Chapter12 視線
「父親って……」
胸倉を掴まれてる男がジルベルトの父親だと告げられれば二人を見遣る。
確かに、髪の色とか似てなくもないが…。
「そう。私はレオナルド・リベッティ。家族の行方を捜して飛び回る可憐なちょ……あだだだっ! 首! 首絞まってるヨ!」
ぱっと手を離されて男が地面に落ちる。よろめいて立ち上がった男は木から落ちた際に腰を痛めたらしく、その部位を摩っていた。
鎌を下ろしたジルベルトは武器を砂時計へと変化させて自身のポケットに仕舞うと、響哉の方を向いた。
「怪我はないか?」
「あ、うん。大丈夫」
改めて無事を確認する声に反応する。
「ひどいよ…折角の親子の感動の再会だというのに」
「あの戦闘の何処に感動の要素があったんだよ。つか、いつ死んだんだあんたは!」
泣き真似をしてみせるレオナルドに突っ込みを入れているジルベルト。二人の様子を見守っていたが、意外な言葉に注視してしまう。
「いつって、割と最近かなぁ。年も取って病死しちゃった後は、とある死神のところで世話になっていたんだけど、その死神が黄泉へと帰ってしまってね。こうして彷徨っていたのだよ」
「その、死神というのは」
「ああ、中村冬馬君サ。彼は新人寄りの死神だったらしくてね。死神の悪霊化については、知らなかったようだ」
告げられた名前にぐ、と言葉に詰まった。それは僕が悪霊化させてしまった死神の名だ。そして大家さんの息子でもある。
思わぬところで繋がりを見つけてしまい、何とも言えなくなった。
「さて、先程は手荒な真似をしてすまなかったネ。君の波長の力を試させてもらった」
「何故、そのような事を?」
「私はある霊を追っているのだ。私の妻を、取り込んで消えた霊をね」
「母さんを?」
「あれは人の魂を食い物にしている。次から次へと、悪霊も死霊も、生きた人間すら襲う。化け物と呼ぶに相応しい存在だ」
生きた人間もと聞いて先ず思い浮かべたのは怪死事件の方だ。ジルベルト達が探す悪霊と一致しているのではないかと。
「…つまり、響哉を餌にしてそいつを誘き寄せたかったと」
「大正解! しかし集まったのは小物の悪霊ばかりだったようだ。残念な結果ではあったが、息子と再会出来たので良しとしよう!」
囮にされていたと知れば、複雑な感情が芽生えるのを感じる。自分の体質を利用された上に、家族まで危険な目に遭わせてしまった。
腕に抱えた妹は泣き疲れたのか何時の間にか眠っていた。それを見てほんの少しばかりほっとするが、それでも警戒心は怠らない。
「僕が囮になれば、一連の犯人は出てくるんですか」
レオナルドの言い分が確かなら、ジルベルト達が態々出向かなくてもこっちに誘い込めるのではないかと。気になって問い掛けてみる。
「可能性は高いと思うよ。君は悪霊にとっても、死神にとってもご馳走だろうからね」
「響哉」
質問に対し、レオナルドは深めに肯いてみせた。それを聞いたジルベルトが止めに入る。
「響哉が前に出る必要はない。これは死者の問題だ」
「でも……」
「だめだ」
釘を刺すように強めの口調で告げられては、押されて黙り込んでしまう。
その様子を眺めていたレオナルドは自前の髭に触れながら息子の方を見遣った。
「ふむ。ふむふむ…、やけに響哉君を大事にしているみたいだネェ。よくよく見ると似ている気がするよ、綺香ちゃんに」
「綺香?」
予想していないところでジルベルトの彼女の名前が挙がった。
じろじろと見られる視線が気まずくて戸惑いを露にしていると、横からジルベルトが父親を睨みつけた。
「……親父」
「ヒエッ、こわいこわい。おじさんはさっさと退散しよう!」
圧をかけるような視線を浴びたレオナルドは大袈裟に肩を竦めた後、淡い光に包まれてその場から姿を消した。
霊体化したのだろうか、そう思ったのも束の間、ひらひらと一匹の霊蝶が宙を漂っていた。
「死神じゃないなと思ったら、霊蝶だったのか」
ジルベルトは溜息混じりに呟きを落とす。てっきりレオナルドも死神だと思っていた響哉は驚いた。
飛んでいた霊蝶がジルベルトの肩に留まり、青白い光は蛍のようで綺麗だ。
「悪いな、また一人キミの家に厄介になりそうだ」
「それは…別に構わないよ」
今更一人増えようがあまり変わらない。そう思うくらいには充分に慣れた。
霊体化してくれるなら部屋の狭さは気にならない。また賑やかになりそうだと笑うと、眠っている妹に視線を落とす。
「妹も無事に見つかったし、帰ろうか」
「ああ」
気付けば夕方になっていた。妹を家で寝かせてから、買い物に行こう。
そう思い、緩慢な足取りで家路に着こうとしたが──。
突然、総毛立つような悪寒が全身を駆け巡る。自分の意識が遠くなりそうな程に息苦しく、全身が鉛のように重たい。
背後からだ。背後から何かの視線を感じる。一人?否、複数。何十人、何百人の視線を感じた。込み上げる恐怖に耐え切れなくなってジルベルトの名を呼ぼうとしたが、上手く声を発する事が出来なかった。
正に蛇に睨まれた蛙だ。周囲の動きが遅く、視界が全て白黒に見える。近くに何者かの吐息が感じられ、気持ちが悪かった。
身体が警鐘を鳴らす。振り向いてはいけない。振り向いたら最後、喰われると確信を得られたからだ。
「響哉?」
顔色が優れない様子にジルベルトも異変を感じた。呼び掛けても反応せず、次第に焦りの色を浮かべる。
ジルベルトの視線は自分達の背後に向けられていた。周辺から羽ばたく音が聞こえ、上に視線をずらせばカラスが何羽か集まってきている。
「響哉、急ごう」
聞こえているかわからないが、立ち止まっている訳にいかないと判断して強引に手を引いた。
何かがいるのはジルベルトにもわかっていた。まともに対峙しては分が悪いのは明白で、この場から離れる事を先決した。
電線の上に留まったカラスの鳴き声が、やけに煩く感じられた。
※ ※ ※
「それで、逃げ帰ってきたという訳ね」
外に出てからの事情を聞いたアリサは腕を組みながら手厳しい一言を口にした。
夜になり、晩御飯を終えたところで改めて全員が揃う。新たに加わったレオナルドに関しては完全にスルーされていた。
「しょうがないだろ? 響哉の様子も可笑しかったし、俺一人じゃ分が悪いってもんだ」
「貴方の父親がいるじゃない」
「霊蝶は飽くまで支援役。私に力を求められても困るよレディ」
冷静な返答にはわかってるわよ、と零してそっぽを向いた。
「せめて姿を見ていればよかったんですが…。ほんの少し振り向いてくれるだけでよかったんですよ?」
「いや、振り向いたらだめだ」
残念そうに紡ぐリリスに対し、響哉は首を左右に振る。視線を交えてはいけない。あそこで振り向いていたら即死だったと思う。
死亡フラグなんてものを聞いた事があるが、正にその通りだった。
「まあいいでしょう。おじさまの作戦は見事失敗、かと思いきや成功したんですから」
響哉の波長で、目的の人物が釣れたのだ。完全に目をつけられたと言ってもいい。
「上手くいったのだから、今度はこの方法で迎え撃つのはどうかね?」
「必ず来るという保証はないですけど…、やってみる価値はありそうですね」
「俺は反対するぞ」
話し合いを遮る形で強めの口調が室内に響く。
「相手の力が未知数だ。響哉を囮にするのはリスクがでかすぎる」
「あら、守る自信がないんです?」
「そうじゃない。なるべく危険な目に遭わせたくないだけだ」
「でも、効率を考えたらこのやり方が現状良さそうですけど?」
意見の対立でジルベルトとリリスが睨み合っていた。一歩も譲らない空気に他の皆は困った様子だ。
「まあまあ、二人とも落ち着きましょう? 肝心なのは響哉さんの意思ですから」
「姉さんに賛成よ」
二人を宥めようと間に入るシンシア。本人の意思を尊重する姿勢につられて二人の視線は響哉の方へ向けられる。
「僕にしかできないのなら、やってもいい」
「っ、響哉」
「ジルが僕の事を気遣ってくれているのはわかる。けど、倒さなきゃならない相手なら、どの道避けられないだろうから」
怖くないと言えば嘘になる。また動けなくなるかもしれない。
そして何より、何時かは決着をつけないといけない相手なら自分も協力したいのだ。
下手をすれば死ぬかもしれない。以前の自分なら関わりたくなくて避けていただろう。
死神に協力したい、というよりはジルベルトの力になりたかった。今まで僕の事を優先して考えてくれる人がいなかったから。
静まり返った室内に、突如腹の虫が鳴り響いた。
シンシアが恥ずかしそうに頬に手を添えて下を向いてしまう。アリサが呆気混じりに肩を落とした。
「あ、えっと…晩ご飯、足りなかったかな?」
「すみません…。燃費が悪いもので」
冷蔵庫の中に余っている物で良ければあげよう。
アリサによるとシンシアは霊力の消費が激しく、物を食べる事で回復させているらしい。
他の死神は霊体化して休むか、霊蝶と繋いで充電する仕組みみたいだが…、彼女はそれでも足りないそうで。
彼女の空腹は、ぴりぴりした空気をほんの少しだけ和やかにしてくれた。




