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25 NINJA伊藤

 勇気と謎のフランス人の2人は連れ立ち、宿屋の裏庭へと来ていた。

 勇気は椅子を二つ創ると一つに腰掛け、忍者の風体のフランス人へと座るように促した。


「まずは初めまして。俺は灰村勇気、日本人だ。よろしく」

「ジャン=アレクサンドル=伊藤、フランス産まれデス。こちらこそヨロシクお願いシマス」

「……色々と聞きたいことがあるんだけど」


 聞きたいこと、というよりかはツッコミたいことの方がより正しい表現となるが、勇気は初対面でそこまで押しは強く行けない。質問という形で、ジャンと名乗る初老の男性にあれこれツッコミを入れることにした。


「どうぞ」

「何で忍者? 何で伊藤? 何でエッフェル塔?」


 何故、地球の人間がこの世界にいるのかはひとまず棚上げにされた。個人的にツッコミたいことを勇気は挙げていった。


「おお、それにはとても深い理由がありマス。聞くも涙語るも涙なお話デス」

「ちょっと待って。それ長い?」

「いえ」

「じゃあ続けて、どうぞ」

「忍術を広めるためにフランスに来ていた日本人と、ふとした切っ掛けで知り合ったのデス」


 地球では、色々な国で日本の文化が知られているが、まさか忍術を教えにフランスまで行く人がいるとは驚きであった。

 そもそも、忍術というものに懐疑的な勇気は、その忍術もいかほどのものであるか疑問を浮かべてはいる。

 ジャンのコテコテの忍者の格好は、外国人の間違った忍者像を彷彿とさせるため、その忍術にもものすごくツッコミたい衝動に駆られるが、本人に不服はなさそうなのだ。そんなことをするのは野暮というものだろう。


「それが伊藤さん?」

「そうデス。私は伊藤さんに忍術を習い、免許皆伝をいただいた際に、伊藤の名前ももらったのデス。その時に様々な日本文化も教わって、私は日本に惚れ込んだのデス」

「なるほどね」


 彼は至って真面目に忍者をやっているようなので、勇気としては否はない。というか、この世界で忍者になろうが侍になろうが、完璧に個人の自由である。


「そしてこの刀は『エッフェル刀』と言いマス」


 ジャンは特徴的な刀を手に取り言う。


「まんまだな」

「これは、私がこの世界で手に入れた魔剣なのデス。この魔剣は持つ者の魂によって形を変えマス。私の場合は、フランスの心と日本の和の心が合わさった結果なのデショウ。試しに持ってミマスか?」

「え、いいの?」


 このフランスの電波塔を模した形は自分の意思ではなかったらしい。

 勇気も、自分が持った時の魔剣の形に興味を惹かれた。試しにエッフェル刀の柄を握り込んでみると、魔剣は光を放ちながらみるみるうちにその姿を変えた。

 日本を代表する、五重の屋根を持つ仏塔に。柄は相変わらずの日本刀の柄である。


「これは…」

「素晴らしいデス…。五重塔、いや、『五重刀』デスね」

「…そうだね」


 何ともコメントに困った勇気は、早々に魔剣をジャンへと返却した。

 持つ者によっては聖剣にもなりうるのだろうが、勇気にとってはふざけた武器だという認識にしかならなかった。だが、ジャンは少なくとも気に入っている様だ。でないと、こんなに目立つ武器を好き好んで持ち歩かないだろう。

 ツッコミはあらかた済んだので、勇気はいよいよ本題へと入る事にした。


「ところで、ジャンがこの世界に来たのって、やっぱり召喚で?」


 おおよその予想はついていたが、念のための確認である。


「その通りデス。…あれはある夏の日の事デシタ。日本の某所で開催されているオタクの祭典に参加していた時、私は急に立ちくらみを覚えまマシタ」

「ごめん、やっぱりいいや」

「そうデスか、残念デス」


 何やら長くなりそうで、且つ、ろくでもない話となりそうだったので強制的に話を打ち切った。

 どうも天然なのか、ジャンは真面目な様子で意図せずふざけているように思える話をするものだから、油断ならない。しかも、人の話をちゃんと聞くくらいに素直でもある。だからこそ、この人物は憎めないのかもしれない。

 少なからず、勇気はジャンを不愉快には感じていない。


「後さ、何かジャンの話し方っていうか、イントネーションがちょっと変なんだけど。日本語話してるの?」


 召喚魔法の補助効果で、異世界言語の翻訳が行われる様になっている。これは、召喚主と召喚獣との間でコミュニケーションが取れない、なんて事が起こらないようにするためのものだ。召喚獣と召喚獣、といった場合も当てはまる。

 原則、普通に話している分には、相手方には通常のイントネーションで伝わるようになっている。

 その例外の一つが、慣れない言語での会話だ。


「そうデス! 私、日本語の勉強のために日本語話してマス!」

「地球に戻れないのに、日本語勉強しても仕方ないと思うんだけど…。まあいいか。この世界に来てからは何をやってるんだ?」

「こっちに来てからずっと、冒険者をしてマスね。この業界ではそこそこ有名デス」

「へぇ、すごいじゃん」


 恐らく初めてであろう異世界で、しっかりと身を立てている事実に、勇気は尊敬を覚える。勇気が初めて異世界に喚び出された時は、周りの助けがなければ生きていけなかった。初の召喚の時、勇気は中学生だったので当然と言えば当然だったが。

 それでも、知り合いらしい知り合いがいない世界で暮らしていくのは、生半可なことではない。


「もちろん、周囲の協力があっての事デス」

「いや、これまで地球の知り合いがいない中でやって来たんだろ。やっぱりすごいよ」


 心からのその発言に、ジャンは口を緩め、目を細める。細めた目尻に皺が数本刻まれた。

 勇気はジャンに、春の草花亭の人々と同じものを感じ取っている。この人物は、優しい人物であることを。勇気としては、そんな人物をこの出会い限りにするつもりはない。


「ジャン。もし都合がつくなら、またご飯を食べに来ないかい? あんたならいつでも歓迎するよ。…まあ俺の宿屋じゃないんだけど」

「願ってもないことデス! 私も、しばらくは仕事でこの街にイマスから。それに、言われなくてもランチ、食べに来マスよ!」

「ああ、じゃあよろしくな! ってか早速今夜辺りどうだい? とっておきの焼酎出すからさ」


 握手を交わした後、勇気は杯を傾ける仕草をする。ジャンは日本が相当好きらしいことから、酒もイケる口とにらんだのだ。もちろん、勇気が酒を創り出すことになるのだが。


「おお! 絶対に行きマス! 楽しみデス!」

「決まりだな」


 ジャンも、久し振りの日本の酒を味わえるのがよっぽど嬉しいのだろう、破顔させている。それ以上に、もう戻ることはおろか、会うことも叶わないと考えていた地球の、それも日本の人間と会い、また再会する約束まで取り付ける事ができたのだ。これに勝るものはないだろう。

 2人は再度握手を交わすと、勇気は厨房へ、ジャンは仕事へと向かった。

 勇気の足取りは、心なしか軽くなっていた。

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