方が良さそうよ」
リリスが不思議そうに首を傾げていると、後からアリサが口を挟む。
窓の方に視線を向けると、カーテンはされた侭で隙間から太陽の日差しは入っていない。
「ああ、まだ夜明けじゃないんだ」
「一時間くらいしか経ってないからネ」
「響哉は寝直すといい。明日も仕事だろ?」
「うん。そうするよ」
「では、我々は一時解散としよう。ここにいては眠りの妨げになるだろうからネ」
レオナルドが立ち上がり、ジルベルトを除いた他の皆も寝室を後にした。
霊体化する死神を見送った後、パジャマに着替えようとスーツの上着に手を掛けた。
赤いネクタイを外し、ワイシャツの釦を外すところで、ずっと浴び続けていた視線に耐えられずに顔を上げる。
「……あの、ずっと見られてると落ち着かないんだけど」
「いやいや、俺に構わずに続けてくれ」
それなら下心見え見えの視線を何とかして欲しい。
結局、見られた状態でシャツも脱ぎ捨ててベルトへ手を掛けた。
自意識過剰と言われてしまうかもしれないが、同性でもじろじろと見られるのは気になる。
「あれ、ジル?」
ズボンに手を掛けたところでふと、ジルベルトの方へ視線を向けると、彼は顔を反対側に向けていた。
「腕の調子がどうか見たかっただけだからなっ! 下の方は見ないでおく!」
勘違いしないでよねっ! と、何処かで聞いたような台詞を零して壁の方へ目を向けていた。
腕と聞いて自分の右腕を見る。腕は相変わらず真っ黒で、肩の方にも広がっているような気がした。
後ろまでは見えないのでどれ程進行しているのかはわからない。心配しているんだと理解すれば自ずと口許が綻ぶ。
「それじゃあ、お休み」
下も脱いで青色のパジャマへと着替えた。布団に潜ると明かりが消されて室内が暗くなる。
ジルベルトも霊体化するのかと思いきや、彼も布団の中へと入ってきた。それも隣の布団ではなく、響哉の寝る布団の方に。
一人用の布団に大人二人はとても狭いが、隣の布団とくっついているので幅のゆとりはある。
あまりの近さに目を見開いた侭固まっていたが、肩から腕を回されて完全に逃げ場を失う。
「朝までこうしていたいんだが、だめか?」
「っ、好きにして構わないよ」
降ってくるお強請りの声にぎこちなく了承した。
お互い横向きの姿勢で、ジルベルトの胸元が丁度目の前にある。既に鼓動が早鳴りしていた。
……どうしよう。ちゃんと眠れるだろうか。
興奮して目が覚めてしまいそうだ。視界の情報を遮断すべく、ぎゅっと目を強く瞑り、自然に意識が遠退くのを待った。
「シンシア君、ちょっといいかネ?」
二人が丁度寝静まった頃、アパートの屋根の上にいたシンシアの許に、レオナルドが現れる。
「はい。なんでしょう?」
「ここじゃあなんだから、場所を移そう。少し話しがしたい」
人目を気にしてか、レオナルドは場所の変更を提案する。疑問符を浮かべながらも、シンシアは快く応じて肯いた。
彼が向かった先は、響哉が通勤時に通る通路だった。周りの民家は電気が消えていて就寝中だ。
あるのは電柱に付いた外灯くらいで、薄暗い。彼女と対面したレオナルドは愛用のステッキに手を掛けた。
「単刀直入に尋ねよう。シンシア君、神田志穂という女性に心当たりはあるかね?」
「はい。響哉さんと同じ会社の人ですよね? 悪霊化した彼女の魂なら、私が冥府に送りました」
「いや、もっと前の話しサ。実は先日、この地域で悪霊化した被害者の家をこっそりと調べていたんだヨ。そうしたらこんなものが出てきた」
レオナルドが取り出したのは一冊のノートだ。
「それは?」
「普通のノートではあるが、中には彼女の日記と見られる文章がある。そこにね、白い女の子の幽霊に何度も会ってる事が書かれていた」
確かこの辺だったかなと、ノートの頁を捲っていく。
「彼女は仕事と人間関係でとても悩んでいたようだ。先輩によく怒られ、萎縮してしまっている自分が情けないとね」
「……それで?」
「そして彼女はこの女の子の幽霊に色々と相談していたようでね。これは君で間違いないかな?」
ノートから顔を上げて問い掛けた先で、無表情だったシンシアが一転して笑顔を作った。
「ええ。困っていたようなので、相談に乗っただけですよ?」
にっこりと、形のいい笑みは一切崩さずに両手を合わせる。
肯定した彼女に対し、レオナルドの眸は細められて。
「その結果、彼女を悪霊化に追い込んだのは君だネ?」
確信した言葉が空気を伝う。吹き抜けていく夜風が髪を弄び、普段は隠れている片方の眸が薄らと窺えた。
彼女からの返答はない。否定をしない沈黙は肯定と言ってもいい。
「まだあるぞ。アリサ君がいなくなった時、君は本当に妹を探しに行っていたのかネ?」
「当たり前じゃないですか! 姉妹なんですよ!?」
「響哉君とアリサ君が合流した時、君は側にいなかったそうだネ。でも君はこの家に戻ってきた際、妹を見つけたと言っていた」
「妹を見つけてから、すぐに別行動に移りましたから」
「ふむ、ではそういう事にしておくとしよう。して、君の霊蝶は一体どこかね?」
其処でシンシアの言葉が途切れた。
妹であるアリサの姿は無く、一人で立っている故に誤魔化しは不可能だろう。
「双子だから、常に一緒にいるから気付けなかったよ。君達の周りを飛ぶ霊蝶は全てアリサ君の霊蝶だ。間違っててほしいとも思ったが、残念だよ。矢張り君が……──ッ!?」
紡ぎ終えるよりも早く、ドンッと何かが背後からぶつかった。
突き立てられた刃が心臓を貫き、レオナルドの口端から血が滲む。
「……だめよ。そんなに問い詰めたりしたら。殺したくなるでしょう?」
耳元に聞き慣れた人声が。力を振り絞って振り返ると、其処にはフードで顔を隠したローブの姿。
空いている方の手でフードを外し、紅色の髪が覗く。
「ア、リサ、君……その、格好は」
「必要かと思ったけど、いらなかったみたいね」
刺さっていた刃を抜いて、こびり付いた血液を払う。
負傷したレオナルドの身体が崩れるように地面に倒れた。
「ありがとう、アリサ」
「別に。私には、これくらいしか出来ないから……」
感謝の音に視線を外す。
倒れたレオナルドへ歩み寄ったシンシアはその場にてしゃがみ込み、負傷した彼を見下ろした。
「結論から言うと、貴方の予想通りです。ご褒美に、いい事を教えて差し上げますね?」
「…ぐ……っ!」
「貴方の奥さん、でしたか。探し人は今も尚、私のお腹の中にいます」
「なっ、」
シンシアは愛おしそうに自身の腹部を撫でていく。
「貴方の奥さんも中々美味でした。しかし、食べても食べても、私のお腹が満たされる事はありません」
「ぅ…っ、なぜ、このような……」
「もちろん、死後も生きる為です。この世は弱肉強食。空腹を満たさねば活動も出来ませんので」
「つ、ぎは、響哉君……かネ?」
一人の青年の名を口にすれば、シンシアは頬に手を添えてうっとりと頬を染めた。
「はい。中でも響哉さんはとても美味しそう。順調に症状も進んでいますし、もう食べ頃かと」
「──!」
見上げた先に見えた空色の眸は期待に満ちていた。
彼女は本気だ。自分が満たされる為なら何だって喰らう。響哉君を彼女に近付けさせてはいけない。
これ以上は器が保てずに、身体は霊蝶の姿へと戻ってしまう。ひらひらと逃げるように飛ぶ蝶を見上げた少女は口角を吊り上げた。
「そんなに奥さんに会いたいなら、会わせてあげましょう。ええ、私の腹の中で」
シンシアの足下から悪霊の腕が伸びる。巨大化した白い手は宙を漂う蝶を掴んだ。
捕まえた蝶を引き摺り込む形で、腕は足下の影の中へ戻っていく。しんと静まった夜道に双子だけが取り残された。
腹部に青白い光が灯され、直ぐに消える。彼女は一瞬だけ満足そうに愉悦の表情を浮かべていたが、器の身体がぐらついた。
「お姉ちゃん……!」
異変に気付いたアリサが即時に姉の身体を支える。
幾つもの魂を内側に取り込んだ器の負担は一体どれ程なのか、アリサには想像出来なかった。
「……ダメね。全然足りない。どうしてかしら、飢えが収まらないの」
「沢山食べても、ダメ……?」
「量が足りないのかと思ったけど、違うみたい。でも、他に飢えを凌げるものがわからない」
妹に凭れ掛かりながら、姉は弱音を吐いた。
「──いっそ、地球ごと食べてしまえば諦められるのに」
「お姉ちゃん」
「ええ、そうよ。先ずは一条響哉を取り込んで、力をつけて、地球上の魂全てを喰らいましょう」
少しずつ魂を取り込み、自身の症状を和らげていたのも最早我慢出来ずにいた。
身体を離した姉は笑みを崩さずに妹へ向き直り、手を差し伸べる。
「そろそろ味付けの仕上げといきましょう? アリサ」
そう告げる言葉には有無を言わせない圧を感じた。
絶対服従。元々アリサに断る理由などなく、深めに肯いて自身の手を重ねた。




