表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/32

26 バルーム伯爵

 ブルーノの街の中心からやや離れた場所に、ブルーノの街と街の周辺を領土とする、ある貴族の屋敷があった。

 日が暮れた時分、大量の燭台に火が灯された屋敷の一室には、3人の人の姿があった。


「本日の料理のお味のほどは、如何でしょうか」


 そう尋ねたのは、ひょろりとした長身の男だった。面長で、手足もひょろ長い。赤毛の頭髪を後ろで一括りにし、カイゼル髭をたくわえている。

 その腰には白いエプロンが着けられており、彼が料理人であることの証となっている。

 対して、問われた男は、皿に盛られたステーキ肉をナイフで切り分けていた。

 食用のためだけに育てられた、高級な牛の肉だ。塩と胡椒だけで味が調えられており、シンプルではあるが、純粋な牛の肉そのものの味が楽しめる。

 その肉をフォークで突き刺し、ぞんざいに口の中へと放り込むと、くちゃくちゃと音を立てながら咀嚼した。

 そして、おもむろにワインが注がれたゴブレットを手に取り、中の液体をぐびりと口の中に含むと、肉ごと喉の奥へと流し込んだ。


「ふん、悪くない」


 そう答えた男はこの屋敷の持ち主であり、ブルーノの街とその周辺を領土とする領主、ダルマー=バルーム伯爵その人だった。

 その身体はぶくぶくと肥え太っており、締まりが無い。腹の肉はまるで大樽の様。ナイフとフォークを握るその手の指には、豪奢な指輪が食い込む様にはめられていた。しかしそれは昔着けた指輪が取れなくなったのであろう、今の指の太さではとてもはまりきらないサイズであった。

 そして脂にまみれた不健康な生活を送っているためか、金色の頭髪は側頭部にペタンと張り付いたものを残すのみで、大変寒々しい。

 どかりと、飲み干して空になったゴブレットをテーブルに置くと、傍らに控えていた執事がワインを注ぎ足した。


「悪くないが、些か飽きがきておる」


 バスケットからパンを鷲掴みにすると、バターナイフでバターをこれでもかと塗りたくり、噛り付く。

 口の中に入りきらなかった分は、肉と種種の野菜がふんだんに使われたスープへと浸す。ふやかした後は当然、口へと投げ込まれる。

 後には、スープにバターの脂が浮かんでいた。


「左様でございますか」

「ズールよ、もっと新しい料理は作れないのか?」

「努力はしております」


 そうそう新しい料理が作れるわけでもなかった。ズールと呼ばれた、白いエプロンを着用したひょろ長い男はそう答えるに止めた。事実、彼が任されたレストランの集客のために、新メニュー開発には余念がない。


「そうは言うが、最近どれも似た様なメニューばかりではないか」


 そう言いながら、今度は肉やミルク等と茹でられたパスタへとフォークを伸ばす。ぐるぐるとパスタを巻き取ると、まるで骨付き肉にかぶりつくようにパスタを口にした。


「申し訳ありません」


 恭しく頭を下げるズールだが、俯いて見えない顔には、明らかに不快な色が浮かんでいる。


「よい。別にお主を責めようというわけではない」


 その言葉をきっかけに、下げていた頭を上げる。

 では、どういった御用向きで自分は呼ばれたのでしょうかと、視線で問うズール。

 普段であれば、彼に料理は作るものの、そのままバルーム伯の夕食に呼び出されるなどということはあまりない。

 その呼び出しも、レストランの集客状況、新しい料理の味の感想、新メニュー開発と催促とその愚痴を吐かれる以外には、殆どない。最近では催促と愚痴が専らであったが。

 その愚痴が違うとなると、ここに呼ばれた理由について、彼には検討がつかない。


「ここ数日、市井を賑わしている宿屋のことは、お主なら知っているかと思うが」


 ピクリと彼の眉が動くが、表情は変わらない。

 もちろん、ズールは知っていた。レストランの従業員の噂話を耳にしていたからだ。

 曰く、この世の食べ物の味とは思えないほど美味であると。

 にわかには信じがたいが、その料理を食べるために集まった行列を、満足そうに店を後にする客達を、彼は実際に目にしていた。

 レストラン開業当時は調査を兼ね、件の『春の草花亭』の食事を食べるために足を運んだりした。わざわざ宿に泊まって。

 その時の感想は、「特筆すべきはない、普通の料理」であったはずなのだ。


「ええ、噂話程度ではございますが。何でも、見たことのない、とても珍しい料理を出すと」


 特に誤魔化す必要性を感じないため、彼は素直に応じる。最も、自分に考えつかないような料理を出せるという点に、彼のプライドはかなり傷ついている。

 取るに足らないと評した店に、ホテル・ブルーノのレストランの客が少なからず奪われているのだ。


「ああ。珍しく、かなり美味いと評判らしいな」


 食にうるさいこの貴族のことだ、自分も食べたいと言うに決まってる。

 ズールとバルーム伯との付き合いは短くない。それ位のことは、簡単に予想がつく。そして、それを素直に言い出さないことも。


「そこでだ。お主には、その宿屋の料理を食べてきてもらいたい。その料理がワシの口に合うかどうかを判断してくるのだ。庶民の料理など、本来なら口にもしないのだがな。想像を絶する味とやら、これが真のことだとしたら、逃すには惜しい」


 バルーム伯爵は大きな舌で、ベロリと舌舐めずりをする。

 その行動を見て嫌悪感を抱きつつも、やはりな、と自分の予想が当たってしまったことにもズールは苛立った。


「まさか、庶民の薄汚れた手で調理された物を食べるわけにもいくまい。ああ、もちろん、お主の手は薄汚れてなどいないがな。それに毒を盛られるやもしれんからな。だから、評判となっている店の料理をお主が食べ、同様の物をお主が作るのだ。料理の再現くらい、お主には造作もなかろう?」


 新しい料理が作れないのなら、真似をすればいい。この領主は、そう言っているのだ。

 ズールのプライドは、ズタズタにされた。

 しかし、彼はそれをおくびにも出すことはしない。


「もちろんです。とにかく、まずは店に行き、バルーム伯爵のお口に相応しい料理か否かを確認して参ります」

「うむ。期待しておるぞ」


 バルーム伯はその返事に満足すると、すっかりズールには興味を失くし、中断していた食事へと取り掛かる。

 ズールは黙って一礼すると、部屋を後にした。

 屋敷を出、兵が守る門をくぐるも、彼を止める者は誰もいない。ズールは足早に、レストランのあるホテル、中央広場へと向かう。


(いいだろう。その味、とくと食らってレストランの物にしてやる。俺がこの街で1番の料理人なんだ!)

閲覧、ブックマーク登録ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ