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24 同郷の民

 春の草花亭のランチタイムが始まった。

 噂が噂を呼んだか、客が織りなす行列は昨日以上の長さとなっていた。

 その中に1人、異彩を放つ、いや、明らかに浮いている人物がいた。


「この懐かしい匂い、堪りまセン」


 イントネーションに少しの特徴を持っているこの人物。日本においては忍者と呼ばれてもおかしくない出で立ちをしていた。

 真っ赤に染まった忍びの装束に、両の袖からチラリと覗くのは帷子。後頭部には鬼の面を着け、背中にはある建物を模した何かが斜めにかけられており、その天辺には刀の柄が乗っていることから、辛うじてその何かが鞘であることが判る。

 その悪目立ちをして注目を集めている人物は、周囲の目など気にもせず、ただひたすらに自分の番が来るのを待ち続けた。


(マサカ、この世界で生姜焼きの匂いを嗅げるとは思いまセンデシタ)


 諦めていた第二の故郷の味と同じ物が出てくるとは思えないが、この匂いには期待を隠せない。

 たとえ、期待していた物と味が出てこなかったとしても、それは致し方ないことだと彼は理解している。そもそも、この世界で味わえるような物ではないのだから。

 それでも、匂いに惹きつけられてこの行列を見つけた彼は、何故だかある一種の確信めいた予感といったものを感じずにはいられなかった。

 その答えが、もうすぐ姿を表す。

 そして、その時が来た。


「お待たせしました! お一人様ですか?」

「そうデス」

「相席となりますが、よろしいでしょうか?」

「問題アリマセン」

「それでは、お席にご案内します!」


 金髪碧眼の少女の対応に、胸が高まった。

 かつて、彼が第二の故郷と定めた地において、今回と同様に丁寧な接客を受けたことを思い出した。

 この世界で、かの国の様な接客を受けることは、余程のことがない限りなかなか無い。余程の、というのは、ある階級の身分を持つことだったりするのだが。

 まさか、この世界で同様の接客を受けることができるとは、考えもしなかったことである。

 それがまた、彼の予感を確信へ一歩近付ける。

 そして、2人がけのテーブルへと案内される。案内された席では、既に1人の青年が食事を摂っていた。それを見て、彼は己の予感が正しかった事を知る。


(生姜焼き定食そのものじゃないか…!)


 白いご飯に味噌汁、豚の生姜焼きの隣にはキャベツの千切りが添えられている。

 足繁く通った定食屋のそれそのものが、彼の前にあった。


「それでは少々お待ちください」

「…」


 彼は背中に掛かった、建物を模した鞘を刀ごと椅子の横に立てた。後はもう何を言うでもなく、ただその時を待つだけだ。己の前に、豚の生姜焼きが給仕されるのを。

 それは大した時間ではなかったはずだが、彼には途轍もない時間に感じられた。1分が、1秒が途方もなく長く感じる。まだか、まだかと待ち続けたその末、待ち焦がれたそれはやってきた。


「大変お待たせしました! 豚の生姜焼き、大銅貨7枚になります!」

「お釣りは要りマセン!」


 食事と引き換えに、その場でお金を渡すシステムだというのは周囲を見ていれば分かったことなのだが、この時の彼には余裕がなかった。事前に大銅貨を準備していなかった。

 懐から慌てて銀貨を1枚引っ掴み、少女に押し付ける。

 お釣りは受け取ってもらわないと困りますと言う彼女のことは、もう頭の中にはいない。今、彼にあるのは目の前の豚の生姜焼きだけ。1秒でも早く口にしたい!その思いでいっぱいなのである。

 忍者の素早さを体現したナイフとフォークさばきは、一瞬で豚の生姜焼きを一口大へとスライスさせた。

 既にフォークには豚の生姜焼きが刺さっている。ホカホカと湯気をたてる豚肉は、瞬く間に彼の口へと消えた。

 数回の咀嚼の後にそれを嚥下すると、彼の両目はカッと見開かれた。


「シェフを呼んでくだサイ!」




「しぇふ?を呼んでくださいって言ってるお客さんがいるんですけど!」


 直接お釣りを受け取らない客のテーブルに、サラは大銅貨3枚を置いてくるなり厨房に戻り、そう言い放った。


「しぇふ?」

「…料理人のことだな」


 この世界では聞きなれない単語とその言い回しを耳にした勇気は、まさか、と考えた。そう、勇気以外の元の世界の住人がいる可能性に。


「…僕は今忙しい。良ければユーキが行ってくれないかな?」


 クロードは慌ただしく鉄のフライパンを振るっている。方や勇気は前日通り、料理に給仕にと様々な役割を担っている。


「わかった。ちょっと行ってくる」


 若干の躊躇いは振り切り、新たに刻んでいたキャベツの千切りの作成を一時中断するため、包丁をまな板の脇に置くと食堂へと足を踏み入れた。

 そこで勇気が見たものとは。


「…何でエッフェル塔?」


 そう、彼の横にはエッフェル塔が建っていたのだ。正確には、鞘にエッフェル塔を模した忍者刀だが。

 エッフェル塔、その単語を耳にした彼は、言葉の主を見るために勢い良く立ち上がり振り返る。


「つーか忍者?」


 その出で立ちを見て、なおも勇気はツッコミを入れる。


「真っ赤って、全然忍べてないな」

「あ、あなたがシェフデスか…!」


 焦げ茶の髪に目尻は少し垂れ下がり、鷲鼻はやや高く彫りが深い。顔には幾筋もの皺が刻まれている。そんな初老な忍者は驚きに目を見張っていた。


「一応そうだけど…。フランス人?」

「そういうあなたは日本人デスね?」


 勇気はこの世界で、地球の住人と初めて知り合った。

閲覧、ブックマーク登録ありがとうございます。

今回、分量少な目で申し訳ありません。

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