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27 晩酌

 春の草花亭に入って来るものが1人。真っ赤な忍装束に、背には忍者刀が掛けられており、フランスのエッフェル塔を模した鞘がとても特徴的だ。

 勇気はその人物の姿を認めるや、右手を挙げて声を掛ける。


「ジャン、こっちだ」


 ジャンと呼ばれた忍者も勇気に気が付き、彼が掛けているテーブルへと歩み寄っていく。


「すみません、少し遅くなりマシタ」

「大丈夫、こっちもついさっき仕事が終わったばかりだ」


 ジャンは空いている席、勇気の対面に位置する椅子を引き、そこに座る。四人掛けのテーブルの上には、実に様々なおつまみが所狭しと並べられていた。


「刺身に唐揚げ、冷奴…夢のようデス」


 夢にまで見た日本の居酒屋の定番メニュー。それを目の前にし、ジャンは感動で打ち震える。


「他に食べたい物があったら言ってくれな。すぐに作るからさ」

「ありがとうございマス」

「早速だけど、割り方は?」


 焼酎の瓶を片手に軽く持ち上げ、そう尋ねる。


「ロックでお願いシマス」

「はいよ」


 ぐい呑みへと創った氷を数個落とすと、瓶を傾けて中の液体を注ぐ。とくとくとく、と、瓶から流れるその音が耳に心地良い。周囲には、独特な芋の香りがふわっと漂った。

 注ぎ終わると、ぐい呑みをジャンへと渡す。

 続いて勇気自身の分のぐい呑みへ、同じく氷を数個落とす。


「私が注ぎマショウ」

「お、サンキュー」


 瓶をジャンに手渡すと、ぐい呑みへと酒が注がれる。酒で満たされた器を勇気が受け取ると、準備は完了した。

 お互いの手には盃がある。後はそれを掲げ、お馴染みの言葉を言うだけだ。


「「乾杯」」


 それを合図に盃同士が打ち合わせられ、コッという音を立てた。溶け始めた氷が転がり、次いでカランと涼やかな音色を奏でる。

 ぐい呑みを口へと近づけ、とろみを持つ液体を軽く口に含む。鼻を通り抜ける良い香りに、ついつい顔が綻んでしまう。

 舌を軽く刺激するそれを飲み流すと、またしても酒の風味が鼻を突き抜ける。


「美味いな」

「美味しいデス」


 それからは箸を手に、それぞれ思い思いのつまみを口にする。

 話題は基本的には地球の、それも日本のことが多かった。内容はアニメやマンガ、動画に映画等、サブカルチャー全般だったが。

 日本を良く知るジャンは、その手の話題にも事欠かない。有名どころの漫画の話が出れば、それだけで大盛り上がりだった。

 マンガの続きや結末なんかも、勇気が知る限り教えた。そのマンガの世代が微妙に古く、ジャンの異世界歴がそれなりに長い事が判明した。

 そこで、勇気はふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「なあ、ジャンはこの世界に来て何年になるんだ?」

「そうデスね、6、7年になると思いマス。当初は、やはり地球に戻りたいとよく考えていマシタ」

「結構長いな…。今でも地球に戻りたいって思ったり?」

「いえ、今ではここの生活にも大分慣れマシタし、妻と子を残して帰ることは出来マセン」

「え!?」


 余りの衝撃に、勇気はつい立ち上がってしまった。と同時に、納得してしまう。ジャンは何事も無かったかのように、焼き鳥を口に運んでいる。


「そりゃ、数年も異世界にいれば妻も子もできるか」

「ええ。それに今戻ったとしても、向こうにはもう居場所がないデショウから」

「そうだよなぁ…」


 勇気は幾度となく異世界に召喚されてきた身である。仕事を見つけられず、何度も苦しめられてきた。たかだか数ヶ月いなかっただけでこれだ。程度は違うが、予想は容易くつく。

 数年も居なかったのだ。ジャンは既に死んだものと見なされて、ジャンの財産等は、恐らく全てなくなっているだろう。

 尚且つ、ジャンもいい年齢であることから、勇気同様に仕事が見つけられるか怪しい。と言っても、勇気はフランスの就職事情などはよく知らないため、これは想像に留まった。


「何か、湿っぽい話しちゃって悪いな…」

「いえ、気にしないでクダサイ。今は、こうして日本の味を楽しめてイマスから」

「そうだな。この話はやめやめ」


 そう言って話を区切った所で、またしても宿屋の入り口が開かれた。

 疲れた顔をして中に入って来たのは、勇気もよく知る者だった。


「ミーシャ」


 いきなり声をかけられた事に、ミーシャは少し驚いていた。夜も遅いこの時間に、宿の入り口で誰かが声をかけてくることを想像していなかったのだろう。

 誰に声を掛けられたか分かると、ミーシャは安堵した顔で応じた。


「ユーキか。そこで何してるんだい?」

「いや、酒を飲んでるんだけど。そっちは遅くまで何をしてたんだ?」

「魔物退治の仕事さ」


 くたびれた様に言うと、肩を回して凝りを解している。よく見てみると、ミーシャが着けている軽鎧には幾らか汚れが付着していた。これでも拭き取った後なのだろう。


「そっか、お疲れ。飯がまだだったら一緒にどうだい?」

「…そうだね、ご相伴に預からせてもらうよ」


 そう言って勇気のいるテーブルに近付くが、そこにもう1人、やたらと奇抜な格好をした人が居ることに気が付く。

 ジャンは事の次第を見守って口を出さずにいたことから、ミーシャが同じテーブルに着くことに否はないのだろう。

 ミーシャは勇気の隣の席に着くと、警戒心を露わにした顔で勇気に問い掛けた。


「ユーキ、この人は誰だい?」

「俺の友達だよ。ジャンって言うんだ」

「ジャン…?」


 何処かで聞き覚えのあるかのような、そんな違和感をミーシャは感じていた。若干、首を傾げつつ考えるものの、その答えは出ない様だった。

 そんなミーシャは気にせず、勇気に「自己紹介を」と水を向けられたジャンは、悠々と立ち上がってミーシャに身体を向ける。


「初めまして。私、ジャン=アレクサンドル=伊藤と言いマス。よろしくお願いシマス」

「ジャン=アレクサン…っ!?」


 お辞儀をしながら名乗るジャン。そのフルネームを聞いて、違和感の答えに行き当たったのだろう。ミーシャの目は驚きに見開かれた。


「あっ…『赤影』!?」

「赤影? えっ何それ、二つ名?」

「ちょっと恥ずかしいんデスけどね」


 勇気は、ジャンが二つ名を有する程に有名なのだとは思いもせず、少々面を食らった。ちょっと格好いいな、とも内心考えていた。

 それ以上に驚き、立ち尽くすミーシャに座るように促すと、「ああ…」と、放心したように気のない返事をしつつも腰を掛けた。

 とりあえず、勇気は焼酎をロックで入れ、ミーシャへと渡す。彼女はくぴりと音を立ててそれを飲むや「美味い」と言った。

 酒を飲むことで幾分、落ち着きを取り戻したのだろうミーシャは、現状を理解しようと努めた。


「なんでここに赤影がいるんだい?」

「仕事でこの街に来てたからデス」

「そうじゃなくて、なんで勇気と一緒に酒を飲んでるのかってことだよ」

「この宿に来たのは偶然なんデスけど、勇気さんとはその時に知り合いマシタ」

「そうそう。同じ世界出身ってことで意気投合したんだ」

「同じ世界…? 赤影も異世界から来たのか…」


 同じ世界。その言葉を聞いて「道理で」と、何事かを納得しているようだった。勇気はその言葉に少し疑問に思いつつも、今はジャンの事が気になった。


「ジャンって、そんな二つ名が付くほど凄いの?」

「ああ、なにせ世界で数人しかいない最高位ランクの冒険者だからな。単身で闇組織に乗り込み、そこのボスを誰にも気付かれずに討ち取った、なんて話もあるらしい」


 勇気が見てきた大抵の世界に冒険者ギルドがあるように、この世界にも冒険者ギルドはあった。そして、分不相応な仕事が受けられないように、ギルド側で依頼の難易度の設定と各冒険者のランクを管理し、実力相応の依頼を受注させる。

 実力もない者が凶悪な魔物に挑むなど、無駄に命を散らすだけである。日々増える魔物が相手なだけに、貴重な人材をむざむざと死なせるわけにはいかないからこその制度。それが、この世界にも適用されている。

 ギルドが設定したランクの最高位ということは、当然のことながらジャンは相当な実力者であることが分かる。


「すげぇ。さすが忍者だな」

「いえ、まだまだ修行中の身デス」


 先ほどの話を否定しないあたり、実際にあったことなのだろう。

 ミーシャは呆れ気味に勇気とジャンに話し掛けた。


「なあ、あんた達の世界の人間って、みんなあんた達みたいに強いのかい?」

「勇気のいた国には沢山イマス」

「嘘教えたらダメだろ。俺はそんなヤツら知らないもん」

「少なくとも師匠の伊藤さんは強かったデスよ? その伊藤さんが、日本にいっぱい弟子がいるって言ってマシタから、きっと強い人沢山イマス。それに、伊藤さんの弟子達は基本、社会から姿を隠して存在自体を秘匿してイマス」

「え、マジで? 忍者すげぇ…」


 日本人より現代の忍者事情に詳しいフランス人に、勇気は脱帽した。勇気が知らないだけで、忍者は世界各地で暗躍している可能性が広がった。

 それを聞いていたミーシャは「やっぱりな」と、うんうん頷いていた。

 先ほどの「道理で」発言にも疑問を持っていた勇気は、ここぞと聞いてみる。


「ん? 何がやっぱりなんだ?」

「いや、言ったら怒るだろうから言わないよ」

「怒らないから言ってみ?」

「…本当に怒らないか?」

「怒らない」

「わかった。…あんたが異常に強いのは、やっぱりそういうお国柄なんだなって」


 別段怒る様なことでもないが、何処ぞの戦闘民族ではあるまいし、完璧な誤解である。そこにジャンは追い打ちをかけた。


「勇気さんの国は変態の集まりデスから、仕方がないのデス」

「うるさい。ジャンもそんな日本に染まったんだから同類だよ」

「生粋の変態には敵いマセン」

「おのれ、変態忍者め!」

「うわ…」


 酔いが回ってきたか、勇気とジャンのテンションはやや高い。端から見ると、意味のない言葉の応酬を繰り返している様にしか見えないが、当人同士は楽しんでいる。

 そんな変態2人と席を同じくしていることに危機感を覚えたミーシャは、己を抱くように腕を身体に回して身を引いた。


「こら、そこ! 何引いてんの!」

「わぁっ!?」


 こうして、酒で馬鹿騒ぎする3人の長い夜が始まった。

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