Chapter10 食べ過ぎ注意
「響哉さん、おかわり!」
………。
何故、死人がご飯を食べているのだろう。
茶の間もすっかり人が多くなった。前は兄弟と三人で囲んでいたのに、今は更に四人も増えた。
小さな部屋に七人は多い。食器を並べるのにも一苦労だ。
死者は食べる必要がないとは言っていたが、食べようと思えば食べられるそうで。胃に入ったものは霊力に変換されて消滅するらしい。
食べたものが無駄になる訳じゃない。それはまあいいとして…。
「食べすぎじゃない?」
主に沢山食べているのはリリスと、シンシアだ。
アリサとジルベルトは控え目といってもいい。遠慮してるのもあるだろう。
「すみません。私、とても大食いみたいで…」
指摘されるとシンシアが恥ずかしそうに両頬を掌で包み込む。その横でアリサは呆気混じりで響哉を見上げる。
「姉さんは一度食べ始めたらとことん食い尽くすわよ。食費に大打撃だから食べ物を与えちゃいけないわ」
「そう、みたいだね……」
もう手遅れな訳だが。
積んであった唐揚げもサラダも、あっという間に無くなっていた。
リリスのご飯のおかわりをよそって彼女に手渡す。ご機嫌な様子で受け取る彼女に対し、晴香はきらきらとした眼差しで見つめていた。
「お姉ちゃん、すごーい!」
「晴香も、野菜を避けないで食べられるようにならないとね」
「……だって苦いんだもん」
何時の間にか皿の端に避けられているピーマンを見つけて指摘すると、妹は頬を膨らませた。
「お前ら少しは遠慮しておけよな」
「食べるのが久し振り過ぎて、ついつい沢山食べてしまいました」
口許をもごもごとさせてから、リリスが満足そうに紡ぐ。
溜息を吐き出すと、隣から「悪いな」とジルベルトの小さな謝罪が囁かれた。
「それにしても、響哉さんってちゃんとお料理するんですねぇ」
「別に、好きで覚えた訳じゃないよ。母がいないから代わりにやってるだけ」
母親という単語に子供二人がぴくりと反応を示す。その微かな動きを、ジルベルトは見逃さなかった。
「こんだけ作れるなら、結婚には困らなさそうだな。……はっ、まさかもう嫁ぐつもりなのか!」
ガタッと勢いよく立ち上がりそうな程の勢いに響哉は驚いた。
「い、行かないよ! というより、相手がいないんだけど…!」
婿入りでない事にも突っ込みを入れるべきだったか。動揺から兎に角否定する事で精一杯だった。
「あら、恋人がいなくても好きな人の一人や二人くらいはいるんじゃないの?」
其処に悪ノリする言葉が降り掛かった。恋話に発展しそうな展開には女性陣が興味津々なようで、響哉に視線が集まる。
「学生の頃なら…いたけど。今はいないよ」
「えぇっ!?」
「……何でジルとベルがショックを受けてるのかしら」
一番驚いていたのは女性陣ではなくジルベルトだった。目を見開いた侭硬直しており、向かいのアリサがぽつりと呟く。
「まぁまぁ、それでしたら響哉さん。年上はお好き? リリスちゃん今フリーですよ?」
「年上ってか、年寄りの間違いだろ…いでででっ!」
「全盛期の姿ですからぴっちぴちですー!!」
気に障る発言を聞き逃さずに、リリスがジルベルトの頬を抓っていた。
年寄りというのが本当なのだとしたら、彼女は一体幾つなんだろう。
「えっと…すみません。遠慮しておきます」
「えぇー? 膝枕をしてあげた仲なのにぃ?」
「はっ!?」
聞き捨てならない単語を耳にしたジルベルトが声をあげた。説明を求める視線に気付き、響哉は目線のやり場に困りつつ控え目に口を開いた。
「その、今朝倒れた時に、膝枕をしてもらったみたいで…」
「リリスちゃんの大サービス回だったんですよ」
事情を知ったジルベルトは顔を伏せてぷるぷると身を震わせた後、拳を握り締めて顎を持ち上げた。
「ゆ る さ んッ──!!」
とても悔しそうに、声を大にして叫んだ。一体何に対して怒っているのか、響哉にはよくわからなかった。
一方でリリスは愉快そうに笑っている。首を傾げていると、目の前にシンシアが照れ臭そうに茶碗を差し出してきた。おかわりらしい。
御前零時。兄弟が先に寝て、アリサ達女性陣は霊体化したようで姿は見えない。
唯一ジルベルトだけが同じ寝室にいる。彼は上のモッズコートを脱ぎ捨てて白いタートルネックの格好で窓付近に胡坐を搔き、暗い室内で霊蝶の淡い光に頼りつつ一冊の漫画に夢中のようだった。
薄い青色のパジャマに着替え終えると、自分も明日に備えて布団に入ろうとしたその時だった。
「響哉、俺も一緒に寝たい」
「え?」
ジルベルトの唐突な発言に、目覚ましの時刻を設定しようと伸ばした手が止まった。
「確か死者は寝ないんじゃ……」
「布団で横になるくらいは出来る」
「いや、でも……」
大人二人が一つの布団で寝るには狭すぎる。目線でそれを伝えようとするとジルベルトは漫画を脇に置いてその場から立ち上がった。
「よし、早いもの勝ちだ!」
「あっ!」
隙有りと言わんばかりに勝手に布団に入り込む姿があった。ご満悦な表情で掛け布団を被る様子に慌てて反対側へ潜り込んだ。
「ちょっと、ジル。もう少し端に寄って」
「へいへい」
追い出すのは流石に可哀想なので、せめて端っこへとぐいぐい彼の身体を押した。
枕に頭を乗せて一息吐き、目蓋を閉じる。具合は良くなったものの、今日はどっと疲れた。
頭も重くて何も考えたくない。雑念を振り払って少しずつ身体の力を抜いていく。
隣からもぞりと身動ぐ気配に少しだけ目蓋を持ち上げた。眠らないという彼は朝まで横になっているつもりなのか。ほんの少しだけ気になって目線を上に上げた。
すると横の彼と視線が交わった。ジルベルトは身体を横向きにして布団に肘を突く。頬を手の甲に押し当ててじっと響哉を見つめていた。
それは微笑ましそうに、大切なものを見るような優しい眼差しで。数回瞬いた後、添い寝という形で見られている気まずさに視線を彷徨わせた。
「あの…、見られると、落ち着かないんだけど」
「ん? ああ、すまん」
謝りはするものの、微塵も動かぬ素振りからしてやめる気はないらしい。
仕方ないので、寝返りを打ってジルベルトに背を向ける。それでも後ろから視線を浴びていた。
死神四人の中で、やたらと彼だけが自分に接触をしてくるのは何故だろう。
アリサ達みたいに霊体化していればいいのに。態々一緒に寝ようだなんて、一体何を考えているのやら。
彼是考えても仕方ないと割り切り、大人しく眠る事にした。




