表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生死の案内人  作者:
第二章 探し人
24/48

Chapter10 擦れ違い

窓の外から微かに雀の鳴き声が聞こえる。微睡む意識で身動ぎ、まだ眠くて二度寝しようと目を瞑る。

カーテンは閉まっていて、室内は暗い侭だ。深い呼気を零して毛布を被り直そうとする。


……待て。今何時なんだ?

疑問が頭から離れずに、億劫な動作で枕元の時計を手に取った。


「…!? しまった、朝ご飯……!」


時計の針は八時を指し示していた。今の時刻を知れば流石に眠気も吹っ飛んでしまう。

今日は有給消化で平日だが休みとなっている。だが妹と弟は別だ。いつも通り学校や保育園がある。休みとはいえ朝食すら作っていないのはまずい。慌てて布団から抜け出そうと上体を起こした。

隣を見れば布団には妹も弟もいない。ならば先に起きているという事になる。いや、先に起きてるなら何故起こしに来ないんだろう。

幾つか疑問が残りつつも素足で布団の上を歩み、パジャマ姿の状態で寝室の襖を開いた。


「あ、きょう兄起きた!」

「……おはよう」


茶の間では空の食器を手にした妹がいた。物音に逸早く気付いた晴香が声をあげる。

晴香は足早に台所へ向かい、ご馳走様と告げて食器を戻していた。服も着替えていて、ランドセルが近くに置いてあった。

祐樹も靴下を履いて外へ出る準備は万全のようだ。一体何が起こっているのか、動揺しているところへシンシアが近付いてくる。


「おはようございます。響哉さん。もう少しゆっくりお休みいただいてもよかったんですよ?」

「ああ、おはよう…。えっと、これは一体」

「一条響哉が疲れているそうだから、朝の支度は私達がやったのよ」


其処へアリサが台所から現れる。水の流れる音と、食器が触れ合う音が聞こえるので恐らくは誰かが今洗い物をしているところだろう。


「居候させてもらってますし、これくらいはさせてください」

「ちなみにジルとベルはあっちで洗い物中よ」


白と黒の双子が並び、奥の台所を目線にて指した。


「俺がなんだって?」


丁度洗い物を済ませたジルベルトが台所から顔を出す。エプロンを纏った姿は割と似合っていた。


「お、響哉も起きたか。待ってろ、今朝飯持ってくから」

「え、ジルが作ったの…?」

「ああ、やり方さえわかれば案外何とかなるものさ」


自信たっぷりに告げる彼の表情はとても煌いていた。以前は包丁の扱いすら危なかった訳だが、大丈夫なのか。

再度台所の奥へと消えていく背中を心配そうに見ていた刹那、後ろから裾を引っ張られた。


「きょう兄、これ……」


そう言って晴香が差し出してきた一枚のプリントに視線を落とす。綴られていたのは、授業参観に関する内容だった。


「悪いけど、この日は仕事で行けそうにないな」


平日は基本的に出社しなくてはならない。有給は今日使ってしまったので、急な休みは取りづらいのだ。


「どうしても?」

「うん。ごめんね」


申し訳ないが今回も参加は出来そうにない。落胆して顔を伏せる妹に罪悪感が募る。

プリントを持つ手を下ろして、妹は眉を下げながら兄を見上げた。


「……きょう兄は、はるか達のこときらい?」


小さな問い掛けに目を見開いた。心臓を掴まれたかのように、身動きが取れなくなる。


「そ、んな訳ないじゃないか。どうして、そう思うんだい?」

「だって、ちゃんと留守番してても、きょう兄帰ってこない日がある」


それは残業の末に帰れなくなった時だ。この前も会社に泊まった為に、耳に痛い言葉だ。


「はるかがゆうきと喧嘩した時も、すごく嫌そうな顔してた!」

「それは……」


仕事の疲れからか、ちょっとした事でも苛々していたとは思う。響哉自身にも心当たりがあり、何とも言えなくなってしまった。


「だから、一緒にいるのが嫌なのかなって…」


図星を突かれたと思った。妹がそのように思っていたなんて初めて聞いた。

そんな事はないと直ぐにでも否定したかったが、思うように言葉を紡げずに口を引き結ぶ。


「ママもパパも、はるか達のこときらいになったからいなくなったの?」

「っ、それは違う!」

「違わないもん! きょう兄もどっか行っちゃうもん!」


力いっぱい叫んだ少女は、弟の手を引いて揃って玄関に駆けていく。軽く手を伸ばしかけるが、パジャマ姿では止める事も出来ずに立ち尽くすのみだった。

バタンと扉が閉まる音が聞こえて、深い溜息を吐いてテーブルの前に腰掛ける。


「お待たせー…って、どうした?」

「ううん。大した事じゃないんだ」


お盆を持って茶の間に帰還したジルベルトが響哉の様子を見て首を傾げた。首を横に振って何でもないと伝える。

側で見ていた双子が顔を見合わせる。彼女等は特に何も告げずに傍らに腰掛けた。

ジルベルトが不思議そうにしつつも皿を並べていく。形が少し歪な玉子焼きと、焼いたウインナーに白いご飯。銀鮭や味噌汁などもあった。

全部冷蔵庫にあったものだ。どうやらあるもので作ってくれていたようだ。


「見た目に関しては突っ込まなくていいからな? 味は問題ないぜ」

「見た目は別に気にしないよ。いただきます」


朝をゆっくり過ごすなんて久し振りだ。箸を手に取って味噌汁のお椀を持ち上げた。

豆腐とわかめの入った味噌汁を一口啜り、箸は近くの銀鮭へと伸ばされる。

鮭の身を切り分けて、口に運ぶ。その様子をジルベルトは卓に両肘を突いて眺めていた。


「…うん、ちゃんと焼けてる。おいしい」

「だろー? ちょっとは上達してるんだぜ、これでも。それと、玉子に少しだけ砂糖を入れたんだが…甘いのはだめだったか?」

「それは平気。晴香と祐樹の好みに合わせてくれたんだね」


砂糖入りの玉子焼きは妹と弟の好物だ。味の感想に満足気なジルベルトを一瞥し、感謝の気持ちを抱いた。


「響哉、休みなんだってな? 予定とかはあるのか?」

「いや、特にはないよ。寝足りないから、もう少し寝るのもありかな」


休日なんて殆ど予定は入っていない。数少ない友人とは疎遠になってしまい、会社の人達とプライベートまで一緒に過ごしたいとも思わない。

適当にネットを見たり、本を読んだりくらいか。あとで夕飯の買出しはしてこないといけないな。


「そうか…。ここ最近は休めていないもんな。一日中ごろごろしてるのもありかもしれん。けど、起きていられそうだったら一緒にアニメ見たりゲームでもしないか?」


いきなりのお誘いに瞠目してしまう。人差し指の先を触れ合わせて、照れ臭そうに紡ぐジルベルトはちらりと響哉の様子を窺っている。

それはもう、期待の眼差しだ。一緒に遊びたいという意思がひしひしと伝わってくる程に。


「アニメにゲームだなんて、ジルとベルは死後を楽しみ過ぎじゃないかしら」

「なにおーう!? いいじゃないか死後くらい楽しんでも!」


横から突っ込まれては声をあげる。彼等の場合、死んだ後の方が生き生きしているように見えた。


「いいよ。アニメなら興味あるし」

「え、マジか」


あっさりと了承を得られた事に驚きを隠せないジルベルトは素で呟いた。


「今は眠気がそんなにないしね。後でまた眠くなるかもだけど…」


軽い返事を返しながら、朝食を食べ進めていく。無事に平らげた皿を重ね、ご馳走様と告げてお盆ごと台所へ持っていった。

時刻は午前九時近く。晴香達は無事に学校や保育園に辿り着けただろうか。心配は尽きないが、細かい話は帰ってきてからにしよう。

今日は部屋でゆっくり過ごす。そう決めてパジャマから私服に着替えに向かおうとした、その時だ。

突然、スマートフォンのバイブレーションが鳴った。振動の音に気付いて充電器を外す。着信で表示されているのは小学校の番号だ。慌てて携帯を耳に当てた。


「もしもし?」

「もしもし、担任の高橋です。晴香ちゃんがまだ学校に来ていないんですが…、今日はお休みでしょうか?」

「え?」


担任の教師からの電話だった。妹が学校に来ていない。いや、鞄を背負って家を出るところはちゃんと見た。

途中で事故にでもあったのか、それとも学校にすら向かっていないのか。可能性としては後者の方が高い。


「っ……すみません。今日はその、風邪を引いてしまったみたいで。お休みさせていただきます。ええ、失礼します」


一先ず学校を休む旨を伝えて電話を切った。正直動揺している。妹の不登校なんて今までになかったから余計にだ。

もし見つけたとしても、大人しく学校に行くとは思えなくて咄嗟に休ませた。それに、家族の事で担任にあまり迷惑をかけたくない。


「何かあったんですか?」


尋ねてきたシンシアの方を見遣る。


「晴香が学校に行っていないみたいで……」

「家出かしら」

「アリサ」


ジルが腕を伸ばして止めに入った。家出と聞いて、外へ出る際の妹の様子を思い出す。

学校じゃないなら、一体何処へ向かったのか。落ち込んでいた妹が行きそうな場所を考えつつ急いでスーツに着替えた。


「ちょっと、探してきます」

「手伝おうか? 皆で探した方が早いだろ」

「いえ、これは僕達家族の問題なので。一人で行きます」

「あ、おい! 響哉!」


止める間もなく飛び出していった。ジルベルトの申し出は有り難い。けれど、どうしても人に頼るのが苦手だった。

外へ出たはいいが、妹の行きそうな場所が思い浮かばない。恐らく、そう遠くへは行けない筈だ。

近くの公園か、それとも。思考を巡らしている最中、自分の目の前を青白く光る蝶が横切った。

死神の霊蝶だ。この蝶も普段は霊体化しているのか、唐突に現れる。一匹の蝶はひらひらと道標のように飛んでいき、一つの道を真っ直ぐに進んでいく。


「こっちって、言いたいんだろうか」


何と無くではあるが、案内しようとしているようにも見えた。少しだけ迷いもしたが、他に当てもなく蝶を追いかける事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=919184407&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ