23 豚の生姜焼き
勇気とサラは名前を告げ合うという、実に簡単な自己紹介を済ますと、マリーがそれに補足する。
「ユーキさんが作る料理はね、とっても美味しいのよ」
「ああ。それに僕の料理の師匠でもある」
「この宿屋を立て直せそうになったのも、彼の料理のお陰よ」
サラが普通にしていれば、クロードの対応も普通だ。クロードには彼女の好意を受け止める事が出来ないから、心を痛めて辛そうな顔をしていたらしい。優しい人物であることを、再確認できた勇気だった。
そして、そんな話を聞かされて、この素直な少女が目を輝かせないはずがなかった。尊敬の眼差しでもって、勇気を見つめた。
「そうなんですか!? すごいです!」
「いやぁ、それほどでも」
金髪碧眼の美少女に尊敬されるのは悪い気はしない。数々の国や世界を救ってきた勇気でも、素直な称賛には未だ慣れるものではなかった。
少女の称賛に照れて頬を掻くしかない勇気。
「女将さん、もうそろそろ仕込みも終わる予定です。昼食に、サラにも食べさせてやっても良いですよね?」
クロードの言に、より一層顔を綻ばせ、目を輝かせるサラ。心なしか頬も朱い。好きな人に気遣いをしてもらえるのがよっぽど嬉しいようだ。もちろん、2人が絶賛する料理も楽しみに違いはない。
「もちろんよ。サラも、また今日からここの従業員なんだから」
「ありがとうございます! 楽しみにしています!」
そうして顔合わせを果たした後、勇気とクロードは厨房で仕込みを、マリーとサラは食堂で接客の練習へと移った。
仕込みが終わり、今日のランチタイムで出す「豚の生姜焼き」を手に食堂へと移動すると、マリーとサラが四人掛けのテーブルに掛けていた。まだエミリアは洗濯を終えていないらしい。
「女将さん、サラ、お待たせしました」
「ううん、こっちも今一通り終わったところよ」
「お疲れ様。エミリアはまだみたいだね…っと来たか」
タイミング良く、エミリアが食堂へと入り込んできた。サラはその姿を認めると、勢い良く立ち上がり声をかける。
「エミリアちゃん!」
「あ、サラちゃん。久し振りですね!」
エミリアに駆け寄るサラ。お互いに手を取り合うと、再会を喜んでいた。美少女2人のその姿は、見ていてとても微笑ましい。というか、勇気の目の保養となっていた。
別段、勇気としては何をするわけでもないが、滅多に見られる光景ではないと、スケベ心を出しつつ目に焼き付けた。
2人がひとしきりお互いの近況報告を終えると、ランチタイム前の従業員の昼食時間となる。
「今日、ランチタイムに提供するのは『豚の生姜焼き』です」
「すごい良い匂いですね!」
それぞれの前には、豚の生姜焼きと刻まれたキャベツが添えられた平皿、味噌汁とご飯のやや深い器が置かれている。
料理を提供する側が料理を知らないなど、あってはならないことであると、春の草花亭の女将であるマリーは考える。そのため、ランチ前に従業員一同で勉強会と称した昼食が開かれる。
醤油やみりん、酒、摩り下ろした生姜で構成される甘辛いタレに漬けられた肉は、焼かれることでこれ以上ないほどに芳ばしい匂いを発しており、胃袋を強く刺激する。
「ショーユやミリンといった調味料と摩り下ろしたジンズーの根を混ぜ、できたソースに豚肉を漬け込み焼いた料理です。生姜とは、ユーキの国で言うところのジンズーのことらしいです」
料理の概要を述べていくクロード。こうして、料理の知識を従業員全員で共有していく。
待ちきれないように、サラは豚の生姜焼きとクロード、マリーをチラチラと見やる。
マリーはそれを微笑ましく思い、焦らす必要もないと食前の祈りを捧げることにする。
「じゃあいただきましょう。いただきます」
「「いただきます」」
サラは聞きなれない食前の言葉に戸惑って周囲をキョロキョロしつつも、それに倣い「いただきます!」と元気よく口にする。
早速とばかりにフォークとナイフで豚肉を切り分ける。あらかじめ薄く切られて焼かれたそれは、脂身部分以外で大した抵抗を見せることなく、スッとナイフが入っていく。
一口大に切られた豚肉をフォークで突き刺し、口へと運ぶ。運ぶ合間にも、その匂いは鼻と胃袋を刺激し続ける。
それをぱくりと口に含むと、口の中で甘じょっぱいタレと生姜に酷似したジンズーの根の特徴的な匂いと辛さが、鼻を突き抜ける。
「何これ!? 美味しい!」
肉を焼くといえば、基本的には塩と胡椒で味付けがされるこの世界で、とても珍しい味付けがされた料理。更に言えば、孤児院ではこれだけの肉を一度に食せる機会はそうそうなく、サラにとってはご馳走だ。
やや濃い味付けを成されているが、これがまた白いご飯と良く合い、フォークが進む。
時には付け合わせのキャベツらしき野菜の千切りと合わせて食べて味の濃さを薄め、時にはご飯と生姜焼きの調和を楽しむ。時には、その甘辛さを流すように味噌汁を口にする。
ただ黙々と、その味を楽しむためにナイフとフォークを進めていく。
そして、皿の上が空となると惜しむ様に一息を吐いた。
「…初めてです、こんな美味しい料理を食べたのは」
その言葉に、勇気とクロードは安心とも満足したような顔とも取れる笑顔を浮かべる。
勇気は日本の料理の味付けが通じるかどうか、クロードはきちんと調理できたかどうかを、サラの様子を見て確認することができた。
クロードに味付けをみてもらい、この世界の人の口に合うか確認はしてもらっているが、料理はこの宿屋を左右する重要なことだ。やはり不安に思う部分はある。見れば、エミリアとマリーも満足そうな顔を浮かべている。
今回の料理も成功といっていいだろう。
「クロードさん! すごいです! すごく美味しかったです!」
テーブルに手をつき、身を乗り出すサラ。テーブルが無ければ、クロードへと抱きつかんばかりの勢いだ。クロードは二つの意味で、ホッと胸を撫で下ろす。
「ああ、気に入ってもらえて良かった」
「やっぱり、ユーキさんの国の料理は美味しいですよね」
「そうでした! ユーキさんはクロードさんのお師匠さまでしたね! 聞いたことのない料理でしたけど、どこの国の料理なんですか?」
この質問にはエミリアが回答した。誇らし気に胸を反らしながら。
自分がこの宿屋に勇気を連れてきたんだぞ、という自負があるのだろう。
「これはですね、ニホンという名の国の料理なんですよ。ね? ユーキさん」
これに苦笑しつつも、勇気は頷き返す。
「国の名前も初めて聞きました。どちらにある国なんですか?」
この質問にはエミリアは答えることができなかった。
当人は特に気にしていないが、異世界から召喚されて帰れなくなるなどという問題は、本来ならデリケートな話である。
未だ気にしているエミリアを始め、その辺りの事情を聞いたマリーもクロードも、同様に気まずそうにしている。
しかし、本当に欠片も気にしていない勇気は事もなげにさらりと答える。
「ああ、この世界とは違う世界、異世界の料理だよ」
「異世界ですか! こんな美味しい料理があるなんて、すごい所なんですね!」
「ああ、言われてみれば、確かに色々すごい世界だったよなぁ」
沈んだ空気を出していた3人には気付かず、またしても純粋に誉めるサラと、それに頷いて同意する勇気であった。




