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22 オフェンシブ

 翌朝。宿泊客の朝食が終わり、チェックアウトも済んだ頃、勇気とクロードは厨房でランチタイム用の仕込み作業を行っていた。

 そんなクロードの顔色は朝から優れず、隣で作業している勇気としては心配で仕方がない。


「なあクロード、本当に大丈夫か? 体調が優れないなら、今日は俺が何とかするけど」

「…いや、体調は全く問題ないんだ。…体調は」


 体調は問題ないと主張しているが、そう言っている合間もあからさまに意気消沈しているのが見て取れる。

 体調が悪くないなら、何か気に病む事がありそうなものだがと、勇気は作業の手を休ませずに考える。

 そして、昨日の話し合いでの出来事を思い出す。今朝からこの様な有様となったのだから、原因は昨夜の話し合いの何かのはずだ。


「もしかして、他の料理屋が潰れてしまうかもって心配してるからか?」


 春の草花亭の人々は優しい。例え他人の事だろうと、心を痛めて心配することができる。同じ様な境遇にあっていれば、尚更のことに。


「…ああ、いや。もちろん、その事については僕も悩んではいる」

(ん?その事について"は"? じゃあ違うってことか)


 他に何かあったかと、改めて昨夜の話し合いを思い返してみる。


(確か、人手が足りないって話になって、孤児院のサラって子を…あ!)


 すると、直ぐにピンときた。サラという名前が出た時の、頬を引き攣らせたクロードの反応。更には、彼女がクロードに好意を寄せているらしいと、エミリアが勇気に説明した時の、あのため息。

 もう、これ以外にないだろう。そう確信を得て、クロードに問い掛けた。


「じゃあ、サラって子の事か?」

「……」


 無言で返すクロードだが、答えが実に分かりやすい反応であった。先ほどの質問には答えて、今回の質問には答えない。つまりは、そう言うことだ。誤魔化すという手段もあるのだが、どうせ、この後直ぐにでも分かることだ。

 何せ、マリーが朝も早い時間から孤児院へと出向いて、本人を連れてくることになっているからだ。

 何も言わずとも、いずれ分かるだろうとクロードは無言で主張した。


「そっか」

「……ああ」


 だから、勇気も深くは追及をしなかった。

 そして、その時はやってきた。宿屋の中に、二つの声が響いたのだ。


「ただいまー」


と言う声と、


「お邪魔します!!」


と、厨房まで響き渡る元気の良い声が。


「来たみたいだな。……クロード?」

「…あぁ」


 女将と雇い直した従業員を出迎えるために、勇気は宿屋の入り口へと向かうが、クロードは立ち尽くすばかりだ。そんな彼に声をかけるも、ため息ともとれる返事が返ってくるばかり。


「…行こうぜ」

「………」


 勇気の言葉にやっと決心したのか、ノロノロと厨房を出て行くのだった。

 しかし、いくら歩みを遅くしても、会うのが早くなるか遅くなるかの違いでしかない。やがて食堂に差し掛かり、宿屋の入り口の辺りに2人の人物が立っているのが視認できるようになる。一人はマリーで、もう1人がサラだろう。

 やや距離は離れているが、言葉を交わしてもおかしくはない距離だ。クロードはマリーへと労いの言葉をかける。が。


「女将さん、お帰」

「会いたかったよクロードオォォォーー!!」


 彼の言葉に反応し、彼の存在を確認したサラらしき人物が、クロードへと駆け寄りながら、その言葉を遮った。


「がっ!?」


 そして、何故かタックルをぶちかました。コンタクトの瞬間、瞬時に体勢を低くし、腰を目掛けてのそれは、とても鮮やかだった。

 タックルを食らったクロードは、その衝撃で肺の中の空気を一気に吐き出すことになり、堪らず押し倒される形となる。倒れた彼の上には当然サラがおり、彼の胸に顔をぐりぐりと押し付けている。

 随分とアグレッシブな彼女自身と彼女の行動を、一歩下がった位置から勇気はつぶさに観察していた。


(まるでラブコメみたいだなぁ。羨まし…くはないな。いや、やっぱりちょっとだけ羨ましい)


 サラは、やや短めに切り揃えられた金褐色の髪に、目はくりんと大きく、その瞳の色は綺麗な青を湛えている。鼻筋はくっきりと、唇はぷっくりとしていて瑞々しい。顔全体としては、まだ幼さが残る。身体もすらっとしているが、成長過程ではあるものの出るところは出てきており、将来が期待できよう。言ってしまえば、サラは美少女だった。

 美少女に好意を抱かれるというのは羨ましいもので、勇気とて例外ではない。例え、些か積極的過ぎる行動力を差し引いたとしても。

 自分が同じ状況になってみない限り分からない当人の苦労や苦痛というのは、目を瞑ってしまえるほどに些細なことであるからして。


「クロードぉ」

「サ、サラ。ちょっと降りてくれないか」

「うん」


 クロードの胸元で鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅いでいる彼女は、待ちわびた飼い主が帰って来た嬉しさを表す犬に見えなくもない。

 強い積極性は見せつつも素直に言うことを聞くあたり、勇気の評価は高い。


「サラちゃんたら、よっぽどクロードに会いたかったのねぇ」

「はい! 女将さん、また声を掛けて頂いて、本当にありがとうございます!」


 顔に満面の笑みを浮かべ、お礼の言葉と共に礼儀正しくお辞儀までする。


「ふふ。さて、サラちゃん。あなたがいない間に、新たに従業員として迎え入れた人がいるのよ」

「えっ?」


 そう言われ、初めて勇気の存在に気が付いたようである。立ち上がったクロードのやや後方に居る、勇気と目があった。勇気は軽く会釈する。


「彼はユーキ。春の草花亭の厨房を、クロードと一緒に預かってくれている人よ」

「そうなんですか! 初めまして、ボクはサラと言います! よろしくお願いします!」

「初めまして。俺は勇気。よろしくね」


 お互い、どちらからともなく手を差し出し、握手をする。

 こうして、勇気はサラと初邂逅することとなった。

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