30 実食
「これがスープだと…」
従業員の少女にそう教えられ、改めてズールは周りを伺うも、やはり皆美味しそうにスープにも口をつけている。
メインディッシュとなる照り焼きチキンの匂いに隠れてしまっていたが、味噌汁の器を手に取り鼻へと近付けると、香り高い匂いが確かにした。
いまいち納得がいかなかったが、そういうものなのだろうと思うことにする。これまで彼が食べてきた料理の中にも、食べるのに勇気が要る様な食材や料理も多々あった。このスープも、そういった類いの物なのだろうと、自身を半ば無理矢理納得させるようにイスへと腰掛けた。
客が大人しくなったと見た少女は、この場はもう大丈夫だと判断し、「ごゆっくりどうぞ」と一礼して厨房へと入って行った。
何処にでもあるような平凡な宿屋の店員。教育が行き届いた、その丁寧な対応にズールは目を丸くする。
そこらの庶民の料理屋では決して受けられないサービスが、この宿屋にあったからだ。
やや驚いたものの、目の前の料理へと再び目を向ける。いくらサービスが良くても、料理の味が伴っていないのでは仕方ない。
まず彼が手にしたのは、味噌汁の器だった。器の底に茶色く濁った何かがあるのを見て、やはり躊躇いの顔を浮かべる。
木匙を液体の中に沈めると液体が掻き回され、今度は全体が濁ってしまった。それに顔を顰めつつも、味噌汁に浮かぶ具ごと木匙を掬い上げてみる。
(それにしても何だ、この具は?)
掬い上げた木匙の上には、四角く白い何かがあった。他にも玉ねぎに似た野菜なども入っていたが、それらはありふれた食材でもあったため、彼の目には特別留まらなかった。
見たこともないそれは、ズールの興味を大いに魅いた。
その正体は見ただけでは分からず、とにかく食べてみようと、湯気を立てる木匙を口へと運ぶ。
その何かの正体を掴むべく歯を入れると、それは抵抗を感じさせず、すっと噛み潰すことができた。
(これは…!? 何なんだ!?)
正体が掴めなかっただけではない。その料理としての完成度に驚き、内心で疑問を叫んでしまっていた。
(白い物体は特に何かを主張しているわけでもない。しかし、少しだけ塩辛いスープと非常に相性が良い。他の具材にもスープの味が染みている。…このスープは一体何なのだ)
具材を活かす味噌汁の奥深い味わい。今までに食べたことのない味と言う噂は真実であったのだ。
(どうやって、こんな複雑な味を作り出しているのだ…。私の知らない調味料か?)
まだまだ自分には知らない事があるのだと突き付けられた格好となった。しかし、同時に料理人としてのやり甲斐も感じている。この味を再現してみせると。
味噌汁を飲み干し、その味を忘れないように記憶すると、次はメインディッシュだ。
味噌汁を飲んでいる最中も、強い匂いでもって主張し、彼の鼻を刺激していた。
(確か、てりやきちきん、とか言っていたか。てりやき、というのは調理法か。すると、ちきん、というのは鶏肉のことか?)
そう推理しながら、ざっとその料理を検めていた。
茶色い謎のタレに包まれる鶏肉に、料理を出されたばかりの先程と同様に抵抗を感じる。
しかし、それも少し減じられていた。それというのも、先の味噌汁の美味さがあったからだ。
味噌汁が美味かったから、きっとこの料理も美味いのだろうと、そんな期待が募っているのだ。
ズールは木匙を置いてナイフとフォークに持ち替えると、鶏肉を全て一口大に切り分ける。
その内の一つをフォークで突き刺すと、口にするのを躊躇わないよう、すぐさま放り込んだ。
まず舌で感じたのは、トロッとしたタレの感触。次いで、その甘辛さだった。
(甘く、塩辛いだと…)
甘さとしょっぱさ。一見すると相容れないその組み合わせも、この料理にはひどく合っていた。
肉を咀嚼し飲み込むと、ニンニクの独特の匂いが鼻腔をつく。
彼の知る料理の味とは似ても似つかない、そんな料理が照り焼きチキンであった。
どんな調味料を使い、どんな方法で調理をすれば、この様な料理ができるのか。頭の中で調味料と食材をを組み合わせ、この味の再現を試みるも、どうにも上手くいかない。
実際に味見をしながらであれば何とかなるだろうと、頭を切り替えて、目の前の料理に向かう。
(そういえば、好みでこの調味料を付けるんだったか)
皿の隅にある、白とも黄色ともとれる調味料に、フォークに突き刺した鶏肉で直接付着させると、今度は何の躊躇いもなく口へと運んだ。
そして、先程との味の違いに驚くことになる。
(なっ…!? 味はまろやかに、しかし、味が殺されているわけではない。むしろ先程のスープと同様、絶妙に活かされている…!)
鶏肉に付けた調味料は一体何なのか。今度はそれを調べるため、フォークの先端に付けて舐めとってみた。
(むぅ…! 意外とコクがあって、こってりしているな)
サッパリとした野菜に合いそうだと、添え物の野菜に早速付けてみると、ズールのその予想は見事に的中した。
これはいわゆるマヨネーズであるのだが、その存在を知らないズールはまたしても、謎の調味料、マヨネーズの解析に頭を悩ませていた。
(…これ以上考えても答えは出ないだろう。今は、この料理の味を出来るだけ覚えて帰るのみだ)
検証は後回しに、彼は食事を再開する。味の確認のため、今度はマヨネーズを付けずに鶏肉を一切れ食べた。
(…悔しいが、美味い)
内心で舌鼓をうちつつ、白米が盛られた皿へとフォークを向けて米を持ち上げると、まだ口の中に幾らか残っている鶏肉には構わず、それを放り込む。
彼の様子は表面的には何も変わらないものの、内心では再度、小さく驚いていた。表に出なかったのは、今日だけで何度も驚いたせいだろう。
鶏肉のタレと白米。これが良く合ったのだ。甘辛いタレにご飯が絡み、ついついご飯を余計に口へと運んでしまう。
そして、この白米が、彼の知る米と全く違うことに気が付いたのだ。米が固くなく、ふっくらとしていて柔らかい。
(…これは、本当に米なのか?)
米を精白するしないの話以前に、これは勇気創作のジャポニカ米である。この世界の米と比べてみれば当然差異が出るのだが、そんなことはズールに分かるわけがなく、またしても彼を悩ます原因となったのは言うまでもない。
その後は、それ以上の驚きはなく、ただ黙々と食事を進めていくのみだった。
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