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生死の案内人  作者:
第三章 執着の先のトゥルーエンド
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Chapter13 変化の兆し

『ジルは、その…、何で死神になったの?』


響哉の何気ない問い掛けに器の心臓が脈打つ。そう問われた途端、込み上げた想いを全てぶつけたくなる程の言葉の数々が喉奥に痞えた。

お前の為だと声を大にして言いたかった。何も覚えてないというのが、これ程辛いものだったなんて。

ほんの少しでも、前世の記憶を思い出さないかと淡い期待を寄せていた。でもそんな事は一度も起こらなかった。


響哉はピアノが得意だと言った。それは前世から引き継いだ才能だ。ピアノの話を聞いた時、不覚にも嬉しくなった。変わってなくて安心したのだ。

彼が眠りに就いた際、こっそりと口付けを落とした。この時ジルベルトは響哉には前世の事を一切伝えないと決意していた。

言っても混乱させるだけなのは明白な上に、本人が決めた新たな人生に、自分の居場所はないのだと痛感したのだ。だからせめて、彼には前を向いて生きてほしい。


底の見えない暗闇の中で、ジルベルトは上を見上げる。この侭悪霊となるならば、俺は響哉から離れよう。

愛する綺香はもう居ない。何より彼の命が最優先だ。


「綺香……」


ずっと口にしていない、彼女の名を呼んだ。生前の彼女を追い続けた亡霊は、膝を抱えて目を伏せる。

──綺香、愛してる。消え入るようにそう呟いた。


「……ル、! …ジルッ!」


少し離れたところから声が聞こえた。とても心地好い、愛しい声色だった。

駆けるような足取りは少しずつ近付いてくるのがわかる。


「響哉……?」


如何して此処に、と言いかけたが大方父親かリリス辺りが差し向けたのだろう。

今更合わせる顔がなかった。否、既に自身の顔も黒く塗り潰されている。本当に顔を合わせられないのだ。

視界は真っ暗だが、幸い音はまだ拾えるので声のする方を向いた。


「……! っ、ジル…」


その顔は、と呟きが微かに聞こえた。驚くのも無理はない。

身体を取り囲む黒い影が己の顔を塗り潰しているのだ。相手には表情すらわからない筈だ。


「悪い、もう半分くらい悪霊化している。ここにいたら響哉まで巻き添えになるから、早く戻れ」


せめて自分から距離を取るように願った。響哉の腕がこれ以上悪化しては困る。


「……戻るなら、ジルも一緒じゃないと駄目だ」

「それは出来ない」


ぐっと堪えて首を左右に振る。返答に対し響哉が息を飲むのが伝わった。


「これ以上、響哉に危害を加えたくない。ここで悪霊共々霊界に渡る。それか、リリスやアリサ達に駆逐してもらうしかないな」


一度黄泉に渡り、穢れを浄化してから再び死神として現世に降り立つ。どれ程の時間がかかるかわからないが、それが最善だ。


「俺がいなくなった後は、リリスを頼れ。次点で信用出来る死神はあいつだけだ」


あいつに響哉を任せるのは気に入らないが、他に頼れる死神がいないので妥協する。

何かと突っかかってはいたが、彼女の腕は確かなのだ。出来れば彼女に近付いてほしくない気持ちは変わらないが。


「……ふざけるなよ」


目前の響哉の声が怒気を滲ませて震える。残念ながら彼が今どんな顔をしているのかわからない。


「僕には生きろってしつこく言っていた癖に、自分はあっさりと、二度も死ねるのか!」


近付いてきた気配に肩を掴まれ、大きく揺さぶられた。

そうだ。綺香の為だと思えば俺は何だって出来る。


「やっともう少し生きてみようって思えたのに、ジルがいなきゃ意味がない!僕も綺香さんも、ジルが消える事を望んでなんかいない!」


やめてくれ。そんな風に言われたらずっと側に居たくなる。

響哉を普通の生活に戻してやれなくなってしまう。


「ぐっ、ぅ……!」

「……! 響哉、やめろ! 直接それに触るな!」


突然、顔を覆う影が強く引っ張られた。無理矢理引き剥がそうとする腕が微かに見える。

焼けるような痛みに耐える声が聞こえた。早く離れろ。キミの魂まで穢れてしまう。

侵食していた影の一部を引き剥がした事により、片目が響哉の姿を捉えた。苦しそうに歪んだ顔を見て、手を伸ばそうとする。


「ああ、ジル。やっとこっちを見た」


視線に気付いた響哉が安堵の表情を浮かべた。

何言ってるんだ。笑ってる場合じゃないだろ。下手をすればキミまで一緒に悪霊化するんだぞ。

どうしてキミも綺香も、笑っていられるんだ。


次の瞬間、覆っていた影が強引に剥がされ、真っ黒に塗り潰れていた顔が露となった。

視界が明るくなり、目の前の人物をはっきりと視認する。それと同時に伸びてきた手によってがっちりと両頬を押さえられて。


「……!」


気が付けば、視界に響哉が広がっていた。唇に柔らかな感触が押し当てられている。

頬を押さえる腕は力強く、逃げる事もかなわない。僅か数秒の筈なのに、やけに長く感じられた。


「っ、んん……!」


息苦しさに耐えかねて塞がれた箇所からくぐもった声を漏らすと、名残惜しそうに唇の表面を舐めた舌先が離れる。

漸く身が解放されれば大きく息を吸い込み、呼吸を整えた。


「は…っ、きょうや……?」

「ごめん。ジルが綺香さんの事が大事なのはわかってる。でも、僕もジルの事が好きだから、どうしてもこの気持ちは伝えておきたかった」


まるで振られる事が前提のような言い回しだ。

変だな。キミは綺香なのに。俺が綺香を振る筈がないのに。

……いや、生まれ変わりと言っても、響哉は響哉だ。

喩え同じ魂でも、今は別人。彼は綺香じゃない。彼は綺香じゃ、ない。

それなのに、先程の口付けは嫌じゃなかった。寧ろドキドキしている自分に驚いた。

響哉と過ごしたのはたった数日、なのに。


「ジル、泣いてる……?」


様子を窺っていた響哉が放つ言葉を聞いて、自身の頬に一筋の雫が零れ落ちている事に気付いた。

悪い、止まらない。小声で呟けばふわりと温もりが触れた。抱き締められていると理解するまでに少し時間がかかった。


「……俺は、綺香が好きだった」

「うん」

「綺香が生きたいと願った。だから転生者である響哉には生きてほしかった」

「……うん」

「綺香の願いを叶えたい。その気持ちは変わっちゃいけない。…なのに」


報われない気持ちをずっと抱き続けるのが、とても苦しい。


「……やっぱり、あの願いがジルにとっての呪いになってるんだね」


静かに聞いていた響哉が、申し訳なさそうに息を吐いた。


「もういい。もういいんだ、ジル。あの願いは君を苦しめる為に言ったんじゃない。だから、転生者として僕が取り下げる」

「……っ」

「その代わり、別の願いを言ってもいいかな。僕を今後綺香の転生者として扱わないでほしい」

「それは……」


それはつまり、彼を一条響哉として見るという事だ。彼に対して、綺香の面影を求めてはいけないと。

目の前の体温が恋しくて背に腕を回す。僅かに震えた指先は背の服を掴み、スーツに皺を刻む。


「わかった。約束する。これからはちゃんと見る。響哉の事を」


そう告げると、響哉は嬉しそうに口許を綻ばせた。

だが、自分に取り憑いた悪霊を剥がす術を持っていない為、この侭だと悪霊化は避けられないと思った。

その時だ。響哉の足下にある拳銃に気付いたのは。


「響哉、それ…親父のか?」

「うん。来る時に対悪霊用にって持たされたんだ」

「……そうか。それならソイツで俺ごと撃ってくれないか?」


思わぬ頼み事に響哉は動揺した。


「ジルごと撃ったらまずいんじゃないのか?」

「親父がただの護身用でそれを持たせるとは思えないんでな。無事じゃなかったとしても、霊蝶に治してもらえばまた動けるさ」


楽観的な主張に未だ躊躇う様子を見て、ジルベルトは真剣な眼差しを向けた。


「今回は親父を信じる。響哉、頼む」

「……わかった」


肯いて拳銃持ち上げたなら、ジルベルトに狙いを定めた。彼の死因ともなった箇所を狙うのは気が引けてしまうが、そうも言ってられない。

決して目は逸らさずに、掛けられた指で引き金を引く。銃口に光が集い、凝縮された光は一直線に発射された。

眩しくて前方が殆ど見えない。奥から悪霊の奇声が聞こえる。影が光に溶けていくのが微かに捉えられた。

軈て光が消え失せる。眼前には誰も居らず、拳銃を下ろして辺りを一望した。


「……ジル?」


不安になって声をかける。矢張りジルベルトも無傷では済まなかったのか。

しんと静まり返った空間に一人、取り残されて戸惑ってしまう。


「わっ!」

「うわぁ!!」


突然背後から抱き締められた。


「ジル!」

「はははっ、無事復活した!」


力強く抱き寄せる腕に抵抗する間も無く一先ず後ろを向いた。

特にこれといった外傷はなく、ほっと安堵の呼気を逃がすと肩の力を抜いた。


「本当に大丈夫だった…」

「理屈は俺にもわからんが、…ま、結果おーらいって事で」


あんなに苦しかったのが嘘のように、元気になっていた。

心も大分軽くなったような、そんな気分だった。響哉に霊銃をくれた父親には感謝の念を抱く。


その時だ。何時の間にか響哉の後ろに半透明の女性が立っている。

ジルベルトの瞳孔が開く。その姿は紛れもなく彼女だったから。


「綺香……?」

「えっ」


響哉も遅れて彼女の存在に気付いた。彼女はじっと二人を見つめていて、話しかける素振りも見せない。


「……生前の記憶が形になってしまったか」


何と無くだが、理解した。これは俺が記憶を元に作った綺香の幻なのだと。

彼女を忘れない為に、自分の決意が揺らがないように。挫けそうになったジルベルトが縋る為に。


「大丈夫だ。俺には響哉がいる。もうキミに縋ったりはしない」


穏和な口調でそう告げる。女性は何も語らずに笑っていた。それは嬉しそうに。

幻は光となり消滅する。静謐な空間に残されたジルベルトは静かに目を伏せた。


「さようなら、綺香」


零された一言はすんなりと胸の内に落ち着いた。

軈て地面が揺れ始め、天井に亀裂が入る。ジルベルトから悪霊が離れた事により、この空間も崩壊の兆しが見えた。


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